日本酒ブームといわれている昨今。その一方で、若い世代を中心に日本酒が苦手な人が増えているそうです。実はわたしも日本酒はあまり得意ではありません。ですが、出会ってしまったんです! 日本酒が好きになるきっかけの酒に。その酒こそ、静岡県焼津の銘酒「磯自慢」。日本酒ファンであれば一度は耳にしたことがあると思います。今回取材の機会をいただき、酒好きの編集長と一緒に磯自慢の美味しさの秘密をうかがってきました。
磯自慢酒造とは?
静岡の漁師町焼津に蔵を構える磯自慢酒造。小さな酒蔵ですがここでつくられるのは日本酒ファンも唸らせる究極の酒。2008年のG8北海道洞爺湖サミットの乾杯酒として「中取り純米大吟醸35」が採用され、あのイチローが愛飲していることも有名です。全国に特約店は少なく、東京でも約7店ほどと入手も困難。メインは吟醸・大吟醸で、厳選した酒米と南アルプスから流れる名水を使い、蔵人たちの技術によって醸されています。
酒蔵というと古式ゆかしき、、、というイメージを思い浮かべる人も多いと思います。ですが、こちらでは冷蔵庫はすべてステンレス。菌が繁殖しないよう早めにタンクを洗ったり、使用した道具は小まめに洗浄後、熱湯消毒するなど衛生管理を徹底されています。また、酒を貯蔵する冷蔵庫をステンレス製にすることで、雑菌の繁殖や汚れにくさを保っています。
「酒のイメージや味は製品になってからはじめて完成形となって表現されると思っています。当たり前のことですが、いかに綺麗な酒をつくるか、“Sublime Transparency”ということに力を入れています」と話すのは、常務の寺岡智之さん。
酵素を使わずに米本来の旨みを存分に引き出すなど、酒造りも基本を忠実にいたってシンプルで、効率良く無駄なものはなくして、味を追求しています。
「ささいなところが味に反映します。当たり前のことを突き詰めた上で、そこからなにができるか、もっとこうしていくにはどの選択がいいか、少しの変化ですが日々試行錯誤です」(寺岡さん)
自分たちだけの最高の酒をつくる
磯自慢酒造の創業は1830年。ですが、元々本業は農家で酒づくりは副業。本格的につくり始めたのはここ70〜80年くらいのことなのだとか。江戸時代に地主の多くが農業経営の傍らで酒蔵を開業したように、磯自慢も焼津の地主だったといいます。しかし、第二次世界大戦後、GHQの農地改革により残った土地で農家として続けていくのは困難な状況になり、酒造りを本業に。はじめは“桶買い”という形でスタートします。
桶買いとは昔一般的に行われていた酒蔵同士の酒の取引のこと。戦後、高度経済成長期に突入すると、日本酒の需要が高騰。生産が追いつかず、大手酒蔵が地方の酒蔵でつくられた酒を購入し、自社商品として販売していました。「それから細々とつくっていたのですが、やはりこのままでは大手の酒蔵さんにはかないませんし、金銭面も厳しい状況でした。35年前くらいのことですかね。現社長である私の父がこれではやっていけない、今で言うところの吟醸をつくろうと思い切って決断をしました」と寺岡さん。まだ吟醸酒という言葉すら存在しない時代でした。
このときすでに、ウイスキーやワインなどの高級志向が高まり、日本酒は時代遅れのような存在に。ですが、自分たちだけの最高の酒をつくる、この決断と転換があったからこそ今の磯自慢酒造があります。
「高級酒を造るにあたり酒米も最高のものに変えようとしましたが、はじめはどの農家さんにお願いしても無名の酒蔵を相手にしてくれませんでした。それでも諦めずに通い続けて約6年。やっと1件が決まりました。それが兵庫県産特A地区東条町の山田錦です」(寺岡さん)
磯自慢の酒は清らかで雑味がほとんどありません。酒米の王様と称される「山田錦」との出会いは、磯自慢の味が確立されたきっかけの1つ。「山田錦のお酒らしさや綺麗さがあった上でつくっていきたい」という思いから、現在レギュラー酒の本醸造酒以外の酒にも8〜9割ほど山田錦が使われています。しかし、いくら良いものをつくってもそれが売れなければ自分たちの酒を届けることはできません。酒屋との取引も簡単なものではなかったのだとか。
「はじめは元々お付き合いのあった酒屋さんにお願いをしたのですが、リベートもなく、高級な酒で売れるわけがないと断られてしまいました。それでも諦めずにいたとき、全国の酒蔵を巡られていた、(株)はせがわ酒店の長谷川社長さん、富士宮市よこぜき酒店さんなど、小さなわが蔵の姿勢に共感くださった酒屋さんに出会いました。意気投合して『われわれが責任を持って売るので、このまま良い酒を醸し続けてください』と、おっしゃってくださったんです」(寺岡さん)
伝統的な職人技と論理的な酒造り
それから二人三脚で磯自慢の酒が売れていくようになると、酒蔵の環境を整え、衛生管理を徹底。精米歩合の技術を年々上げていき、今ではなんと精米歩合18%まで削れてしまうのだとか。
「特殊な機械を使ってここまで削りましたが、日本酒らしさを残すことは大前提です。麹による綺麗さや華やかさを調和していかなければ自分たちの日本酒に掲げているアイデンティティは叶いません」と寺岡さん。
雑味の原因になる成分を削る精米は、日本酒造りにはかかせませんが、削りすぎてしまうと米の中心部の心白(しんぱく:デンプンが多く含まれ粘度が高く、良質な麹ができる)が砕けてしまったり、残らなかったりします。また、粒がこれほど小さいと発酵がうまくいかなかったり、洗米や吸水のときに水を吸いすぎてしまい、酒質に大きく影響を与えてしまいます。そのため最初の2年は試行錯誤だったそう。現在、商品として販売されているのは精米歩合18%で、3年前からはせがわ酒店で販売されています。(2020年より3〜5軒の特約店にお願いする予定)
そんな磯自慢ですが、転換した当初は納得したお酒がつくれなかったのだとか。それから長い時間を経て、ここ20年ほどでベースとなる味ができました。「お客さんから美味しいって言っていただけるのはもちろん嬉しいのですが、『毎年変わらない美味しさ』と言っていただけるのが一番嬉しいですね。そういった方々を裏切らないためにもまずはベースが必要です。毎年、できあがった酒を試飲し、造りの良かった年と比べ、何が良かったか悪かったか、そして何が原因だったかを分析して突き詰めています」(寺岡さん)
伝統的な職人技でありながら論理的な酒造り、磯自慢の酒にはこんな背景があったんですね。
どんな時代でも美酒を醸す姿勢は変わらず
海外で日本酒ブームが起こっている今、磯自慢酒造では国内の需要を優先しているため、輸出はご縁のある料理店に限られているそうです。海外ではワイン文化の影響が大きく、日本酒もワインセラーに入れられてしまうおそれがあります。常温保存可能なものありますが、日本酒は5℃〜マイナス5℃の温度管理が基本。とても繊細です。
「一番は温度、その次は紫外線、初歩的なものですけれど温度管理は大事なことです。少しの温度差で味に変化が起きてしまいます。なるべくこちらが推奨している温度で、自分たちの本当の味を知っていただきたいです」(寺岡さん)
最近では微発泡など変り種も登場しています。それに対して寺岡さんは、「日本酒を飲む機会が増えるのはとても良いことだと思います。ですが、磯自慢では伝統酵母そして最高の東条山田錦、名水を基に、苦労を惜しまず最高の作品を造る姿勢は貫いていきたい」と話します。
その時代に何が流行っても、どんな時代でも、磯自慢の基本姿勢は変わりません。このアイデンティティは、数十年かけて人々がかたちづくってきたもの。「伝統と革新の融合そして本質へ」と、新しいお客様も今までのお客様にも喜んでいただけるように、変わらない美味しさをつくり続けたい。磯自慢の酒には、そんな人々の思いが一滴一滴に込められていたのです。
磯自慢酒造DATA
住所:静岡県焼津市鰯ヶ島307
営業時間:10:00〜15:00
※蔵見学は行なっていません。
定休日:土・日・月・祝日(直営販売所)
公式サイト:http://www.isojiman-sake.jp/