2020年7月23日から約1ヶ月半、過去最大規模の凄い浮世絵展が東京都美術館で開催されます。その名も「The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション」。珍しいことに、日本美術の展覧会なのに、展覧会の正式名称が英語表記になっています。斬新ですね。東京オリンピック開催期間中に始まる予定だったため、日本だけでなく来日観光客にも幅広く見てもらおうという趣旨だったのでしょう。ご存知の通り、残念ながらコロナ禍によってオリンピック開催は1年延期となりましたが、展覧会自体は無事開催の運びに。「日時指定入場制」などコロナ対策を万全に期した上でスタートします。当初予定されていた約450点の作品は全点が予定通り展示される見込みで、浮世絵の通史を俯瞰できるまたとない機会になりました。
そこで、本稿では、主催者へのインタビューを含め、多数の展示予定作品を取り上げながら、展覧会場に足を運ぶ前の”予習”として、見どころや展覧会の魅力をまとめてみました。それでは、早速展覧会の内容を見ていきましょう!
「The UKIYO-E 2020」を支える、日本の三大浮世絵コレクションとは?
本展で出展される浮世絵作品は、太田記念美術館、日本浮世絵博物館、平木浮世絵財団という、1970年~80年代から浮世絵の普及啓蒙活動を支えてきた、日本を代表する3つの浮世絵美術館から全て提供されています。
展覧会タイトルにもある通り、本展ではこの3つの美術館を「日本三大浮世絵コレクション」と銘打って紹介していますよね。そう、本展で画期的なポイントは、史上初めて日本を代表する3館が協力して一つの美術展を作り上げるということなんです。なんせ3館合わせたコレクションの総数は、12万点以上!その圧倒的な物量を誇る豊富なコレクションから、各館から約150点ずつ×3=約450点の優品・佳作が厳選されて展示されるわけです。凄いですよね。
そこで、まずはこの出展元の3館を簡単に紹介しておきましょう。
太田記念美術館
太田記念美術館の1F展示スペース。都心にあってアクセスも良く、外国人観光客にも大人気です。館内の展示スペースに灯籠が置いてある美術館は珍しいのでは?!
東京・原宿駅から徒歩数分と絶好のロケーションにある、アットホームな雰囲気の美術館。1980年、日本屈指の浮世絵コレクター五代・太田清藏(おおたせいぞう)氏が収集した1万点以上の膨大なコレクションをベースに開館しました。以来、年間8~9本の展覧会を精力的に開催し続けています。10万人以上のフォロワーを抱える公式Twitterアカウントでは、浮世絵の面白さを幅広い層に届ける反面、時折非常にディープで攻めた切り口の企画展を開催し、コアな浮世絵マニアをも唸らせることもしばしば。2020年は、同館にとって開館40周年の記念イヤーですね。
太田記念美術館:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/
公式HP:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/
日本浮世絵博物館
美術館の設計は、著名な建築家・篠原一男氏。近い将来、浅草にて東京館も開館が予定されています。
信州松本で紙問屋などを営んだ豪商の酒井家が約200年をかけ何代にもわたって収集し続けた浮世絵コレクションは、現在日本No.1の10万点以上。10代目、酒井藤吉氏によって、1982年に酒井家ゆかりの松本市に開館したのが日本浮世絵博物館です。展示内容はもちろん、篠原一男氏が設計した、まるで現代アートのようなスタイリッシュな建物にも注目。毎年、遠方から多数の建築ファンが建物を見学するために訪れています。
日本浮世絵博物館:〒390-0852 松本市大字島立字新切2206-1
公式HP:http://www.japan-ukiyoe-museum.com/
平木浮世絵財団
コレクションの礎を築いた平木信二氏。2013年まで、ららぽーと豊洲内に「平木浮世絵美術館」を開館していました。
リッカーミシン創業者・平木信二氏による個人コレクションを核に、1972年に日本初の浮世絵専門美術館「リッカー美術館」を東京・銀座に開館。戦後の混乱期、海外流出危機に瀕していた国内有数の浮世絵コレクションを購入し、現在まで収集を続けて集まった約6,000点の所蔵品の中には重要文化財11点、重要美術品238点が含まれるなど、非常に高品質なコレクションを形成するに至りました。現在は閉館中ですが、本展でも平木浮世絵財団の誇る重要文化財、重要美術品指定を受けた名品が多数登場する予定です。
平木浮世絵美術館:(現在閉館中)
公式HP:http://www.ukiyoe-tokyo.or.jp/
3館の浮世絵の達人から、展覧会の楽しみ方を聞いてみた!
左から、日本浮世絵博物館館長・酒井浩志さん、平木浮世絵財団主任学芸員・森山悦乃さん、太田記念美術館主席学芸員・日野原健司さん。
今回、展覧会開催に先立って、展覧会の企画監修にあたった3館それぞれのご担当者(日本浮世絵博物館館長・酒井浩志さん、平木浮世絵財団主任学芸員・森山悦乃さん、太田記念美術館主席学芸員・日野原健司さん)にインタビューをさせていただくことができました。そこで、まず前半ではご三方へのインタビュー形式で展覧会の見どころや魅力、オススメ鑑賞法などをお伝えしていきます!
展覧会の概要・見どころ紹介
選びぬかれた「名品」を通して浮世絵の歴史を楽しむ!
――早速ですが、企画監修で工夫された点を教えて頂けますか?
日野原:今回は、ある意味王道的な、浮世絵の歴史を俯瞰して見ることができる名品展として展示を構成しました。日本浮世絵博物館、平木浮世絵財団、太田記念美術館では、ここまで約40~50年のもの間、長年浮世絵の展示・研究を続けて知識と経験を積み重ねてきた中で、絵としての魅力がある作品、歴史的な意義がある作品を「名品」として厳選しました。
――今回の展覧会は、浮世絵の名品展ということですね?!最初にいきなりベストを見ることができるのは、初心者には嬉しいですね。
日野原:そうですね。最近では、葛飾北斎や歌川広重、歌川国芳といった人気浮世絵師の展覧会は、各地で頻繁に開催されるようになりましたよね。でも、浮世絵の全体としての歴史を知ろうと思った時、全体を俯瞰して名品を揃えてくれる展覧会はそれほど多くはないのではと思います。浮世絵の通史を語る上で、キャッチーではなくても忘れてはいけない重要な作品は、展覧会の中で意外と見落とされがちなんです。
森山:初心者向けでというと、今回、この展覧会を初心者の方が観られるのは凄くラッキーなことだと思います。なぜなら、どれも非常に状態の良い作品が揃っていますから。浮世絵は版画なので、同じ絵でも何枚もあって、摺りの状態、保存状態がそれぞれ全く違うわけです。同じ絵でも比べてみると全然違って見えることもよくありますからね。
一番最初に接したものの水準が高いと、そこから知見を広げていけるので、スタート地点が違いますよね。良質な作品だけに触れることができて、最初から目が養えるのは素晴らしいことだと思うので、ぜひ初心者の方にこそ見ていただきたいですね。
意外!?名品はまだまだ日本に多数残っていた!
――名品揃いなのは非常に楽しみですね。ところで、浮世絵の場合、海外からの里帰り展で優品が多く展示されますよね。だから本当に良い作品は既に海外に流出してしまっている……というイメージもちょっとありました。
日野原:初期の古い作品であればあるほど、国内で残っている数が少ないのは事実です。日本では、江戸時代から現代に至るまで、例えば首都圏だけを見ても関東大震災や東京大空襲など災害や戦争があったので、その中でコレクションが徐々に失われていきました。その反面、ボストン美術館や大英博物館では、収蔵されて以来大きな混乱もなくきちんと保存されてきたので、結果として貴重なコレクションが現在まで引き継がれてきたという歴史があります。
酒井:日本美術ファンの方は、戦前~戦後の混乱期までに、海外に良い浮世絵が出ていってしまったというイメージをお持ちかもしれませんね。でも、本展を見て頂くとわかりますが、私達は日本にもまだこれだけの良い作品が残っているんですよ、ということを知って頂きたいのです。
日野原:そうですね。災害や戦争といった歴史をくぐり抜けた作品は、確かにまだまだ現代の日本では残っていますね。だから、今回の展覧会では、前の世代の熱心な浮世絵のコレクターたちが集めたものを我々が受け継いで、それをどのように次の世代へと50年、100年と引き継ぐことができるのだろうか、という課題意識を念頭に置いて企画しました。「浮世絵文化の継承」という面も感じながら作品を見て頂けると嬉しいです。
――では、結構レアな作品も出品されているのですか?
酒井:そうですね。今回3館揃ったから展示できるようになったシリーズ物の一挙展示は要注目です。たとえば、鈴木春重(すずきはるしげ)の「雪月花」3部作シリーズがありますね。鈴木春重は、錦絵を創始した鈴木春信(すずきはるのぶ)の弟子なのですが、どちらかというと司馬江漢(しばこうかん)という名前でよく知られています。
(左)鈴木春重「雪月花内 青楼雪」 中判錦絵 明和7~8年(1770~71)頃 日本浮世絵博物館/(中)鈴木春重「雪月花内 品川月」 重要美術品 中判錦絵 明和7~8年(1770~71)頃 平木浮世絵財団/(右)鈴木春重「雪月花内 二軒茶屋の花」 中判錦絵 明和7~8年(1770~71)頃 日本浮世絵博物館/全て展示期間:前期(7月23日[木・祝]~8月23日[日])
初心者への鑑賞アドバイスも聞いてみた!
続いて、展覧会の鑑賞法についてお聞きしてみましょう。浮世絵鑑賞の達人から、興味深いアドバイスを頂くことができました!
初心者は浮世絵の「色」に注目!
――では、いよいよ展覧会の鑑賞法についてお伺いしていきます。和樂webの読者の中には、浮世絵を今回初めて観る、という人も多数いらっしゃると思います。そういった浮世絵ビギナー向けに、本展の楽しみ方を教えて頂けますか?
日野原:本展には膨大な点数が並びます。あれこれ目移りして、どう見ていいのか迷うかもしれませんので、初心者の方は思い切って一つの切り口に絞って観てみるのもいいですね。たとえば「色」に注目してみるのはどうでしょうか。
木版画としての浮世絵は、元々最初は色のないモノクロームな絵からスタートして、そこから少しずつ色鮮やかになっていきます。時代を追う毎に、色の雰囲気が変わってくるのです。
葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」 横大判錦絵 天保元~4年(1830~33)頃 太田記念美術館/展示期間:前期(7月23日[木・祝]~8月23日[日]) ※後期も他館所蔵の同作品が展示されます。/よく見慣れた北斎の代表作も、色に注目して鑑賞してみると、ほぼ「青」系一色で統一感の取れた彩色がなされていることがわかりますね。
そこで、まず自分の好きな「色」を見つけていただくのも、一つの鑑賞ポイントなのかなと思います。古い時代には、古い時代にしか出せない色の良さもあります。それこそ、ちょっと退色していることで、逆に味わいが増して感じられる時もあるんです。
――それは面白いですね!ぜひ会場で試してみたいと思います。
日野原:あるいは、自分の好きな色が特にないのであれば、「赤」や「青」といった一つの色に注目して、時代を追って作品を見ていくのも面白いですね。同じ色が、時代によってどのように移り変わっているのかな、ということを少し頭の中に入れながら、展示を最初から順番に見て頂くと、時代毎に色の違いが見つけやすくなります。
意外に難しくない?!「役者絵」を読み解くコツとは
――今回は、美人画や武者絵、風景画など様々なジャンルの作品が出品されています。ポスターやメインビジュアルでは、歌舞伎役者を描いた「役者絵」の存在感がありますね。
森山:浮世絵の中では、役者絵は歌舞伎を見ていないとよくわからない……と言われることもありますが、でもそれほど難しく構える必要はないんです。役者絵は、芝居小屋で上演中に役者が実際に演じているところを写したブロマイドのようなもので、江戸時代はそれをそれぞれのファンが買い求めました。だから、今でも時代を超えて当時の役者と観客の熱気やパワーが絵から感じられるのではないかと思います。
歌川国政「市川鰕蔵の暫」 重要美術品 大判錦絵 寛政8年(1796) 平木浮世絵財団/展示期間:前期(7月23日[木・祝]~8月23日[日])
――役者絵を楽しむならば、やはり有名な東洲斎写楽から入るのが良いですか?
森山:写楽ももちろん良いですが、本展では、彼と同時代の作家の作品にもぜひ注目してみて下さい。傑作揃いですから。写楽が活躍した時代に、役者絵の名品が集中して残っています。例えば本展で言えば、メインビジュアルにも選ばれている歌川国政(うたがわくにまさ)や歌川豊国(うたがわとよくに)、そして歌舞妓堂艶鏡(かぶきどうえんきょう)などの作品ですね。
――役者絵を楽しむポイントをもう少し教えて頂けますか?
森山:役者絵は、基本的には「似顔絵」なんです。たとえば、美人画の場合は、顔がみな同じでいいんです。今も昔も、美人画を見る場合は絵師が作り出した美人像を楽しむところがありますよね。それに対して、役者絵は基本的にモデルとなっている歌舞伎役者の顔を描かなければいけないわけです。
――なるほど!役者絵と美人画の違い、わかりやすいです!
森山:役者絵の場合はそれぞれ顔が違うから、役者同士の見比べができるわけです。また、違う作家が同じ役者を描く場合も多々あります。その場合、絵師の描き方の違いなども比較して楽しむことができますよね。
今だったら写真があるので舞台写真なども多数残っていますが、写真がなかった江戸時代では、役者絵が重要な記録メディアの役割を果たしているんです。この時代は、世界中どこを見ても、年代ごとにこれほど詳細に肖像画が残っているのは役者絵しかないんです。そう考えると、役者絵とは本当に面白い世界ですよね。
――他には、どんな楽しみ方がありますか?
森山:役者には、一人ひとりその人にちなんだ「紋」や好みの「色」、「柄」などがあります。こうした役者特有のアトリビュートが絵の中で煙草入れや刀装具、小物など細かいところにさりげなく散りばめられているので、これを探してみるのも面白いですよね。マニアックな見方もできるかと思います。
――江戸時代の人は、役者絵を見て、誰を描いているのかすぐに見抜くことができたのでしょうか?
森山:そうですね。当時の人は、この役者は誰だというのがわかっているので、共通認識として理解されていたと思います。今の私達は当時を知らないからこそ、逆にそういったアトリビュートを絵の中から探し出す楽しみもあるわけです。
大規模な浮世絵展の攻略法とは?!
――他にも何か、「The UKIYO-E 2020」のような大規模展特有の楽しみ方やアドバイスを頂けますでしょうか?
酒井:これだけ数多くの作品が出ているので、色々な絵師と巡り会えます。だから、まず自分の好きな絵師を一人見つけて頂けるといいですね。そうすると、一見同じように描かれている浮世絵でも、次第に細かい違いがあるということがわかるようになってくるので、浮世絵の楽しさが感じられるようになるのではないかと思います。
――では、まずお気に入りの絵師を一人見つけると良いのですね?
酒井:その方の作品をずっと追っていくのも良いですし、最初から順番に見ていって、「あっ、この絵は恐らく自分の好きな●●の描いた作品じゃないかな?」といったように推測しながら見ていくと、だんだんと各絵師の区別がつくようになってきますよ。
――酒井さんの周囲には、物心ついたころから浮世絵が日常生活の近くにあったのではないかと思うのですが、酒井さんご自身はどのあたりから浮世絵に興味を持たれたのですか?
酒井:やっぱり最初は浮世絵の価格やネームバリューといったところから入りました。でも、色々見ていく中で、他にもいっぱい魅力的な絵を描く絵師の方もいるのだな、とわかってきました。だから、まずは色眼鏡で見ずに、好きな色合いや好きな絵柄といった切り口や、好きな時代などを絞って「この作品の雰囲気はいいね」といった見方をしていくと、浮世絵を好きになれるポイントが見つかりやすいのではないかなと思います。
達人のオススメ作品はこれ!
――それでは、最後にとっておきのオススメ作品をいくつか教えて頂けますか?
日野原:先程、森山さんがお話されていた、役者絵が一番盛り上がった時代に活躍した歌舞妓堂艶鏡「三代目市川八百蔵の梅王丸」はどうでしょうか。彼も、写楽と同じく歌舞伎役者の顔のアップ、大首絵を描いた作家ですが、写楽に比べると知名度も低いですし、残されている点数も非常に少ないです。当時はそれほど人気がなかったのかもしれませんね。
歌舞妓堂艶鏡「三代目市川八百蔵の梅王丸」大判錦絵 寛政8年(1796)7月 太田記念美術館/展示期間:前期(7月23日[木・祝]~8月23日[日])
ただ、この絵には、非常に特徴的な個性があるんです。
――特徴的なもの……というと?
日野原:役者の目線です。こちらがわをしっかり見つめていますよね。実は、役者絵では、完全にカメラ目線でこちらを見ている作品は非常に少ないのです。目玉の「黒目」の位置に着目してみると、みんな色々な方向を向いて描かれているのですよね。片方の目は右側を向いているのに、もう片方は左側を向いている……といったように、視線が一方向を向いていない印象があると思うんです。
――あっ!言われてみれば確かにそうですね。
日野原:その中では珍しく、「三代目市川八百蔵の梅王丸」はこちらを見ているから目立つのかもしれません。顔や耳、髪の毛などは別にそれほど特殊なことをしているわけではないのですが、やっぱり目の位置がポイントですね。役者の流し目的な美しさを表現しようとしたり、黒目と白目のバランスを取ろうとしたり……など、いろいろ作者が工夫したポイントだったのかもしれません。
――人物の絵は、目の表現一つによって大きく変わってくるものなのですね?
日野原:そうですね。歌舞妓堂艶鏡は、浮世絵の歴史の中では比較的マイナーな存在なのかもしれませんが、現在の私達が見て、この絵は面白いね、と思えるような作品が、まだまだ有名な作品の陰に隠れて沢山あるはずなんです。ぜひ、そうした知られざる絵師の名作を探し出して見て頂きたいですね。
――森山さん、最後にとっておきの役者絵を教えて頂けますでしょうか?
森山:いろいろありすぎて選ぶのが本当に難しいのですが、私のお気に入りは、最新版のポスターのメインビジュアルにも選ばれている歌川豊国「七代目片岡仁左衛門の時平」ですね。
歌川豊国「七代目片岡仁左衛門の時平」大判錦絵 寛政8年(1796) 日本浮世絵博物館/展示期間:後期(8月25日[火]~9月22日[火・祝])
森山:これも写楽と同時代に描かれた作品です。写楽を悪く言うわけではないのですが、彼が人物を誇張して描く時、美化せずありのままに似顔を描きました。だから描かれた役者は、出来上がった作品をあまり気に入らなかったと思うんです。豊国が手掛けた本作も、役柄に沿ってしっかりと誇張されてはいるのですが、迫力もあってきちんとカッコよく美化されていますよね。こうした誇張の方向性なら、描かれた役者は恐らく怒らなかったと思うんですよね。
写楽や豊国が活躍した時代、芝居の内容、役者の演技が向上し、それに合わせるようにそれぞれの浮世絵師の絵師としての力量や表現力が格段に上がってきた時期でもありました。だから、本展では写楽以外にもたくさんの実力ある絵師たちが役者絵の世界で競い合って傑作を作っていた、という点を感じて頂けると、役者絵が好きな私としては非常に嬉しいです。
――ありがとうございます。では、最後に酒井さんのオススメ作品を教えて頂けますか?
酒井:有名な作品ですが、東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」がおすすめです。本作は、人々が浮世絵に対して持っているイメージを体現した“ザ・浮世絵”的な作品なのですが、実際に所蔵しているのは全世界でたった数館しかないのです。日本では、東京国立博物館と、千葉市美術館、そして私達日本浮世絵博物館だけなんです。
東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」 大判錦絵 寛政6年(1794)5月 日本浮世絵博物館/展示期間:後期(8月18日[火]~9月22日[火・祝])
――えーっ?!そこまで貴重なものだとは、全然知りませんでした!
酒井:そうなんです。かなり貴重な作品ですし、特にダメージを受けやすい「雲母摺(きらずり)」が施されているので、当館でもほとんど展示していません。でも、今回はせっかくなので後期展示で出展させていただくことにしました。
――凄い!画像では何度も見たことがありましたが、実物と対面できるのは非常に貴重なことなのですね?!
酒井:そうですね。雲母摺の「雲母(きら)」がまだ非常にきれいに残っているので、ぜひ見て頂きたいですね。
――長時間のインタビュー、本当にありがとうございました!本日頂いたアドバイスをもとに、展覧会をしっかり楽しんでみようと思います!
酒井・森山・日野原:ありがとうございました。
和樂web特選!ここでしか見られないオススメ作品を一挙紹介!!
約450点もの作品の中から、筆者が厳選したオススメ作品10点をご紹介します!ぜひ合わせてお読みください。
和樂web特選!「The UKIYO-E 2020」ここでしか見られないオススメ作品10点を一挙紹介!!
まとめ!浮世絵好きはリピート必須の凄い展覧会!絶対行くべし!
いかがでしたでしょうか。一時は、コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、開催さえ危ぶまれた本展「The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション」ですが、関係者の方々の必死の努力によって、当初よりも約10日間会期を延長して開催されることになりました。本当に楽しみです!
また、本展は展覧会公式サイトで事前にチケットを購入してから入場する「日時指定入場制」で開催されることも発表されています。従来、大規模な浮世絵展が開催された時は、会場が混雑して非常に見辛くなることも多かったので、今回の「日時指定入場制」のおかげで、快適に鑑賞することができそう。浮世絵ファンにとっては非常に大きなメリットとなりそうですね。
最初から最後まで名品づくしの本展を、ぜひ心ゆくまで至近距離でゆっくりと鑑賞してみてくださいね。筆者も、期間中最低3回は足を運ぼうと考えています!
展覧会情報
展覧会名:「The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション」
会期:2020年7月23日(木・祝)~9月22日(火・祝)
(前期展示:7/23-8/23、後期展示:8/25-9/22)
会場:東京都美術館 企画展示室(東京都台東区上野公園8-36)
展覧会公式サイト:https://ukiyoe2020.exhn.jp
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
※日時指定入場制~となります。詳細は展覧会公式サイトをご覧ください。
東京都美術館での日時指定入場券の販売はありません。