海苔も服も、お店に立って伝えることは一緒。ぬま田海苔の挑戦

海苔も服も、お店に立って伝えることは一緒。ぬま田海苔の挑戦

毎日、何気なく口にしている日本料理や伝統食材。その裏側には、おいしさを継承するため日夜奮闘している人たちがいます。

今回、取材したのは「ぬま田海苔」4代目当主・沼田 晶一朗さん。
17年間勤めたアパレルブランドを退職し、2018年5月に日本で唯一の有明海産初摘み海苔の専門店「ぬま田海苔 合羽橋本店」をオープン。

noteでみつけた「かっぱ橋に突如現れた謎の海苔屋、その正体は…」。読んであっというまに沼田さんに惹かれ、取材を申し込みました。開店から1年を迎える2019年4月、ついにお会いできた、沼田さん。海苔のこと、お店のこと…まるで家族のことのように、愛情たっぷりに話してくれました。

有明海産×初摘みにこだわる理由

ー 沼田さんのおうちは、代々海苔屋を営んでこられたのですか?

はい。私の祖父が1937年に川崎で海苔と鰹節の店「沼田治雄商店」を開業しまして、現在は母が会社の代表を務め、私がこの店舗「ぬま田海苔 合羽橋本店」を営んでいます。


かっぱ橋道具街のすぐそばにある店舗。この場所にお店を開いた理由は「食のプロが集まる場所だから。売る人も買う人もこだわりを持っている場所で、日本の伝統食である海苔のことを伝えたい」と沼田さん。

ー もともとは川崎にお店があったんですね。

当時、川崎で収穫されていた大師海苔を販売していたんですが、工業化が進み、残念ながら1973年に漁場がなくなってしまいました。現在は、九州・有明海産の海苔を販売しています。

ー なぜ有明海産の海苔を…?

うちの昔からのお客様の中には川崎で大師海苔を生産されていた方もいらっしゃって、彼らの納得する味を追求していくうちに、有明海の初摘み海苔に辿り着きました。

ー 大師海苔と有明海の海苔の味は近い…ということでしょうか。

そうですね。ポイントは両漁場ともに「湾」であること。湾には川の水がたくさん流れこんでくるので、真水の割合が高くなります。真水の割合が高くなると、海苔はやわらかく育つんです。


内陸の山々や複数の河川、有明海は東京湾と環境が似ている。

それから、山から運ばれたミネラルによって、旨味も強くなります。だから有明海でできる海苔は、大師海苔のようにやわらかく、旨味も強くなるのです。

ー なるほど。では初摘みにこだわる理由は?

初摘みにこだわる理由は、味の濃さにあります。もちろん、初摘みじゃない海苔にも良さはありますが、私たちは、最初に獲れる海苔ならではの強い個性をもって、お客さんに海苔の多様性を提案したい。そのために「有明海産の初摘み海苔」にこだわっています。

1枚の海苔ができるまで

ー 店内にたくさん写真を飾られていますね。

お店に来られた方へ、海苔ができるまでの過程を伝えるためです。生産者さんのもとを実際に訪れて撮影した写真を展示しています。

ー この写真は…牡蠣ですか?

なんで牡蠣?と思いますよね。実はこれ、海苔の養殖に使います。この写真の殻は、海苔の赤ちゃん(胞子)が1〜2割ついている状態で、殻全体が真っ黒になるまで育てるんです。


海苔の種づくりの期間は、3月から漁が始まる9月ころまで。胞子をまいた牡蠣殻は殺菌された海水のプールで育てられる。

こっちの写真は、有明海にある支柱式の漁場です。さっきの牡蠣殻を網の中に沈めると、胞子たちがだんだんと網へ移動して育っていきます。


秋を迎える9月頃から海での仕事がスタート。海苔の育て方は「支柱式」と「浮き流し」の2種類が主流。海に網を浸けたままの「浮き流し」に対し「支柱式」は日中網を上げ夜に再び網を沈める。こうして育てられた海苔は、干出(かんしゅつ)により水分をとばしやすい体質になり、栄養と旨味、香りがギュッと凝縮される。

ー 海苔って、キノコみたいに養殖でつくられているんですね!

そうなんです。昔は海苔がどうやって生まれるか解明されていなかったので「網を張ったら海苔がついたぞ、ラッキー!」なんて喜んだ時代もありました。そこから「海苔が獲れる=運が良い」ということで、縁起の良い食べ物とされてきたんだそうです。


魚場で大切に育てられた海苔は11月末〜3月末にかけて10回以上収穫される。収穫した海苔を乾燥させ、板状に加工するところまでが生産者さんの仕事。その後、各漁協の検査場で等級をつけられて市場へ出る。

ー 沼田さんに教えてもらうまで、海苔がどうやってつくられているか全く知らなかったです。

そうですよね。こういった過程や生産者さんの努力がお客様に届いていないということは、業界全体の課題でもあります。私も漁場へ取材に行って実際にお話を伺うのですが、大変な作業をいくつも経て、海苔はつくられているんです。凍える海で1日中作業されたり、夜更けから長時間作業されることもしばしばあります。

海苔というと「海藻を乾燥させたもの」のイメージが強いですが、実際はたくさんのハードな工程があって、生産者さんの熱心な研究と日々の細やかな努力の賜物なんです。

シンプルなパッケージの秘密

ー 海苔は常に同じ種類が置いてあるんですか?

いえ。今は7種類置いていますが、売り切れ次第、終了となります。海苔は同じ生産地のものであっても、去年と今年で味が全く違う…なんてこともあります。ひとつの味を追求してしまうと、その味を期待するお客様を残念な気持ちにさせてしまいます。なので私たちは、同じ味の商品をずっと並べるのではなく、毎年違う味を仕入れて、新しいおいしさを提案しています。

ー 服のコレクションみたいですね!

まさにそうなんです。シーズンによって新しい発見があるほうがお客様も飽きないじゃないですか。毎年必ず同じ味を楽しむのではなく、毎年違う味を楽しむ提案をしています。

ー ところで、市販で見かける海苔といえば、透明のパッケージに商品名や和柄がプリントされているような印象ですが…


お店に並んだ海苔は、全て統一されたパッケージ。

ー ここに並んでいる商品は、とてもシンプルなデザインですね。

こんなデザインにしているのも理由があります。

1つ目は機能的な理由。海苔は光が苦手なので透明だと少しだけ痛みやすいんです。なので海苔をおいしく長く保管できるように、遮光性の高いパッケージをオリジナルでつくりました。

2つ目は海苔の個性をひきたてるため。有明海をイメージした青色と家紋、ロゴのみのシンプルなパッケージにすることで、それぞれの海苔の名前を強く主張しています。

3つ目は、若者の和食離れ、海苔離れを少しでも解決するため。若い人に特に興味を持ってもらいたいので、分かりやすいパッケージや親しみやすいデザインを意識しています。

ー 左下にある、この小さな表は何でしょう…?

海苔の味を「風味、歯切れ、口どけ、前味、後味」の5つの軸で表現しています。
初めにパッケージをつくったときは、この表は入れてなかったんです。お客様のアイデアで2回目の改良で日本語版の表をいれて、海外のお客さんにも分かるようにと3回目の改良で英語もいれました。

化学式のような商品名

ー この商品は何て読むんですか?

「あしかり・いちじゅういち」と読みます。

ー なぜこんな呪文のような名前に…!

私たちの商品は、一般的には知られていない「漁場+等級」つまり海苔のフルネームを付けているんです。例えば「芦刈壱重1」は、《芦刈》で獲れた《壱重1》という等級の海苔になります。

等級の《壱重1》をもう少し詳しく分解すると…「」が初摘みの印「」は重みがあるという意味「1」が上から一番上の等級…と海苔の品質や特徴を表しています。

ー 化学式みたいに読み解けるんですね。等級は誰が決めているんですか?

各漁業組合ごとにプロの検査員さんがいて、彼らが決定するんです。ちなみに等級って100種類以上もあるんですよ。とても覚えきれませんよね。

ー そんなにたくさん!なぜあえて覚えづらい海苔のフルネームを商品名にしているんですか?

1つ目の理由は、お客さんの理解と安心のためです。商品名を使って「こういう場所で採れたこういう種類の海苔だからこんな味がする。なのでこの料理にむいています」と説明すれば、お客さんも海苔の特性を理解しやすくなります。

2つ目の理由は、生産者さんの代わりに、きちんと生産地のことを伝えるため。海苔業界では生産者さんが表にでる機会はほとんどなくて、有名になるのはどうしても海苔屋さんばかりです。なので、一生懸命海苔をつくってくださっている生産者さんたちのことを、少しでも多くの人へ伝えるために漁場を前に出しています。「海苔なんてどこで獲れたものでも同じ」というイメージを払拭できたら嬉しいです。

ー 沼田さんは、海苔の個性を伝えることでお客様へ分かりやすく選択肢を提案されていますが、このようなやりかたで海苔の情報を発信しているお店は、非常に少ないように思います。なぜでしょう?

それは、海苔屋さんって昔からいい意味でお客さんとの信頼関係で成り立っているからだと思います。信頼できる海苔屋さんに「海苔ちょうだい!」の一言で、おいしい海苔が手に入る。セレクトをおまかせできる信頼関係があるから、あえて海苔の個性を知ったり比較するための情報は提示しないことが多いんです。もちろんそういう信頼関係への尊敬はありますが、私たちは、小さな海苔屋だからこそできるアプローチで、お客様の好みにピッタリあう海苔を提供できるよう、さまざまなチャレンジをしています。

海苔と服、共通するものは…

ー 沼田さんは、なぜお店を継ぐことに?

2018年に私が転職するまでは、母が1人で海苔を配送したり細々と海苔の事業を続けていました。しかし海苔市場は縮小傾向で母も高齢。廃業も視野にいれて、事業の今後について家族で議論したんです。

私は17年間アパレル業界にいたのですが、洋服以外にも優れたものの価値を伝える活動に挑戦したい気持ちがずっとありました。このタイミングで議論したことをきっかけに、小さいころから食べてきた海苔だって、価値あるもののひとつじゃないかと改めて気づかされて…それで思い切って、転職を決意したのです。

ー でも海苔と洋服では、同じ販売店といっても売りかたが全く違うのでは…?

全く違うように見えるんですが、私からすると売りかたは一緒、売るものが違うだけで、選択の判断材料になる情報…商品の価値とストーリーをきちんと提案すれば良いのです。

例えば、お客様によって好きな服が違うように、海苔だって全く違います。やわらかい海苔が好きな人もいれば、かたい海苔が好きな人もいますし、その海苔に合わせた食べ方もさまざまです。だからこそ、海苔それぞれの個性や価値をきちんと理解していただいて、選んでもらう必要があります。

それこそ洋服店であれば、お客様の好みにあわせてコーディネートを提案しますが、海苔の販売店でそういった提案をしない理由はありません。これまで大好きでずっと続けてきた商品の価値とストーリーの提案を、今は海苔でやっているだけなんです。


ぬま田海苔では、食べ方や好みに合わせて商品を選んでギフトセットをつくることができるほか、3種類で800円(税抜)の食べ比べセットも販売している。

ー アパレル業界に戻りたいと思うことは?

全くないといったら嘘になっちゃいますね。それはアパレルブランドで、数十人も仲間がいたときに比べると、少しだけ寂しさがあるからです。とはいえ、お店の運営は私ひとりだけではありません。今は母や姉弟妹、家族みんなが、お店を助けてくれています。姉がテキパキとパッケージの作業を手伝ってくれたり、弟がWebやデザインまわりを助けてくれたり、妹が英語や中国語をフォローしてくれたり…。家族がいなければ、今のぬま田海苔はありません。

食卓においしい海苔がある幸せ

ー お店を始めて嬉しかったことはありますか?

最近のできごとだと、お客様から「すごくおいしかった!子どもが、ぬま田海苔にまた行きたいって言ってるよ!」とメッセージをもらいました。

「うちの子、お店に行ってないパパに、この海苔は○○漁場で獲れた海苔で、香りが強いんだよ…ってずーっと海苔のこと説明してる!ふだん食べているもののありがたみが伝わって親として嬉しいし、子どもにとっても社会勉強になったよ、ありがとう」そう言ってくださって…ものすごく励みになりました。

ー 今後チャレンジしたいことを教えてください。

ひとつは、料理や加工品の開発やワークショップなど、海苔業界にとどまらないコラボレーションです。初摘み海苔を使ってどんな食品をつくれるか?お茶やお酒とのペアリングは?洋食店とのメニュー開発は?…こういった試みで、もっと広く、有明海産初摘み海苔の味と生産者さんたちの努力を知ってもらえるようになりたいです。

あとは想像以上に海外からのお客様が多いので、多言語対応にも注力していきます。最近は、英語圏はもちろん様々な国からお客様が来てくれます。イギリス、スペイン、台湾…既に3回も訪れてくださってるオーストリアのお客様もいます。日本のスーパーフードとして海苔を積極的に伝えていきたいので、今後はリーフレットやパッケージだけでなく、Webもきちんと多言語対応していきたいです。

ー 最後に、ここまで読んでくれた人へメッセージをお願いします。

海苔離れや生産者さんの努力が伝わっていない現状など、業界にはさまざまな問題がありますが、まず私がお店で伝えなくちゃいけないことは、シンプルに、おいしい海苔をおうちで楽しむ幸せ。料亭やお寿司屋さんで海苔を食べたとき「おいしい」と感じるのは当たり前の体験ですが、おうちでおいしい海苔を食べた瞬間の幸せは、格別の体験です。
「毎日うちの海苔を食べてほしい!」とは言いません。ただ、いつもの食卓においしい海苔がある幸せを、もっと身近に味わえるようにできたら、海苔のイメージも変わると思うんです。そのために、今日も明日もがんばります。

取材を終えて

商品の価値と個性、選択肢を、お客様1人1人に提案する。
服の世界であたりまえに続けてきた売りかたで、海苔のストーリーを伝える沼田さん。

海苔のおいしさに衝撃を受けることはもちろん、自分の好みは何か?
海苔はどうやってつくられているのか?どうしてこんな味になるのか?
沼田さんの海苔愛あふれるお話には、たくさんの発見がありました。

知らなかった海苔のおいしさに出会える「ぬま田海苔」。
ぜひ、一度お店に足を運んでみてください。

ぬま田海苔 合羽橋本店 店舗情報

住所:〒111-0035 東京都台東区西浅草3-7-2
電話:050-1745-9617
営業時間:11:00〜17:00
定休日:水・金
Webサイト:https://numatanori.com/pages/store_kappabashi

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撮影/有吉晴花

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