商人vs客、船上の爆笑バトル!?広重も描いた「くらわんか舟」会話がまるで漫才や!

商人vs客、船上の爆笑バトル!?広重も描いた「くらわんか舟」会話がまるで漫才や!

2019年の暮に放送された「M1グランプリ」は盛り上がりましたね!ほとんど無名の漫才師だった「ミルクボーイ」がグランプリを勝ち取ったことも、話題になりました。彼らが話していた方言は、どちらかというと標準的な関西弁。よりインパクトのある方言として知られているのが河内弁です。大阪府東部の河内地方の方言で、リズミカルで活気のある会話を聞くと、それだけで漫才の掛け合いのようです。

くらわんか舟って?

かつて河内弁で面白おかしく商売を行う「くらわんか舟」という船が運行していました。「くらわんか」とは「食べないか?」を意味する河内弁。江戸時代に米30石相当の体積能力の船が淀川を通って、伏見から大坂(大阪)間を往来しました。この三十石船(さんじっこくぶね)に乗る客相手に、接近して食べ物を売る「煮売舟」の掛け合いの面白さが評判となって、「くらわんか舟」と呼ばれるようになったようです。

三十石船には屋根がなく苫(とま)と呼ばれる植物を荒く編んだもので覆って、雨露を凌ぎました。

東海道中膝栗毛にも登場!

面白さはきっと全国区だったのでしょう。約200年ほど前のベストセラー滑稽本、『東海道中膝栗毛』にもしっかり登場しているのです!作者の十返舎一九は、実際に三十石船に乗って、取材したのかもしれませんね。

喜多八「いかさま、はらがへった。あたたへもめしをたのみます」
あきん人「われもめしくふうか。ソレくらへ。そつちやのわろはどふじゃいやい、ひもじそふな頬してけつかるが、銭ないかい」
弥次「イヤ、このべらぼうめら、何をふざきやアがる」
のり合「この汁は、もむないかはり、ねからぬるふていかんわい」
あきん人「ぬるかア水まはしてくらひおれ」
のり合「何ぬかすぞい。そして、此芋も牛蒡もくさつてけつかる」
あきん人「そのはづじや。ゑい所はみなうちで焚いてくてしもたわい」

弥次さん、喜多さんの会話に割って入る、くらわんか船の商人と乗り合いの客とのトークバトルが面白いです。「美味しくなく、ぬるくなった汁だ。芋やごぼうは腐っている」と客からの暴言クレームに対して、「良いところはもう、食べてしまった」と商人も負けてはいません。コンプライアンスに厳しい現代ではありえない、おおらかさですね。こんな無茶な言い合いを楽しんでいたのでしょう。ここで言っている芋やごぼうの入ったものは、ごんぼ汁と呼ばれる郷土料理です。

浮世絵師、広重も描いた!

浮世絵師として名高い歌川広重も、くらわんか船を描いています。『東海道中五十三次』で好評を博した後に、上方名所絵シリーズとして手がけました。天保5年、1834年の作品とされています。

『京都名所之内 淀川』広重画 提供:枚方市教育委員会

当時の様子を伝える船町宿の町家

大阪府枚方市には、当時の「船待ち宿」だった建物が現存しています。近代以降は料理旅館として1997年まで営業を行っていましたが、惜しまれつつ廃業。その後解体修復作業の後、2001年からは「市立枚方宿鍵屋資料館」として市民に親しまれています。

船待ち宿だった主屋は、解体修復作業時に柱に墨書名が見つかり、文化8年(1811)に建てられたものとわかりました。

「人と物の行き交う枚方宿へは、江戸時代を通じて外国からの宿泊客もありました。徳川吉宗の要請でベトナムから象を連れた一行も泊まったそうですよ」と、鍵屋資料館を案内して下さった学芸員の片山正彦さん。医師で博物学者のシーボルトも滞在し、『枚方の環境は非常に美しく、淀川の流域は私に祖国のマインの谷を思い出させるところが多い』と書物に記しています。

いたるところに見られる鍵のモチーフがキュート

船町宿だった頃より「鍵屋」が屋号で、建物のいたるところに、文字やモチーフが見られます。蔵の鍵のイメージから、裕福さとか豊かさの象徴だったのかもしれません。デザインとしてみても、とても可愛いです。

水戸黄門の撮影にも使われた待合所

船待合だったスペースは、中に入って見学することができます。テレビ時代劇「水戸黄門」の撮影にも使われたことがあったとか。タイムスリップして、江戸時代の旅人が現れてきそうです。

カマヤと呼ばれるカマドを含んだ調理場や配膳の場所。温かい食事をすぐに客に出せる配置に

こちらは、帳場。ディスプレイ用の小判がまぶしい!

長い船旅の中のエンターテインメントだった!

三十石船は乗客定員が28人で、船頭の人数は4人。大坂から伏見への上り船では、1人は船に乗り残りの3人で綱を引いて進めたそうです。約12時間もの長旅でした。下り船は反対に流れに乗って半分の6時間ほどで大坂に着くことができたようです。「乗客にとってくらわんか船は、長旅の途中の娯楽だったんじゃないかと思います」と片山さん。現在の地形とは違い、当時は鍵屋のすぐそばに淀川が流れていたそうです。「階段を降りてすぐに船に乗り降りできたので、待合の宿泊施設としても賑わっていました」。

館内にあるくらわんか船の再現。小型かまどが設けられて酒やごんぼ汁、くらわんか餅などを販売していた様子がわかります。

客との攻防を連想させる茶碗

くらわんか船で汁物やご飯、酒などを入れて販売した食器は、くらわんか茶碗と呼ばれています。揺れる船の上でも持ちやすいように、厚手で重心が低くなっているのが特徴。この素朴なフォルムと使いやすさから、近年では静かなブームとなり、多くのメーカーが作った新作が、インターネットなどでも販売されています。当時、くらわんか船で食べ物を購入すると、茶碗の数で料金を支払いました。周辺から多くの茶碗が出土していることから、客が料金をごまかすために川に捨てたんじゃないか?という疑惑が膨らみます。ただ丁々発止のやり取りからもわかるように、抜け目のない商人がぼんやりしていたとは思えず、しっかり料金を請求していたことでしょう。展示されている茶碗を見ているだけで、そんな妄想が浮かんできて楽しいです。館内ではくらわんか舟のやり取りを再現したホログラムを上映。とても面白いので、こちらに訪れた時には是非体験してください。

出土したくらわんか茶碗

落語で知る当時の風情!

当時の船旅の様子を感じるには、古典落語「三十石」もお勧めです。主人公2人が、京都から大坂まで帰る三十石船上でのドタバタを描いた愉快な内容。上方落語の演目ですが、江戸落語でも演じられています。落語の中で歌われる船頭の歌は、三十石船の船頭衆が実際に櫓をこぎながら歌ったものです。『やれさ、よいよいよー、ここはどこじゃとな船頭衆に問えばよ、ここは枚方な、鍵屋浦よ』落語家が高座の上で歌うと、袖から数名の落語家の合いの手が入って、きっと当時の船旅もこんな風だったのかなと思い巡らすことができます。

市立枚方宿鍵屋資料館基本情報


住所:大阪府枚方市堤町10-27
開館時間:9時半~17時(入館は16時半まで)
休館日:火曜日(祝日の場合は開館・翌平日が振替休館)
年末年始(12月29日~1月4日)
入館料:大人200円 小中学生100円
公式ウェブサイト
※入館料は2020年4月より変更になります。詳しくはウェブサイトをご覧ください。
※館内の和室ではごんぼ汁や抹茶などの飲食が可能。大広間では様々なイベントを開催しています。ウェブサイトにてお知らせをしています。
資料提供、写真協力:市立枚方宿鍵屋資料館

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