東京世田谷の静嘉堂文庫美術館http://www.seikado.or.jpで、4月23日から開催の「リニューアルオープン展 第3弾 『よみがえる仏の美』~修理完成披露によせて~」展の、記者内覧会に行ってきました。
昨年10月、同館が、約1年半の改修工事を終えてリニューアルオープンしたのは記憶に新しいところ。そのリニューアルオープンの第1弾が「金銀の系譜 宗達・光琳・抱一をめぐる美の世界」展。宗達の「源氏物語関屋・澪標図屏風」(国宝)がなんとも鮮やかで、忘れられない展覧会でした。第2弾は「茶の湯の美、煎茶の美」で、第3弾が、今回の「よみがえる仏の美」展です。
“よみがえる”と銘打たれた理由は、展示作品の中に、いくつもの「修理修復を終えた作品」が入っているからだそうです。
こんなにも進化した! 美術品の修復と展示!
静嘉堂文庫美術館のリニューアルには、3つの意味合いがありました。
1, 収蔵庫のリニューアル。
美術館にとって「いかに劣化させずに美術品を維持するか」は最大の使命。ましてや湿度、乾燥、紫外線に弱い日本美術の作品を多く所蔵する美術館にとっては、このことは何より重要。今回のリニューアルによって、国宝7件、重要文化財84件を所蔵する同美術館にとって大きな進化となったわけです。
2, 展示室のリニューアル
美術品を「保存する」ことと同時に、その正反対の「みせる(みせればみせるほど美術品は劣化するので)」ことも、美術館の大きな使命です。で、この「みせる」ことにおいては、最近の美術館は日進月歩の進化を続けているのです。展示ケースはより薄く、より透明に。さらには、より反射を少なくするように変わっています。照明も美術品がよりよくみえるようにと工夫がなされるようになりました。静嘉堂文庫美術館の展示室も、LED照明に変わり、新たな照明レールがつけられたことで、美術品の視認性が格段にアップしたのです。
今回の展覧会でも、目玉作品のひとつである「木造十二神将立像」(重要文化財)の甲冑の文様や彩色が、実にフレッシュにみてとれました。これもリニューアルによって誕生した新照明による恩恵なのです。
3, 収蔵品のリニューアル
最後に一番重要なのが、収蔵品自体のリニューアル(=修復)。静嘉堂文庫美術館では、館の改修工事と前後して、多くの美術品の修復に取り組んだそうです。先ほど紹介した「木造十二神将立像」であれば、木組みを解体しバラバラのパーツにして、さびた鎹(かすがい)を取り替えるなどしたそうですし、軸装の仏教絵画であれば、表面をクリーニングしたり、あちこちに入った折り目や亀裂を修復したり。このような修復によって、仏教絵画が驚くほど鮮やかに、本来の美しさを取り戻したのです。
ということで今回の「よみがえる仏の美」展では、「どこをどう修復したか」についても、美術作品自体の解説とともに掲示する、新たな試みをしています。さらには、修復を担当したスタッフのコメントまで掲載。
そんな今回の展示、取り組みを拝見して、私アンドリューは、静嘉堂文庫美術館さんの、「美術品を預かるものとしての責任と使命に対する強い思い」を感じ、感動しました。また「修復の大切さを伝える」ことで、多くの人たちが、より美術品の大切さを理解することになるだろうとも思いました。
ということで、なんと長々と、リニューアルについてのお話しをさせていただきました。
すみません!
さ、ではそろそろ本来の美術展の見所解説といきましょうか!
浄瑠璃寺旧蔵の十二神将を巡る
日本美術ミステリーとは?
今回の見所、アンドリュー的ベスト5を発表します。
まずは、「木造十二神将立像」(重要文化財)。もともと南山城の浄瑠璃寺にあったもので、現在は7体が静嘉堂文庫美術館、残り5体が東京国立博物館に所蔵されています。
そして、静嘉堂文庫美術館所蔵の7体のうち、今回は4体が修復を終え、展示されました。
この十二神将立像には、長年解き明かされていない謎があると言います。それは、この像が運慶作ではないか、というもの。なんでも明治時代の新聞に「像内に“大仏師運慶”の銘文があった」という記事が掲載されたことが根拠だそうです。
とはいえ、貴重な仏像をやすやすと解体するわけにもいかず、長年その謎はミステリーのままに・・・。それがこの度解体修理を機に、21世紀の文明の利器=ファイバースコープを像内に挿入して検証作業を試みたのだそうです。
で、果たしてその結果は?
残念ながら、今回修復を終えて展示された4体からは、「運慶」の文字は見つからなかったのだとか。残り3体、もしくは東博さん所有の5体に「運慶」の文字はあるのか?
ミステリーはまだまだ続く・・・訳ですが、正直アンドリューにとっては、そのことはさして重要ではありません。なぜならば、この十二神将立像、誰の作かなんてことはまったく気にならないほど素晴らしいからです。
同館館長の河野元昭氏は内覧会の冒頭、この十二神将に関して「動きが表現されていて、そこに感動を覚える。“運慶か?”といわれているが、私自身は“運慶に違いない”と思っています」とお話しくださいました。
確かに、「寅神像」「卯神像」「午神像」「酉神像」の4体、それぞれに動きがあり、またそのひとつひとつの顔の表情の豊かさにも驚かされます。
有名な新薬師寺の十二神将立像などに比べると、小体な像ですが、どうしてどうして! 力強く見応え十分な仏像です。
若冲はこの文殊、普賢菩薩を
トレース(敷き写し)したのでは?
次の見所は、京都・東福寺旧蔵の「文殊・普賢菩薩像」(伝 張思恭)。あの伊藤若冲が、畢生の大作『動植綵絵』30幅とともに相国寺に寄進した『釈迦三尊像』の、元になる作といわれています。
現在、東京都美術館で、空前絶後の『若冲展』が開催されていますが、その目玉作品のひとつである『釈迦三尊像』。真ん中の『釈迦如来像』を両側からからはさむように掲げられている『文殊菩薩像』と『普賢菩薩像』(この3幅で『釈迦三尊像』となる)は、確かに、全体の構図、細部の意匠、白象や獅子の形や色まで、そっくりです。
そればかりかサイズもほぼ同じ!
若冲はこの東福寺の『文殊・普賢菩薩像』をコピーした、ともいわれるのはそのためです。実際、若冲はこの伝張思恭の作品をみており、「巧妙無比」と評していたそうです。ですから、コピー(=敷き写し)したことはなかったとしても、両側から中央を向いたその構図や、艶やかなその色彩に影響を受けたことは動かしがたい事実のようです。
ただ、さすが若冲! 白象の脚の描き方や、菩薩の顔の輪郭の描き方などに独自の筆致を取り入れているのだとか。
もし可能ならば、5月24日までの間に、東京都美術館と静嘉堂文庫美術館のふたつをはしごして、その真偽を、自らで確かめられてはいかがでしょうか?
修復を終えて、南北朝時代の絵が
翠に輝いた!
3番目にアンドリューの心をとらえたのは、『春日宮曼荼羅』(南北朝・14世紀)。
正面中央に、奈良・春日大社の社殿が、正面奥に御蓋山(みかさやま)とその頂にかわいらしい(失礼)神鹿が、向かって左には若草山が、描かれた絵で春日大社の社殿の配置などが現在とほとんど変わらないことにも驚きを禁じ得ませんが、全体覆おう、青と緑の発色の鮮やかさ、金銀で描かれた参道などの美しさに、なんといっても目を奪われます。御蓋山のデザイン化された描き方も秀逸!
この発色、正直「南北朝時代の絵が、ここまで本当に鮮やかなの?」と信じられない思いになりますが、学芸員の大橋美織氏の説明によると「着色をしたのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではなく、表面の汚れを取り、修復をすることで、描かれた当時に近い鮮やかさがよみがえったのです」とのことでした。
この『春日宮曼荼羅』と、重要美術品の『春日鹿曼荼羅』のふたつは、絶対絶対必見です。
やっと見られた! 画鬼=河鍋暁斎の
『地獄極楽めぐり図』
4番目は明治の絵。河鍋暁斎の『地獄極楽巡り図』。全40図あるそうですが、なんと言っても異彩を放っているのは、今回展示されている『極楽行きの汽車』。美しいブルーの汽車とそのまわりを取り巻く天女たち。でもいちばん強烈なのは手前に描かれた人力車。なんと人力車を手で引っ張っているのは、脚絆を身につけたひょうきんな擬人化された馬。思わず笑ってしまいますが、この絵、元々は夭折した女の子のために描かれたものなのだそうで、そんな裏話を知ると、少しもの悲しい気持ちにもなってきます。
重要文化財、重要美術品のオンパレード
仏教絵画って本当に美しい!
静嘉堂文庫は、ご存知のように、三菱2代目総帥=岩崎弥之助とその子の小弥太のコレクションをもとにしています。特に仏教絵画は、弥之助が収集したものがほとんどだそうですが、明治期に蒐集したこともあって、江戸時代以前の大変貴重なものが多く集められているのが特徴だそうです。
確かに今回も3点の重要文化財、4点の重要美術品が出展されています。
大変めずらしい『弁財天像』(重要文化財)は背景に描かれた波頭、琵琶を抱えたそのポーズなど、見所の多い絵。
修復を終えた『普賢菩薩像』も、截金(きりかね)と呼ばれるまばゆい金をつかった技法など、ディテールを楽しみたい作品です。
私はこれまで、あまり仏教絵画というものに関心がありませんでした。仏像にばかり目がいっていましたが、今回の展覧会を拝見して、南北朝時代の仏教絵画の素晴らしさに目覚めました。『千手観音二十八部衆像』『水月観音像』なども、ほんとに美しく、感動します。
彫刻に、絵画に・・・美しい仏教美術の数々に触れ、こころ静かに祈りを捧げる時間を持つ。そんな思いを持って、もう一度本美術館に伺ってみたいと思いました。