華麗な小簞笥に凝縮された、加賀百万石の気高さにふれて
「実に穏やかな雰囲気なんですよ。釘隠(くぎかくし)の意匠も見事ですし、障子の下の腰板(こしいた)には、オランダ渡来(とらい)の小鳥のガラス絵もあって。見どころが随所にあります」と奈良さんは語ります。
静けさのなかにある、さりげない遊び心。成巽閣はそんな魅力に満ちた建物です。こちらは、文久(ぶんきゅう)3(1863)年に加賀前田家13代当主・前田齊泰(なりやす)公が、12代夫人だった母・眞龍院(しんりゅういん)のために兼六園(けんろくえん)内に建設した御殿(ごてん)です。母の隠居所という性格から、印象はことのほかやわらか。武家書院造(ぶけしょいんづくり)の格式に、数寄屋(すきや)書院造の軽やかさが一体となった佇まいです。

齊泰公は、金沢城石川門(いしかわもん)から兼六園を渡り、幾度となく母を訪ねたとか。かつて前田家には、奥方や姫君たちの雛(ひな)人形、雛道具が数多く伝えられ、城内の雛土蔵(どぞう)に収められていました。災害や維新の動乱によって多くが失われたものの、眞龍院ゆかりの品々は今も大切に守られています。
今回は、大名調度(だいみょうちょうど)の名品、梨子地梅鉢紋唐草蒔絵簞笥(なしじうめばちもんからくさまきえたんす)を特別に拝見しました。金具や蒔絵の装飾が驚くほど繊細で、ここから伝わってくるのは、力を誇るのではなく、美を慈しむまなざしです。加賀前田家が育んできた美意識のかたちが、奥ゆかしく表れています。

藩主が母君のために建てたこの御殿は、前田家の美術、工芸、文化を今日に伝える唯一のもの

成巽閣には、公式の対面に用いられた「謁見(えっけん)の間」をはじめ、眞龍院の居間である「蝶の間」、御寝所(ごしんじょ)の「亀の間」、茶室「清香軒(せいこうけん)」などが配されています。庭には、辰巳用水(たつみようすい)から分流された遣水(やりみず)が流れ、建物は重要文化財、庭園は名勝に指定されています。最近は多くの外国人観光客が訪れ、金沢を代表する名所のひとつに。けれど奈良さんは、成巽閣を観光名所として見る感覚はない、といいます。
「地元の人間にとって成巽閣は、兼六園のいちばん奥で、ずっと変わらずに在(あ)る建物。“前田家は、こまやかな部分を大切にしてきたのだな”と静かに納得させてくれる存在でもあります」
豪華でありながら、押しつけがましくない。手数も惜しまない。新しさに対しても前向き──それが、加賀百万石の美のスタイルなのかもしれません。この春に、そんな前田家を彩ってきた美術品が一堂に会します。金沢で成巽閣を体感するのも、展覧会で名品を鑑賞するのも、おすすめの楽しみ方です。

兼六園内にあります!|加賀前田家奥方御殿「成巽閣」
兼六園の正門からは徒歩約5分、また金沢城からは約10分。目に眩しい新緑と美しい紅葉の季節、特に春秋に訪れたい場所です。
住所:石川県金沢市兼六町1-2
電話:076-221-0580
休館日:水曜日(祝日の場合は開館、翌日休)
開館時間:9時〜17時(入館は16時30分まで)
入館料:企画展700円 特別展1,000円 ※茶室「清香軒」「清香書院」は特別観覧料400円が別途必要(事前予約)
公式サイト:https://seisonkaku.com/
「東京国立博物館 平成館」にて、前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」が開催に!(4月14日~6月7日)
加賀前田家は、初代・前田利家(としいえ)が北陸に領地を得て以来、金沢を本拠に、江戸時代を通じて加賀・越中(えっちゅう)・能登(のと)の3か国、百万石を超える領地を治めた大名家です。明治維新後に東京へ移り、侯爵(こうしゃく)家となってからも、前田家は受け継がれてきた文化財の保存に力を注ぎ、16代・利為(としなり)は大正15(1926)年に育徳(いくとく)財団(現・前田育徳会)を設立しました。2026年の今年、財団創立100周年を記念し、加賀前田家が育んできた多彩な文化活動と、家に伝えられた名品の全貌を紹介する展覧会が開かれます。
たとえば『アエネアス物語図毛綴壁掛(ものがたりずけつづれかべかけ)』は、約500年前に制作された全長3mを超える貴重なタペストリー。そのほか初代・利家公ゆかりの品をはじめ、刀剣、茶道具、類(たぐい)まれなる工芸標本『百工比照(ひゃっこうひしょう)』、さらに侯爵前田家が蒐集(しゅうしゅう)した近代の西洋コレクションなど、加賀文化の美の真髄をご覧いただきます。



前田育徳会創立百周年記念特別展「百万石!加賀前田家」
前田育徳会収蔵品による大規模な展覧会が、東京で開催されるのは、実に半世紀以上ぶり。公開の機会が限られてきた名品に出合える、またとない機会です!
会期:4月14日(火)~6月7日(日) ※会期中、展示替えあり
会場:東京国立博物館 平成館(東京都台東区上野公園13-9)
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:9時30分~17時(※入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(ただし4月27日、5月4日は開館)
入館料:一般当日2,300円
公式サイト:https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kagamaedake2026/
※本記事は『和樂』2026年4・5月号の転載です。

