咽喉から手が出るほど欲しくても、なかなか手に入らないもの、というのがこの世にはある。金銀財宝、愛情、形あるものないもの……ある人にとっては、それが、薬かもしれない。
児干(じかん)と言う名の薬がある。呑めば生命力に満たされて、万病に効くという。そんな薬があると聞いたら、効果のほどを試してみたくなるのが人間の性というもの。原材料は、人間の子ども。希少価値の高い、妙薬である。
児干を求める者たち
薬を求めて自分の娘を殺し、鬼になった女 『安達ヶ原の鬼女伝説』より
月岡芳年の画でもよく知られる安達ヶ原の鬼女伝説には、不治の病を治すために胎児を腹から引きずりだそうとする鬼女が出てくる。この鬼女、なにも人の腹を裂くのが楽しくてこんなことをしているのではない。
伝説によれば、昔、いわてと呼ぶ老女がいて、お姫さまのお世話をしていた。お姫さまは不治の病で医者に診てもらうも治る気配がない。占師にみてもらったところ「お腹のなかにいる子どもの生き肝を飲めば治る」と教えられた。
いわては妊婦の生き肝を求めて奥州安達原まで旅をし、そこに棲みつき、旅人を泊まらせては生き肝をとっていた。
ある晩、若い男女が訪ねてきた。二人は夫婦で、女のお腹には子どもがいた。そして、いわてに腹を裂かれてしまう。
苦しい息の下で、女は自分が母を訪ねて歩いていることを告げる。その女は、自分の娘だった。いわては自分の娘を殺し、なおかつ孫をも殺してしまったのだ。苦しんだいわては鬼女になったという。
薬欲しさから母体を襲う男 『今昔物語』より
平貞盛が丹波守だった時のことである。悪性の腫瘍ができたので医者に診せたところ、これは容易ならざる傷であり、治療には〈児干〉なる薬が必要と告げられた。児干とは「人ニ不知セヌ薬(他聞をはばかる薬)」とのこと。
平貞盛は、妊娠中だった息子の妻の胎児を提供するよう命じた。悲観に暮れた息子に同情した医者は、自分の血筋を引いた子どもは薬にならないと平貞盛に告げる。平貞盛が次に目をつけたのは炊事役の妊娠中の女性だった。さっそく腹を切り開いたが女の子だったので、これもだめだった。結局、ほかに探し求めることができて平貞盛は一命をとりとめたという。
児干とはなにか?
鬼女や平貞盛がこぞって求めた薬、児干とは、いったい何だったのだろうか。
物語を読むかぎり、児干とは胎児の肝のことらしい。ものの本にも〈干〉は〈肝〉のことを指しているとある。肝ならどこの誰のものでもよいわけではなく、薬になるのは限られた肝のみだ。
児干は妊娠四~五ヶ月で堕胎した胎児を干して用いる良薬で、香料とともに保管し、よく乾燥させて、腐らないようにしてから服用する。乾燥した児干は、削り、粉末にして使うのが一般的だ。
言ってしまえば児干とは、ミイラ化した胎児を粉末にしたものということになる。どういう仕組みかは知らないが、主に切断された筋や、骨や、創傷に効くそうで、刀傷用の薬としても重宝されていたらしい。
児干は万病に効く?
胎児はかつて、不老不死の薬とみなされることもあった。なかでも肝には、格別の効果があるようだ。
児干にまつわる物語のなかには、お産を直前に控えた天竺の亀の妻が腹の病に効く猿の肝を持ってくるよう夫に頼んだり、美しい髪をもつ美女の肝が病に効くと説いた話もある。説話の世界では、胎児にかぎらず生きものの肝は治療薬として効果を発揮すると信じられているらしい。
恐ろしいのは、これが説話だけの話ではすまされなかった、ということである。
建久九(1198)年五月、春日正預(かすがしょうのあずかり)である中臣遠忠が奈良の春日若宮神主に訴えられたとの記録が残されている。
原因は、不慮の事故で傷を負った中臣遠忠が児干を服用したことにあるらしい。児干は死人であるうえに、社司の身でありながら死人を食べるとはどういうことか、と追及されたらしい。もっともである。人の世でも児干は薬として使用されていたのである。
人間の体は薬になる
人の体は、薬になる。それは胎児に限ったことではない。
明治のころまで行われていた風習に「骨かみ」「骨こぶり」というのがある。
生者が死者の骨を口にする(食べる)ことで死者の魂を、生者が自分の体のなかに取り入れて生かすというもの。
死者の一部を食べるなんて、と思うかもしれないが、これには追悼の意味も込められている。骨とはいえ、かつては故人の体の一部だったものである。それが死んだ途端に異物扱いされてしまうのは、生きている人間が死者を遠ざけようとする姿勢の表れともいえる。
べつに好んで食べなくてもいいけれど、肝や骨だけでなく胎盤(胞衣)も食べられる。
「紫河車(しかしゃ)」は、生まれた子どもの胎盤をもとにつくられた漢方。
ほかにも、中国の伝統的な薬物学の書『本草網目』にも胎盤の薬効についての記載がある。それによると、胎盤は身体の疲労に効くらしい。
臍の緒に込められた神秘の力
高村静眠『精神胎内教育鑑』大正12年(国立国会図書館デジタルコレクション)
児干とおなじ効能を発揮すると言われているものに、臍の緒がある。
臍の緒とは、胎児の臍と胎盤をつないでいる細長い帯状の器官。母親が胎児に栄養を送るための重要な役割を果たしている。
古くから日本には、取れた臍の緒を乾燥させて大事に保管しておく習俗があるので、ほんものを(あるいは自分に繋がっていたそれを)見たことがあるという人もいると思う。冷静に考えると、人体の一部をいつまでも大切にしまっておくというのは、どこか奇妙な気がしなくもない。けれど臍の緒には、思い出を保管する以外の役割がある。
たとえば、かつては保管しておいた臍の緒を重病のときに煎じて飲むという習慣があった。母体から栄養を送っていた臍の緒を体にもう一度取り入れることで、健康を取り戻せると考えたからだ。
異界のパワーを食べて手に入れる
人の体は、食べたものでできている。それなら、この世でもっともみずみずしくて、生命力に満ち溢れたものを口にすれば、それにあやかることができる。児干という薬は、そうした考えから生まれたのかもしれない。
新しい命を育む母体のなかで、生命力をみなぎらせて成長する胎児が命のかたまりとしてみなされたのだろう。そう簡単には手に入らないということも児干の希少価値を高めたのかもしれない。
欲しがる人間は手段を問わずに手に入れようとするものだ。薬の材料も恐ろしいが、それを求める人間の姿のほうも、まるで鬼のように恐ろしい。
おわりに
人の体から剝落したものには不思議な力が宿っている。臍の緒に子どもの守護霊や魂の一部が宿っているとか、胎児にちなんだ人形をお守りにしたり、抜けた歯に関するおまじないなんてものもある。
こうした考えは、今も私たちのまわりで息づいている。たとえば胎盤はプラセンタ注射となって女性の老いの治療に使われているし、臍の緒は臍帯血として保管されている。
まさか安達ヶ原の鬼女が人体に秘められた尋常ならざる力を知っていたとは思えないけれど、人の体には、たしかに人を惑わせるのに十分な力が宿っている。妙薬を求めた者たちは、そのことだけは知っていたにちがいない。
【参考文献】
安井眞奈美「狙われた身体 病いと妖怪とジェンダー」平凡社、2022年
斉藤研一「子どもの中世史」吉川弘文庫、2003年
「今昔物語集 五」(日本古典文学大系)、岩波書店、1963年