瓢亭の歴史は“玉子”と共にありました
瓢亭玉子の歴史は古く、江戸初期の創業期、茶店だった時代から出していたもののようです。
「茶店のころは、お茶やお菓子を出していましたが、そのうちに庭先の鶏の玉子をゆでて出すようになったと伝え聞いています」と当主の髙橋さん。幕末の出版物『花洛名勝図会(からくめいしょうずえ)』には、「瓢亭の煮抜玉子は近世の奇製なりとて酒客あまねくこれを食悦(しょくえつ)す」とあり、当時たいへんな人気だったことがうかがえます。
さらに「鶏卵(たまご)は春の桜鯛、秋の紅葉鮒にも越え、河海の時化を知らず。形圓くして骨なく腎精(じんせい)を健にす。頗(すこぶ)る生物の最上というべし」とあって、鯛や鮒以上の味で、時化も関係なく調達でき、健康にもよいと、大絶賛されています。玉子が貴重だったころの、美味への憧れが感じられます。ちなみに『花洛名勝図会』は、京都の名所の絵と解説文が載った、今で言うガイドブックでした。
つくり方について、髙橋さんは「なんでもない玉子です。秘伝もありません。白身はかっちり固まって、黄身はとろっとするようにゆでるだけです」と言います。“なんでもないものを当たり前に美味しく饗する”ことこそが一番難しく、そこに本当の老舗の矜持と実力を感じます。
瓢亭の八寸は、季節の移り変わりにつれて、半月に1度ほど変わりますが、いつでも、玉子を「台」にして考えられています。台とは、その皿の土台という意味で、ほかの料理を取り合わせる中心であり、基準になるものです。玉子はどんな相手にも合う、究極の「台」になってくれるのです。
この玉子が、今日の瓢亭の料理スタイルを決めているように思えます。年中変わらないゆで玉子という中心をもったことで、それを取り巻く料理は「飾らず、季節を忠実に料理していく」という姿が守られているのです。
瓢亭の料理は、材料から盛りつけまで、すべてが京都の四季を表現したもの。八寸は、その世界をひとつにした、美しい細密画です。
八つ橋に、菖蒲の葉を敷いて初夏の八寸
八つ橋といえば、在原業平(ありわらのなりひら)の「唐衣…」の歌。杜若(かきつばた)が咲く初夏を思わせる器だ。瓢亭玉子の左上から右回りに、蓴菜針この子、目板鰈一汐干(めいたがれいひとしおぼし)唐揚げ、油目新子(あぶらめしんこ)南蛮漬、茗荷(みょうが)寿司、押し瓜。ギヤマンのつぼの中は、蓴菜に、細切りのこの子(なまこの卵巣、くちこ)を合わせたもの。目板鰈の自家製干物の唐揚げや、油目の新子の南蛮漬などの揚げ物がアクセントに。茗荷寿司など、寿司は必ず入れる。昆布にはさんで押した押し瓜も丁寧につくられた逸品。
夏から秋へのうつろいを楽しむ
うちわ形の溜塗(ためぬり)盆には7、8月の八寸を盛りつけた。瓢亭玉子の右下は鮎寿司、茗荷、右端から左へ、鴨香味焼き、小芋きぬかつぎ、枝豆、蛸の子の田楽。鮎寿司は、どんどん大きくなり、風味が変わっていく鮎を楽しむ、通好みの味。瓢亭の料理には川魚を使ったものが多い。古来京都では、海の魚よりも川の魚がよく使われていたことを思わせる。小芋や枝豆は、夏が長けたことを知らせる。蛸の子は食感が楽しく、田楽にしたのも面白い。
店の印、瓢簞の絵柄で長月を迎える
瓢簞を金銀で蒔絵した盆に、9月の八寸を盛る。瓢亭玉子が名月のように見えてくる。その下はかます寿司柚子はさみ、その下右から鰻八幡(やわた)巻き、栗芋、生雲丹と枝豆新生姜の煮こごり、鱧田楽。煮こごりには季節のものを、彩りを考えて取り合わせる。栗芋は、さつまいもを栗の形にむいて、みつ煮にしたもの。田楽も瓢亭の八寸によく登場する。鱧を白焼きにしてから白味噌を炊いてつくった柚子味噌を塗り、味噌が焦げないようにもう一度焼いている。
-2014年和樂8・9月号より-