Gourmet
2021.02.27

ひな菓子って絶滅寸前? ひな飾りに添える「ひな菓子」を作り続ける「鍵善良房」の「ひな篭」はこれまた手仕事の結晶だった

この記事を書いた人

春はもうすぐ。この時期、わたしが心待ちにしているのが鍵善良房(かぎぜんよしふさ)のひな菓子「ひな篭(かご)」である。

と書いたところで「そもそも、ひな菓子ってなんですか?」という声も聞こえてきそう。ひな菓子とは、3月3日、桃の節句を祝うために飾られるひな人形に供えられるお菓子のこと。女の子の成長と幸せを願う縁起物のモチーフが入るのが伝統的なスタイルで、干菓子や半生菓子、飴などさまざまな和菓子の手法を使って仕立てられる。

鍵善良房のひな菓子「ひな篭」に入る菱餅。ひな飾りのお菓子といえば、やっぱりこれ。鍵善ではゼリーと呼ばれる半生菓子で菱餅を仕立てる。

日本人がひな人形を飾る風習は江戸時代に入ってからだといわれるが、昔ながらの和菓子屋さんであれば、たいていこの時期は販売しているひな菓子。しかし、よそとはまったく違うひな菓子をつくっているのが鍵善良房なのである。

もしかして、これまでの人生で「ひな菓子」をちゃんと食べたことないかも? と思ったあなた。この記事に出合った今がそのチャンス。大人になって食べるひな菓子もいいもんです。女のひとに限らず、和菓子が好きな男性もご一緒に! 鍵善良房の「ひな篭」のかごの中をのぞいて見てましょう。

日本一の花街から発信するひな菓子は、女の子のときめきを洗練美で魅せる

2021年の「ひな篭」はこんな内容になっている。と断りを入れると毎年中身が変わるように思われるけど、見た目はきっとこの先もだいたい同じだ。でも、使う素材はいいものがあれば新調したり、毎年進化しているそう。

特大の「落雁」の桜鯛や、「ゼリー」の菱餅、有平糖(あるへいとう)と呼ばれる飴細工のちょうちょやつくし、そしてすはまでできたお団子に雲平(うんぺい)製のお寿司が入ったり。まさに贅を尽くした手わざの玉手箱なのだ。「ひな篭」に入っているお菓子をひとつずつ指で取り出しては、ニッコリするこの感覚。そうだ、自分の好きなものをひっぱり出しては遊んでいた”おままごと”に似ている。

鍵善良房は京都・祇園の一角で享保年間(江戸中期)から続く京菓子店。さすが、花街祇園にある老舗のつくるものは違う。小さくて愛らしいものを詰め込んでも、大人っぽい仕上がりである。モチーフのデフォルメがしゃれていて、おもちゃのように見えない。立体感のあるモチーフを盛り込み、お菓子としてのおいしさでも魅了する。

飾りものではありません。鍵善良房のひな菓子は大人も食べておいしい本気のお菓子

今回ひな菓子を取材するにあたり、京都のみならず大阪や奈良など近くの古い和菓子屋さんを巡ってみることにした。鍵善の「ひな篭」ぐらい強烈にかわいいひな菓子をつくっているところってあるのかな? という疑問もあったし、わたしの住む東京では、ひな菓子もひな飾りを置く住宅事情と同じくコンパクトであることが前提になっている。関西の方が昔ながらのたっぷり、ゆったりしたひな菓子が残っているような気がしたからだ。

偵察の結果、感じたこと。それはひな菓子はどこも少量化に向かっているというか、手数を減らしたものになりつつあるようだ(茶席用の干菓子をつくるような専門店は別として)。「もはや飾り物で味は二の次」という割り切り方なのか、味がお粗末だったりもする。うーん、このままでは家族でにぎやかに祝うひな菓子って絶滅種に入っちゃうのかしら?

鍵善良房では「ひな篭」の中に入るものは、すべて自分たちでつくっているという。最初この言葉をご主人から聞いたときは、とりたてて気に留めていなかった。干菓子の折詰「園の賑い」を手わざを駆使してつくる店である(その理由はこちらの記事に)、ひな菓子も当然のことだろうと思ったからだ。

しかしよく見てみると、かごの中には干菓子もあれば半生菓子がふんだんに入っているし、この機会でしか登場しないお菓子もある。つまりは、「園の賑い」以上に手が込んでいる。

ひな飾りのぼんぼりがモチーフの半生菓子。色の違うシート状のゼリーを重ねて、型抜き。仕上げに同様にゼリーを型抜きした桜を置いて、砂糖をまぶす。1個ができるまでの時間はどんだけ?

かなり、ひな菓子に本気ってことである。

これは気になる! ということで再び工房を訪ねた。今回も惜しみなく工房を開放し、取材に応えてくれたのは15代店主の今西善也さんである。

鍵善良房本店1階の喫茶室にて。春の緊急事態宣言下の休業中に喫茶室の絨毯を新調されました。

なんで鍵善さんはひな菓子に全力投球するの? 今回はそこを解き明かしてみたい。

鍵善良房のひな菓子はゼリーと呼ばれる半生菓子が主役

落雁を中心とする干菓子の折詰「園の賑い」の中でも色鮮やかで、ひときわ存在感を放つ「ゼリー」。鍵善ではおなじみのこのお菓子が「ひな篭」で効果的に使われている。ここでいうゼリーとは、ゼラチンが主成分ではなく、寒天と水とグラニュー糖が原料のもの。白いゼリー生地は、卵白を加えることでできる。

鍵善のお菓子の「かわいい」をつくるもののひとつに、ゼリーがあるとわたしは思っている。「あるときまでゼリーはうちではつくらずにゼリー専門の業者から仕入れていたんです。そこが廃業することになって、自分たちでつくらざる得なくなったのが出発点でした」と今西さん。確かに、小さいものを色も形も変えてあれこれそろえる手間を考えると、別注したいかも。「まぁ自分たちでつくるとなったら、原料の配合や色も自分たちが好むようにできたから、結果、よかったんですけれど」。

「ひな篭」でゼリーを積極的に使う理由は、生地として成形がしやすいから。「ペタペタしているので、見た目以上に扱いづらい。仕事効率でいえば、おすすめできる素材ではないんだけど、色と形は遊びやすいんですよね」(今西さん)

餃子の皮のようなこの丸いゼリー生地は、一体なにになるのかな? 職人さんが目を凝らして何かやってますよ、、、。
菊の花? いやいや菊は春のお菓子には入らない、、、なんだろう?

ゼリー生地から花びらを型抜きしている。でも使うのは花ではない。包丁で切り分けられた”花弁のようなもの”は1枚ずつ楊枝ですくい取られて、先ほどの丸い生地に置かれる。

なんと正解はうさぎの耳! 

丸いゼリー生地を半円に折り、あんこを挟んだらぷっくり膨らんだ胴体になって。耳と目がついたら、うさぎ以外には見えませんねぇ。いやまてよ、前回お正月バージョンの「園の賑い」で取材したときには同じこの半円で鶴に見立てていたはず、、、。こういう遊びを考えた昔の人って本当にシャレている。京都の古くからある和菓子って、こういう発見があるから見飽きることがない。

「ゼリーのほかにも、ひな篭には『すはま』と呼ばれるきな粉を使った半生菓子が入ります(3色団子がそれ)。こういった半生菓子には、水分の蒸発を防いでやわらかさを保つためにうちでは砂糖をまぶしてます」と今西さん。それはさらに手間がかかるってことなのですが、だからこれまたおいしさが長持ちするわけで。

わたし、このゼリーの食感がかなり好きです。ムチっとした噛み応えが、上品な和製のグミのよう。今回のような卵白入りは、さらに粘度があってグミっぽい。味に特徴はないんですけど(!)、落雁の米の風味を味わった後の口直しには特にいいのだ。

「ひな篭」では、うさぎに加えて菱餅やぼんぼり、卵のモチーフで味わうことのできるゼリー。ぜひこの機会に味わってほしい!

大きな落雁って食べたことある? 大きいっておいしいことを再発見

かごの中に入っているものすべてを紹介したいところをぐっと抑えて、あとふたつだけいきましょう。厚みのある大きな落雁ってフカフカでおいしい〜! と興奮したのが、かごの中でもひときわ映える桜鯛の落雁だった。

本日この大きな落雁を打つのは、キャリア20年になる押目(おしめ)幸子さん。

落雁を打つコツは、昨年末の工房での「押物祭り」でたっぷりと教えてもらった(復習したい方はこちらの記事へ)。型が大きくなるということは、模様の数も多くなる。すべての模様をきっちり出すために、材料の砂糖や蜜、寒梅粉などを練りに練る。そして型に数回に分けて押し込むところも、これまでとは違う。

木型に材料を詰め終わったはずが、なかなか押目さんが打とうとしない。

待ちぼうけをしているわたしとカメラマンにフォローの声をかける今西さん。「これだけ大きい型になると、難所ばかりなんです。難所が多いものは、勢いに任せて打ち続けるわけにはいかないんです」。なるほど! 「そうは言っても、毎年この型は押目ばっかりやってるなぁ(笑)」との声に「フフッ」と声なき笑いで応える押目さん。「年季だけで担当が決まるものでもないですね、性格的な向き不向きもあるかな」。こんな大きな木型を扱うには、押目さんのような慎重派が向いてるってことですね。

ようやく、押目さんが動いた。

これまで見てきた木型とは異なり、厚みもあって大きいため、打ち出すにもひと苦労。お腹でぐっと板を支えて木の棒で木型の端を叩く。叩くことで、落雁を木型から浮かせるのだが、押目さんは叩く行為も慎重。コン、コン、という音も静かにゆーっくり。木型をひっくり返すのはまだかな、、、。

……とようやく出てきた桜鯛は、かごの中で見てください。とにもかくにも、一匹を打つのに時間がかかることがよく、よくわかりました。「落雁の生地で打つ前は片栗粉を使ってたんですよ。そうすると模様もハッキリ出るし、頑丈な打ち菓子ができるんだけど、食べてもおいしくないからなぁ」。ちょっと今西さんからぼやきが出ましたよ。「食べることを前提にしなかったら、もっと早く大量に早くつくれるんだけど。どうにかしたいと思いながら、もう10年は経ってしまったな(苦笑)」。

こんな大きな落雁が食べられるのも「ひな篭」だけのお楽しみ。鍵善良房の落雁は鮮度にこだわっているので、お米の匂いとふわっとした食感がとてもいい。大きくなるとさらにその味わいが何倍にも口の中に広がって感無量。これは続けてほしいなぁ。

レアキャラ(?)発見。この桜はひな篭にしか入りません

最後に「いも桜」という名前のついた生砂糖(きざとう)を紹介したい。鍵善のつくる桜の干菓子の中でも、なんとこの「ひな篭」でしか見ることのできないものだそう。

「いも」とつくのは、生地に大和芋が練りこまれているから。桜の表面にポツポツと見えるのは道明寺粉。サクサクそしてプチプチした食感がクランチパフのようで、新鮮。

それ以上にわたしが感動したのは、花弁の中心に軽いくぼみを付けていたこと。花びらを少し浮かせることで、花がふわっと開いたように見えるんですって! 浮き上がった花弁を保つために、道明寺粉をクッションにして一枚ずつ置いていくという丁寧な扱いにも驚き。ほかとは違うかわいさは、こんな工夫や配慮から生まれていた。

1年でいちばん手が空く時期だから、惜しみなく「ひな篭」に注力できる

今西さんにとって「ひな篭」とはどんな意味をもつお菓子なのだろう?
「2月って、京都の一年を通して見るといちばん手が空くときなんです。桜が咲き始めるようになるとそこから正月まではずっと忙しい。こんな時期だから、みんなでちょこちょこと手を動かして『ひな篭』にかまうことができるというのかな。ひとつの篭ができあがるまでに、ものすごい時間がかかっているのは確かですが、職人のわざを磨くいい機会でもあるんですよね。とはいえ、いつまでこんなこと続けていられるのかな」

これはお団子をつくる道具。ひな篭に詰めるお菓子に取り組む工房は、昔ながらの道具の博覧会だった。

すべてのパーツを自分たちでつくるようになって、およそ20数年。「味も見た目もバージョンアップしています」と胸を張る今西さん。「お客さんにおいしく食べてもらいたい、そのための手間は惜しまないという気持ちは店のどのお菓子にも共通していますが、『ひな篭』とか、正月用の『園の賑い』は特にその思いは強いですね」。

やわらかい笑みをたたえたひな人形は今西さんのお母様のもの。ひな篭を前にうれしそう。

かごに入れた昔ながらのスタイルで販売するのも、やはり、このお菓子はひな人形の供物という意味があるから。少量の紙箱入りもあるけれど、まずは全部が入ったかごがおすすめです。写真に見えている以上にぎっしり、大小の落雁も入っていて食べ応えは十分。

女の子の幸せを願う貝やうさぎ、春を寿ぎ成長を願うつくしやたけのこ、そしてかまぼこやお寿司の行楽気分など、日本人が森羅万象にどんな思いを託してきたのか。そんな日本人の美しい感性をお菓子へと昇華させた鍵善良房の職人たちの腕も、このかごの中にすべてある。標本のように眺めて、味わってもらいたい。

*「ひな篭」は3月3日あたりまで販売予定。残りわずかなので、お早めに店頭かオンラインショップでお買い求めを。竹かご入り3,200円・紙箱入り2,000円(ともに税込)。

鍵善良房

撮影/宮濱祐美子

書いた人

職人の手から生まれるもの、創意工夫を追いかけて日本を旅する。雑誌和樂ではfoodと風土にまつわる取材が多い。和樂Webでは京都と日本酒を中心に寄稿。夏でも燗酒派。企画・聞き書きを担当した本に『85歳、暮らしの中心は台所』(髙森寛子著)、『ふーみんさんの台湾50年レシピ』(斉風瑞著)、『鍵善 京の菓子屋の舞台裏』(今西善也著)がある。