Gourmet
2019.07.06

夏にも熱燗がおすすめ!渋谷の熱燗専門バー「純米酒 三品」レポート【純米燗酒礼賛記1】

この記事を書いた人

フランス人にして日本酒の蔵元になったグレッグさんの来日時に合わせて、話を聞いたのが2019年4月のこと。そのときの記事はこちら

「昇涙酒造」というフランス発の純米酒を知りました〜、で話が終わるかと思いきや、この出会いがわたしの酒飲み人生を変えた気がしています。

「燗酒っておいしいねー」がグレッグさんに会う前だとしたら、今では「日本酒飲むなら燗酒で。お燗にしておいしい純米酒をわたしにください」。

どうしてかと言えば。燗酒をこよなく愛するフランス人の酒量たるや、読者のみなさまの想像をはるかに超える量でして(しかもグレッグは燗酒のチェイサーが冷や酒だったりするんだな)。
グレッグさんを取り巻く純米燗酒を愛する仲間の方々と、短期間にしてひたすら盃を重ねたことで、すっかりわたしは燗酒党になったのでした。

温かいお酒がじゅわりとのどを通るとゆるむわー、体がほどけるわー。

差しつ差されつ語り合うもよし、ひとり飲み同士でポツリ、ポツリと会話が交わされるのもまたよし。純米燗酒でつながるいい酒のつくり手、いい酒場、いい時間を見つけたらここで紹介していたいと思います。さて、今回のお店は?

「純米酒 三品」は燗酒が飲めるカウンターバー


L字型のカウンターが配置された店内。カウンターに盃があらかじめ置かれているところにご注目ください。「燗酒を飲ませますよー」という店の態度表明とでもいいましょうか。この景色を見ただけですでにわたしの顔はほわっとゆるみます。

カウンター10席。ふだんの客はひとり、もしくはふたり組が多いかな。そこが居酒屋との違いですね。

店主の坂嵜透さん(記事後半に登場)は、蔵元との関係が信頼できる酒屋さんを通して「純米酒 三品」のラインアップを選んでいます。「仕入れをお願いしている酒屋さんは1軒です。酒屋さんとの付き合いも大切にしたいですからね」。酒は火入れした純米酒が基本。味わいに落ち着きがあり、飲み飽きしません。そんな純米酒の中から燗酒にしておいしいお酒が並んでいます。

ふだん吟醸系の冷酒を飲んでいる人には「見たことのないラベルばっかり!」という反応もあるみたい。わたしも燗酒を飲み始めてから知った蔵元がいくつもあるなぁ。燗酒向きの純米酒をつくる蔵元は雪深い地域にあったり、、、風土を問わず個性のきわだつ酒のつくり手が多いという印象を勝手にもってます。

坂嵜さんの個人的なつながりのある蔵元も品ぞろえに少し加わっています。
見覚えのあるラベルがありますよ!

左から鳥取・梅津酒造の「梅津の生酛(きもと)/黒ラベル」、フランス・昇涙酒造の「純米酒/浪(なみ)」。われらがグレッグの修業先だった梅津酒造のお酒はほかにも「梅津の生酛/笊」ほか「冨玲(フレー)」もそろいます。昇涙酒造は「浪」のみの提供。

酒を注文したら、しばし待つ。独特な間合いが燗酒ならでは

カウンターに立つのは、若くして貫禄たっぷりの女将・稲原春香さん。注文が入ると、チロリに1合分を注ぎ入れカウンター奥にある酒燗器につけてくれます。

ちょうどよいころ合いを確かめるのは温度計ではなく試飲がいちばん、と春香さん。「ただ女将が飲みたいだけでしょ、と常連さんからはツッコミが入ります(笑)」。

この、お酒が温まるまでのたゆたうひとときがいいんです。
隣のひとと「今日はなに食べるー?」と献立を眺めたり。
女将と近ごろ入荷したお酒の話やら季節の食材についておしゃべりしてみたり。

もちろん、早く飲みたいんですよ。特に最初のひと口は。
駆け付け一杯、ビールやハイボールでキュー! ってのも捨てがたい。
だけどこうして「まずは一杯、燗酒」に慣れてしまうと、日本人って本来こういう「間」を楽しんでいたんじゃない? と大げさでなく思ったりします。

「純米酒 三品」の酒1合の価格はこんな感じ。一升瓶に付いているシールの色で価格がわかるようになっています。

とはいえ燗酒初心者は好みの味を伝えたり、「安くてもおいしいの」「値段は気にしないからとびきり」など希望を伝えて女将に任せましょう。そのほうが的確なお酒に巡り合えると思いますよ。

店主の坂嵜さんに聞いてみました、燗酒専門のバーをつくったのはなぜ?

坂嵜さんの本業はグラフィックデザインから編集まで手がける広告制作業。東京・渋谷で会社を経営する傍らで、酒場文化研究所を立ち上げ(!)、その拠点がここ「純米酒 三品」というわけです。

水曜の定休日に、坂嵜さんが女将に代わってカウンターに立つ「とおるの日」をときどき開催。

「僕は今52歳なんですが、30代で燗酒に目覚めて。純米酒を燗につけてもらったら、とてもおいしくて。これこそが日本酒のおいしい味わい方なんじゃないかな? と気がついたんです」と坂嵜さん。

酒を温めることでおいしさが増す理由は、「純米酒 三品」でも扱いのある鳥取・梅津酒造の梅津雅典代表からわたしも教えを受けました。
「日本酒の旨み成分の中には温度が上がることで花開くものがあり、純米酒を燗にするとさらに芳醇な味わいが引き立ってくる」とのこと。

「当時はワイン全盛で、燗酒をちゃんと飲ませてくれる店は少なかった。お燗にしてと頼んでも、『こんないいお酒を燗にはつけられませんね』って店の人に一方的に断られたり(笑)。昔は燗酒といえば醸造アルコールを添加した酒というイメージが強かったからなんでしょう。それだけではない、純米酒を燗で飲む楽しみ方を知ってもらいたくて自分で店を開きました」

燗酒は毎日飲みたい、だから毎日通える店を

2011年1月に開店した「純米酒 三品」。同年の3月には東日本大震災が発生。

「開いたばかりの店をいったん休業して被災地の支援に行きました。広島の竹鶴酒造さんに協力を得て、竹鶴のワンカップ酒をワゴンに積んで配り回ったんですね。
そのとき、被災者の方から『生きる力を与えてもらった』という声を聞いて。
お酒って嗜好品ではないよな、必需品なんだな、と僕の中で認識が変わりました。店を続けるうえで、とても大きい体験でした」

「燗酒って毎日飲みたくなりません? 少なくとも僕はそうなんだけれど(笑)。仕事が終わって、ビールを飲むように燗酒を飲んでもらえるのが希望です。うちの店には日本酒マニアな人は来ませんよ。こちらからお酒についてツウぶったことは話しませんしね。なにしろ日常の酒として日本酒を出す店ですから」

と言いながら、チロリは錫製。徳利と盃は坂嵜さんがプロデュースした特製品で、客においしく燗酒を飲んでもらうための配慮が酒器だけ見てもわかります。

「三品」の店名に込めた意味合いにも坂嵜さんの日本酒愛が感じられるのですが、お店でご本人に聞いてみてください。さすが酒場文化研究所の所長! という回答がいただけると思いますよ。

徳利と盃に入ったオリジナルの紋の名は「止まらない紋」。ちょっとダジャレ入ってますね。お酒を永遠に飲み続ける自分に対しての言い訳だそうです(笑)

店で出す料理はすべて女将・春香さんの手づくり。家庭料理とプロの料理の中間ぐらいの程のよさ、安心して食べられる味です。春香さんの料理の腕前は栄養士のお母さま譲りなんですって。提供される料理は日替わり、メニューは毎日女将が手で書きます。毎日通える価格でしょ? 

文字の踊りぐあいからその日のおすすめを読み解くのがわたしの密かな楽しみ。1枚目をめくると2枚目にポテサラ、豚汁など定番メニューも。

蔵元探訪から足を伸ばしてその街にある道の駅巡りがルーティンになっている春香さん。5月は現地調達してきた鳥取の食材がふんだんに献立に登場した。

夏にも燗酒を薦める、その理由は?

初夏のあたりから各蔵元が打ち出す夏酒。一般的な店では冷やで提供されていますが、燗にしても意外といけることをこの店で知りました。女将の春香さんが選ぶ、お燗にしておすすめの夏酒は?

いずれも夏の限定酒。冷えた状態と飲み比べると味の違いに発見あり。どちらの蔵元の定番酒も店にあります。

京都・玉川酒造の「Ice Breaker(アイスブレイカー)純米吟醸無ろ過生原酒」(写真左)はロックで飲むことを前提に仕上げられた純米吟醸の生原酒(アルコール度数高め、味わいは濃厚)。神奈川・泉橋酒造の「いづみ橋 夏ヤゴブルー 純米生原酒」(写真中央)も生原酒。ロックや炭酸割りと夏ならではの飲み方が楽しめるもの。夏に出る日本酒ということですっかり冷やで飲むものと思い込んでいましたが、この店では「生原酒でもしっかり造られたお酒は、温めてもバランスが崩れないのでお燗でも楽しめますよ」。同じつくり手の「いづみ橋 夏ヤゴサーティーン 生もと純米」(写真右)のアルコール度数は低めの13度。ただでさえラクに飲めるつくりが、温めることでするするっと入ってしまう(飲みすぎ危険)。

「燗酒は冷酒に比べたら飲むペースがゆっくり、体に優しく飲めるんですよ。しかもごはんは燗酒と合わせたほうがよりおいしく感じられます。夏疲れした体には、特にお燗酒がいいですね」。

そうか! ようやくわかりました。わたしが燗酒が好きなのは、ゆっくりお酒と料理が楽しめるからなんだな。そしてこの店には、ゆったりお酒と向き合う人たちが集まっていて、そこに流れる穏やかな空気がとても自分にあうみたい。

春香さんは日々、ひとりカウンターに立ちながらこんなことを思っています。「お燗酒の良さもお伝えしたいですが、その前にいい飲み屋でありたい。女将として、お客様が心地よくお酒が飲める時間をつくることができるよう心がけています」。

はい、また寄せてもらいまーす。

「純米酒 三品」店舗情報

住所:東京都渋谷区道玄坂2-20-26藤和エクシール道玄坂B-6
電話番号:03-6455-3319
※以下は通常営業の情報。2020年6月以降の臨時営業形態は各自お問い合わせください。
営業時間:18時〜25時(平日)、15時〜24時(土曜・日曜・祝日)
定休日:水曜休 ※最新情報はFacebookページで確認を。
月1回は女将がきものを着る日があり、この日はきもの(夏なら浴衣)で訪れた場合はお猪口のプレゼントも。

書いた人

職人の手から生まれるもの、創意工夫を追いかけて日本を旅する。雑誌和樂ではfoodと風土にまつわる取材が多い。和樂Webでは街のあちこちでとびきり腕のいい職人に出会える京都と日本酒を中心に寄稿。夏でも燗酒派。お燗酒の追究は飽きることがなく、自主練が続く。著書に「Aritsugu 京都・有次の庖丁案内」があり、「青山ふーみんの和食材でつくる絶品台湾料理」では構成を担当(共に小学館)。