ニキビやシミといった肌トラブル、ホクロ、白髪……なにかと苦労のおおいこの身体。美は一日にしてならず。知ってはいても、今すぐ美しくなりたいし、できれば簡単なほうがいい。そのうえ安全なら、なお良し。とはいえ最先端の医療技術は高くつくし、不安もある。
それなら、自然の力を最大限にいかした美容法を試してみるのも悪くない。気がかりに思うことがあるとしたら、すこし呪術的すぎるところ。手に入りにくい材料もちらほら。しかたない。きれいになるには勇気がいるもの。
指南書となるのは、日本最古の医学書『医心方(いしんぽう)』。美を追求するすべての人に、古代の美容法をお届けします。
日本最古の医学全書『医心方』
現存する日本最古の医学全書『医心方』。平安時代の医者・丹波康頼が撰進した、この古い書物には、現代医学もびっくりの理論や効能をもつ処方が症状別に記されている。その内容は医学・本草・養生と幅広く、全三十巻にわたって詰めこまれた知識には舌をまくばかり。もちろん、美容にだって詳しい。
美しい髪を手に入れる方法、シミとソバカスのケア、美肌のための処方箋。なんとホクロの取り方まで記されている。思春期のニキビのケアにまで寄り添ってくれる、なんともありがたい書物なのである。
美髪のいろは
清少納言は悩んでいた。「うらやましげなるもの」が、ある。それは「髪いと長くうるはしく、下がりばなどめでたき人」(枕草子158段)清少納言は、たいそう長くて美しい髪がうらやましくてたまらなかった。
黒髪はそれだけで美しい。健康的で、長ければ、いっそう美しい。よって、白髪は大きな問題である。なんとしてでも生えてくるのを阻止したい。
清少納言はもちろんのこと、髪に悩む女性たちにおすすめのヘアケアがある。白髪対策をはじめる前に、まずはヘアケアから見直してみては?
痛んだ髪の修復。光沢をあたえ、やわらかくする方法
髪を柔らかくしたいのなら、産みたての烏骨鶏(うこっけい)の卵で洗髪するのがおすすめ。レシピはとってもシンプル。
まず、烏骨鶏の卵を湯のなかに割り入れて、よくかき混ぜる。これを再度、沸騰させたもので三回シャンプーする。すすぎも三回。これを三日に一回つづけると、やわらかな髪になる。洗髪後は、お酒でリンスすること。
シャンプーとリンスのあとは、トリートメントも忘れずに。麻の実をつき、よく蒸し、その汁で髪をコーティングすると枝毛がなくなり、光沢もでます。
白髪を黒くする方法
白髪の原因は老化と思われがちだけど、『医心方』によれば、気血が「虚」の状態にあるのが原因だそう。腎臓の働きが弱くなると骨髄液が枯れ、髪が白くなる。
白髪を防ぎたいなら、まずは、髪を千回以上とかすこと。
正月一日に五香(栴檀、沈水香、丁字香、安息香、鶏舌香)を用意し、湯で煮て、これで頭を洗うのも効果あり。
あるいは、白灰と胡粉を同量用意し、これを眠るまえに髪に塗る。油布で作ったお手製のバスキャップですっぽり包むのも忘れずに。翌朝、きれいにすすぎましょう。
ほかにも、白髪を抜いて上等のはちみつを塗りつけると黒髪が生えてくるとか、生の油に青梅の実を黒焼きにしたものを漬け、それを頭に塗ると白髪予防になるとか、黒胡麻を蒸した粉末を棗ペーストと煉り合せたものを九回服用するのもおすすめ。
それでも白髪が生えてしまったら、染めちゃいましょう。酢しょうと大豆を煮た汁で髪を染めると、あら不思議。髪が漆のように黒くなります。
シミとそばかすは「杏仁」で解決!
『医心方』によると、シミとそばかすは邪風が皮膚にとどまっているのが原因。
シミとそばかすに効果があるとされているものは、たくさんありますが、手に入りやすさからいうと、まずは木の空洞にたまった水。家の近所に蜂の巣があるなら、蜂の子を酒に漬けたもの。あるいは、少し手ごわいですがウノトリの糞、スクモムシの汁を肌に塗ると、顔がすてきな白い肌になります。
それでも治らない場合は、杏仁の効用に頼りましょう。杏仁を酒に漬けて皮をむき、皮を細かくついて、絹の袋に入れる。夜の洗顔はこれで決まりです。入念にケアをしたい方は、杏仁フェイスパックがおすすめ。
これぞオーガニック。「杏仁フェイスパック」の作り方
シンプルな杏仁パックは、以下の通り。
杏仁の皮をすりつぶして卵白で練り合わせる。一晩顔に塗り、朝になったらふき取る。
こだわり派のための特別なレシピもあります。こちらは、すべての肌トラブルに効くフェイスパックです。
白蘞(びゃくれん)、白石脂、青よ石、皮を除いた杏仁を粉末にして、卵白と煉り合せる。夜、寝るときにこれを肌に塗る。朝、その日はじめて汲んだ井戸水で洗う。
白蘞はブドウ科の蔓性植物のこと。白石脂は粘着性のある石ならなんでもよいです。青よ石は、ヒ素を含んだ有害鉱物なので取り扱いに注意すること。
日本最古のニキビ治療
ニキビ、悩みますよね。酔って野外で寝ると、ニキビができるそうです。また、酔いがさめないうちに冷水で顔を洗うのも禁物。できものができます。
ニキビには、鷹の糞の白いものと胡粉を蜂蜜で練り合わせたものがおすすめ。これを患部に一日二回、塗ること。三年を経た酢に鶏卵を三日漬けたものを患部に塗るのも効果的。
ニキビが腫れて痛む場合は、処方を増やしてみましょう。
ヤマトリカブトの根と青木香、麝香(じゃこう)、サルトリイバラの根を粉末にしたものを水で練り合わせて顔に一日三回塗ると、腫れがひきます。ヤマトリカブトの根は有毒なので、取り扱いには気をつけること。
ホクロには灰が効く?
大きいもの、小さいもの、色つきのもの、色褪せたもの。どんなホクロにも有効とされているのが、多種多様な灰。処方箋はいろいろあるが、そのひとつを紹介。
材料となるのは、五灰煎。
エゾカワラナデシコを焼いて灰にしたもの、桑の木を燃やした灰、石灰、炭灰、キノコ(もしくはイヌナズナ)の灰。まずは、この五つの灰を用意すること。これを水に浸して蒸し、蒸気をまんべんなくいきわたらせる。
次に釜で沸かした湯をしたたらせて、澄んだ汁を採取する。汁は銅の器に入れて、東向きの竈(かまど)で煎じること。このとき鶏や犬、人に見られないようにすること。見られた場合、薬効が失われて使いものになりません。
上手くできた薬は、しっかりと固まって砂のようにきめ細かいはず。膏薬のようになったら、患部に塗る。
メイク不要! これであなたも絹美肌
色白の肌、赤味のさした頬、艶やかな肌。『医心方』なら、好みの肌に合わせて処方が選べます。
色白の美肌をご所望なら、ジャノヒゲの塊根と皮をむいた杏仁を丸薬にしたものを、食前に二つずつ、一日三回服用してください。これは酒と一緒に飲むこと。十日で効果がでるでしょう。
白絹のような肌を手に入れたいなら、蜂の子と母乳を竹筒に入れてよく混ぜ合わせ、日陰の垣根の下に埋め、二十日したら取り出す。これを顔に塗ります。効果がでるまでに百日ほどかかりますが、白絹の肌が叶うはず。
顔も身体も色白にしたい、というわがままな方は、ミカンの皮、白瓜子、桃の花びらを干したものをついて、食後に酒で方寸匙に一杯。これを一日三回服用すると、およそ三十日で効果があります。
あるいは、黒いニワトリが手に入れば、より効果が期待できるでしょう。七月七日にその血を抜き取り、顔に塗りましょう。効くと信じて、何度も繰り返し塗るのが肌を白くする秘訣です。もちろん、全身に使えます。
かぐや姫も使った化粧水「竹のなかの水」
人を超えた美しさがほしい?
それなら、あの麗しいかぐや姫も使っていた(かもしれない)化粧水はどうでしょう。竹の節のあいだにたまった水は清らかで、美容効果もあります。竹の中の水は、赤あざを治すのにも使われます。
若竹の節に水がたまるのは、陰暦五月五日から秋口までの雨の降ったときのみ。竹の真中をあぶると、両端の切り口から水が滴ります。
八月の十五夜からは竹の水分が抜ける時期なので、それまでに集めるようにしてください。
毒にも薬にもなる美容法
老若男女、誰だって人には言えない悩みがある。治るというのなら、ちょっと危ないものにも手を出したくなる。とはいえ、ヤマトリカブトの根やヒ素を含んだ有害鉱物を使っていると聞くと、とたんに試したくなくなる。『医心方』では、そのほかにも鉄さびや水銀といった危険な毒物が薬剤にされていることがあるので、正直なところ、むやみやたらに試すのは控えてほしい。というか、危険である。
もし試すのなら、材料はもちろん、それを使用するタイミングにも気をつけたい。
それにしても、産みたての烏骨鶏の卵や黒いニワトリの血を使うのは、すこし魔術じみている。朝一番に汲んだ井戸水というのも呪術的な雰囲気がある。
毒になるかは分からないけれど、羊の角や馬の蹄、獣の糞など、どこで手に入れたらよいのやら頭を悩ます処方もある。美しくなる前に、材料探しのための旅にでかけなくてはいけない。美への道は果てしない。
おわりに
ここに紹介した美容法は内容のほんの一部。現代医学でも難しいとされているものが『医心方』の処方でほんとうに治るかどうかは疑わしいが、この本は、当時の人びとが何に悩み、どのような方法で治療しようとしたのかを知るための貴重な資料でもある。
『医心方』のもうひとつの魅力は、これらを処方された当時の人たちの顔にある。個人的には、資料としてよりも、彼らがどんな表情で悩みと向き合っていたのか、そっちのほうが気になってしかたがない。
【参考文献】
槇佐知子「『医心方』事始」藤原書店、2017年
槇佐知子「日本昔話と古代医術」東京書簡、1989年
「医心方 巻四」筑摩書房、1997年