「テレビやCD、動画サイトで落語を聴いてみたけれど、やっぱり生で聴いてみたい!」そんな人にぴったりなのが、大人のワンダーランド「寄席」(よせ)。
寄席では、たくさんの噺家が入れ替わり立ち替わり出てきます。かける噺(はなし)も短くてわかりやすいものが多いので、落語初心者でも大丈夫。1日中、いろんな噺家の落語を聴き続けられるという、夢のような空間なのです。
いざ寄席に行こうとしても「常連じゃなくても入れる?」「服装は?」「演目は決まってる?」などなど、疑問はたくさん。そんな落語初めてさんでも最初からしっかり楽しめる、寄席デビューハウツーです。
「寄席」ってどんなところ?寄席の「今と昔」で歴史を知る
「寄席」とは、落語・講談・浪曲・漫才などの芸能を観客に見せる興行小屋です。寄席の始まりは江戸後期。
それまで噺家は湯屋や床屋、蕎麦屋など人が集まる場所を使って噺をかけていたのですが、興行主が興行を行うための小屋を用意し、そこに噺家も呼ばれ高座に上がるようになりました。(噺をかける…演目を演じること、高座に上がる…ステージに上がって噺をかけること)
江戸で一番最初に行われた寄席興行は、1633年(寛永10年)に最古の職業噺家・初代三笑亭可楽(さんしょうていからく)によって行われた下谷稲荷での寄席である、と言われています。
上方(関西)でも、同時期に初代桂文治(かつらぶんじ)が御霊坐摩社の境内で寄席の定席を設けたといわれ、江戸・上方の両方で落語の寄席興行が発達していきました。
当時の寄席は夜しか行われていなかったので「悪所場」といわれ、どちらかというと男性が楽しむ場所でした。噺の内容も現在よりは随分とダイレクトな表現もあったようです。このような文化が最近まで息づいていたこともあり、寄席には通な落語好きか酔っ払いがとぐろを巻いているイメージが未だに残っています。
しかし、今では女性同士でも訪れるナウでヤングなスポット。浅草演芸ホールには修学旅行や芸術鑑賞の生徒たちが訪れたり、イケメン噺家が出演する時には女性ファンの行列ができるなど、ずいぶんと様変わりしてきているようです。
現在の「定席」と定席以外の寄席について
現在、都内の定席は、上野「鈴本演芸場」、浅草「浅草演芸ホール」、新宿「末廣亭」、池袋「池袋演芸場」、そして唯一の国立の寄席「国立演芸場」の5つ。
定席以外では、上野広小路亭による「しのばず寄席」、お江戸日本橋亭による「日本橋お江戸寄席」などの他、五代目円楽一門会の「両国寄席」「亀戸梅屋敷寄席」、立川流の「立川流日本橋亭」など、一門で主催している寄席形式の興業があります。
事前に知っておくと安心!寄席についての基礎知識
寄席に行く格好がわからない?! どんな服装ならOKなの?
寄席デビューにあたり、初心者から一番多く聞かれる質問が「服装」について。
確かに、歌舞伎を見に行ったりすると、歌舞伎座などの入り口の前には、他人の着物にまで目を光らせている着物警察みたいな人がいます。
しかし、落語の場合は全く心配しなくてOK。寄席に行くなら、普段着で大丈夫です。近所にお出かけするスタイルをイメージしておけば良いでしょう。
会社帰りの時間には、スーツの人もいれば近所の人が夕涼みの格好で来ることもあります。夏の夜席なら着物風の浴衣でも良いでしょう。伝統芸能といえども気軽に行けるのが寄席であり落語なのです。和服なら小紋などの普段着、洋服ならドレスとパジャマ以外なら何でもよいです。
和服で行くと割引になる寄席もありますので、事前にチェックしておくとお得ですね。
「テケツ」で「木戸銭」を払うってどういう意味?
寄席に入るには、国立演芸場以外、前もって予約する必要はありません。当日、お目当ての寄席に行って、お金を払うだけでOKです。
入場料は、寄席の入り口にある「テケツ」で支払います。テケツとは、切符のチケットが訛ったもので受付という意味です。寄席では入場料のことを「木戸銭」といい、概ね2000円~3000円が相場です。昼席と夜席にの2部構成に分かれているのが一般的ですが、寄席や時期によっては「入れ替えなし」で昼席から夜席までぶっ続けで落語を聴くことができます。
そして、入退場に関するルールはかなりゆるいのが寄席の特徴。上演中はいつでも入ることができます。出るのも自由です。
寄席では飲食OKって本当なの?
昔はどの寄席でも飲食しながら聴くことができたのですが、最近は増えてきた女性客に配慮して、飲み物のみOKとしたり、飲酒禁止のところも多いようです。たとえば、国立演芸場では飲食禁止です。末廣亭や浅草演芸ホールでは売店でお弁当が売られていて、飲食OKです。こうして気軽にご飯を食べたり飲み物を飲んだりしながら楽しめるのも寄席の楽しみの一つなのです。
飲食持ち込みの可否は、寄席によって異なりますので行く前に調べておくと良いですね。ちなみに、飲酒禁止になっているのに売店や自販機ではビールを売っていたりとざっくりしている寄席もありますが、迷惑にならない常識の範囲にしておきましょう。
1度入ったら数時間楽しめる寄席。長時間やっています!
1回の寄席は概ね3~4時間。映画やコンサートに比べるとかなり長い感じもしますよね。中入り(休憩)が入り、何人もの噺家が入れ替わり立ち替わり高座に上がり、演目をかけていきます。落語だけではなく、講談や漫談、漫才、神楽や手品、紙切りなど様々な演目が用意されています。
会場に到着して始まるまでにチェックしておくと面白いのが、「一番太鼓」です。「どんとこい、どんとこい」と聞こえるリズムでわかるように、これが「始まりの合図」なのです。太鼓を叩くのは前座の役目。鈴本演芸場や両国寄席では、実際に若い前座の噺家が太鼓を叩いている姿を見ることができますよ。そして、開演5分前の合図が二番太鼓。「お多福来い来い、お多福来い来い、ステツク天天、ステツク天天」と鳴らしています。
その日一番最初に噺を披露する「開口一番」に前座が出てきて、いよいよ始まりです。
落語家は当日に根多を決めるって本当なの?
寄席では15人ほどの噺家が順番に出て噺をかけていきますが、この根多(ネタ)は事前に決めているわけではありません。季節、その日の客の様子、トリを取る噺家によって噺を選んでかけていきます。
かける根多は、決して出番が前の噺家に「ついて」はいけません。「根多がつく」とは、同じ噺やテーマ、マクラを高座でかけること。違う噺であってもテーマが同じではいけないので、たとえば前の噺家が泥棒の噺をかけたとしたら、それ以降に出演する噺家は泥棒の噺はかけることができません。
次の出番の噺家は、根多帳を見ながら今日の演目を大体決めておいて、直前の噺家の演目を聴いてから最終的に判断します。したがって、出番が後の噺家ほど持ち根多が多くなければならず、トリを取れる真打はどんなテーマでもかけられる力量が必要になるのです。
「根多がつく」ことは本当にない?
さて、夏の時期にありがちなのが、怪談噺。
怪談噺での大根多といえば「死神」「お札剥がし(牡丹灯籠)」「豊志賀の死(真景累ヶ淵)」ですが、たとえば中トリで「応挙の幽霊」など軽い怪談がかけられると、その日はトリで怪談噺をできなくなってしまいます。
トリで怪談噺を期待してきたお客の方も、中トリなどで思いがけず怪談が出てくると「おおおおおおおおいいいいい!!」となるわけです。
だから、その日のトリの噺家が怪談やりそうだな、と各噺家が忖度をする場合も多いです。しかし贔屓筋からのリクエストであれば事前に楽屋で調整したり、場合によっては構わずにかけてしまうこともあります。
前座さん大活躍!寄席のお約束ごと
次から次へと忙しく演者が入れ替わる寄席。チェックしておくと意外に面白いのが、一つの演目が終わって、次の演目が始まるまでの準備作業です。ここでも前座さんが大活躍するのです。具体的にどんな事が行われているのでしょうか?
まず、前の演者が終わると、次の演者が上がる前に前座が出て座布団をひっくり返し、脱いだ羽織や湯飲みなどを片付け、次の演者の 「めくり」(演者の名前を書いた紙の札)を返します。これを「高座返し」といい、前座の大切な仕事です。
さらに、次の演者が到着していない時は、前の演者は脱いだ羽織を高座の袖へ投げます。この時、前座は舞台の袖で待機しています。待機中の前座がその羽織を引っ込めたら、次の演者が無事楽屋に到着したという合図。
でもたまに羽織が引っ込まない時があります。そんな時、前の演者はなんとか噺を引き延ばして、次の演者がスタンバイできるまで場を持たせなければなりません。こんなトラブルがライブで見られるのも、寄席の醍醐味です。
寄席では笑い方のマナーってあるの?
ところで、初めて寄席に行った時、意外に考えてしまうのが高座中の噺に対するリアクションの取り方です。
まず、素直に面白いと思ったところで笑いましょう。ジワジワ来る笑いならジワジワと、大ウケなら大笑いで。それで十分伝わりますし、良いお客として印象に残ります。
逆に目立とうとして笑うところではないのに声を立てて大きな声で笑ったり、やたら目を見て大げさに頷いたりは、しないほうが無難です。噺家は、笑うところではないところで大きな笑いが入るとリズムを崩してしまい、非常に演りにくくなってしまうからです。できれば、目を合わせようとするのも避けましょう。「演りにくい客」とレッテルを貼られかねません。
中入りが終わればいよいよ寄席のクライマックス「トリ」
「中入り」とは休憩のことです。だいたい15分ほどあるので、この間にお手洗いを済ませたりお弁当や飲み物を買いに行ったりできます。寄席によっては中入り太鼓とともに前座の「おなーーかーーーいーーりーー」の声を聞くことができます。
中入りの前の最後の演者は「中トリ」、中入り後の最初の演者は「食いつき」といい、それぞれに役割があります。
中トリは、中入り前の締め。締めにふさわしい、かといってトリ根多ではない噺(トリとは違う種類の噺)を選ぶことが必要です。食いつきは、トリまで客をつなぎとめる大切な役目。勢いのある噺を選ぶことが多く、トリの師匠の持ち根多を避け、且つつかない噺を選ばなくてはなりません。
トリの前には「色物」が出ます。「色物」とは落語・講談以外の芸能のことで、紙切り・漫談・漫才・粋曲・ものまね・コント・神楽・手品・大道芸などがこれにあたります。
色物には、寄席の雰囲気を変える役割があります。彼らのおかげで、トリで「芝浜」「死神」「百年目」などの長講がかけられる空気感が出来上がり、客の方も新鮮な気分でトリの高座を聴くことができます。
中入り後は、ベテラン真打達が登場する高座が続きます。トリを務める噺家のことを「主任」といいます。その日の興行の客入りを決めるのも主任の力量です。寄席などの興行では、出番が遅いことを「深い」と表現します。より深い出番を任されるほど客が取れるベテランの噺家であるという証拠であり、トリを務められるというのは大真打の条件なのです。
五代目三遊亭圓楽の総領弟子で、三遊亭圓生が認めた最後の真打である三遊亭鳳楽の銘は、「大トリが取れるように」と、鳳凰の一字をとって名付けられたといいます。
お目当の噺家が終わったあと、途中で出てきても全く構いませんが、せっかく寄席に行くのなら、トリまで聴くのが断然おすすめです。慣れてくると、この噺家のこの話がなぜ出てきたのか、それまでに出番だった噺家達がなぜあの根多をチョイスしたのかを、勝手に推理してニヤニヤできるようになります。
ハネ太鼓で今日の寄席はお終い
トリの高座が終わると、「ハネ太鼓」または「追い出し」が「でていけ、でていけ」と打ちおろします。楽屋と袖にいる前座と二ツ目が全員で「ありがとうーーーございーーましたーーー」と声を出します。この声が聴けるのも寄席ならではです。鈴本演芸場では、テケツの上で前座さんが叩いている姿を見ることができます。会場の外から見ても、「今終わったんだな」とわかる寸法です。
太鼓は「テンテンバラバラ、テンテンバラバラ」「カラカラカラ(空)」と続き、最後は太鼓の縁を撥でこすり、ギィーーと鳴らしてお終い。最後の音は「木戸を閉めた音」を表現しているのだそうで、「本日の興行はこれでおしまいです」という意味です。
この後夜席へと続く場合はギィーをやりません。
噺家に会いたいときはどうする?ご祝儀と差し入れ
さて、お目当ての噺家にお土産や差し入れを渡したい場合はどうしたら良いのでしょう。
噺家によって様々ですが、初めての場合は楽屋に訪問したりせずに、受付にお願いしたほうが無難です。その際、自分の名刺や手紙などをつけて、誰からのものなのかわかるようにしておくと、贈られた噺家も安心します。メールアドレスを記載しておけば、お礼のメールをしてくれる噺家もいます。
差し入れは、お酒やみんなで食べられるものなど、形が残らないものがベスト。
困ってしまうのが、大きな花束。噺家の多くは電車通勤ですし、場合によっては次のお仕事が入っています。やはり、残らないもの、食べられるもの、かさばらないものがよいでしょう。
そこで、かさばらないものの代表が「ご祝儀」です。
寄席をよく観察していると、時々噺家が高座から下がる時に舞台の下から何やら封筒を渡している旦那がいらっしゃいます。これが、噂に聞く「ご祝儀」というものです。一体その中身にはどのくらい入っているのでしょうか?!相場はあってないようなもの。大体、諭吉が1枚〜でしょうか。
もし自信がないのであれば「ご祝儀」という形で包まないほうがスマート。この場合、「お食事代」「お車代」など、金額が想像出来る名目で、ぽち袋に入れてそっとお渡しするのが粋だなと感じます。高座が終わって袖へ帰るタイミングで、高座の下からそっと渡しましょう。
本当にそんなタイミングで大丈夫なのかな?と思われるかもしれませんね。でも、終演後の「出待ち」などをして楽屋を出た時に渡すほうが実は難しいのです。なぜなら、他の師匠や贔屓が一緒にいたりすることも多く、そうなると噺家は正面切ってご祝儀を受け取りにくくなってしまいます。
噺家を食事に誘ったり、話しかけるのはOK?
寄席から外に出ると、寄席の出口や近所の飲み屋などで出演後の噺家に出会うこともあります。そんな時には、その日の感想や激励の言葉をかけてみましょう。噺家にとって「よかったよ!」の声こそが何よりも明日からの生きる糧なのです。
しかし、高座を下りた後の噺家に「面白いことやって」「小噺やって」とこちらから強請るのはご法度。噺家の話は、プロのお仕事です。お願いするなら、それなりの金額を出して「お座敷」を依頼しましょう。
自分たちの席に呼ぶ場合も、食事代と足代(顎足・あごあし)をつけるのが最低限のマナーです。
また、出待ちの可否は、その寄席の雰囲気や噺家の人気度、性格により様々です。
その日の主任によっては出番が終わった噺家全員が残っていなければならないこともあり(残ることが基本ですが)、そうなるとトリの師匠をお見送りしてからでなければ出てこれません。また、寄席によっては楽屋口が一般には絶対わからないようなところにあり、出待ちしても会えないようになっています。
どうしても声をかけたい、会いたいという場合は、何度か寄席に通って差し入れをして、顔を覚えてもらうのがよいでしょう。
裏技を一つ紹介しておきましょう。高座の袖と上下(かみしも)を振った時(噺をするときに、登場人物を分けて演じるために首を左右に振ること)に、噺家が見えやすく且つ決まった場所に座りましょう。すると、格段に噺家の印象に残りやすくなります。客席の様子も結構高座から見えているものだそうです。
まずは気軽に寄席に通ってみましょう!
寄席には先人たちが作ってきた文化があります。お作法というほどの堅苦しいものではありませんが、せっかくなら粋人になって楽しみたいものですね。
たくさんの噺家の落語を聴くことができる寄席は、いわば噺家のカタログ。通っていくうちに、演者によって同じ噺でも全く違う解釈でかけていることがわかり、自分の好みが発見できるでしょう。
そうなってくると、いよいよあなたも落語通。
これからどんどん沼にハマることとなります。おめでとうございます。
▼この記事を書いた筆者の著書はこちら!
噺家の女房が語る落語案内帖 櫻庭 由紀子