2021年12月7日、静岡県にある天竜浜名湖鉄道のフルーツパーク駅が『フルーツパーク KATANA駅』と改名された。
KATANAとは、スズキのバイクの名称だ。
スズキは静岡県浜松市を代表する企業であり、KATANAはスズキが生み出した名車である。しかし、かつてのKATANAは「違法改造バイク」として警察の取り締まりの対象になっていた。実効性不明の規制により、「KATANA狩り」と呼ばれる現象まで発生したほどだ。
が、世界バイク史においてKATANAという名は極めて重大な意味を持つ。
ケルンの衝撃
1980年9月、西ドイツの都市ケルンで開催されたモーターショーではスズキのブースに多くの来場者が詰めかけた。
そこにあったのは不思議なバイクだ。『GSX1100S KATANA』という名前が表す通り、どうやら日本刀をイメージしたデザインらしい。が、それ故にタンクとそこから続くアッパーカウルはあまりに前衛的なラインを描いていた。スズキのスタッフは急遽、来場者にアンケートを取った。5点から1点までの採点ができるアンケートで、5点は「非常に良い」。そして1点は「非常に悪い」。すると興味深い結果になった。4点、3点、2点が殆どない。5点か1点ばかりが集まったのだ。まさに賛否両論である。
モータージャーナリストたちはKATANAの登場を「ケルンの衝撃」と呼んだが、このような癖の強いデザインは市販化の際には見直されるだろうというのが大方の予想だった。プロトタイプと実際に販売する量産型で大きく設計が異なるのは、珍しいことではない。
しかし翌81年1月にヨーロッパで販売が開始されたGSX1100S KATANAは、細かい変更点はあるものの「刀をモチーフにしたデザイン」はいささかも変わらなかった。
警察に追われたKATANA
この当時のヨーロッパでは、スズキはまだマイナーなメーカーだった。
耐久レースで盤石の実績を挙げていたホンダと、「テネレの将軍」ジャン・クロード・オリビエが命懸けでセールスしたヤマハは既に知られていた。つまりスズキはヨーロッパでは後発メーカーだったのだ。そのような状況を覆す最初のきっかけが、KATANAの販売だったのだ。1,074cc空冷直列4気筒エンジンを搭載し、何と時速200km/hでのクルージングが可能という当時としては驚異的な性能も持っていた。なお、最高時速は235km/h。例の「刀のような形状」のアッパーカウルが、空気抵抗を減らして快適な巡航を実現させていた。
KATANAは日本のライダーたちにも衝撃をもたらした。
81年当時の日本では、現在よりも遥かに厳格なバイク関連規制があった。大型二輪の排気量は750ccまで、セパレートハンドルは装備不可、そしてカウルとスクリーンの装着も禁止。日本向けには排気量を750ccにスケールダウンしたKATANAが用意されていたが、これはアッパーカウルの代わりに「ヘッドライトケース」が装着されたものである。何てことはない、「アッパーカウル」と呼称することができなかったから「ヘッドライトケース」と呼んでいただけである。そして前傾姿勢で乗車するバイク自体が保安基準の絡みで認められていなかったため、ハンドルは極端なアップライト型のものが取りつけられた。まるで手押し耕運機のハンドルのような形だったから、そのまま「耕運機」と揶揄された。
KATANAの魅力が大幅に削られたKATANAである。が、日本のライダーたちは諦めない。部品を海外から取り寄せ、自分の手で改造した。ちゃんとカウルのついた、前傾姿勢で乗ることができるKATANAは日本では「夢のバイク」だった。
ところが、警察はそれすらも見逃さない。前述の改造を「違法改造」として取り締まったのだ。何と「KATANA」というネーミングとロゴマークすら自主規制の対象にせざるを得なかった。「武器を連想させるから」だ。耕運機ハンドルからスポーティなセパレートハンドルに取り換えたKATANAは、警察による容赦のないKATANA狩りに遭った。
『西部警察』にも登場!
が、時代はKATANAに味方した。82年からはカウルとスクリーンに対する規制が緩和され、同時にレーサーのような前傾姿勢で乗る車種も市販化された。上限750cc規制の緩和や指定教習所での大型二輪教習開始はまだ後の話だが、83年3月以降のKATANA750(S2)からは「耕運機」が解消された。
そして一般の認知度も上がった。ドラマ『西部警察』で舘ひろし演じる鳩村英次が黒塗装のKATANAにまたがり、それは短期間のうちにドラマを象徴する車両になった。時代の後押しを受けたKATANAは、80年代の日本が生み出した稀有かつ優美な工業製品としてその地位を確立していく。
現在、KATANAと呼ばれるバイクは2019年に販売が開始された新型と、それ以前の旧型に大別される。人気があるのはもちろん旧型、それもGSX1100S系である。さすがに旧車は入手が簡単ではないが、土日祝日のツーリングスポットに行けばたまに旧型KATANAを見かける。オーナー同士のつながりも強固だ。
かつては「ケルンの衝撃」とまで言われたKATANAは、40年の時間をかけて「人々に愛される名車」に昇格したのだ。
【参考】
モトレジェンド Vol.2 スズキ KATANA編-三栄書房
KATANAスペシャルサイト-スズキ
画像提供・スズキ歴史館
〒432-8062 静岡県浜松市南区増楽町1301
公式サイト:https://www.suzuki-rekishikan.jp/