Gourmet
2020.08.21

「ドラム缶会議」ってなんだ?人口60人の離島で醸す天然ひじきを使った燻製ビール

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『クラフトビールとは、土地と文化を凝縮した飲み物である』

これはただの呑み助であるわたしの持論なのですが、事実一本のクラフトビールをゆっくりと味わっていると、その土地の持つ様々な側面が見えてきます。

何が特産で、どんな文化があって、何を大切にしている町なのか。

日本に住みながらも、意外に知らない各地のことをクラフトビールはその味わいで教えてくれます。ガイドブックに大々的に取り上げられることはない、日常の延長線上にあるあたたかで色鮮やかな魅力。

一本のビールを通してその土地を見れば、まったく違う世界が見えてくるからあら不思議。その土地の人々の生活にふわりと触れるような、そんな新しい体験をすることができるのです。

人口60人の小さな島でビールを醸す、六島浜醸造所

瀬戸内海に浮かぶ六島(むしま)という島をご存じでしょうか?岡山県笠岡港から船に揺られること約1時間。笠岡諸島最南端に位置する、人口60人という小さな離島です。

島一帯に咲き誇る水仙と、岡山最古の灯台。きれいな水と、速い海流にもまれることによって身が引き締まり、格段に味が良い鮮魚やひじき。

六島には、コンビニも居酒屋もありません。街の騒がしさとは一切無縁で、聞こえてくるのは静かに打ち寄せる波の音と虫の声。

そんなゆっくりと流れる島時間の中でビールを醸す、六島浜醸造所というブルワリーがあります。

ビールを造る職人は大阪出身の元営業マン。祖母の住む六島をたびたび訪れる中で、島の人の温かさや島の文化に強く惹かれ、移住を決意した方です。

六島はかつて一面麦畑だった島。

そんな島の過去の姿をよみがえらせ、自身で育てた麦でビールを造る。そんな想いから2019年ブルワリーを設立しました。

六島愛に溢れた彼のビールは、飲めば島の魅力を感じるものばかり。

その中でも特に「島の豊かな食や文化」を感じさせるビールを、今回はご紹介したいと思います。

島名産の天然ひじきを使用した、燻製ビール「六島浜ドラム缶会議」

六島浜醸造所というブルワリーが造る、天然ひじきを使用した燻製香のするクラフトビールです。

ひじき入りビール?ひょっとして磯臭い?

いえいえ、まったくそんなことはありません。

どっしりとした黒色で、グラスに注ぐとふわりと漂うのは燻製のいい香り。

口に含むと焦がした麦のうまみが一気に広がり、次いで気持ちのよい燻製感とふくよかなフルーティーさが現れます。

喉の奥に滑り落ちた後の余韻を味わっていると、後から現れる柔らかな酸味と奥深いコク。

少し温度が上がると濃厚さは一気に増し、うまみの層がどんどんと厚くなっていきます。

一言でいうと、「とにかく味わい深く濃厚で、うまいスモークビール」。

燻製香がうまみを引き立て、ゆっくりと味わいたいのに飲む手を止められなくなる1本です。

このうまみは副原料として使用されている、天然ひじき由来のもの。ひじきの持つ海藻由来の豊富なアミノ酸によって、ビール酵母がしっかりと発酵し旨いビールになるのです。

ビールに使用しているのは、六島の名物である茎ひじき。芳醇な磯の香りとコリコリとした食感が特徴的で、一度口にすると、ここのひじき以外を食べられなくなるという程の代物です。

「六島浜ドラム缶会議」はまさに土地の名物を使い、ビールの魅力を最大限にまで引き上げた1本なのです。

1本のビールで島の文化を残す

実はこのビール、六島の文化を閉じ込めたものでもあります。

その文化とは、ビールの名前の由来にもなっている「ドラム缶会議」。

居酒屋のない六島では、夕方17時になると人々がお酒片手に波止場に集まりだします。寒い時期には火を焚いたドラム缶を囲んで酒を酌み交わすのですが、いつからかこれが「ドラム缶会議」と呼ばれるようになりました。

流木や草、廃材などをドラム缶の中で燃やして暖を取り、火がいい感じに落ち着いてきたところで、いろいろな食材を炙って食べます。時には漁師さんが獲れたての魚を持ってきて、皆にふるまうこともあるのだとか。

仲間で雑談を繰り返しながら心を満たし、炙った食材で腹を満たす。ドラム缶会議は六島に住む人々にとっての大切な社交場なのです。

このドラム缶会議はまた、島の人と島を訪れた旅人をつなぐ場でもあります。

島外の人が波止場を通ると、「どこから来た?」「まぁ飲んで行けよ」と声をかけ、一緒にお酒を酌み交わす。

旅先での出会いや、非日常を求めて来島した人はそれですっかり島に魅了されてしまい、以来月イチの常連さんになる人もいるといいます。

ドラム缶会議が紡ぐ、人と人とのあたたかな絆

ドラム缶会議が開かれる波止場には、島共有の冷蔵庫があります。

野外に雨ざらしで置かれた、家庭用の冷蔵庫。

皆でシェアするため誰かしらが何かをそこに入れるので、冷蔵庫の中には「のどごし」「お漬物」「卵豆腐」などいろいろなものが入っています。

この冷蔵庫は食べ物を冷やす他にも、島の人への贈り物を届けるポストのような役割もしています。

学校の先生が島外に移動する際、「お世話になりました」と冷蔵庫にビールを大量に入れたり、島を訪れドラム缶会議に参加した旅人が、番地記載なしの「六島ドラム缶会議宛て」にお礼のビールを贈ってきたり。

六島の人々へ何かを贈りたい時には、この冷蔵庫へとプレゼントを入れることが多いといいます。

島の人は冷蔵庫に贈られたビールを飲みながら、「3月になったら牡蠣を食べにまたおいで」と贈り主に電話をし、皆でその人との想い出をつまみに酒を飲む。

そしてまた新たな旅人がドラム缶会議に訪れたら、冷蔵庫からビールを取り出してもてなす。

ドラム缶会議は、このような人と人とのあたたかなつながりによって成り立っているのです。

人の優しさをじかに感じられる島、六島。

そんな六島で造られているビールは、やはりあたたかな味わいがする気がします。

その土地の名産と文化を舌で感じることができるクラフトビール。ビールを通してみる日本は、きっといつもとは違う表情を見せてくれるはずです。

書いた人

お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター(ただの転勤族)。アルコールはきっちり毎日摂取します。 お酒全般大好物ですが、特に好きなのはクラフトビール。ビール愛が強すぎて、飲み終わったビールラベルを剥がしてアクセサリーを作ったり、その日飲む銘柄を筆文字でメニュー表にしています。 居酒屋の店長、知的財産関係の経歴あり。お酒関係の記事のほか、小説も書いています。