「微生物の視点」で見る日本の発酵文化
発酵文化は世界中にあふれています。その中で、小倉さんが向き合う日本の発酵食の特徴はどんなところにあるんでしょうか。
小 味噌にしても酒にしても、その原型は中国からもたらされたんです。でも、大陸と日本では生息する菌が違います。日本には固有の菌がいるんです。
食材をおいしくしてくれる働きを持つ麹菌は大陸にも日本にもありますが、その種類が違います。
大陸の麹菌は比較的繁殖力が強く、風味としては「酸み、苦み」が特徴。
一方、日本の麹菌(二ホンコウジカビ)はとてもデリケートで、ほかの雑菌の混入を許しやすく、安定して発酵・保存するためには過ごしやすい環境を整えてあげる必要があります。味わいの特徴は「甘み」で、これも大陸とは違う要素です。
生息する微生物の特性や風土の違いから、日本では「麹室(こうじむろ)」を開発して、温度と湿度に細心の注意を払って麹菌を大事に育てたり、甘さを活かしたレシピを工夫したりして独自の発酵文化が生まれ、多様な発展をとげました。
小 中国の人たちは、苦みやエグみを許容しているんです。日本人はエグみを嫌って、甘さを好む。中国に棲む菌は苦みやエグみを生み出し、日本の菌は甘さを生み出す。味の好みと菌の特性が符合しているんです。どちらが先にあったのか、それはわかりません。でも、固有に棲みついている微生物の特徴が、その土地の食文化や味覚に影響を与えていると僕は考えますね。
発酵ブーム、それでも無風なものたち
固有の微生物に寄り添って発展した日本の発酵文化。小倉さんは発酵デザイナーとして10年ほど活動していて、発酵への注目度はさらに高まってきていると言います。塩麹、納豆など、限定したブームはありましたが、今は発酵が全般的に流行っている状況。そのトレンドは世界にも波及しています。なぜこんなに注目されているんでしょうか。
小 発酵という概念自体が流行っていますね。若い世代が発信している日本の発酵文化について、ヒップなイメージができ上がりつつある。日本の古い伝統に根差したクラフトの文化が、一周回ってヒップになっている現象がありますが、それが発酵にも適用されているんだと思います。それは自然現象ではなくて、醸造家も含め、僕らの世代が情報発信してきた10年があって、その努力が実ってのことだと思うんです。
そんなブームのなかでも、小倉さんはいたって冷静です。
小 でも……僕はブームでもブームじゃなくてもどっちでもいいんです。今必要なのは、追い風が吹いているものにもっと追い風を吹かせることじゃなくて。このブームの中でも全く風の吹かない、無風な、または向かい風を受けているものもあるわけです。僕自身がやるべきことは、誰も知らないようなものを丁寧にアーカイブしていくこと。そこに新しい意味や価値を生み出して、現代性を与え、リデザインしていくこと。パッケージデザインとかそういうことだけではなく、文脈を作っていく。それはかなり時間のかかることだと思います。
小倉さんは今後どんな活動をしていくんでしょうか。この先のビジョンをうかがいました。え、そんな素敵なことを予定してるの!……