Gourmet
2019.10.04

静岡おでんはなぜ黒い?静岡県民が愛する郷土料理、黒おでんのおいしさの秘密

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郷土の違いは、常識の違いでもある。

冬になると売られるようになるコンビニのおでん。大きな容器に汁をたっぷり入れて、その中に具を放り込む。神奈川県相模原市で育った筆者は、それが「おでん」だと思っていた。

ところが、筆者の両親は静岡県静岡市の人間である。静岡には「静岡おでん」という郷土料理が存在し、両親はそれこそが「おでん」だと思っているのだ。

この静岡おでんを静岡県民でないものが見たら、驚愕するに違いない。そして必ずこう問うのだ。「何でこんなに真っ黒なの?」と。

公務員団地の思い出

筆者の父は刑務官だった。

静岡刑務所から八王子医療刑務所へ転勤になったのは、筆者が生まれる前のことである。もっとも、父は大学時代を西荻窪で過ごしていたから、首都圏での暮らしには慣れていたそうだ。筆者が物心ついた時には、神奈川医療少年院の隣にある法務省管理下の団地に住んでいた。その団地の友達はみんな、刑務官か法務教官の子供である。

根っからの相模原市民という家庭は、その団地にはいなかった。それはそうだろう。相模原に実家があるのなら、わざわざ団地に住まう必要はない。

この当時、筆者と一番仲の良かった武藤君は道産子、つまり北海道出身だ。武藤君にはよく北海道の土産をもらった。筆者の両親も、武藤君の家に静岡の土産を渡していたはずである。でないと無作法だ。

武藤君の親御さんは、きっと静岡の黒はんぺんに驚かされていたに違いない。筆者の父の大好物で、周囲の知り合いにもよく土産として配っていたからだ。首都圏の生活に慣れていたはずの父だが、郷土の味を忘れることはできなかったらしい。平べったいD字型の、あの黒色のはんぺんが手に入ると子供のように喜んでいた。彼にとって、コンビニで売っているおでんは「おでん」というものではなかった。どうして相模原市民はあの白い物体を「はんぺん」と呼ぶんだ、という感覚である。

ふりかけをまぶす静岡おでん

黒いのははんぺんだけではない。静岡おでんは具を煮込む汁も真っ黒だ。

その分だけ、味が濃縮されている。静岡おでんの汁を一度飲んでみれば分かるが、二口三口で腹が一杯になってしまうような濃さだ。だから静岡市民は、具と共に汁をすくって飲むようなことはしない。

具にはふりかけをまぶす。これは青のりと鰹節の粉末だ。黒い汁でこってり煮込んだ大根や玉子、ナルト、そして黒はんぺんを不思議なふりかけでトッピングしてやる。熱々の汁と共に口へ流し込むものではないから、暑い盛りの季節でも十分に楽しむことができるというわけだ。静岡市の中年男は、この静岡おでんを食らいながらビールやハイボールで喉を潤す。ところが、筆者の父は下戸だった。缶ビールを飲む姿すら見たことがない。だから彼の場合は冷たい茶を飲みながらはんぺんをつつく。

先述のように、この刑務官団地には根っからの相模原市民はいない。どの家庭も、日本列島のどこからか転勤してきた人々である。故に、世帯毎の食文化にも大きな差があった。が、筆者は物心ついた時からそのような環境が当たり前だという認識だった。今でも「家が違えば味噌の味も違う」と心のどこかで考えているくらいだ。

夏バテはこうして乗り切る!

現在は両親の故郷に住民票を置いている筆者だが、やはり静岡おでんはよく食べる。

黒はんぺんもいいが、筆者は玉子が一番好きだ。玉子は黒い汁でじっくり煮込んだものが最も美味い、と確信している。去年、今年と夏は異常に暑かった。筆者は冷たい飲み物ばかり飲んでいたせいで、固形のものがなかなか食べられなかった。夏バテはこうして進行していく。こういう時は、煮込んだ玉子を1個食べただけでも効果が現れる。乾いてひび割れた土ほどよく水を吸収するのと同じだ。

幸いなことに、筆者は父の下戸を受け継がなかった。日本酒からウォッカまで、調子に乗って飲酒量を重ねてしまう人間だ。静岡おでんはハイボールと共に食らうのがいい、とここに記述しておきたい。

見直される「郷土性」

筆者は21世紀初頭の人間で本当に良かったと考えている。

今の時代は「郷土性」が見直されるようになった。日本は山岳国で、山をひとつ越えたらそこは別世界である。食卓に並ぶものも全く違う。が、戦後の日本は消費経済を確立する上で「食材の画一化」に舵を切った。東北だろうと九州だろうと、「大根」といえば青首大根になってしまった。

静岡市内のコンビニで売られているおでんも、白い汁と白はんぺんの「画一化おでん」である。

そんな現代だからこそ、人々は各地域の「B級グルメ」に目を向けるようになった。もちろんこれには、ネットの普及も要因として存在する。
日本は、我々が想像しているよりも遥かに広い国である。