これはマリモ? いいえ和菓子です。豊臣秀吉も絶賛した「真盛豆」の歴史と今【京都グルメ】

これはマリモ? いいえ和菓子です。豊臣秀吉も絶賛した「真盛豆」の歴史と今【京都グルメ】

2020年から始まるNHKの大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の主人公、明智光秀に注目が集まっています。色々とミステリアスな部分が多い戦国武将だけに、ドラマの展開が楽しみですね。滋賀県大津市には、光秀の菩提寺である西教寺があります。天台真盛宗の総本山、西教寺の境内には明智一族の墓や、光秀の供養塔、辞世句碑が。その西教寺をルーツに持つお菓子が、長い年月を経て、今もなお京都で作られていることを知りました。一体どんなお菓子なのか?わくわくしながらその和菓子店へと向いました。

お菓子誕生を探るために一路京都へ

京都駅から市営バスに揺られること約20分。「堀川下長者町」バス停から西へ100メートルほど歩くと、「京菓子司・金谷正廣」に到着しました。

印象的な看板が目を引きます。この看板は、太平洋戦争中で営業ができなかった時期に、知り合いの山に入って、当時のこちらのお店の方達で手作りされたものだそうです。なんだか歴史とか、思いを感じますね。

菓子職人の金谷亘(かなやわたる)さんにお話を聞きました。「西教寺の開祖である真盛上人が、行者達を慰めるために、煎った黒豆に塩ときな粉を合わせて、大根の葉をまぶした物を考えられたのが始まりです。これが喜ばれて真盛豆(しんせいまめ)という名で、参詣や念仏を聞きに来た人たちにも出されるようになりました。室町時代の当時は、まだ砂糖がなかったので、お菓子といっても甘い物ではなかったようですね」この真盛豆はその後、北野天満宮の裏手にある上七軒の西方尼寺(さいほうにじ)の、真盛上人の仏弟子に伝授されます。今も12月13日の事始めには、当時の製法のままの真盛豆が尼僧によって作られるそうです。

歴史的大茶会で利休が披露

天正15(1587)年に北野天満宮境内において、豊臣秀吉が大規模な茶会を催します。京都だけでなく、大坂や堺などからも大勢の参加者が集まり、総勢1000人ほどが野点を楽しんだと言われています。幻の大茶会とも呼ばれているこの北野大茶会では、4席の内1席は、当代きっての茶人、千利休が受け持ちました。そこで利休がこの真盛豆を出したことが、文献から知ることができます。何か珍しいお菓子をと思いついた利休が、尼僧から伝授されたのか?西方尼寺にはこの北野大茶会で利休が用いた水として、利休井戸が残されています。

利休井戸を模した利休井筒入り真盛豆

細川ガラシャの義父が残した名言

豊臣秀吉はこの真盛豆を「茶味に適す」と大絶賛して喜びます。その茶席には歌人として名高い細川幽斎の姿もありました。明智光秀の娘で波乱万丈の生涯を送った細川ガラシャは、細川幽斎の息子、忠興(ただおき)の正妻です。幽斎とは舅と嫁の関係になります。秀吉から感想を求められた幽斎は、真盛豆を「苔のむす豆」と例えたと言われています。『君が代は千代に八千代にさざれ石の巖となりて苔のむすまで』国家の歌詞となった和歌は、古今集におさめられた歌でした。「苔のむすまで」を「苔のむす豆」と権力者を祝う言葉として返した名言は、今も語り継がれています。

伝統の味を守り続けて

時を経て江戸時代末期、安政3年に石川県加賀の菓子職人であった金屋庄七が京都に出て、菓子業を始めます。その後、明治の初めに茶道の裏千家と縁の深い西方尼寺に出入りを許されて、真盛豆の製法を伝授されます。材料などを改良して工夫を重ね、現在の真盛豆が誕生しました。外側にまぶされていた大根の葉は、珍しい組み合わせとして海の物の青のりに変わり、塩味から砂糖を使った甘いお菓子に。

後に金谷正廣に名前を改名し、現在は5代目が当主として、伝統の味を守っています。「創業時からレシピは変えていません。青のりが後継者不足などで貴重な物になってしまって、仕入れには苦労しています。また、季節ごとの温度や湿度の変化を察知して製法するのが大切ですね。甘みも現在のお客様のニーズに合わせて日々、微調整を行っています」と、この道50年の職長、釜本輝雄さんは語ります。

昭和30年頃の店舗の様子

西陣の店として日本文化の入り口に

「創業から変わらずこの地で営業してきました。この辺りは西陣織が盛んだったので、西陣の呉服関係の人達に育ててもらったお菓子でもあります。今は残念ながら店舗も減ってしまいました。真盛豆を入り口にして、着物に興味を持つ人が1人でも増えて欲しいですね」と金谷さん。西陣織は分業制で製作される織物です。中心地からは少し外れたこの地域では、初期段階の作業をする職人や業者がたくさんいたそうです。約30年ほど前は機械の音が聞こえたり、着物姿で店を訪れる人がいたりと着物文化が根付いていました。真盛豆は表千家、裏千家をはじめ、茶人さん通人さんからの支持が高く、お茶会でもよく使われているとか。「私達菓子職人は裏方です。お茶会では、席主や亭主が作り上げる世界の、手助けになればという思いで作っています」真盛豆を通して、奥深い茶道の魅力も知って欲しいと語ります。「以前は全ての文化に精通している人達へのアプローチを考えていましたが、今ではお菓子をきっかけに、広く日本文化を知ってもらいたいと思うようになりました」

左から金谷亘さん、5代目金谷正夫さん、職長釜本輝雄さん

演劇と真盛豆のコラボレーション

金谷さんは舞台芸術の音源制作なども行っているご縁で、平成27年に演劇と茶会のコラボレーションに携わりました。会場は京都芸術センターで、演出家のあごうさとしさんが席主の役割も担うユニークなものです。フラットな空間の中央で、二人芝居「紙風船」が上演され、その周囲を囲んだ観客にお茶と真盛豆が振る舞われました。「紙風船」は大正から昭和にかけて活躍した岸田國士の短編戯曲で、結婚1年めの若夫婦が退屈な日曜日を持て余して、ごっこ遊びを始めるという物語です。真盛豆は薄い紙でキャンディーのようにくるまれ、観客に手渡されました。劇と真盛豆のコラボレーションは相乗効果で、評判も上々だったそうです。

あごうさとしさん提供 「紙風船」上演の様子

カジュアルに楽しんで欲しい

「お抹茶だけでなく、コーヒーやほうじ茶にも合います。気軽に召し上がって欲しいですね」と金谷さん。真盛豆は煎った丹波産黒豆に、蜜と大豆粉を幾重にも重ね、仕上げにきめ細やかな青のりがかけられています。直径1.5cmほどの半生菓子で、ふんわりとやわらかい歯ごたえ。中に入っている香ばしい黒豆との相性も抜群です。上品で素朴な甘さは、普段和菓子を食べ慣れない人にも喜ばれそうです。最近では若い女性を中心に、「マリモや苔玉のようで可愛い」と、ブログやツイッターで紹介しているのが見かけられます。朝食時にコーヒーと一緒に提供しているホテルもあるそうですが、朝のおめざとして程よいマッチングですね。

真盛豆は総本山西教寺でも購入できます。光秀やお菓子のルーツに歴史ロマンを感じながら真盛豆と出合うのも良さそうです。また、南禅寺参道前にある「名勝 無鄰菴(むりんあん)」では、抹茶と共に楽しむことができます。明治、大正の政治家、山縣有明の別荘だったこの場所は、七代目小川治兵衛に作らせた庭が見事です。東山を借景に計算された庭を眺めながら、京都旅行の特別感に浸ってはいかがでしょうか。

京菓子司 金谷正廣 店舗情報

真盛豆和紙風袋入

住所:京都市上京区吉野町712
営業時間:9時~18時
TEL:075-441-6357
定休日:水曜日(正月1月1日~1月3日休み)
公式ホームページ

これはマリモ? いいえ和菓子です。豊臣秀吉も絶賛した「真盛豆」の歴史と今【京都グルメ】
この記事をSNSでシェアする
この記事をSNSでシェアする