僕のソロキャン物語VOL.14
3年ぶりの自転車キャンプ旅 IN上高地
暗闇の大勾配トンネル
「冗談じゃぁあないですよ」
こちらは重装備の自転車で松本市から、ずーーっと人力で上ってきたのである。
キツイと聞いてはいたが、トドメのトンネルが、まさかこんな勾配あるとは知らなんだ。11%ってなんだ? 殺す気か?
「冗談じゃない」とは思ったが、冗談みたいである。
オマケに、そこを抜けた先にある上高地ビジターセンターより先は自転車はダメだと???
そんな話は聞いていないし、誰も教えてくれなんだぞ。
オレはこの日、その先の小梨平キャンプ場に行く予定なのだぞ、
どうしてくれる???
オレが何悪い事したってんだ?
頭が大混乱して絶望の淵に立たされて脳内に蝶々が飛んだオレは、警備の人に食ってかかった。
たぶん、その時のオレは、半笑いと絶望的な顔の二重奏、三重奏で、さぞ警備の方もビビった事でしょう。
「いやぁどうでしょうねぇ? とりあえず、バスターミナルで聞いてみてください」
と、まあ、曖昧なよくわからん返事だった。そりゃそうでしょうね。
オレはタバコを取り出し一服すると、心を落ち着かせ覚悟を決めてトンネルに突入した。
オレはネットなどで、詳しい情報はほとんど調べずに行くタイプだ。
調べすぎるのはあんまり好きではないのだ。
もちろん情報収集をする時もあるけど、大雑把な事がほとんどだ。
第一、少数派のせいか、このてのキャンピング自転車に有効な情報はほとんど無いから、というのもある。
従ってこうなるのは仕方ないとも言える。
当然だが、漕ぐどころではなかった。
いきなり押し歩きである。
当たり前だ、こんな重い自転車とオレのちっぽけな体力で、11%の上りなど上れるわけがない。
変速機は最低速側でF26、R30で1対1以下の設定、これに25キロ前後(量ってないのでわからんが、おそらくこのぐらい)の荷を載せて行く。8パーセントの坂で蛇行してギリギリ漕げるぐらいだろうか?
経験者でないとわからないと思うが、書かせてくれ。
重装備の自転車の場合、坂道の上りは押し歩きより漕いでる方が楽なのである。
つまり、きつくても漕げる事ができれば、まだ「マシ」なのである。
隣をデカい観光バスが、せせら笑うがごとく「ばーか」と言わんばかりに暗闇を爆音で次々と通過していく。
釜トンネルの全長は約1.5キロ。
全押し歩きである。
普通、トンネルというのは、なるべく勾配を作らないようにできてるはずだ。でないとトンネルの意味がない。
こんなトンネルがあるとは思わなんだ。
「嗚呼、神様、もう悪い事はしません、いい子になります」
「ウンコをぶちまけたり食わせたりしません」
「友達のお金にたかったりしません」
「小学校にトラックで突入したりしません」
「下水道に入って暴れたりしません」
「台風の中でセックスしません」
「素敵な女優に焼餅を食わせたりしません」
「鹿と取っ組み合いのケンカはしません」
ありったけの過去の罪を思い出し懺悔しながら暗闇を上りながら歩いた。
「ドアは蹴破らず、三回ノックしてから入り……」などと、細かい事を思い出しながら懺悔してるうちにトンネルを抜けた、と思ったら、オレの地図には載ってない「上高地トンネル」が出現。
「まだあんのか?」と急勾配、僅かな急降下を繰り返し、気を失いかけたところでトンネルを抜け、林道に入った。
途中、猿の家族に遭遇しながら、やっと大正池に到着。
他の観光客に紛れ込みつつ、一人虚脱状態で池を見た。
上高地 標高1500m
ほどなくして、上高地の入口であるビジターセンターに到着。
早速、バスの警備に止められ、駐輪場に誘導される。
事情を話すが、警備さんでは判断できないため、ビジターセンター内のインフォメーションセンターに向かった。
とりあえずこちらの事情を話す。小梨平キャンプ場は歩いても10分かからない場所にあるため、リアカーの代わりに自転車を押し歩きキャンプ場まで行けないか? 交渉。
もちろん、登山道を自転車で乗り回す事はしないという事と、遭遇した登山客には事情を話す事も提案してみる。
前例がないようで、センターの人も困惑したようだが、かろうじて他の登山客に聞かれた場合、リアカー代わりである、と言う事を説明してほしいと言う事で、一応、行ける事になり、ほっとした。
上高地は登山客を中心とした観光地であるため、オレのようなスタイルの旅人には、なかなか苦労する事が多く、やはり気を使う。
登山客の集団に紛れ、トボトボと自転車を押す事約10分、小梨平キャンプ場に到着した。途中、誰にも話しかけられる事はなく、受付も話が行ってるせいか、特に何も言われなかった。
天気が良く景色は抜群である。テントを立て、珈琲を沸かし、やっとくつろぐ事ができた。
やはりここでも浮いた存在だ。
なるべく目立たないように隅ッチョにテントを張り、おとなしく過ごした。
秋のせいか、キャンプ場では最近、熊が出たらしい。
食料は食糧庫に入れてほしいと言われた。頑丈な鉄製の食糧庫があった。
もちろん言う通りにした。
夕方から急激に気温が下がる。持ってきた真冬装備に着替える。
流石、標高1500メートルの山岳地である。平地とは感覚が違う。
星は綺麗だが、何しろ寒い。
翌朝、早朝の気温は5度であった。
周囲を見ると、登山客は上下ともダウンを着てる人が多かった。
自分も朝8時ぐらいまでは、ネックウオーマーを頭に巻き、ほとんど赤ずきんちゃん状態であった。
白骨温泉の地獄
10月1日土曜日。
この日は気軽であった。上高地から後は松本まで下るだけだからだ。
下りは上りの6倍から10倍のスピードが出る上に、漕ぐのもほとんど力を入れる必要がない。苦労したら苦労した分だけ、帰りが楽なのが、山岳を旅する自転車の世界なのだ。
今日は、国道から外れ、白骨温泉に立ち寄る予定だ。
泊る場所は決めていない。
できれば白骨温泉郷のどこかにテント張れれば良いなと思ってはいるが、どうなるかはわからない。距離もないから朝も遅めに出発した
昨日の苦労はどこへやら、下りは楽すぎて、やっほっほいな気分でご機嫌で下る。
国道から白骨温泉に至る県道300号はすぐだった。
ルンルン気分で300号に入った瞬間だった。
「ん???」
ペダルが重い……。
まさか・・まさか、白骨温泉までは上りなのか?
浮かれて何も考えていなかったが、地図をよく確認すると158号から白骨温泉へは乗鞍高原に向けて方角が向いており、冷静に地図を見ると、これは上りの方角ではないのか!!??
てっきり下りと勘違いしていて浮かれていたのだ。
ががーーーーん、ショックはデカいが引き返すわけにもいかず。勾配がゆるければ、まあいいだろうと思ったのもつかの間、少し行くと、これまた極端な激坂に遭遇した。
「マジか???」
ここも漕ぐどころではなく、いきなり押し歩きとなった。
とんでもない急坂の連続である。勾配はかなりキツく、釜トンネルと同等、しかしこれが続くとなると、距離は釜トンネル以上の4キロもある。
「あはは、まさかね。こんな勾配そんな続くわけないでしょ?」と楽観的に考えていた、途中、道路工事のお兄さんに遭遇したので聞いてみた。
「あの……白骨温泉まで行きたいんですけど、まさか、これ続かないですよね?」
「え? 全部そうですよ、特に最後はこれ以上ですね」(あっけらかん)
顔面蒼白になり、聞いた瞬間、泡吹きそうな勢いでその場にへたりこんだ。
ああもう……。
やっほっほいな気分は即座にに打ち砕かれ、再び、ありったけの懺悔をしながら、自転車押し歩きで、急坂を4キロも歩くハメになる。
少し歩いては立ち止まり、少し歩いては立ち止まりの連続。
白骨温泉に着いたのは、約1時間半後ぐらいだったと思う。
時速5キロ(歩くと時速6キロぐらい。自転車押し歩きなので時速5キロぐらい)で考えても約1時間。休憩を頻繁に入れているので、だいたい1時間半ぐらいである。
最後の激坂をようやく上り、白骨温泉郷入る。
この300号は、今までのつらい道ワースト3に確実に入るだろう。
まずは、小さな観光案内所に立ち寄り、いろいろ話を聞く。
知ってはいたが、やはり宿はどこも高額で、オレみたいな、半分浮浪者のような男の来るところではない事を思い知らされる。
さらに、この先は乗鞍スーパー林道で、道は深い渓谷沿いのため、キャンプなどできそうな場所は無い。
さあ、どうする?
今からスーパー林道に行く元気はない。
車やバス、またはバイクで来て、お金さえ持ってれば天国のような白骨温泉だろうけど、自転車で、しかもキャンプの人間にとっては一転して地獄と化す。
立場の違いで、こうも変わるものか?
そうは思いつつも、観光案内所の向かいには、良い日帰り入浴施設が二つもあるので、そこは救いだ。
まずは日帰り入浴の煤香庵(ばいこうあん)に入り温泉を楽しむ。
白濁の温泉はやはり最高なのだ。
温泉から出て周囲を眺め探りながら考えた。そうやってよく見ると観光案内所の上が小さい丘のようになっていて、神社のようなものが見える。小さいが東屋のようなものも見えた。
行ってみると、やはり小さい神社で、東屋のようなものは、何かお祭り用の舞台のようだ。
ここなら、テントを張れると思ったので、17時以降、迷惑にならないよう、舞台に一晩だけ世話になる事にした。
そうと決まったら、煤香庵さんで、食料のおにぎりを買い、ウォータータンクに水も入れていただいた。
17時過ぎ、日が暮れる頃、神社の祠にお金を入れお参りして、無事にテントを張る事ができた。
キャンプ場でもあれば良いが、そうじゃない場合も多く、そんな場合はこういう事もある。
「今日はどうなるかわからない」
そんな旅の醍醐味でもあるかもしれない。
乗鞍スーパー林道 &乗鞍高原
10月2日日曜日。
無事に夜を過ごし、今日は乗鞍スーパー林道を抜け、乗鞍高原に入る。
上りなので、すぐに汗をかくのはわかっていたが、朝風呂の誘惑に負け、公共野天風呂の温泉を朝一で楽しんだ。
覚悟をしていた乗鞍スーパー林道だが、ここは上りでも漕ぐ事ができるので、前日の300号より遥かにマシだった。
天気にも恵まれ、木立の光も美しく気分良く上る。ピーク付近では晴天も手伝って、素晴らしい景観だ。
眼下に今いた白骨温泉郷のいくつかの建物も見える。
こうやって見ると随分上ってきたのが実感できる。
こんな感慨も、自転車ならではだと思う。しばらくボンヤリとした後、ピークから一気に乗鞍高原に入る。下りはあっと言う間だった。
乗鞍高原へは十数年前に、反対側のスーパー林道を抜けて一度来た事があるものの、ほとんど覚えていない。その時は宿に泊まったが、キャンプ場はあるはずなので観光案内に聞いてみる。
あるにはあった……。しかし、オートキャンプ場で、フリーサイトもなく、なんと一泊(一区画)5000円という事だった。
またしても自分の顔がシブーーーい顔となる。
ソロで人力の旅人には、まったくやさしくないお値段、オートキャンプ場とはいえ、5000円など論外の値段である。
ここでも少数派の行き場の無さを味わう事になった。
仕方なく周囲を探ると、近場にひっそりとした公園があったので、日が暮れてからここに一晩お世話になる事にした。
日が暮れるまでは、観光センターで食事して近くの湯けむり館という日帰り温泉施設でのんびりした。
乗鞍の温泉も白濁の硫黄泉だが、白骨温泉とはまた質が違うようだ。
特に観光らしき事はせず、バスから次々と降りたり乗ったりしている大量の登山客の姿をボンヤリと眺めた。
日が暮れる寸前、ひっそりと公園の隅にテントを張る。
これはこれで楽しい。
こういう旅は、キャンプというより野宿、という感覚なのだ。
キャンプ場でも野宿でも、それなりに伸び伸びできる場所があれば連泊したいところなのだが、今回は難しそうな場所ばかりだ。
しかし、それはそれで良しとしよう。
そう思いながら眠りについた。
6日目 最後の日
今日はもう下るだけで、松本方面に戻るので、ややのんびりめに起きて支度をする。
こういう野宿は、痕跡を残してはならない。
ゴミなどは当然持ち帰りだし、なるべく野宿した跡は残さないようにするべきである。
出発する時もゴミなど落ちていないか? チェックし、場合によっては掃除する時もある。
飛ぶ鳥、後を汚さず、の精神なのだ。
行きと違い、ひたすら下り、再び158号に出てトンネルを抜けていく。
今日は、初日にキャンプした梓水苑(しすいえん)さんに再び行き、今回の旅では最後のキャンプを楽しもうと思った。
下りなので早い時間に到着して、受付に行く……が、
なんと!
「今日はキャンプ場は貸し切りで、他の方は利用できないんですよ」
「ええええ!!???」
今日は月曜日のため飛び込みで行っても大丈夫だろうと思っていたが、意外な状況にビックリしてしまった。
「さあどうする?」
今回の旅では連日のこのセリフが再び出た。
最後まで油断ができず。
しかし、ここに来るまで梓川の遊歩道を来たのだが、遊歩道沿いにキャンプ適地をいくつか見つけていたのだ。
こんな時に役に立つ。
今回に限らずだが、こういう旅をしてると、オレの目と頭は自然と「ここはキャンプが可能かどうか?」という思考で道や風景を見ている場合が非常に多い。
即座に梓水苑の近場のいくつか見つけておいたキャンプ適地に再びロケハンに行く。その結果、梓水苑から一番近い遊歩道沿い、石牌のある場所が一番の適地なのを判断し、そこにキャンプする事に決定。
そうと決めたら、まず日が暮れる前、テントを張る前に河原まで下りて焚火のための流木や木の枝を大量に拾って置いておく。
続いて街のスーパーに食料の買い出し、
そして梓水苑に行き、日帰り入浴で時間を潰し風呂から出たら、ウォータータンクに水を調達して、キャンプ適地に向かい、テントを張る。
こうして、今日も無事、野宿が可能となったのである。
スーパーには、なんとパックのジンギスカンが売っていたので、北海道の日々を思い出し、喜んで買った。初日以来、やっと焚火、ジンギスカン、バーボンを楽しむ事ができた。
誰もいない河原の上空には、半月が浮かび、いつものように美しく怪しく輝いていた。
なんだかこんな瞬間が一度でもあれば、いろいろな不満も浄化していくようだった。
自分の場合、観光地やキャンプ場で肩身狭く過ごすより、こちらの方が向いているようだ。
旅の終わり
こうして、翌日、初日と同じように松本の郵便局から荷物を半分郵送し、高速バスで帰京した。
今回の旅は珍しく晴天に恵まれ、雨は一度も降らなかった。
フィルム写真も撮影したが、10月末現在、経済的事情により、まだ現像に出せてはいない。
なにか、まとめらしき事を書こうと思ったが、言葉が出てこない。
ただ一つ
「また行こう」
そう思った。