ケンカ中のカップルも食べたら仲直り!京都の料理店「ディボ・ディバ」がつくる魔法のイタリアン

ケンカ中のカップルも食べたら仲直り!京都の料理店「ディボ・ディバ」がつくる魔法のイタリアン

「人と争うのが得意じゃないので――」。バブル期のころ、腕に覚えのある料理人なら誰でも密かに出演依頼を待ち焦がれていたという伝説のテレビ番組『料理の鉄人』を丁重に辞退した候補者の一人に京都の老舗イタリアンのオーナーシェフがいます。

断ったのは京都烏丸四条に店を構える「リストランテ ディボ・ディバ」(以下、ディボ・ディバ)の西沢昭信さん。断られたのは同番組の構成を手がけていた小山薫堂さん。言わずと知れた、くまモンの生みの親です。この一件を機に後年、店の更衣室に小山さん専用のコックコートとエプロンが用意されるほど、2人は深い友情で結ばれます。

ディボ・ディバは契約農家が丹精込めて育てた京野菜をはじめ、魚や肉など旬の素材を使うことを重んじるイタリア料理店。地下のワイン蔵にはイタリア20州のワインが勢ぞろい。各界著名人の名前を記したボトルもずらりと並びます。

無用な争いを好まぬ半面、材料には一切の妥協を許さぬ西沢さんの熱い思いや、作り手として大切にしていることなどを伺いました。

赤ワインを中心に2800本が休む地下のワイン蔵。内部は気温17℃、湿度70%のイタリア仕様で保たれている

人気男優と人気女優にあやかって

――小山さんの『人生食堂100軒』(プレジデント社)で「一生通い続けたいと思う店」の一つとして紹介されているのに惹かれてドアを開けさせてもらいました。

「遠いとこまでようこそ。なんでも聞いてください。隠すことなんかあらへん。たぶん……」

――イタリア料理店には、ピッツェリア、トラットリア、リストランテとさまざまな呼び名があります。何が違うんですか。

「和食になぞらえて大ざっぱに言うと、ピッツェリアはお好み焼き屋、トラットリアは定食屋、リストランテは懐石料理屋ですな」

1階のダイニングホール。ランチタイムの予約はすぐに埋まる

――ははあ、なるほど。で、ディボ・ディバはリストランテだと。店名の由来は。

「アルファベットで書くと『divo-diva』。直訳すると人気男優と人気女優です。1986年の開業時に付けました。例えば、誰かの誕生日や記念日で来店されるとします。祝われる人はその日の男優であり、女優です。そういう人たちが晴れがましい気持ちになって喜んでいただける場所でありたいという願いを込めました」

正面入り口。昼夜を問わず、開店を待つ人の列が絶えない

――和の印象の強い京都でイタリア料理はアウェー感満々ではありませんか。

「確かに、ぼくが開業したころは市内に3、4店しかなかった。当時はイタリアンといえばせいぜい、ピザかナポリタンの世界です。アルデンテとかティラミスとかは異次元の言葉。それが今は230~240店もある。時代の大きな流れかな。日本人はトマトが好きやから、トマトをふんだんに使うイタリア料理とは相性がよかったのかも」

――滋賀県大津市出身の西沢さんがなんで京都で?

「大津に店出したかったけど、良いご縁がなくて。ぼくは京都の調理師専門学校出た後、市内のイタリア料理店や東京の『リストランテ文流』で修業してきました。その後、イタリアやスペインで研修して1986年に開業しました。この時はまだ雇われシェフの身分です。1993年に店を引き継いで独立。晴れてオーナーシェフになりました。そして、2001年にここに移ってきた。だいたい、そんな足取りです」

生産者の皆さんはチームのメンバー

ラジオ番組を持つなどイタリア料理の普及にも力を入れている西沢昭信さん

――少し古い資料ですが、2014年の「タウンページデータベース」によると、日本には7917軒のイタリア料理店があります。ざっと8000軒ですね。そのどこにも負けないディボ・ディバの強みはなんですか。

「食材です。どんな人が見に来ても、これ以上の品揃えはできないと思われるほど、がんばりました。開業以来30年間積み重ねてきた結果です。業者の方にも『あそこなら信用できる。あそこは値切らへんから安心』と評価されているようです。

――生産者が一生懸命に作った食材を値切るのは失礼に当たるというわけですね。

「はい。その代わり、自分で足を運んで、自分の目で確かめます。食材だけでなく、作り手の人間性も一緒に買っていると思うからです。例えるなら、魚や肉、野菜などを届けてくれる生産者はディボ・ディバという野球チームの大切なメンバーのようなものだと思います。球がなければ野球ができません。同じ球なら良い球に巡り合いたい。そうしたら、より良い試合ができるからです。だから、養殖物や既製品は使いません。その点は絶対に妥協したくないですね」

若い柿のような食感と甘さにあふれた生のカブ

――生鮮品のうちでも、特に京野菜に強い思いを抱いていらっしゃいますね。

「開業時の店は京都の台所として有名な錦市場(にしきいちば)の近くだったので、西洋野菜がたくさん手に入りました。オランダ産の赤ピーマンとか当時珍しかったズッキーニとかの類です」

――素材選びには絶好のロケーションだった。

「しかし、当時は、雇われの身だったので仕入れに制約がありました。経験を積むうちに『これ、自分のやりたいことと違うな』という思いが日増しに高まってもきた。そこで2001年に独立した時、自分の好きなように仕入れようと思いました。そのころに出会ったのが吉祥院の石割(いしわり)照久さんです」

石割農園から届けられた新鮮な京野菜の数々。すべて生かじり可能

――野菜の生産者では絶対の信頼を置いておられるとか。

「店で使う野菜のほとんどは石割さんとこのものです。特にカブと九条ネギは絶品です。生のカブには若い柿の食感と甘さがあります。石割さんの野菜は生でかじると本当の良さが分かる。せやから、よその野菜が使えない。秘訣は土にあるのですが、それはご本人に聞いてください。電話入れときますわ」

特産の九条ネギの畑で育ち具合を確かめる西沢さん(左)と石割照久さん

――ありがとうございます。石割さん以外の契約業者もあるのですか。

「トマトは和歌山県・井好園の井口雅博さん。ここも土を大事にしていて、畑は土足厳禁。悪い菌が持ち込まれるのを防ぐためです。魚は福井県・小浜の米村正己さんにお世話になりました。米村さんは店を持たず、小浜で買い付けた魚を売る『担(かつ)ぎ』の業者でした。北野天満宮の露店で知り合ったんですが、すっかり意気投合して、うちのために、わざわざ2時間半かけて届けてくれる間柄になりました。雨の日も雪の日も。残念ながら少し前に亡くなられたので、今はお世話になれませんが。肉類もそれぞれに間違いのない生産者さんとチームを組んでいます」

「命をいただくよ」と心の中で祈る

――イタリア料理の基本は「地元の食材をいかに使いこなしておいしくふるまうかだ」と聞いたことがあります。

「その通りです。生鮮品の本当のおいしさは生産地で味わうのが一番です。地産地消の精神ですね。新鮮なうちに食べるには空気に触れる時間を極力短くすることです。だから、石割さんのような、地元のものが重宝するんです。米村さんが張り切って運んでくれる魚もイキイキしてた。プロが選んだものだから間違いありません」

どんな食材でもナイフを入れるときは感謝の気持ちを込める

――厨房に立つときにはどんなことに心がけていますか。

「前の話にも通じることですが、この仕事は命をいただく仕事です。せやから、肉や魚はもちろん、野菜に対しても、ナイフを入れる時は『命をいただくよ』と心で祈ってます」

心をケアする料理は立派な治療法

――お客様を対象にした料理教室はどういう経緯で始められたのですか。

「2001年、この場所に移ってきて間もないころ、あるお客さんから『こんなおいしい料理、私も作ってみたいんやけど』と相談されました。『ああいいですよ、厨房来れば見せてあげるよ』『ほんまに?』みたいなやり取りがあって、厨房で作り方を教えた。一緒に作ったソースは瓶に詰めて持っていってもらいました」

3回で1コースの料理教室は実際の厨房で。毎回15人前後が集まる「教室」はさながら雀の学校

――大丈夫ですか。コンプライアンス的に。

「かまへん、かまへん。お客さんとしては普段は入れんところに入れるし、簡単に作れると思ってもらう方がいいと思うんです。難しい理由を並べて断るよりも、率直に見てもらって分かってもらったほうがええでしょう。それがイタリアンです。考えようによっては、料理は立派な治療法でもあると思うんです」

――立派な治療法?

「ここに食べに来はったおばあちゃんが喜んで『やっぱりおいしいなぁ、ありがとね』と抱きついて握手して帰らはる。杖ついて来られたおじいちゃんは食後元気にならはって、杖を忘れて帰らはる。ケンカしてたカップルも仲良く手をつないで帰らはる……。全部実話です。これって、料理が心をケアしてると思うんです。お医者さんは外から薬で治します。心を病んでる人がおいしい料理を食べたことでパワーが出ることもあると思います。そういう意味で、料理には『中から治す力』があると思うんです」

正装で米村さんにふるまった最後の晩餐

――これからしたいことは。

「メニューのないメニューを出したいね。禅問答みたいやけど。要するに、お客さんの食べたいものをお好みの調理法でサービスする。だから、メニューに表しようがない。例えば『お勧めは』と聞かれたら、頭の中でその日の食材を一通り思い浮かべる。その上で『何をどんなふうに食べたいですか』と聞いて、それに応じた現物をずらっと見せる。そして、選んだもので作った料理を食べていただく。5種類の魚のカルパッチョ盛り合わせとかね。こちらの力量が問われる真剣勝負でもあります。まぁ、そこそこ場数はこなしてるから、慌てることはないと思うけど」

――この仕事をして良かったと感じるのは?

「良くもあり、悲しくもあり、ですけど、ぼくに魚の目利きだけやなく、人生も教えてくれた米村さんが旅立たれた時のことです。最後は病院だったんですが『わしは魚屋やから冷凍もんの魚は食えんねん』と駄々こねはった。そこで、病院の許可もらって一番好きだったワインとチーズと生ハム、そしてディボ・ディバの心づくしの料理を持ってお見舞いしました。クリーニングしたてのパリッとしたコックコートを着て、皿やグラスも持っていった。病院のプラスチック製の器は使いたくなかったからです」

病床の米村さんを微笑ませたディボ・ディバのオリジナルプレート

――シェフの正装で米村さんと向き合った。

「それで『味見してや』と言ってワインを口に含ませてあげました。『食べて』ではあかんのです。『味見してや』。魔法の言葉やね。米村さん、今までに見たことのないような笑顔で『ありがとうな』言うてくれはった。それがぼくの聞いた最後の言葉。翌朝、静かに息を引き取られたそうです」

――素晴らしい恩返しができましたね。

「自分の仕事で人を喜ばすことができる。それが何よりの誇りやし、やりがいやないかと思います。せやから、辞められへんねん」

イタリアの素材や色を再現した建物は地域のランドマークに

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