Culture
2020.02.16

受験の神様、菅原道真が暴れまくる!奇想天外な能の作品「雷電」は眠気も覚めるおもしろさ!

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皆さんは、神頼みってどんな時にしますか?「苦しい時の神頼み」なんて言葉があるように、普段は神様を当てにしない人でも、受験の時には神社にお参りに行く人は多いんじゃないでしょうか。1月から3月にかけては、中学生や高校生にとって大きな重圧がかかる受験シーズン。学問の神様として有名な菅原道真を祀った、北野天満宮・太宰府天満宮・防府天満宮の日本三天神は受験生達で賑わいます。

この頼れる受験の神様が登場する、スペクタルな能があるのは、ご存知ですか?能に馴染みがなくても楽しめる、奇想天外な内容をご紹介します。

そもそも菅原道真ってどんな人なの?

承和12(845)年に、代々続く学問の家系の家に生まれた道真は、幼くして和歌を詠むなど周囲の注目を集めていました。そう、神童だったんですね。着実に学問のエリートコースを進み、32歳で現在の大学教授のような地位の文章博士(もんじょうはかせ)に。この後も快進撃は続き、当時は学者が政治に関わるのは珍しいことでしたが、天皇に重用されて右大臣にまで昇りつめます。

しかしこの出来事は、左大臣である藤原時平(ふじわらのときひら)を中心とした有力貴族達の妬みを買うことに。栄光の日々から一転、時平一派の陰謀に巻き込まれ、京の都から離れた太宰府に左遷させられるのです。失意の道真は2年後に、京に戻ることなく57歳で亡くなってしまいました。

『東風吹かば匂い起こせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ』太宰府へと出発する時に詠んだ歌が哀れを誘います。

百人一首の中にも、道真の和歌が入ってますね!

なぜ神様に?

道真は、権力争いに負けてしまった平安時代の偉い人。この出来事だけなら神様にはなっていませんよね。それは、道真の死後、数々の不吉な出来事が都に沸き起こってしまったからなのです。

まず道真を太宰府へと追いやった張本人の藤原時平が38歳の若さで死去。さらに皇太子・保明(やすあきら)親王も若くして亡くなり、次の幼い皇太子もわずか5歳で死去。祟りだと思った朝廷は、道真を太宰府に左遷することを命じた文書を燃やしたりもしたそうですが、日照りや疫病などと負の連鎖は止まらなかったようです。そして、皇族や貴族を地獄の恐怖に叩き落とす出来事が勃発します。宮中の清涼殿に雷が落ちて、近くにいた公卿らが巻き込まれ、衣服や身体に燃え移った火事で死者を出したのです。

震え上がった朝廷は道真の子どもたちの流罪を解いて京に呼び戻し、北野の地に道真を祀る社を立てました。この社が北野天満宮で、道真は神になったのです。

負のエネルギーって怖い!

「雷電(らいでん)」は、眠くなりません!

能は伝統芸能の1つで、和製ミュージカルとも形容されます。正式な催しだと、歌舞劇の能と、滑稽な喜劇の狂言とが一対になって、同時に上演されることが多いです。何となくは知っていても、実際に生の舞台を見たことがある人は、まだまだ少ないかもしれません。誤解を恐れずに言うと、「難しそう」とか「眠くなりそう」という印象があるかも!?正直に申しますと、初観劇の時私はぐっすり寝てしまいました!それでも装束の素晴らしさなどが心に残り、寝たり、寝なかったりしながら観劇を続けています。なんちゃって能ファンの私が今回ご紹介する菅原道真がモデルの「雷電」は、眠くなりません!というより、心地よく眠るには不向きな演目と言えるでしょう。

雷電の主な登場人物

能の演目では主人公が途中で舞台から下がる場合があります。前半は人間の亡霊などで現れ、後半に鬼となるような場合です。この場合、前半を前シテ(まえして)、後半を後シテ(のちして)と呼び、役の名前も変わります。

シテ(主役のこと)
前シテ:菅丞相(かんしょうじょう) 菅原道真の亡霊
後シテ:雷神 菅原道真の怨霊

ワキ(相手役のこと)
法性坊(ほっしょうぼう) 比叡山の僧、かつて道真の師匠だった

雷電ってこんなストーリー

比叡山の法性坊のもとに、ある夜菅丞相(菅原道真)の霊が現れます。生前に師弟関係にあった2人は再会を喜び、語り合います。やがて菅丞相は、「雷神となって内裏に祟るつもりなので、参内の命令があっても、従わないで欲しい」と訴えます。法性坊が断ると、突然鬼の形相となってザクロを噛み砕き火を吐いて姿を消してしまいます。その後、宮廷からの命を受けて法性坊が内裏で祈祷をしていると、雷神となった菅丞相が現れて暴れます。しかし激しい戦いの末に、法性坊の祈りに屈します。菅丞相は「天満大自在天神」という称号を帝から授けられたことで恨みも晴れ、黒雲に乗って空高く飛び立っていくのでした。

見どころは迫力満点の戦いの場面!

菅丞相と法性坊が語り合い、しっとりとした場面から一転して戦う場面は、迫力満点。「臣下であった身で内裏を荒らすとは不届きだ」と法性坊が責めると、「陥れた人々に思い知らせてやる」と雷神となって暴れまわるのです。舞台の左右に台が2つ置かれていているのですが、この台は内裏の中の紫宸殿や弘徽殿などの建物をイメージしています。雷神が台の上を交互に入れ替わり移っていき、拍子を踏んで雷を落とす表現をします。対する法性坊は数珠を持って応戦し、雷神は打杖(うちづえ)を構えて飛び回ります。

長年の恨み辛みを爆発させる思いが伝わってきて、緊迫感もあって惹きつけられるシーン。神様になるまでの道真の葛藤が、何だか人間味に溢れていて、スペクタルな内容だけど、ちょっとグッときます。

面や装束に注目すると面白さ倍増!

前半の菅原道真の亡霊と、後半の雷神は装束や面(おもて・能で使う仮面)を替えて同じ能楽師が演じるのも、見どころの1つです。前半は黒頭(くろがしら・能のお約束で、亡霊や幽霊を表す)で、貴人の装いである白い狩衣姿。道真が亡くなった実際の年齢は中高年なのですが、なぜか面は幼い童子のものが使われます。これは、恩師である僧との対面なので少年期の道真を表しているそう。装束とのアンバランスが、何とも怪しいこの世のものではない雰囲気を醸し出す効果を演出。雷神になって登場する時は、赤頭(あかがしら・荒ぶる神々などを表す)に、派手な色合いの狩衣、模様が描かれた半切と呼ばれる袴を付けて登場します。面は顰(しかみ・極端に怒り顔をした鬼神の面)が使われます。前半と後半でがらっと変わるので、とても面白いですよ。

菅原道真は歌舞伎や文楽にも登場しています!

能「雷電」は、実は元々ある能「菅丞相」のダイジェスト版になっています。内容は、ほぼ同じですが、より人間菅原道真の苦悩を丁寧に描いた印象。残念ながら現在ではほとんど上演されませんが、復曲能としてまれに上演することがあります。歌舞伎や文楽にも菅原道真が登場する「菅原伝授手習鏡(すがわらでんじゅてならいかがみ)」があり、こちらは人気演目として頻繁に演じられています。歌舞伎俳優が菅丞相役を演じる時には、並々ならぬ心構えで向き合います。十五代目片岡仁左衛門の当たり役とされ、父の十三代目片岡仁左衛門に習って楽屋に天神様のお軸を掛け、舞台に出る前と、戻った時に拝んで精神統一するとか。不運な最期を迎えた菅原道真ですが、長い年月を経ても、こうして人々の祈りや、芸能のなかに生き続けているのですね。

※こちらは、能に関する和楽webの過去記事です!良かったらご覧ください。
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参考文献:「仁左衛門恋し」 小松成美著 徳間文庫カレッジ 2014年12月