あの作家や映画監督の愛した名店の味!池波正太郎らが愛したグルメ7選まとめ

あの作家や映画監督の愛した名店の味!池波正太郎らが愛したグルメ7選まとめ

目次

断捨離、持たない暮らし、シンプルライフにミニマリスト……。モノを大切にし、不便を知恵と工夫で解決し、物量ではなく心の豊かさに幸せを感じていた昭和の生活が見直されています。“食”の世界も同様です。昭和の“食”をひと言で表すなら「当たり前のことを、ていねいに」。伝統につちかわれた食材や調理法による料理はもちろん、日本式の洋食、あるいは本格的なフレンチにいたるまで、真面目にコツコツといった日本人気質を発揮しながら習得していき、日本の食文化に幅と深みをもたらしました。

美しいもの、豊かなものを見て体験し、またそれらを見出す眼をもち言葉にして表せる作家や文化人たちは、そんな昭和の食を競うように書き残し、語っています。池波正太郎に荻昌弘、小島政二郎、小津安二郎に白洲正子。川端康成や森鴎外、芥川龍之介などの文豪も、たいそうな食通でした。今、私たちは、彼らの随筆や小説などで、その食哲学に触れることができます。

文豪や文化人が愛した“昭和の味”の第2弾は、じめじめした季節にさっぱり食べたい「ざるそば」からご紹介します。

文豪・文化人が愛した昭和の味

1 そば好きで知られた池波正太郎が通った浅草『並木藪蕎麦』

ざるそばは、ざるの上にさらりとのっています。ここのそば湯は、当世風にそば粉を入れて風味を足したりしない、昔ながらのもの。

何気ない店構え、飾り気がなくて清潔な店内、昔の東京をしのばせるうつわ、従業員のきびきびした働き――『並木藪蕎麦(なみきやぶそば)』のすべてに、昭和には確かにあった、東京の粋を感じます。従業員の、きりりとした白い上っ張りと三角巾姿を見ると、「ああ、ここには昭和のよさがまだ残っている」と溜息が出るのです。

そば好きで知られた池波正太郎ですが、なかでも『並木藪蕎麦』は、その東京らしい雰囲気が気に入っていてよく訪れた店。――平日の午後の浅草へ行き、ちょっと客足の絶えた時間の、並木の〔藪〕の入れ込みへすわって、ゆっくりと酒をのむ気分はたまらなくよい。(中略)そして、女中たちの接待もまた、ここは、むかしの東京を偲ばせるにたる。――と、著書『散歩のとき何か食べたくなって』(平凡社)に綴っています。

「池波先生がお好きだったのは、三畳の角のところです」と教えてくれたのは店主。壁を背にした小上がりの隅で、なんとも落ち着く場所です。この店は、濃いそばつゆが特徴。厚削り(鰹節)を1時間半煮詰めるというだしと、醬油と砂糖を寝かせた「かえし」を合わせ、うまみが強いそばつゆになっています。落語では江戸っ子を表すのに、「死ぬまでに一度、そばにつゆをどっぷりつけたかった」と言って笑わせますが、これが話に聞くものなのかと思わせる、存在感あるつゆです。

海苔、わさび芋(すりおろしたつくね芋にわさび添え)、そば味噌などで日本酒を飲むのが好きだった池波正太郎。午後の、人の少ない時間にふらりと来て、2合ほどを楽しんだという。

池波正太郎は、焼き海苔や板わさなどで日本酒を飲んでから、そばを食べました。焼き海苔は「海苔箱」と呼ばれる白木の箱に入ってきます。箱の中には、底が和紙で貼ってある懸け籠(かけご)があって、下には小さな炭が。炭の熱で海苔がしけるのを防ぐ仕組みなのです。「海苔はぱりっぱりじゃないと」という人が喜ぶ、江戸気質な道具です。

「冬は鴨南蛮の抜き、春から秋は天抜きでお酒を召し上がるのもお好きでした」と店主。「抜き」とは、そばを入れない種物(かけそばにのっている天ぷらなど)のこと。天抜きは、かき揚げだけがつゆに入っていて、しっとりとした食感が日本酒に合います。「そば屋とは酒を飲むところ」と心得ていた池波正太郎をまねして、ツウな頼み方をしてもさまになる、まさに“昭和”な名店です。

◆並木藪蕎麦
住所 東京都台東区雷門2-11-9
営業時間 11:00~19:30
定休日 木・第2水曜日

2 池波正太郎は大阪なんばの『重亭』のビーフステーキにもほれ込みました

池波正太郎がひいきにした味をもうひとつ。
「いかにも大阪洋食ふうのソース(むしろタレといいたい)がとろりとかかったビーフ・ステーキのやわらかさ」(『散歩のとき何か食べたくなって』平凡社)
と称賛したのが『重亭(じゅうてい)』のステーキです。創業は昭和21(1946)年、現在は池波氏と交流のあった重亭初代の孫にあたる吉原政志さんが腕をふるいます。
先代の教え「料理は手を抜くな」の言葉を守り、デミグラスソースを除いて、ソースのつくり置きはなし。注文が入ってから肉を切り落とすなど、ひとりずつに〝つくりたての料理〟を提供する、古きよき昭和の流儀が貫かれています。「テキ」(ビーフステーキのこと)は上等なヒレ肉が200g。隠し味に醬油の効いた、酸味のあるタレにつられて女性でもペロリと食べられるのでご安心を。
上の写真/ポテトサラダやせん切りキャベツといった付け合わせも、初代の提案を守っています。いずれも〝料理〟として完成された味!

◆重亭
住所 大阪府大阪市中央区難波3-1-30

欧風料理を日本人の口に合うようにつくった日本の食べ物「洋食」。昔ながらの「うまいもん」が集中する大阪・ミナミに名店『重亭』がある。店先のメニューサンプルは現在も活躍中。一目瞭然の形でメニューを伝える昭和のサービス精神がここに。ポークチャップやハンバーグも不動の人気メニュー。

3 獅子文六のお気に入り浅草『駒形どぜう』のどじょう鍋

混雑しているのに、なぜか心が静まる。そんな店があります。その理由を作家の獅子文六(ししぶんろく)は、「どぜう」と題した一文で、「良心的な店が生む風格」が人を安心させるのだ、と書いています。雑誌の「東京の好きな一隅はどこか」という問いに、「駒形のどぜう屋か、神田のヤブの店内の一角」と答えを書いたというほど、『駒形どぜう』がお気に入りでした。

甘味噌で煮たどじょうを薄い鉄鍋に入れ、火鉢ごと客前に。かつおだし、醬油、みりんの割り下を注ぎ、ねぎをたっぷりかけて食べます。

浅草・駒形橋で、214年にわたってどじょう鍋を商う『駒形どぜう』は、「入れ込み」といって、広間にお客さんを一堂に入れるスタイルを今も守り、一貫して庶民の味を出し続けています。現在の建物は、昭和39(1964)年に前の店そのままに建て直しました。2階家ですが、江戸通り側には窓がありません。万が一にも大名行列を見下ろさないための(庶民が大名を見下ろすことがあってはならない、そんな時代でした)、江戸時代からの工夫です。

1階の正面には大きな神棚があり、その下の席を、お宮の下の席という意味で「宮下(みやした)」と呼んでいます。どうも壁を背にした席は落ち着く人が多いらしく、人気がある席です。

ここでは9割の客が丸のままのどじょうを使ったどぜうなべ、通称「丸なべ」を注文します。どじょうに酒をかけて酔ったところを、甘味噌仕立ての味噌汁に入れて煮込んでおき、それを浅い鉄鍋に並べて火鉢にかけて出すのです。ほかにも、「柳川なべ(やながわなべ)」と呼ばれる、開きにしたどじょうとささがきごぼうを卵とじにしたものや、江戸の甘味噌を使った創業当時からの味「どぜう汁」があります。

どじょうの店ですが、くじらの鍋も。これは、「いちばん小さい魚(=どじょう)と、いちばん大きな魚(=くじら)を扱うと評判になるはず」という江戸っ子らしい考えから始まったとか。ユーモアも効いた、江戸の粋ですね。どの料理も、江戸から昭和を経て、平成に伝わる味。ほかにはない雰囲気を楽しみながら味わえば、『駒形どぜう』の変わらない人気の秘密がわかってくるはずです。

どぜう21階の入れ込み席は、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのよう。どぜうなべの薬味箱には、ねぎの小口切りと七色(七味唐辛子)、山椒、黒文字が。七色と山椒は浅草『やげん堀七味唐辛子本舗』のもの、黒文字は『日本橋さるや』製が使われている。

◆駒形どぜう 本店
住所 東京都台東区駒形1-7-12
営業時間 11時〜21時(L.o)
定休日 無休(大晦日と元日は休業)
公式サイト

4 小島政二郎が愛した浅草『中清』のかき揚げ

天ぷらの王者といえば、芝海老か穴子か? 否、庶民的な「かき揚げ」こそが天ぷら料理の醍醐味としたのは作家の小島政二郎。とりわけ、浅草の老舗天ぷら店『中清(なかせい)』の名物である、大きなかき揚げが好みだったようです。

仏文学者の辰野隆(たつのゆたか)が「雷神揚げ」と名づけた大きなかき揚げ。芝海老と青柳の貝柱がふんだんに入り、胡麻油の香りに包まれた風味豊かな逸品です。

鯉が泳ぐ池の周りに数寄屋造りの離れが並ぶ『中清』。創業明治3(1870)年より変わらぬ佇まいの離れは、この店の天ぷらを愛した永井荷風、久保田万太郎や池波正太郎といった、作家たちの笑い声がいまでも聞こえてきそうな華やぎに満ちています。

「あすこへ来て、喜々として食を楽しんでいる人々の姿を見る度に、私は仕合せを感じずにいられない。」(『天下一品―食いしん坊の記録―』河出文庫)と小島政二郎が記したように、「雷神揚げ」と呼ばれる大きなかき揚げも、気の置けない人と一緒に楽しみたくなるひと皿です

中清2

◆中清
東京都台東区浅草1-39-13
営業時間 平日11:30〜14:00、17:00〜22:00
土日祝11:30〜20:00
定休日 毎週火曜日及び第2、第4水曜日
公式サイト

5 田辺聖子は神戸『欧風料理もん』のコロッケにも愛情を注ぎました

もんコロッケもん風コロッケの具は、牛肉と海老から選択。年配客の健康に配慮したサラダ油を使用しています。

昭和11(1936)年、神戸三宮に創業したこの店は、2代・3代にわたるファンが多く、看板娘の女将も70代、厨房で働くコックさんの多くも40年以上のキャリアという店。ここに集う人々には、あたたかい昭和の人間づきあいが残っています。昭和40(1965)年代から50年代にかけて神戸で暮らした“神戸古馴染み”の田辺聖子さんも、平成に入って三宮を再訪して足を向けたのはこの店でした。

田辺さんお好みのコロッケは、ていねいに布で漉してつくる自慢のベシャメルソースが直球で楽しめる逸品。具が牛肉というのも実に神戸らしく、いい部位の角切り肉が入るのは、『もん』ならでは、です。カラリとした食感をつくるきめ細かなパン粉は女将の手製。働き者の女将に頭が下がります。

もん3神戸・三宮、生田神社の参道にある『欧風料理もん』。設計は昭和に活躍した民芸建築家・宮地米三(みやじよねぞう)。建物は阪神淡路大震災で全壊したが、現在の地に宮地氏の設計した内装を再現して営業を再開した。お土産にはビーフカツサンドを。持ち帰りに合わせた肉の焼き加減、持ち帰り専用のソースと、ここにも細かい味のこだわりが。2代目女将の日笠尚子さんは〝昭和の鑑〟のようなお母さん。トレードマークの真っ白なエプロンは、クリーニング店に「フリルが立たないように」とアイロンがけを注文しているのだとか。

◆欧風料理もん
住所 兵庫県神戸市中央区北長狭通2-12-12
営業時間 11:00~21:00(L.O)
定休日 第3月曜日

6 吉村昭が愛した東京・根岸「レストラン香味屋」のビーフシチューはご飯と一緒に

DMA-IMG_7046黒毛和牛の塊肉はボリューム満点。付け合わせからデザートまですべて自家製です。

取材を得意とした小説家・吉村昭は食べものに対しても貪欲でした。吉村氏が洋食を食べに通ったのが大正14(1925)年創業の『レストラン香味屋(かみや)』。
「少年時代、胸をときめかせて白いテーブルクロスのかかった食卓の前に坐って、トンカツやハヤシライスを食べた洋食屋の名残りのある店が好きだ」(『味を追う旅』河出文庫)という言葉どおりの、クラシカルな昭和の美をたたえた店です。
ビーフシチューは、デミグラスソースで食べる肉の煮込み料理。白飯の甘い香りを引き立てるためのソースなので、気がねなくご飯にからめてお口にどうぞ。東京下町にあるこの店で遠慮は無用、店にただようなごやかな空気も、昭和の産物なのです。

◆レストラン香味屋
東京都台東区根岸3-18-18
営業時間 11:30〜22:00(L.o 20:30)
定休日 水曜日、12月31日~翌年1月1・2日
公式サイト

7 中里恒子が落語にかけて語ったのは東京・王子『扇屋』の厚焼き玉子でした

玉子焼き折にぴたっとはまった美しい厚焼き玉子。卵を10個程度使ってじっくり焼けば、弾力と食べ応えのある絶品玉子焼きが完成!

昭和の子供たちのご馳走といえば、玉子焼き。東西、あるいは地域によって味の好みが分かれますが、東京・王子の名店、『扇屋(おうぎや)』の厚焼き玉子は、砂糖とかつお節による秘伝のだしを中心にした、まさに東京風の甘い玉子焼き。遠足や運動会のお弁当に入っていたような味が、なんともほっこり懐かしいのです。
落語『王子の狐』で、娘に化けた狐をだましてやろうとした男が狐を誘い込んだ料亭が、慶安元(1648)年創業のこの『扇屋』です。350年以上続いた料理屋でしたが、現在は名物の厚焼き玉子の製造販売に徹した専門店に。店の営業スタイルは変わっても、江戸の味と心意気は14代の当主にまで受け継がれています。
王子は路地に入ると昭和の建物が残る懐かしい町。おかずに、おやつに、酒のアテにもよしの〝甘くて懐かしい大人の玉子焼き〟を買いに、昭和レトロな町へと出かけてみませんか?

扇屋パッケージ

◆扇屋
住所 東京都北区岸町1-1-7
営業時間 12:00~19:00
定休日 水曜日

撮影/石井宏明、小池紀行(パイルドライバー)、小寺浩之、小西康夫、篠原宏明、ハリー中西

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