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Craft
2019.11.05

刀剣博物館学芸員に聞く鞘の魅力!刀剣の鞘と漆の技術、注目ポイントを解説!

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食器や家具など、身近な日用品にも使用されている漆。お箸にも漆塗りのものが多くありますし、とても身近な存在の1つですよね。

そんな漆塗りの技法の発展に、刀剣の鞘が大きく貢献していたのはご存知でしょうか?

日本の刀剣研究の最高機関である、日本美術刀剣保存協会の学芸員、小菅太一(こすげたいち)さんにお話を伺いました。

正倉院の宝物にも見られる鞘の漆塗り

– 漆が刀の鞘に塗られ始めたのは、いつ頃からなのでしょうか?
小菅さん(以下、敬称略):正確な出発点というのは分かっていませんが、正倉院の大刀の鞘に漆が塗られており、さらに蒔絵の源流も見られます。漆は防水や補強の目的で塗られています。鞘は刀身保護のためのもので木製ですが、木のままの白木状態ですと内部まで水が染みてしまいますから、漆を塗るということは美的な役割と同時にそうした非常に実用的な面もあるんですよ。

– 以前、刀の鞘などの拵(こしらえ)、つまり外装は古いものがあまり残っていない、と聞いたことがあります。それはどうしてなのでしょうか?
小菅:刀身のような鉄製品と比べて鞘は木製品ですので、破損や劣化してしまうということがやはり大きいでしょうか。何でもそうですが、古い時代のものが現在まで残るというのはどうしても難しいことです。漆塗りの技法が最も大きく発達したのは、江戸中期です。実際に使用するだけでしたら黒一色でいいのですが、戦のない平和な時代になってくるとお洒落に重点が置かれはじめます。ですから、いろいろな塗りが生まれて発達しました。現在にも繋がる漆塗りの技法の中には、刀剣の鞘が原点と言えるものもあります。

– 多様な漆塗りの技法は、刀剣の鞘から展開していったのですね!
小菅:漆だけでなく、金工や木工など、刀剣はさまざまな分野の技術の結集した芸術品となっています。

技術の発展とお国拵

– 刀の外装を見れば、どこの国のどんな身分の人の持ち物か分かると聞いたことがありますが、これはどういうことなのでしょうか?
小菅:まずは、お国拵(おくにごしらえ)というものがあります。肥後拵、尾張拵、薩摩拵など、それぞれの国に特徴的な形式があって、それは見ればすぐに分かります。それから、家紋の入った刀装具や鞘を身に付けていましたので、こうしたことを総合して、ある程度の見当をつけることができる、ということになるでしょうか。個人の特定までは難しいかもしれませんね。まだ研究途上の部分になりますので、今後いろいろ判明するかもしれません。

– それぞれの国で異なる形式があったのですね。鞘の塗りについても、国ごとの特徴はあったのでしょうか?
小菅:様々な種類のある変わり塗りは、刀の鞘の塗りによって発展していったため、鞘塗(さやぬり)とも言われます。現在食器や家具で有名な青森県弘前市の津軽塗も、もともとは津軽藩で考案された技法で鞘などにも用いられ、明治以降は産業として発展しました。

– 津軽塗の鞘ですか。おしゃれですね。現在ではむしろ前衛的に見えるかもしれません。
小菅:土地に由来するもので言えば、根来寺で使われていた什器に着想を得た根来塗(ねごろぬり)は、わざと擦れた風合いを出して作っているんです。

– ジーンズのダメージ加工など、現代の流行ファッションのようですね。
小菅:そうした感覚は、昔からあったのかもしれませんね。根来塗は赤地に黒が基本ですが、黒地に赤ですと「曙塗(あけぼのぬり)」と呼びます。

– 細かな違いで呼び分けるなど、やはりおしゃれですね。

様々な鞘塗り技法

現在、日本美術刀剣保存協会併設の施設、刀剣博物館で開催中の「日本刀の見方 パートⅡ 地鉄(じがね)」展(2019年12月23日まで)にも、漆塗りの鞘が数点展示されています。
展示品を拝見しながら解説していただきました。


小菅:こちらは石目塗(いしめぬり)という技法で塗られた鞘です。漆を塗った上から漆の粉、乾漆粉(かんしつふん)を蒔くことでこうした質感が生まれます。材料や技法を少し変えることで、質感を変えることもできます。

– マット加工のような感じですね。
小菅:これは表面の凹凸を残して艶消しをしてあるのですが、同じ石目塗でも艶を出すように加工することもできますよ。これは赤っぽい漆を使っていますが、もちろん黒で作ることもできます。


小菅:こちらはサメの皮を使った鞘です。刀の柄(つか)などに使われる「鮫皮」というのはエイであることが多いのですが、こちらは深海ザメのアイザメを使っています。鞘の模様に注目していただきたいのですが、こちらはアイザメの表面の粒を取って、そこに漆を塗り込むことで模様を描くという技法で作られています。

– 手が込んでいるのですね。一つ一つ粒を取って、漆を塗り込んでいったと思うと、気が遠くなります。
小菅:江戸時代の作は華やかですよね。華美になったことで、たびたび規制がかかるのですが、その時は下火になっても、また華やかになっていきます。江戸中期は凝ったデザインのものも多いですね。

見た瞬間にはっとさせられたのがこちら。

小菅:あわびの貝殻を細く切って貼りつけた鞘です。いわゆる螺鈿細工(らでんざいく)ですね。貝の上にも一度漆をかけて、そこから研ぎ出して仕上げています。正倉院に収められた大刀拵などには螺鈿に夜光貝(やこうがい)が使用されていますが、これは沖縄以南でしか採れないものですから、海外との交易の証がこうしたところにも表れていると言えるでしょう。木に貝を象嵌する方法は全世界で見られます。

小菅:鞘塗専門の鞘塗師が、独自に注文を受けていたと言われており、漆の色の作り方にもいろいろな技法がありました。一番最初の石目塗の鞘で見たものが、赤にわずかに黒を混ぜて作る潤色(うるみいろ)です。また、黒も一色ではなくて、漆に煤を混ぜたもの、鉄の反応を利用したもの、最近ではカーボンなども利用しています。木目をわざと見えるように残した木地蝋(きじろ)塗りというのもあり、べっこう飴のような、飴色の透漆(すきうるし)を使います。

国産のみではない、漆の歴史

– 国内で漆が使われた最古の例というのはどのようなものなのでしょうか?
小菅:これもまたいつの時代の何、と断言できなくて申し訳ないのですが、縄文時代にはすでに漆があったといわれています。集落を囲んだ柵に使われた漆の木の出土例があります。ただ、これは木材としての使用ですね。いわゆるこんにち思うような使われ方をしていたのは、割れた土器を継いでいた接着剤として、ということになります。

– 現在でも見られる、金継(きんつぎ)のような器の修理方法ということでしょうか?
小菅:はい。金継も漆で接着していますから、基本は同じになります。江戸時代には漆は栽培を推奨された樹木でした。そのため藩が統制し、本数管理をしていたのだそうです。江戸時代の和ろうそくは、漆の実から採れる蝋でできていますから、そちらの需要も大きかったのでしょう。

– では、和ろうそくで漆かぶれを起こしたりということはあるのでしょうか?
小菅:それはあまり心配ないと思いますよ。

– 最近のニュースで、海外の漆が昔から日本で使われていた、というのが話題になりました。
小菅:古くから日本では海外の漆が使われていますね。京都のお屋敷から江戸時代のものと思われるベトナムの漆の壺が出てきたこともあります。日本・中国・韓国の漆と、ベトナム・タイの漆では種類が異なるので、目的に応じて使い分けをしていたのではないかと思われます。

漆の採取方法と鞘塗りの道具

– そもそも漆は、具体的にどのような採取方法なのでしょう?
小菅:江戸時代と現代とでは、漆の使用目的が異なることもあって、方法が分かれています。現在は樹齢15年くらいの木の幹に傷をつけて、そこから出てくる漆液(樹液)を採取し、そのまま切り倒して次の枝を大きく育てます。江戸時代には蝋の原料である実を採取するのが主目的だったため、幹から樹液を掻く量もさほど多くはなく、同じ幹で数十年育てました。

– 昔と今とでは、主な使用目的に違いがあるのですね。
小菅:塗料や接着剤としての漆の利用は、もちろん昔ながらのものではありますが。

展示室には、道具も展示されていました。

小菅:これは蒔絵の道具です。蒔絵筆に漆を含ませて絵を描き、その上に筒で金粉を蒔いて、毛棒(けぼう)で払って蒔絵を作成します。金粉や銀粉は今はくすんだ色をしていますが、磨くときれいに光ります。筆には大型のねずみの背中の毛が使われるのですが、最近ではねずみが獲れなくなってしまったため、ネコの毛を使用しています。また、ここには今ないのですが、漆用の刷毛には人毛が使われます。こうした筆を作る職人さんが激減していて、今は全国で数人のみとなってしまっているのが心配です。

刀剣と漆の関係はまだ他にもある

– 他にも漆を使った刀剣関連のものはありますか?
小菅:はい、ありますよ。鉄製の鐔には漆がかけられているものが多く見られますし、錆止めのために刀身に漆が塗られている神社の御神宝もあります。また、刀剣の研磨に使う砥石の中にも、漆で貼って使うものがあります。

– 漆と刀剣、とても深い関連があったのですね。小菅さん、本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。

日本美術刀剣保存協会・刀剣博物館 基本情報

住所: 〒130-0015 東京都墨田区横網1-12-9
開館時間: 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日: 毎週月曜日(祝日の場合開館、翌火曜日が休館)・展示替期間・年末年始
公式webサイト: https://www.touken.or.jp/

展覧会 基本情報

展覧会名: 「日本刀の見方 パートⅡ 地鉄(じがね)」展
会場: 刀剣博物館(〒130-0015 東京都墨田区横網1-12-9)
会期: 2019年10月12日(土)~12月23日(月・祝)
展覧会HP:  https://www.touken.or.jp/museum/exhibition/exhibition.html

書いた人

人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。