魯山人も愛した!夏の〝京都グルメ〟は…やっぱり鱧と鮎!

魯山人も愛した!夏の〝京都グルメ〟は…やっぱり鱧と鮎!

目次

鱧祭りともいわれる祇園祭り。
まさに今が旬の鱧・鮎を食べに京都へ…

鱧と鮎
 京都は三方を山に囲まれた盆地で、夏がたいへん暑く、油照(あぶらでり)といわれるほど。障子を葭戸(よしど)に替え、網代や籐の敷物を敷くのも、少しでも過ごしやすくする工夫です。京都の夏においしいものといえば、鱧と鮎(あゆ)。多くの店が競うように料理しています。それはなぜって? 鱧(はも)と鮎(あゆ)は、季節を味に映して都にもたらす魚だからなのです。
 京都の夏の風物詩、どちらもその味わいのようにじんわり心に沁みるストーリーがありました。鱧と鮎の名料理店とともにご紹介しましょう。

鱧と鮎が夏の京都を代表する味になったのは…

 京都には、室町時代から寺社の門前に茶屋がありました。茶屋といっても次第に食事や酒をサービスするようになり、桃山時代後期(16世紀)には、東山には宴会ができるような料理屋があったことがわかっています。
 江戸時代中期(18世紀)になると、洛中には続々と料理屋ができました。中でも生簀(いけす)をもつ料理屋が人気で、高瀬川の近くには何軒もの店がありました。そこでは生簀に鰻や鯉、鮒などを入れておき、生きた魚を料理しました。そのころの京都の料理屋では、魚といえば川魚。海から魚を運ぶには、内陸の都・京都は遠かったのです。たとえば、鯖街道の起点である福井県の小浜(おばま)から京都・出町柳までは十八里(約70㎞)ほど。鯖やぐじ(アカアマダイ)など海の魚に塩をして担って歩くと、京都でちょうどよい塩梅になる距離でした。運ぶ人は、寝ないで歩きづめに歩いたといいます。
 同じく江戸中期の文人・大田南畝(おおたなんぼ)が著書に引用した狂歌に、京都の名物を歌った「水、水菜、女、染物、みすや針、御寺、豆腐に、鰻鱧(うなぎ)、松茸」があります。江戸の名物、「鮭、鰹、大名屋敷、鰯(なまいわし)、比丘尼(びくに)、紫、冬葱(ねぶか)、大根」に比べると、川魚をもっぱら料理する京都と新鮮な海の魚が使える江戸の違いがくっきり。その好みの違いは今も受け継がれています。鱧の字も見えるので、骨の多い鱧を料理する技術がすでにあったことが推測されます。

朝廷への献上品だった高貴な魚、鮎

 海から遠い京都で、魚を食べようと思えば、近くの川の魚か生命力の強い海の魚、ということになります。流通事情のいい現代では考えられない輸送の苦労が、そこにはありました。
 鮎は1年しか生きないことから年魚とも、香りがよいので香魚とも書きます。神功皇后が釣りをして戦勝を占ったときにあがったので、鮎という字になったという話も『古事記』『日本書紀』にあり、古くから食べられてきた魚です。朝廷への献上品でもありました。現在、日本の淡水魚でいちばん食べられているのは鮎で、全漁獲量の4分の1にのぼります。
 鮎は中国にも韓国にもいますが、これほど珍重する国はないようです。きゅうりやスイカを思わせる香りも、清冽な味も、短い一生も、日本人好みなのでしょう。
写真中/鱧の新しいメニューを繰り出してくる『祇園大渡』のご主人。
写真下/『阪川』の鱧しゃぶ。ほんの少し火が入ったところが美味。錦市場の『有次』で注文した真鍮製の阪川鍋で。

魯山人も愛した!夏の〝京都グルメ〟は…やっぱり鱧と鮎!

魯山人も愛した京都の鮎

 鮎は秋の彼岸のころ下流へ下り、河口近くの浅瀬に産卵して死んでしまいます。稚魚は海へ下って冬を越します。春になると川を遡ってきます。菜種鮎、桜鮎と呼ばれる稚鮎のときには動物性のえさを食べるので、生臭みがあり、魚田(ぎょでん/味噌を塗って田楽仕立てにすること)にする人も。葉桜から菖蒲のころになると苔しか食べなくなり、鮎らしい香りと味になります。7月には顔が小さく見えるほどに成長します。
 京都では保津川や桂川など、鮎で知られる川が多いのですが、琵琶湖にいる鮎には特徴があります。7~8㎝にしかならず、皮も薄くて、苦みもほどほど。琵琶湖を海の代わりとして、竹生島のあたりで越冬します。まだ小さいお正月ごろに獲って、氷魚(ひうお)と称しました。白い体の色からの名前です。塩ゆでにしたものを、昔は錦市場あたりでよく売っていたそうです。
 書家・陶芸家で食に詳しかった北大路魯山人は、大正末期に京都・和知川から鮎を運び、東京の星岡茶寮で出して評判になりました。貨物列車に人間も乗せて、木桶に入れた鮎に柄杓で水をかけ続けさせ、生きたまま運んだのが画期的でした。京都では鮎が桂川から鮎桶で運ばれてきて、「ちゃぷんちゃぷんと水を躍らせながら担いでくるのである」と魯山人が書いています。この運び方が今のエアーポンプの働きをして、鮎を活かしていたのでしょう。魯山人は鮎の活かし方を知っていました。

食べて京都の夏を知る

 鱧の名前のいわれは、はむ(食う、嚙む)からとも、はみ(まむし)に似ているからとも。大きいものは2m以上になります。生命力が強く、流通が発達する前は、大阪や明石、淡路から京都まで生きて届いた貴重な海の魚でした。祇園祭や大阪の天神祭にはかかせない食材で、祇園祭は別名「鱧祭り」ともいいます。
「梅雨の水を飲んで太る」といわれて、入梅から祇園祭の7月が旬。また、8月の産卵後9月下旬から11月末までも、黄金鱧といって脂がのる第二の旬です。
 鱧は縄文時代から食べられていました。各地の貝塚から鱧の骨が出てくるのです。平安時代には干物にして朝廷に献上されていました。
 江戸中期の寛政7(1795)年に出た『海鰻百珍(はむひゃくちん)』には、100種類以上もの鱧の料理法が載っていて、骨切りにも言及しています。天保11(1840)年の「包丁里山海見立角力(ほうちょうりさんかいみたてすもう)」という食材の番付では、鱧が東方(魚)の関脇で、人気のほどがわかります。最高位の大関が鯛、西方(野菜)の大関は椎茸、勧進元は鰹だし、差添人はだし昆布です。この時代、相撲に横綱はありませんから、鱧は魚の第2位。当時の人気がしのばれます。明治時代以降、きものの問屋が多く集まる室町通あたりでは、祇園祭に来る客を鱧寿司などでもてなしたため、鱧の知名度が上がりました。
 ぎょっとする外見に似ず、鱧の身は白くて美しく、脂もほどよくて、だしは濃厚。鯛と並んで、京都の人が好きな食材です。味もよいのですが、なにしろ精の強い魚なので、それを食べることで夏をつつがなくやり過ごしたいという期待も込められていたに違いありません。
 鱧も鮎も時期によって味の違いがはっきりわかる魚。食べて京都の季節を感じる魚、それが鱧と鮎なのです。
写真中/焼き台で盛大に鮎を焼く『草喰なかひがし』の中東久雄さん。
写真下/まるで清流を泳いでいるような焼き鮎の姿は『光安』。飾りのまったくないプレゼンテーションもこの店らしい。

魯山人も愛した!夏の〝京都グルメ〟は…やっぱり鱧と鮎!

京都の鱧と鮎の名店をご紹介します!

雑踏を少し離れて、懐かしくも楽しい鱧づくし
『うお市』

 祇園祭のころ、京都ではどこの家庭の食卓にも、川魚屋さんで買ってきた焼き鱧や鱧の落としが並ぶのがお決まりでした。
 昭和10年創業の『うお市』は、中心街からちょっと外れた庶民的なエリア、今熊野商店街にある仕出し屋兼料理店。二代目の岡野裕明さんの鱧好きがこうじて、店の品書きを鱧中心にしたのが約30年前。昔ながらの鱧を気軽に味わえると、遠方からも来客があります。
 焼き鱧は、1㎏くらいの大ぶりな瀬戸内の活け鱧をさばき、創業以来継ぎ足し続けているつけダレで焼き上げます。控えめなタレの味でほのかな甘みが引き立つ身は、ほろっとくずれるやわらかさ。
 この焼き鱧をのせた「はも丼」、はも落とし付きの「今熊野弁当」、落としや卵とじなど鱧づくしが味わえる「鱧懐石」もあります。
うお市
京都府京都市東山区今熊野椥ノ森町25

鮎の風干しからあんかけまで、鮎好きが集まる隠れ家
『あゆ一』

 天然鮎をふんだんにいただけると、鮎好きに知られる『あゆ一』。6年前に移転して、8席だけのプライベートな空間になりました。
 次々に運ばれて来る「おまかせ」は、刺身、焼き鮎、天ぷら、あんかけ、と創作料理もとりまぜた鮎づくし。オリジナルの鮎のめざしは、ワタの苦みが凝縮された、鮎好きにはたまらない一品です。客席のすぐ脇の厨房からは、活け鮎が水 槽でぴちぴちとはねる音が聞こえてきて、次の皿への期待が高まります。
 鮎は、ご主人が「いちばんおいしい」という15㎝前後の小ぶりのものが中心。コースを通してほぼ10尾の鮎をいただきますが、締めの季節ご飯の前に、焼き鮎の追加をお願いするのが常連の食べ方。10本、20本と心ゆくまでオーダーできる心安さもあって、毎夏、鮎ファンが全国からやってきます。
あゆ一
京都府京都市中京区新烏丸通竹屋町下る梅ノ木町138

撮影/阿部 浩、奥田高史、内藤貞保

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