藝大という秘境の「出島」であれ! 藝大・澤学長に聞く、藝大アートプラザの使命と未来

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皆さんは「東京藝術大学」と聞いて、何を想像するでしょうか?

坂本龍一や野村萬斎などの名だたるスターを世に送り出し、村上隆や会田誠、山口晃といった第一線で活躍するアーティストを輩出し、美大受験の青春を描いた漫画『ブルーピリオド』の著者である山口つばさの出身校であるなど、きっとさまざまなイメージが思い浮かぶでしょう。
「日本のみならず、世界のアート界に貢献している学校」であり、「天才や奇才が通う大学」という強烈な印象がある藝大。一方で学校の成り立ちとして、もともと東京美術学校と東京音楽学校が統合した学校で、美術と音楽という二つの柱があることなどは、あまり知られていないように思います。

今の藝大の学長である澤和樹学長(以下、澤学長)は、美術学部出身の学長が続く中、実に37年ぶりとなる音楽部出身の学長となった方です。また澤学長は、東京藝術大学と小学館の共同事業で、藝大にまつわる方の作品を展示販売している「藝大アートプラザ」においても中心的役割を担っており、開業時には小学1年生の制服姿でCMやポスターに登場しました。そんな澤学長は、世界レベルのヴァイオリニストでありながら、「カズキチャマ」の名で親しまれる、大変気さくな方でもあります。

今回第21回の対談企画「編集長が行く!」では、2022年3月に退任を迎える澤学長に、和樂web編集長セバスチャン高木が運営を担当している藝大アートプラザや、藝大・藝大生の魅力について、たっぷりお話をうかがいました。

澤学長。藝大アートプラザのギャラリー前で。

ゲスト:澤和樹学長
1955年、和歌山県生まれ。1979年、東京藝術大学大学院音楽研究科器楽専攻(ヴァイオリン)修了。2013年4月から副学長、2014年4月音楽学部長を経て2016年4月から東京藝術大学長に就任。国内外で多数の音楽コンクールや演奏会に参加、受賞歴多数。また、2015年5月には英国王立音楽院名誉教授に就任している。

藝大アートプラザってどんな場所?

セバスチャン高木(以下、高):澤学長は、小学館と藝大がコラボレートして藝大アートプラザを立ち上げた時の中心的役割を担っていらっしゃったのですが、学長にとって藝大アートプラザはどんな存在だったのでしょうか?

澤学長(以下、澤):藝大は2004年に法人化されましたが、旧国立大の体質を引きずっていて、「武士は食わねど高楊枝」ということわざのように、利益を得ることを潔しとしないところがありました。でも今は藝大にも経済的な自立が求められていますし、世の中とつながっていくのは重要なことだと思っています。開業にあたり小学館さんと組んで、インパクトのあるポスターや動画※もつくりましたし(笑)。

※藝大アートプラザのCM・ポスターでは、澤和樹学長、日比野克彦美術学部長、相賀昌宏株式会社小学館代表取締役社長が小学1年生の制服を着用して登場した。

YouTube「geidai art plaza | 藝大アートプラザ CM」はこちら

高:弊社の社長が出ることはほとんどないので、あの時は我々社員もびっくりしました(笑)。

澤:藝大が新しく変わったという意味で、藝大アートプラザは象徴的だったと思います。利益面ではコロナなどがあって思うようにはいかないかもしれませんが、コンセプト「ここは藝大の出島である」からも分かるように、鎖国状態だった藝大の変革の象徴と捉えています。

高:昔は鎖国状態で、藝大アートプラザしか出島がなかった藝大が、今では「I LOVE YOU」プロジェクトや「東京藝大アートフェス」などもやっていて、だいぶ開かれてきた印象があります。澤学長のディレクターとしての新しい指針があったのでしょうか?

澤:私にそうしたディレクションの才能があるとは思わないのですが、藝大は美術学部出身の学長が続いていて、前学長の宮田亮平先生が美術学部だったところに、私のように音楽学部出身の人間が37年ぶりに学長になることで、新しくなったと認識されたとは思います。

芸術と社会との関わりで言えば、芸術は社会から隔絶しているからこそ見えてくるものもありますが、そう言ってばかりはいられませんし、音楽に関しても、演奏会で演奏するだけが社会貢献ではないと思います。新学長になられる日比野克彦先生も、昔から「アート×福祉」をやっていますし、そうした活動は今後の藝大の人材づくりの重要な部分になっていくでしょう。

美術と音楽、藝大の二つの柱

高:学長のご出身のお話からも分かるように、藝大は美術と音楽という二本の柱があります。美術と音楽の融合に力を入れるとおっしゃっていたのも印象的なのですが、その二つは一緒になるようなものなんでしょうか?

澤:藝大はもともと東京美術学校と東京音楽学校が統合した学校で、お互いが違う学校だったので、交わることが少なかったと思います。私が学生として音楽学部に通っていた時代を振り返っても、美術学部との交流はあまりなかったと記憶していますし。その交流がない状態を、混ぜ返したかったのです。映像研究科や、国際芸術創造研究科などの新しい学科もできましたし、世界的に見ても稀有な総合芸術の大学ですので、その点を生かさない手はないと考えていました。

高:澤学長はまさに美術と音楽の融合の最先端を走ってらしたと思うのですが、共同制作の難しさのようなものはあるのでしょうか?

澤:難しさというよりは、お互いに興味があって、好きであればいいんじゃないかと思いますね。

高:私どもが藝大アートプラザの事業に関わらせていただいた時に、藝大と同じ方向を向きたいなと思っていました。その時に一番難しいなと思ったのは、藝大アートプラザは美術に関する作品が大半を占めていて、学長の出身である音楽学部をどうやって取り入れるか、あるいは表現するか、という点でした。今もすごく悩ましいなと思っているのですが、そのあたりは、なにかアイディアみたいなものがおありだったら、教えていただけたら嬉しいです。

澤:今の藝大アートプラザは美術が9割ですが、音楽に関しては、もっとソフトの面で、学生や卒業生の持ち味を紹介できるようになるといいなと思います。今はCDのように完成した製品でなくても、スマートフォンの動画などでクオリティの高いものがつくれますので、「藝大アートプラザ」というパッケージでより価値を高められればいいですね。

高:悩み相談みたいで恐縮なんですけれど、もっと藝大生に藝大アートプラザへ来ていただきたいなと思っています。学長としては音楽学部など、いろいろな学部の方にも来てほしいと思っていらっしゃいますか。

澤:それはそうですね。例えば、藝大生は学部・大学院・専攻を問わずに応募できるコンペティションである藝大アートプラザ大賞は、今は美術の賞になっています。そこに音楽部門の藝大アートプラザ大賞をつくることも考えられるでしょう。音楽出身の卒業生が藝大アートプラザで自分を売り込んでいけるんだと思えることが望ましい。音楽のコンペティションは世の中にたくさんありますが、それとは少し違った、その後の将来や社会とのつながりになるような位置づけの賞になるといいですね。

高:社会とのつながりという話でいえば、先日学長が発表なさっていた「東京藝術大学 SDGsビジョン」※を拝見して、藝大の歴史はSDGsそのものだと思いました。

※「東京藝術大学SDGsビジョン」では、SDGsが掲げる社会変革への貢献や社会への結びつきの強化、持続可能性や藝術と社会の架け橋となる人材育成などを示している。

澤:今まで認識がなかったのですが、振り返ると、自分たちがやってきたことはSDGsそのものだと実感しています。ちょうど私が学長になったタイミングで、書籍『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』※がクローズアップされて、本の中では藝大の卒業生の多くが行方不明とされていまして。

※『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』二宮 敦人 新潮社
著者が藝大生にインタビューし、彼らの摩訶不思議な日常や価値観、卒業後の進路などが明らかに。巻末に著者と澤学長の対談も収録されている。

高:卒業生の多くが行方不明、確かに(笑)。

澤:確かにそうなんですけど(笑)、これを笑ってちゃいかんだろうと。
せっかく激しい競争をくぐり抜けて藝大に入ってきて、いい教育を受けながらも、卒業後の活躍の場が用意されていないのは苦しいことだと思っています。そのためにも芸術が、一握りの時間もお金もある人のためのものや、不要不急のものではなくて、誰にとっても必要なのだと感じてほしいですね。

高:私どももまさにそう思っていて、藝大アートプラザが少しでも多くの方に目にふれてほしい、社会とのつながりを感じられる場になってほしいと思っています。一方で同じ美術学部でも、絵画科と工芸科の多様な技の違いなど、作品が多様すぎて、藝大はまさに秘境だなと実感します。他分野との共同制作などもあるようですね。

澤:今は絵画科で入学した人が彫刻科のような立体作品で卒業することも、その逆もありますし、本当に多種多様になっていますよね。それが更に、美術学部出身の人が、本来違う学校のものだった音楽のセンスを加えた作品を制作するほか、美術学部と音楽学部で共同制作を行うなどの例もありますね。この学校の可能性を広げるという意味でも、非常に良いことだと思います。

往々にして芸術家や藝大の学生たちは、専門に特化してのめり込みます。のめり込めるからこそ芸術家と言えるんですけど、周りで起こっていることに気づけないところがありますので、そこをもう少し目覚めさせてあげるようなムードにしたいですね。

高:学長は海外の生活が長かったと思います。そこでの美術などの影響が、音楽に影響を及ぼしたこともあったのでしょうか?

澤:私はロンドンに留学しておりまして、その間に美術館へ足繁く通ったかと言えばそうでもないのですが、それでもバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂にあるミケランジェロのピエタ像を観て、号泣するくらい感激した経験はあります。そうした感動は演奏の肥やしになっていると思いますね。

高:藝大アートプラザではガラスの造形作家、福村彩乃さんの作品を扱っているのですが、説明にクラシックの音楽をイメージして造形していると書かれていて、これって藝大ならではだなと思いました。美術と音楽の垣根を越えた経験ができたり、刺激し合える環境があるのは学生にとって良いことですね。

ガラスの造形作家、福村彩乃さんのネックレス。なお、福村さんは元ピアニスト。

澤:そうですね。それに藝大がある上野には、博物館も美術館もあります。ただ、この環境を活かしている学生がどれくらいいるのかなとも思いますね。

高:なるほど。

澤:一割もいないんじゃないでしょうか。無料で観れるようなところも多いんですけどね。私も自分を振り返ると、あまり人のことは言えないんですけど(笑)、今となってはもったいなかったなと感じます。

私はもっと美術と音楽の垣根を取り払うことを目指していますから、音楽学部の人に美術学部の卒展や修了展などを見てほしいですし、美術学部の人が演奏会などにもっと行ったらいいなと思います。

高:藝大生を経験なさっている学長だからこそ、言えることもあるのだと思います。最近は藝大の学生さんもSNSをやっていて、藝大アートプラザに作品を出しているデザイン科の作家さんが、音楽の方とコラボすると書いてありました。そうすることで可能性もより広がると思うのですが、学長が考える藝大生像や、彼らの可能性とはどういうものでしょうか?

澤:変わり者の集団ですね(笑)。
常識では考えられないものを生み出すことができる学生たちです。学校側では出来るだけ自由に表現できるプラットフォームをつくって、あとは任せておくのがいいなと思っています。

高:そうすると、学長の考えとしては、できるだけ学生の自由を阻害しない方向ということですね。

澤:私は音楽を教えているときも、自分のクラスの学生は放し飼いにしていました。先生の方針にもよりますが、他に良い先生がいたらそちらに学びに行けばいいですし、あまり型にはめるより個性を生かすことが重要ですから。

あと私は、自分が演奏して手本を示さないようにしていました。それをやると外見をコピーするだけになってしまうので、演奏を言葉で評価してアドバイスし、自分で考えさせるようにしていたのです。

藝大アートプラザの澤学長グッズ

高:澤学長は藝大への熱い思いと共に退任されます。藝大アートプラザでは、澤学長のフェアをさせていただくことになりました。関連グッズのほか、CDや楽譜などが販売されています。

「藝大アートプラザ」開業時のCM。「藝大の学長が小学一年生に扮する」という意外性で、大きな驚きと温かい笑いを生みました。

澤学長がモデルのビスケットとメモ帳。イラストは藝大卒の坂崎千春さんの手によるもの。ビスケットのパッケージとマークは、次期学長の日比野克彦先生のデザイン。

澤:2020年4月に緊急事態宣言が実施された時、台東区のケーブルテレビで音楽番組をつくることになりまして、唱歌をヴァイオリンで演奏することにしました。考えてみると、唱歌は藝大の前身の一つである東京音楽学校の教員がつくっているものも多く、学長の私がやる意味もあると思ったのです。

唱歌では、日本人ならではの人を思いやる心などが歌われているので、今のコロナ禍の状況とも合ったのでしょう、これが好評で、キングレコードから『ヴァイオリンでうたう日本のこころ』としてCD化されることになりました。表紙は平山郁夫先生、題字は宮田亮平先生です。

高:オール藝大という感じですね。

澤:三代続きの学長が携わっています。クラシックのCDは2000枚売れると良く売れたとされるそうですが、あっという間に2000枚販売されました。CDに収録した曲を載せた楽譜も作っています。
こちらの二枚目のCD『いのり』は二匹目のドジョウということで、祈りを感じる曲などを入れました。表紙の絵と題字は藝大の美術学部の日本画の名誉教授、宮廻正明先生によるもので、選曲も私がやっています。

高:曲はどういう基準で選ばれているんでしょうか?

澤:西洋クラシック音楽には祈りに通じる曲が多数ありますので、その豊富な曲の中から選びました。あとはアイルランド民謡などもありますね。

藝大アートプラザでは、澤学長のCDも購入することができます。

高:学長は『教養として学んでおきたいクラシック音楽』という本も出されていますね。

澤:この本はマイナビ出版からの依頼で、教養として学んでおきたいクラシックについて書くという趣旨でした。2022年2月末くらいに出版されています。私は本を一度も書いたことがないし、ためらいましたが、今は演奏会に行くのも難しい状況ですし、クラシックの演奏会へ行ったことがないようなビジネスマンなどに向けた本があるのもいいのではと思って書きました。

高:学長が初めて手がけた著書だというのは、すごく意外です。

澤:もともと書くことは嫌いではないのですが、そういうお話もなかったですしね。

高:西洋絵画や日本画の見方や、新しい学びに関するものなど、最近は藝大関連の教職員が本を出すケースが増えています。世間から広くアートが求められているということでしょうか。

澤:今、アートが求められている感じはしますね。コロナで展覧会やコンサートが無くなって教員側に時間がある、ということも一因だと思います。

高:私ども出版社も、コロナで収益が上がっているということはありますね。以前なら売れなかったような本が売れはじめていますし、少しずつ生活がシフトしているという感じがあります。だから今後、アートと出会う楽しみも、有名な作品を観るだけではなくて、自分だけの作品を観る楽しみに変わっていくんじゃないかと思ったりもしました。

藝大アートプラザへ今後望むこと

高:藝大アートプラザの始まりの当事者である学長から、是非うかがいたいなと思っているのですが、今後、藝大アートプラザがどうなっていくことを望んでいますか?

澤:藝大は、最初に言ったような「武士は食わねど高楊枝」みたいなところからは脱却して来ていますが、今後さらに世の中と関わっていかなければという気持ちがありますので、藝大アートプラザがその最先端になることを望んでいます。
学生の中にはインターネットでの拡散などに長けた人もいますが、アーティストは基本的にそういったことに疎い人が多いので、藝大アートプラザには発信のツールになってほしいと思いますね。

高:物理的な出島でもあると共に、テクノロジーとしても先を行くような出島でなければならないということですね。

澤:そこは期待していますね。藝大はあらゆる意味で宝の山なので、あとはそれがつながっていけばいいなと思っています。今まで宝の持ち腐れの状態で来ているところがあるので(笑)。

高:宝のレベルが高すぎて、磨きようがないのと、使いようがないというジレンマを感じますね。藝大自身も発信力が高まっているところに、私たち藝大アートプラザは何ができるのかということを、日々、自問自答しています。

澤:藝大自身もだいぶ変わってきていますが、そうは言っても教育機関でもありますし、まだまだの部分があります。そこはいい意味で、営利企業としての小学館さんのツールを利用させていただければと思います。

高:藝大と弊社が組んで、藝大アートプラザのポスターや動画を作った開業時の話にさかのぼるのですが、あの小学一年生のコスプレは恥ずかしくなかったのでしょうか?

澤:羞恥心はだいぶ前に捨てました(笑)。
私は高校二年生の文化祭で、中年太りで飛べなくなったスーパーマンの役をやったんです。スーパーマンが電話ボックスの扉を蹴破ってファイティングポーズをとる、というのを演じたんですけれど、これがすごくウケましてね、それ以来はまってしまいました。
お客様がこの学長室にいらっしゃる際、椅子から見える位置に藝大アートプラザ開業時のポスターを貼っているのですが、皆さん必ず話題にされますね。

高:藝大アートプラザも、常にオープニングの時の精神に立ち返って、どんどん面白いことをやっていかなければならないってことですね。本日はいろいろ宿題をいただいてしまいました(笑)。

藝大アートプラザ イベント情報

『Under Construction 変わり続けるアートの広場』
会期:2022年2月26日(土) – 4月17日(日)
時間:11:00-18:00 月曜休業(祝日は営業、翌火曜休業)
入場料:無料
会場:藝大アートプラザ内ギャラリー
詳細ページ:https://artplaza.geidai.ac.jp/gallery/

写真:篠原宏明

書いた人

哲学科出身の美術・ITライター兼エンジニア。大島渚やデヴィッド・リンチ、埴谷雄高や飛浩隆、サミュエル・R.ディレイニーなどを愛好。アートは日本画や茶道の他、現代アートや写真、建築などが好き。好きなものに傾向がなくてもいいよねと思う今日この頃、休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。