菓子作りを見てもらうことで職人の士気があがる
12名もの職人がいる御用場の指揮を執るのが菓子職人・杉山康二さん。虎屋の職人として20年以上となる杉山さんは、赤坂準備室のメンバーを経て、とらや赤坂店へ。売場や菓寮で提供する生菓子やあんみつの餡や寒天を手掛け、ほかにも店舗限定菓子の考案や御用場で働く職人の指導を行っています。
店内に菓子製造場を併設したのも、衆目のなか菓子作りをするのも、杉山さんはじめ職人にとっては初めての経験。しかし杉山さんは構想段階からこの仕様に、大きな期待を持っていたと言います。「長く工場内で仕事をしてきたのですが、百貨店の催事などで菓子を作った際にお客様との距離が近いことの良さを感じました。店のなかに御用場があることで製造した菓子をお客様にいち早くお届けできること、ガラス越しにお客様に菓子作りを見ていただくことでより身近に感じていただける。それに職人の士気も大いにあがります」と、杉山さん。
ガラス張りの御用場は未来のファンをうむ
とはいえ、最初はかなり緊張をしたそう。ガラス正面に銅板の焼き台を設置したため、焼菓子を焼いているときは顔があげられなかったと苦笑い。
「一年がたち漸く慣れてきました。始終注目されることで、床や作業台、道具類を今まで以上にきれいにするようになりました。また全員が立ち居振る舞いに気を遣うようにも。職人として向き合うべきは菓子だけではなく、菓子の先にいるお客様であることを、あらためて感じています」
最近では子どもから手を振られると、振り返す余裕がでてきたとか。手を振られた子供は、虎屋が、和菓子が、きっと好きになるはず。ガラス張りの御用場は、期せずして未来の和菓子ファンづくり効果ももたらしています。
虎屋の味は、「少し甘く、少し硬く、後味よく」
日本の伝統文化である和菓子。日本文化の一端を担う菓子職人に魅力を感じて、高校卒業後にこの世界に飛び込んだ杉山さん。菓子作りや原材料の仕入れに携わるなかで、材料や製法、また菓子の味は時代ごとに変わってきているものでしょうか?「おいしさを追求するために原材料や製法を変えることはあります。虎屋の菓子は『少し甘く、少し硬く、後味よく』が身上。ただ“少し甘く、少し硬く”は時代や菓子の目的に合わせて変わることもあるかと思いますが、“後味よく”は大事にしたいと考えています」。
先人たちが作り上げてきた味に敬意を払いながらも、より最善な製法はないのか、もっとおいしくするためにはどうすればいいかを追求。新たな菓子を作るときには、職人だけではなく、必ず菓寮や売場に試食してもらって広く意見を取り入れています。「向き合うべくはお客様であり、意匠や味が自己満足で終わらぬように心掛けています。虎屋の歴史の一部として、受け継いできた味を大事にしながら、お客様に喜んで召し上がっていただける菓子を作り続けていきたい」。