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2019.08.15

夏は素麺!東京・素麺専門店「阿波や壱兆」店主が語る、徳島産「半田手延べそうめん」【日日是好食】

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季節を感じる食材や料理。毎日当たり前に食べているものにこそ、日本の食の豊かさを感じます。
食材に思い入れのある人、こだわっている人、好き過ぎる人に、素材や料理をディープに語っていただく【日日是好食】。今回は、素麺。夏といえば冷たい麺! 素麺専門店「阿波や壱兆」の店主・田中嘉織さんに、故郷徳島県特産「半田手延べそうめん」の話をお聞きしました。

日本各所にある素麺の名産地―徳島のブランド素麺「半田手延べそうめん」

素麺は中国発祥の食べ物で、日本にその原型が伝わったのは奈良時代とみられています。冬の寒い時期、農家の副業として生産されてきた歴史があり、産地は日本各地に広がっています。奈良県の「三輪素麺」、兵庫県の「揖保乃糸」などはよく知られた銘柄ですね。ほかにも、香川県の小豆島、長崎県の島原地方などなど、国内の素麺産地はあげればきりがありません。

徳島県の吉野川  写真提供:北室白扇

徳島県も素麺の名産地。
県北西部のつるぎ町・半田地区では、江戸時代に素麺作りがはじまりました。一級河川・吉野川の水運を利用した運搬船の船頭が、奈良県から素麺作りのノウハウを持ち込んで、自家用や副業として素麺を作ったとされます。半田地区の風土や気候が素麺作りに適していたことから、素麺の生産が広まって定着しました。
現在、半田地区で作られている素麺は「半田手延べそうめん」としてブランド化されています。

「半田手延べそうめん」は麺が太い!

「半田手延べそうめん」の一番の特徴は麺の太さ。一般の素麺の直径が1.3ミリ程度なのに対し、「半田手延べそうめん」は1.7~2ミリ。食べごたえのあるボリューム感と、コシの強さが人気です。

なぜ「半田手延べそうめん」は太いのか? それについては諸説あるようですが、隣接する香川県の讃岐うどんの影響を受けたとか。また、生産者の推論では、手延べの作業で何百回と麺をのばして細くする過程で、その作業を短縮してしまった結果太くなり、食べてみたらコシもあっておいしかったことからスタンダードとなったのではないかという話もあるようです。
麺の太さで種類分けをする日本農林規格(JAS)の区分では、「半田手延べそうめん」は冷や麦に分類されるサイズですが、江戸時代から続く伝統と地域性から、特別に「そうめん」の表記を認められています。

「半田手延べそうめん」の製造風景。手作業で麺をのばし、最終的に2メートルほどの長さに仕上げてからカットする  写真提供:北室白扇

現在「半田手延べそうめん」の生産者は30社ほど。他のブランド素麺に比べて規格が緩やかなので、使っている小麦や塩、油が製麺所ごとに違い、さらに半田地区の中でも標高差があるため生産地の気候の微妙な差異があって、各社で味わいがまったく異なります。
「半田手延べそうめん」生産者のうちの1社、北室白扇(きたむろはくせん)は、1977年創業の製麺所。素麺を作る流れの中で生地を引き締める工程「圧延(あつえん)」(手打ちうどんで言うところの生地を足で踏む作業)でかなりの重量をかけ、生地に圧力をかけて板状にする「板切(いたぎ)」を繰り返し、コシのある、喉越しのいい素麺に仕上げています。
東京・東中野にある素麺専門店「阿波や壱兆」では、この北室白扇が製造する「半田手延べそうめん」を提供しています。

「えー、また素麺?」嫌になるほど食べた夏の日々

「阿波や壱兆」店主、田中嘉織さんは徳島県出身。半田地区からは距離のある、県南部の海陽町(旧宍喰町)で育ちましたが、「半田手延べそうめん」は小さいころから身近にある食材でした。

「阿波や壱兆」店主・田中嘉織さん

 徳島の人たちは、御遣い物っていったらだいたい素麺。家にはいつも「半田そうめん」がありました。

学校が午前中で終わる土曜日、暑い時期に家で用意されているお昼ご飯は、必ずと言っていいほど素麺。

 えー、また素麺? って。全然嬉しくないんです。飽きちゃって……

田中さんの住むエリアでは、素麺を麺つゆにつけて食べるのではなく、ぶっかけスタイルが主流でした。皿に、ゆでた素麺を束ねて結んだものをいくつも並べ、その上に錦糸卵、かまぼこ、出汁をひいたあとの干ししいたけを甘辛く煮たもの、青ネギなどを盛りつけて、ちらし寿司のような具だくさんのひと皿に仕上げて食べます。

徳島県特産の「半田手延べそうめん」

 そうやって盛りつけて準備したものを冷蔵庫に入れて冷やしておいて。食べる直前に冷蔵庫から出して、小皿にとって出汁をかけて食べるんです。ゆでたてをすぐ食べればいいのに時間が経ってるから麺がのびて、余計においしくない。

田中さんは、太麺の「半田手延べそうめん」に愛想が尽き、細い麺を麺つゆにちょっとつけてすする「揖保乃糸」のおしゃれなCMを見ては「いいなぁ、あれが食べたいなぁ」と憧れていたと言います。

上京。故郷から離れてわかったこと

高校卒業後田中さんは専門学校に通うために上京し、ひとり暮らしをはじめます。
東京ではじめて迎える夏、田中さんはついに憧れの細い素麺を購入。つけ麺スタイルで食べてみました。

 そしたら……。なんか物足りないんです。これじゃなくて、実家の素麺が食べたい、と思いました。麺がのびていたとしても、徳島の素麺の方が絶対おいしいって。それまでそんなこと思ったこともなかったのに。

東京で、徳島の素麺のおいしさを再認識

田中さんの部屋は専門学校の友人たちのたまり場のようになり、週末は数人が雑魚寝で泊まっていくこともありました。そこで、食事をだそうと徳島で食べていた具だくさんの素麺を作ってみたところ、

 関東出身の人たちが多かったので、太い素麺も、具をのせて食べるのも、ぶっかけなのも珍しいみたいで、「え、なにこれ」ってなるんです。それで「すごくおいしい」って言ってくれて。

それ以降、友人から「あれ作って」と素麺をリクエストされることが多くなりました。

汗ダラダラのサラリーマンに、キーンと冷えた徳島の素麺を食べさせたい!

専門学校を卒業後、都内の貿易会社に就職し、真夏に渋谷のスクランブル交差点を歩いていた田中さん。

 8月の炎天下、交差点を渡っていたら、汗ダラダラで、背広の背中がびっちょり濡れているサラリーマンを見かけたんです。この人、うちの実家のキーンと冷えた素麺食べて、冷え冷えの出汁を飲んだら生き返るのにって思いました。
このときはじめて、屋台でも立ち食いでもいいから、東京に素麺の店を出せたらなぁとぼんやり考えましたね。

田中さんの頭の中に、「素麺専門店」のイメージが

専門学校の友人たちに好評だったことも記憶に刻まれて、素麺専門店の構想がはじめて浮かびました。
それから十数年たった2009年、徳島県人会の恩人の後押しもあって、田中さんは「阿波や壱兆」をオープンさせます。

素麺専門店「阿波や壱兆」、はじめて出会うおいしさ

「阿波や壱兆」開業後、しばらくはお客さんの少ない日々が続きました。
東京人にも、素麺は家で食べるものという認識があって、わざわざ外でお金を払って素麺を食べることに抵抗があったのかもしれません。
でも、時間が経つにつれじわじわと常連客がつき、今ではピークの時間帯には行列必至の状況。本店のほかに、東中野にもう一軒、のれん分けの店舗が阿佐ヶ谷に一軒、2019年7月には五反田にも新規店舗がオープンしました。

「阿波や壱兆」の店内。お昼や夜のピーク時には行列ができる

「阿波や壱兆」の、ゆで方やしめ方にこだわってきちんと調理された素麺の風味や食感は格別で、知っているようではじめて出会う味。メニューもバラエティ豊かで、週替わりの素麺メニューは、「カルボナーラ風そうめん」「台湾風混ぜそうめん」「明太かきたまそうめん」など、ここでしか味わえないラインナップ。

そして、看板メニューとして不動の人気を誇るのは「すだちそうめん」です。

「阿波や壱兆」の看板メニュー「すだちそうめん」

徳島特産の酢橘(すだち)を、提供直前にスライス。柑橘の爽やかな香りに包まれるひと皿です。柑橘の輪切りを蕎麦などの麺の上に並べて盛り付けるメニューはいろんな店で見かけるようになりましたが、「阿波や壱兆」の「すだちそうめん」の個性は、酢橘と麺を一緒に食べられること。

 酢橘を丸ごと味わってもらえるように工夫しました。

薄くスライスされた酢橘は、皮ごとたべられる

薄くスライスされているために酢橘を皮ごと、種までも食べることができ、香りと食感を楽しめます。表皮の歯ごたえは口の中でまったく違和感なく、逆にちょうどいい食感のアクセントとなって、香りとともに素麺の味わいを引き立ててくれます。このおいしさは店で実際に食べてみないとわからない味わいですよ。

田中さんが愛してやまない徳島の「半田手延べそうめん」。この夏、ぜひお店を訪ねて味わってみてください。

JR東中野駅から徒歩30秒ほど。駅チカにある「阿波や壱兆」

田中さんに教わった素麺をゆでるコツや、「すだちそうめん」の調理については、こちらで紹介しています。

「阿波や壱兆」店舗情報

住所:東京都中野区東中野1-58-11 セリタビル1F
電話:03-3363-7234
営業時間:
11:00から翌朝5:00(ラストオーダー4:00)
火曜のみ11:00から23:00(ラストオーダー22:00)
※15:30から17:00までの間に30分ほど支度時間あり
定休日:不定休
公式サイト

書いた人

寺社巡り、歳時記、やきものなど、さまざまな日本文化にまつわるウィークリーブックの編集担当を経て、料理専門誌編集部へ。たんぱく質不足。炭水化物過多。お腹はゆるゆるでいいが背中はバキバキでありたいので、背筋を中心に日々トレーニングしたりしなかったり。