「変わったぬか漬けが食べたい」
近年の発酵食品ブームの流れか様々な場所でぬか漬けをいただく機会が増えたのですが、正直定番の食材に飽きてきた今日この頃。せっかく体に良い食品なのに「飽きた」なんて理由で疎遠になるのはもったいないので、なにか美味しい変わり種が食べたいな。
そんな私のわがままを叶えるために、発酵プロフェッショナルである中村純子さんにぬか漬けの基本から美味しい食材までぬか漬けについてたっぷり教えて頂きました。
きゅうりや大根だけじゃない、バリエーション豊かなぬか漬けの魅力に迫ります。
ぬか漬けはビタミンB群や乳酸菌が簡単に摂れる
美味しいだけではなく栄養も豊富なぬか漬け。そもそものはじまりは江戸時代にありました。
江戸時代、偶然「脚気」を治したスーパー食材
ーまずは、ぬか漬けのはじまりについて教えてください。
中村さん:ぬか漬けは江戸時代から始まった食文化です。庶民はそれまで玄米が主食だったのですが、精米技術の普及に伴って徐々に白米を食べる文化が広まっていきました。
精米される前の玄米についている糠を食べなくなるのと同時に、糠についているビタミンB群が摂れなくなっていったんですね。それで当時「江戸わずらい」と呼ばれていたビタミンB1欠乏症「脚気」が流行り始めます。その「江戸わずらい」を治したのがぬか漬けだと言われています。
中村さん:元々頭が良い人が栄養を補おうと思って食べていたわけではなく、精米過程で出た糠を再利用するためにぬか漬けは生まれました。
ー偶然の産物のようなものですね。
中村さん:当時は皆お金がないから、ご飯とみそ汁とぬか漬けくらいしか食べれなかったなかで、ぬか漬けを食べている人はたまたま栄養のバランスが取れて江戸わずらいにならなかったことから広まっていったんですよ。
ビタミンB1をはじめ、ぬか味噌には栄養がたくさん
ー江戸時代の貧しい食生活の中でも、栄養が摂れるぬか味噌はすごいですね。
中村さん:例えばビタミンB1って糖質の代謝に必要なので、夏になると「豚肉を食べてスタミナつけよう」なんてよく言われますが、ぬか漬けを食べていれば充分なんです。胃腸が疲れてるときにお肉を食べると逆にバテちゃうとかってこともあるんですよ。
ービタミンB群以外に秀でた栄養素はありますか?
中村さん:そうですね。ぬか漬けに含まれる「植物性乳酸菌」には注目して欲しいです。”腸活”するならぬか漬けがおすすめ。
腸活とは健康のために腸内環境を整える活動のこと
中村さん:乳酸菌は胃酸などにより死滅してしまうというのが一般的な考えです。しかし、もし生き残っている菌がいるとしたら植物性乳酸菌だろうと言われています。
ー乳酸菌に”植物性”があるんですね。
中村さん:本来乳酸菌自体に違いはないのですが、乳製品について育った乳酸菌が「動物性」で植物にくっついて育った乳酸菌が「植物性」と呼ばれています。栄養の多い環境で育った動物性乳酸菌よりも過酷な環境下で生き抜いてきた植物性乳酸菌の方がタフでお腹の中でも生き残りやすい。
さらにぬか漬けにした食材にはビタミンやミネラルが含まれ、腸内細菌の餌になる食物繊維や酵母、酵素も豊富です。野菜と一緒に様々な栄養が摂れるので、腸活にはぬか漬けがおすすめですね。
ぬか漬けは本当に何でも漬けられる
ーぬか漬けと聞くときゅうりや大根などが定番だと思うのですが、他にはどのような食材漬けられますか?
中村さん:基本的にウインナーやかまぼこなどの加工食品を含め、そのままの状態で食べられる食材であれば何でも漬けられますよ。
ー何でも、ですか?
中村さん:そうですね。例えばジャガイモ。生のままでは食べられませんが、蒸せばそのまま食べられますよね?つまり、蒸したジャガイモなら美味しくぬか漬けにして食べられます。
中村さん:他にもさつまいも、れんこん、ごぼう、里芋‥‥
ー根菜がかなり豊富ですね。おすすめですか?
中村さん:根菜はおすすめです。それ以外ならオクラやキャベツのぬか漬けも良いですよ。キャベツの場合は葉っぱ1枚をベロリンって中に入れて漬けると表面積が大きくなって場所をとるので、蒸したりして柔らかくしてからロールキャベツの様にクルクルクルと丸めて漬けるのがおすすめ。そうすると探すのも楽だし、バラバラに破れたりしなくて便利です。
他には、お豆腐を漬ける人もいるんですよ。
ーお豆腐ですか?かなり水分多い食材ですけど大丈夫なのでしょうか?
中村さん:お豆腐に圧力をかけて水切りをしたり、水分の抜けている焼き豆腐を使います。
お豆腐は、ガーゼで包んでからぬか味噌で覆い、天ぷら網等の上に乗せて、さらに上からラップをかぶせて冷蔵しておきます。水が落ちてきた時に下で受けられるようにしておくと、水切りも同時に出来て味も染みるのでおすすめです。
ぬか漬けには菌を取り込む菌活という意味もあるので、基本的には加熱しなくてもそのまま食べられるものが良いですね。
ポイントは食材の形状と柔らかさ
中村さん:ぬか漬けにする食材を選ぶ際には、1つ1つの表面積が小さくて切る必要のない食材が良いですね。
例えば鶏卵よりもうずらの卵(共に殻を向いた状態の茹で卵)、トマトよりもミニトマトの方が味が乗りやすい。というか、体積に対して表面積の割合が大きいので味が均一に付きやすいです。体積が大きいと中まで味が染みていかないじゃないですか。
ーなるほど。確かに小さいほうがぬか味噌をまんべんなくつけられますね。
中村さん:また茹で卵やトマトは切った断面がボロボロになりがちな食材なので、そのままぬか床に入れてしまうと身が溶け出して行方不明になってしまいます。できるだけまるまる1つのまま漬けたいですね。
中村さん:流行りのアボカドなんかは硬い熟れていない状態であれば切り身で漬けても大丈夫ですが、熟しきってドロドロの状態だと溶けてぬか味噌と一体化してしまう可能性があります。
ーそうすると‥‥残念ですが完熟のアボカドはぬか漬けに出来ませんね?
中村さん:そんな時は、おすすめの方法がありますよ。アボカドなどの熟すと崩れやすい食材は、ぬか床に直接入れるのではなくて、ラップの上にぬか味噌を1cm位敷いて、食材を乗せて、上からまたぬか味噌をかぶせて、パック状態にして丸めておきます。そうすると、探す手間も無く、めくって食べるだけでOKです。
ー良かった。この方法なら溶けたり崩れたりする食材でもぬか漬けにできますね。
漬け方の判断が難しいアボカド。今回はかなり硬めだったのでそのままぬか床へ
漬け時間によって変わる「好みの味」を探すのも醍醐味
ー私の場合、初めて漬ける食材はネットのレシピを見ながら時間を調整するんですが、一般的に漬け時間はどのように判断すればよいのでしょうか。
中村さん:時間はもう完全にお好みで、自分で美味しいと思う時間で全然OKです。
例えばきゅうりとか人参をつけるときも1本のまま漬ける場合もあれば、薄切りにして漬けることもあります。たいていの場合、半日は漬けないと味が染みないんですが、急いでいる時は薄切りにして漬ければすぐに漬かるんですよ。色々な食材を何度か漬けていくうちに、自分の中で経験値で漬け時間が分かってくるので、それで大きさとか時間を決めていただくと良いですね。
ー漬け時間は食材の状態や味の好みで差が出るんですね。
中村さん:そうですね。最初は塩分が強いので短めに、次第に慣れてきますので少し長めにと、漬け時間は変わってきます。また、何回も漬けているうちに、水分が多くなって塩気が薄くなります。そのタイミングでぬかや塩を足したり、水分を吸わせるために昆布などの乾物を入れて調整するとよいですね。
ーまるで生き物みたいですね。
中村さん:そうなんですよ。ぬか床の中には菌がいっぱいいて、常に変化しています。まるでペットを育てているみたいな感覚なんですよ。
ぬか味噌は肉や魚も漬けられます
ーぬか漬けは野菜だけではなく肉や魚も漬けられると聞いたのですが‥‥。
中村さん:そうですね。ぬか漬けには「そのまま食べられる食材を漬けるタイプ」と「事前に下ごしらえとして漬けて置いて、加熱してから食べるタイプ」の2種類があります。
加熱する前の生の状態で漬けておくことによって、酵素や酵母の働きでたんぱく質が分解され、肉や魚が柔らかくなります。牛肉の味噌漬けや鰆の西京漬けのようなイメージでぬか味噌風味のお料理ができますよ。
ーそうなんですね。お肉などを漬ける際のポイントはありますか?
中村さん:お肉はガーゼで包んでからぬか床につけると、余分なぬか味噌が取りやすくなって、焼く際にも焦げ付きにくくなります。
赤ちゃんに肌着を着せるイメージでお肉にガーゼの肌着を着せる
中村さん:なお、衛生上の問題があるので、生の肉や魚を漬ける際には、野菜などの「そのまま食べられる食材を漬けるタイプ」のぬか床とはわけて漬けてください。具体的にはジッパー付きビニール袋を複数枚用意して、生野菜用・肉用・魚用のぬか床をそれぞれ分けておくのがいいですね。1切れずつラップに包んでぬか味噌でパックするのもOKです。
ぬか味噌でパック状にしたお肉。この後、ラップで包まれる
地元に根付いたぬか漬けも発展してきました
ー福井の郷土料理で「へしこ」というぬか漬けがあると聞きました。他にも、地域に根付いて発展してきたぬか漬けもあるのでしょうか。
中村さん:へしこの他にも、ふぐの卵巣をぬか漬けにして食べる地域もあります。ふぐの内臓には毒がありますが、長期間ぬか床に漬けることで解毒するそうです。通販で購入することもできますが、発酵食品好きの人たちはわざわざ現地に食べに行くこともあるとか‥‥
福井の郷土料理「へしこ」
今どきのぬか漬けは「めんどくさくない」
ーぬか漬けと聞くと、祖母が毎朝毎夕かき混ぜているイメージがあったんですが、最近では毎日かき混ぜなくてもいいぬか味噌が登場しているそうですね。
中村さん:ぬか漬けを始める前って毎日かき混ぜないといけないなんて無理!って思っちゃいますよね。最近登場している「冷蔵庫で漬けるタイプ」のぬか床だと、1週間くらい混ぜなくても大丈夫です。
本来は玄米を精米して白米にするときに出る米糠に塩とお水を合わせてぬか床を作るんですけど、それだと「捨て漬け」をしなければならないので、一般の人にはハードルが高くて難しいですよね。
「冷蔵庫で漬けるタイプ」は発酵を促進する成分が含まれているので、初心者でも手間がかからず簡単にぬか漬けがすぐに食べられます。
※「捨て漬け」とは、作ったぬか床の発酵を促したりコンディションを整えるために、要らない野菜を漬けること。
米糠からぬか味噌を作ると、美味しいぬか漬けが食べられるまで1週間〜3週間程度の時間が必要
中村さん:さらに長期の旅行で1ヶ月ほどかき混ぜられない場合でも対策を取れば問題ありません。しばらくかき混ぜられないと分かった時点で、漬けてあるものを取り出し、ぬか床のみにして、冷凍庫に入れておけば大丈夫です。
ぬか味噌の中の余分な乳酸菌が死滅したり、酵母や酵素が休眠して発酵の進行の度合いがすごく遅くなるので、ぬか床が傷みません。
ー旅行も行けるのは嬉しいですね。忙しい時期も冷凍保存しておけば良いので気楽にぬか床と付き合えそうです。
ぬか漬けの食べ過ぎには注意を
ー本日は、ありがとうございました。最後にぬか漬けについて注意点はありますか?
中村さん:ぬか味噌にはカビや雑菌から守るために塩がたくさん使われています。「ぬか漬けは美味しいしお野菜が食べられるから」と言って食べ過ぎてしまうと塩分の摂りすぎになってしまうのでご注意ください。
ー教えていただいたぬか漬けを試しているうちに、ついつい食べすぎてしまいそうですね、気を付けます。ありがとうございました。
中村純子さんプロフィール
発酵プロフェッショナル(日本発酵文化協会・ワークショップ講師)
栄養士・オーガニックアドバイザー
ベジフルビューティーアドバイザー&ジュニア野菜ソムリエ
クシマクロビオティックインストラクター&フードコーディネーター
日本大学短期大学部食物栄養専攻卒業と同時に栄養士の資格を取得。”かゆみ( 突発性蕁麻疹)” と” 薬漬け”の日々を、玄米菜食と発酵料理でわずか1ヶ月で完治させたことからナチュラル食材に興味を持ち10年以上研究・継続。「ベジフル発酵プチマクロ(野菜・果物・玄米中心の発酵食)」を自らも実践し、ベストな腸内環境を維持している。ABC Cooking Studio講師時代の経験を生かした料理とイラストのノウハウで時間のない人でも簡単にできる「発酵食」のレシピ本を出版準備中。
<ホームページ>中村純子 オフィシャルサイト https://pure-child.com/
<ブログ>JUNJUNの人生発酵スタイル http://junjun.eshizuoka.jp