Craft
2019.12.04

「俺のナイフにも刃文をつけたい!」海外の職人も魅せられた日本のナイフクオリティ

この記事を書いた人

日本のナイフ産業は、極めて高い技術力を有している。

このことは筆者の他の記事でも言及してきたが、残念ながら日本では「ナイフは危険なもの」という悪印象だけがひとり歩きしている。

昭和30年代の刃物追放運動は、あくまでも民間の団体が始めたものに過ぎなかった。当時の政治家はこの運動に慎重か、もしくは反対の姿勢を示していた。しかし池田勇人首相は、自分の先代の宰相が「デモの力」で退陣に追い込まれた光景を目の前で見てきた。所得倍増計画を達成するために、国民が政権に反発する要素を少しでも減らしたかったのだろう。

だが、そのために日本人自身が「日本のナイフのクオリティー」について考える機会は失われた。

一方で、地球は日本だけでできているわけではないのも事実である。

刃文に魅せられた職人たち

海外のカスタムナイフ職人の間で普及している日本語がある。

一番よく知られているのは「Hamon(刃文)」。日本刀のブレード表面に出る波型の模様は、芸術的意味合いも有している。これが海外でも評価され、「俺のナイフにも刃文をつけてみよう!」という職人が相次いだ。その過程で「ブレード表面の波型模様」が「Hamon」という単語で知られるようになったのだ。

そもそも日本刀とは、あらゆる技術が難解に組み込まれた代物である。

日本刀の鋼材は1種類ではない。切れ味に優れ、なおかつ折れないブレードが求められるから、高炭素鋼と低炭素鋼を組み合わせる。だが、その組み合わせ方が地方や職人によって異なり、しかも恐ろしく複雑だ。さらに焼入れの際、ブレードに特殊な粘土を塗る。こうすることで部位毎の硬度に差が発生し、その副産物として美しい刃文が生まれる。

ナイフの場合、刀剣ほどの長さはないから焼入れの際の粘土は必要ない。が、この場合は性能云々ではなく刃文の芸術性を追及している。

刃文に魅せられた海外の職人が、技術習得のために日本へ旅立ってしまうこともある。

「肌テクニック」という技法が存在する!

ナイフの鍛造テクニックに「三枚打ち」というものがある。

これは低炭素鋼、高炭素鋼、低炭素鋼の順番にサンドイッチした構造で、家庭用包丁でもよく用いられる作り方だ。実はこの「三枚打ち」も、海外では「San-mai」として専門用語化している。

ナイフにおける三枚構造は、研ぎ作業を容易にするという効果をもたらす。これが全て高炭素鋼のブレードだと、硬くて分厚い鋼材を時間をかけて削らなくてはならない。三枚打ち刃物はその手間が省ける上、直線的な刃文も発生する。

ここまで書いて思い出したが、海外のカスタムナイフ職人の間では「肌」という単語も使われている。

日本刀の表面をよく見ると、刃文とは別に木目調の模様がうっすら浮かんでいるのが確認できる。これが「肌」と呼ばれるもので、積層鋼材を槌で打ち延ばしては折り返し、また打ち延ばしては折り返しを何度も続けたが故の模様だ。

海外のナイフ鍛造職人の間でも、「Hada」はよく知られた単語である。そもそも「鍛接」も「forge welding」ではなく「Tansetsu」と言い表してしまう場合もあるから、この部分でも日本由来の技術が影響を与えているのだ。

そういえば、ヒストリーチャンネル『刀剣の鉄人』でも鍛冶職人が「Hada technique」という技法でナイフを作っている場面があった。要は上記の技法を、そう呼称しているのだ。アメリカ人らしい物の呼び方である。

ナイフは「知恵の集合体」

ナイフとは世界各国の知恵の集合体のようなものだ。

ネパール・グルカ地方のククリ、アルゼンチンのガウチョナイフ、東南アジア島嶼部のカランビット、アメリカのボウイナイフ、古代ヨーロッパのサクス、エチオピアのショーテル、インドネシア・アチェ地方のレンチョン、古代エジプトのケペシュ、そして日本の短刀。ここに挙げたナイフは、あくまでもほんの一部である。それらが混ざり合い、新しい性質のナイフが次々に生み出されていく。まるで人間のようだ。

文化というものは、ハイブリッドであるほうが結果的に華やかなものになるし、そもそも文化はそうやって進化していく。

ナイフについて学ぶことは、国際交流について学ぶことでもあると筆者は確信している。