公務員として占い師をやるなんて今では考えられませんよね。しかし、平安時代はれっきとした国家公務員で、国の重要なことを決めるポストでもありました。代表的なものに安倍晴明の陰陽師があります。陰陽師は中国古代の陰陽五行思想に立脚し、天文、暦、時刻、占いの4つの分野に関わる朝廷の業務を担っていました。安倍晴明はその中でも特に占いと暦のエキスパートといわれていました。
ちなみに、古典の世界では、式神を操り、敵をやっつけるかっこいい安倍晴明がクローズアップされますが、実はけっこうしたたかだったといわれています。
そこで、ここでは公務員という安定した仕事についている傍ら、式神を操り、ダークな一面を隠し持つ安倍晴明像についてご紹介します。
平安時代の占い師は国をゆるがす?
平安時代はまだまだ占いが重視された時代。天皇が暮らす内裏のそばに「陰陽寮」という役所があり、安倍晴明はそこに陰陽師として勤めていました。当時は生活の様々なところに陰陽道が入り込み、陰陽道に従った生活様式が行われていました。
例えば、「方違へ」。行くべき目的の場所が禁忌の方角に当たったら、その方角を避けて、他の方角から目的地に赴きます。たとえ、遠回りになってもそうすることが大事だと思われていました。
今なら、子どもから大人まで楽しむ占い。小学生ぐらいからもうすでにタロット占いなどで遊ぶ子もいるでしょう。ですが、平安時代は占いを「天からのメッセージ」ととらえ、天命を受けて天下を統一する国のトップである天子だけが受け取ることができるものとしていました。そのため、占いはとても神聖視されていて、そのメッセージを天子に代わって読み解き、天子に助言することは陰陽師だけに許されていました。
占いはそんな国の中枢にかかわる行事。占いが国家公務員の地位にあったことも納得ですね。
爽やかヒーローじゃないの? 安倍晴明のダークな一面
さて、安倍晴明ですが、爽やかでかっこいいヒーローというイメージが強いのですが、本当の彼はけっこうしたたかでダークなところがあったとか。
自らの力を顕示するためにカエルを殺してみせる
高校古典で有名なお話の中に、周りの僧侶にけしかけられて、カエルを殺すシーンがあります。僧侶たちは安倍晴明の式神がどんなものなのかに興味を持ち、その威力を聞きます。
安倍晴明は「簡単には殺せないものの、少し力を入れさえすれば必ず殺せます」といい、「虫などちょっとのことをすれば、必ず殺すことができるが、生き返らせる方法を知らない。仏道の罪になるのには違いないので不都合なのだ」と諭しました。
しかし、僧侶たちは引き下がらず、「カエルを見つけて試してみるよう」とけしかけたら、すぐ乗ってしまいます。結果、安倍晴明は式神の力を借りてカエルを真平らにつぶして殺してしまいます。
僧侶たちにけしかけられたとはいえ、直接手を下したのは清明。カエルが死ぬのがわかっていて平然と手を下した清明には驚きです。自らの力を顕示するためだけに罪のないカエルを殺すことができるダークな一面があったのですね。
仕事のためなら地獄の王にも頼る
そんな安倍晴明ですが、ダークな一面は別の場面でも見られます。
一条天皇が幼い頃に重い病気にかかったことがあります。その時、病の回復に祈祷を行うことになりました。病は当時、悪霊なども含む「鬼」のせいと考えられていました。そこで、仏教の僧侶は従来の尊勝御修法という祈祷法を行い、仏の力を借りて鬼を撃退させようとしました。
一方、安倍晴明は泰山府君祭(たいざんふくんさい)という術式で一条天皇の病を回復させようとしました。実はこの泰山府君祭の泰山府君とは地獄の王の一人。つまり地獄の王の力を借りて一条天皇の病を治そうとしたのです。
泰山府君は生死を司る王といわれていて、それぞれの人の寿命を記載したノートを持っていて、それによって人の生死を決めていたといわれています。そして、晴明は泰山府君に一条天皇の寿命を書き換えてもらい、一条天皇の命を伸ばしたというのです。
「鬼」を追い払うのが一般的だった当時、そういう裏技もあったのかというところですが、目的のためには晴明は地獄の王を利用することも厭わなかったということですね。
自らを広告塔に「陰陽師」をPR
陰陽師は国家公務員。とはいえ、官職としては低いもので、長官の地位とはいえ貴族の中ではそれほど高い地位とはいえませんでした。そこで、陰陽師の地位向上のために、安倍晴明が広告塔としての役割を果たしたともいわれています。
見えない恐怖はすべて「鬼」のせい、そして、そこから身を守るのは陰陽師が必要というイメージ戦略に出ます。病気も飢饉もすべての困りごとは陰陽師に相談すれば解決できると思わせたかったんでしょうね。現代社会も新型コロナウイルスの恐怖を前に、専門家の対策法やワクチンの開発、政治家の言動などに思わずすがりたくなってしまいます。当時もきっと同じような感じで様々な不安の中で民衆は陰陽師に頼りたくなる気分だったのでしょう。
安倍晴明は陰陽師が医者や政治家のように民の心を掌握できたら、おのずと陰陽師の地位も上がると睨み、いたずらに鬼の恐怖をあおり、陰陽師に頼るように仕向けたともいわれています。
そうやって最後には左京権大夫という都の警察をまとめる行政長官まで上がったのですから、思惑通りいったと言えるのかもしれませんね。
安倍晴明、イマドキの高校生にはどう映る?
今や高校の古典でも取り上げられる安倍晴明。私が高校で教師をしているときも何度も教えてきました。みんなを悪から守る守護神で、呪文を唱えて式神を操る姿は、まさにヒーロー。そんなかっこいい姿に若い人も憧れるのかと思いきや、イマドキの高校生はそんなことなんとも思ってないようです。
式神を操る清明の姿もかっこいいとはならず、「きもちわるい」の一言。「そんな力はない方が幸せに暮らせていけるからいい」とドライに考えているようです。イマドキ高校生の前では清明もかたなしですね。
ですが、陰陽師は公務員だったというと「そんな魔法使いの練習をしているだけで公務員になれていいな」と羨ましい様子。イマドキの高校生にとって、ヒーローより安定の方が現実的な魅力に映るのかもしれませんね。