Gourmet
2019.11.15

和菓子文化を伝える「虎屋文庫」とは?歴史や見どころをスタッフにインタビュー

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羊羹愛が詰まった書籍『ようかん』の出版や展示会『虎屋文庫の羊羹・YOKAN展』の開催、それらを手掛けたのは菓子資料室「虎屋文庫」のメンバーたち。所蔵する古文書や古器物の保存・管理から和菓子全般に関する調査・研究までを担う、虎屋文庫のスタッフが仕事の醍醐味を語ります。

虎屋を支える人「虎屋文庫」編

室町時代後期に京都で創業し、以後おおよそ500年にわたり暖簾を守ってきた老舗「虎屋」。今回は“虎屋で働く人”に注目したシリーズ企画です。働く人の言葉から虎屋の変わらないおいしさと新たな取り組みを探っていく、全3回にわたるシリーズ企画では、とらや 赤坂店の菓子職人トラヤカフェ・あんスタンドの責任者をご紹介してきました。最終となる3回目は、2019年11月1日(金)から12月10日(火)まで開催中の『虎屋文庫の羊羹・YOKAN展』を手掛けた、和菓子文化を後世に伝える菓子資料室「虎屋文庫」スタッフのお話です。

和菓子文化を伝えるために設立された「虎屋文庫」

室町時代後期に京都で創業した虎屋。創業およそ500年、長く御所御用を勤め、日本の菓子文化を創ってきたと言っても過言ではありません。そんな虎屋には、16代目の故・黒川光朝氏が和菓子文化の伝承と創造の一翼を担うことを目的として昭和48(1973)年に設立した菓子資料室「虎屋文庫」があります。

虎屋文庫の研究主任である所加奈代さん。大学時代に学芸員や司書の資格を取得し、入社時から虎屋文庫志望だったとか。2019年9月の虎屋ギャラリーにて撮影。(現在の展示内容とは異なります*冒頭写真同)

江戸時代の御用記録を中心とした虎屋の古文書、井籠(せいろう・菓子を入れる容器)などの古器物を収蔵するほか、和菓子に関する資料収集や調査研究などを行っています。その成果を社外にも発信。学術誌『和菓子』の発行や旧「とらや 赤坂店」にて年に1回ほどは虎屋文庫資料展を開催してきました。また平成15(2003)年には『虎屋の五世紀』という社史を刊行、その長い歴史の編纂も虎屋文庫が中心となって行ったと言います。虎屋文庫の研究主任である所加奈代さんに、和菓子研究の醍醐味から企画を手掛けた『虎屋文庫の羊羹・YOKAN展』の見どころまでおうかがいしました。

“保存する”という強い意志があってこそものが残っていく

虎屋の歴史を知り尽くした虎屋文庫には、7名のスタッフが所属。虎屋文庫に所属して、10年目となる研究主任の所加奈代さん。「主な仕事は、昔のものから現在のものまで虎屋のありとあらゆる資料の編纂です」

安永5(1776)年の雛井籠。雛菓子用の小ぶりな井籠で、虎屋の手提げ袋のデザインの元になっている。

虎屋に現存する一番古い御用記録は、江戸は寛永12(1635)年のもの。「残ってきた古い歴史的資料は、『これを残す』という強い意志があったからこそ残っているもの」。誰かの強い意志がなくては、ものは残っていかない。その強い意志を受け止めて、調査・保存していくのが虎屋文庫の役目であり、所さんの仕事です。

虎屋に残る一番古い、寛永12(1635)年の御用記録。「院御所様行幸之御菓子通」

研究してきた資料から発見につながることも!

コツコツと古い史料に向き合うなかで、新たな発見につながることも多いとか。「江戸時代に虎屋が経営統合した『二口屋』(ふたくちや)という菓子屋があります。その名が記されていた井籠(せいろう)が、平成24(2012)年に個人コレクターの所蔵品から発見されたんです」。虎屋の店員だった人が営む菓子店で使用されていたもので、二口屋から虎屋が受け継ぎ、菓子店へと譲られたものだろうとのこと。「井籠との再会には、ロマンを感じましたね」と所さん。また作家・幸田露伴が目にしたものの幻の存在だった、江戸の菓子屋「金沢丹後」(かなざわたんご)の菓子製法書を東北大学の資料コレクションから発見したことも。各地の図書館や資料館の菓子関係資料を地道に調査するなかでの成果に虎屋文庫内は大いに沸いたとか。「でも二口屋や金沢丹後のニュースも虎屋文庫スタッフ以外の反応が薄くて……」と笑います。

年1回発行している『和菓子』は、和菓子関連の研究論文や史料翻刻を中心とした学術誌。 外部研究者による、民俗、歴史、文学などさまざまな分野からアプローチした論考の掲載や、虎屋文庫スタッフの研究成果の発表の場にも。

保存した資料などが、今の菓子作りにも役立っていることを実感するからこそ、「今日の仕事が100年後にはかけがえのない資料になる。未来の虎屋の財産となる今起きている事柄を記録・保存しています」と、商品開発の経緯や店舗の写真類も大事な記録としてまとめています。また決裁書や報告書などを長期の保存や閲覧の利便を考え、紙に印刷して保存しています。ペーパーレス化がどれだけ進もうと、奈良時代の経典なども紙だからこそ我々が今も見ることができるのです。その先をどこまで見据えるか、何気なく話してくれた資料保存方法からも虎屋文庫の意義が浮かびあがってきました。

羊羹愛がギュッと詰まった、見どころ盛りだくさん『虎屋文庫の羊羹・YOKAN展』

虎屋文庫では研究成果の発信にも力を入れています。ホームページで所蔵資料や和菓子に関する小ネタを紹介しているほか、月に1回、歴史上の人物と和菓子をテーマとしたコラムを連載。さらに大きな発表の場として展示があります。11月1日(金)からは4年ぶりに虎屋文庫が主催する『虎屋文庫の羊羹・YOKAN展』が「とらや 赤坂店」のギャラリーでスタートしました。

羊羹のおもしろさがさまざまにちりばめられている『虎屋文庫の羊羹・YOKAN展』。ギャラリートークもあり!

今回は虎屋文庫が出版した書籍『ようかん』(新潮社刊)をもとに、羊羹の魅力を伝える企画展です。「羊羹は本当に奥深いお菓子です。『ようかん』は、歴史や文化を押さえた読み応えある一冊です。展示は、羊羹のおもしろさや楽しさが伝わるような内容を心掛けました」と、展示を担当した所さん。

羊羹和尚、羊羹パン、羊羹コレクションとは!?トリビア満載の羊羹の世界にいざ!

中国では羊肉入りのスープだった羊羹が、日本に渡り煉羊羹へと変化を遂げるまでを再現で見せる「目でみる羊羹の歴史」や、谷崎潤一郎の著書『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』で描かれた羊羹の美を感じられる空間、羊羹のトリビアを集めたコーナーなど、盛りだくさん。「江戸の黄表紙(*)に出てくる羊羹を頭にのせた“羊羹和尚”との撮影スポットも作っています」と、攻めた展示も。
*現代の漫画のような江戸時代の滑稽本

羊羹尽くしの展示に、羊羹が食べたくなる人が続出?

最近の家計資料によると、羊羹に使う金額はひと家族につき年間わずか700円程度だとか。「羊羹をたべたことがない若い方も多いのではないでしょうか。上生菓子に比べて色や形が地味だと思われていて、おいしさが伝わっていないことがとても残念。だからこそ、羊羹を食べたことがない人でも楽しめる展示内容を心掛けました。展示をきっかけに羊羹に興味や関心をもっていただけたらうれしいです」と、羊羹愛を語る所さん。

次の世代へと菓子文化を引き継ぐために

最後に、所さんに一番好きな菓子を教えていただきました。「白小豆のお汁粉『白小倉汁粉』です。一般的には、白餡といえば隠元豆(いんげんまめ)を使うことが多いですが、虎屋では、白餡は白小豆で作ります」。江戸時代から作られてきた白小豆は、栽培が難しく収穫量がとても少ないそう。高級で貴重な原材料ですが、虎屋では昔から変わらず白餡には白小豆を使っています。

寒くなる季節にぴったりな白小豆の「白小倉汁粉」。販売をしているが、「とらや 赤坂店」の菓寮で楽しむこともできる。

先人たちの残そうという強い想いで受け継がれてきた菓子に関する文書や道具。「菓子は食べると何も残らない」からこそ、次の世代へと菓子文化を引き継ぐために虎屋文庫は、日々、保管に努め、調査・研究勤しんでいます。

展示会&書籍情報

展示会名:再開御礼!『虎屋文庫の羊羹・YOKAN展』
期間:11月1日(金)~12月10日(火)
会場:虎屋 赤坂ギャラリー
東京都港区赤坂4‐9‐22(とらや 赤坂店地下1階)
時間:10:00~17:00
入場料:無料
*展示解説は毎週月曜日および、23日(土)の10時半~。
https://www.toraya-group.co.jp/

『ようかん』(新潮社刊)/2,420円
羊羹の歴史から羊羹好きな文豪の名文紹介、全国のようかん、など、虎屋の菓子資料室・虎屋文庫が贈る羊羹の愛がぎっしりと詰まった一冊。「とらや 赤坂店」にてトークイベント(11月16日(土)・11月20日(水))なども予定。
https://www.shinchosha.co.jp/book/352951/

問い合わせ

菓子資料室 虎屋文庫(非公開)
TEL:03-3408-2402(代)
問い合わせ対応時間:9:00~17:30(土日祝除く)
https://www.toraya-group.co.jp/toraya/bunko/

書いた人

和樂江戸部部長(部員数ゼロ?)。江戸な老舗と道具で現代とつなぐ「江戸な日用品」(平凡社)を出版したことがきっかけとなり、老舗や職人、東京の手仕事や道具や菓子などを追求中。相撲、寄席、和菓子、酒場がご贔屓。茶道初心者。著書の台湾版が出たため台湾に留学をしたものの、中国語で江戸愛を語るにはまだ遠い。