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2020.08.11

都会暮らしの50代がはじめた“農”という生き方、無農薬・無化学肥料の農場が私たちに伝えてくれること

この記事を書いた人

50代から無農薬・無化学肥料の有機農業をはじめ、15年目を迎える「うちだ農場」の内田明夫さんとみち子さん夫妻。東京から離れて、ふたりではじめた農場に、今では世界各国の旅人がお手伝いに訪れます。50代から農場をはじめた理由、無農薬・無化学肥料へのこだわり、世界の若者たちの農業観などを、おうかがいしました。そこにはコロナ禍でざわつく心、都会で萎れている大人に響くものがたくさんありました。

東京暮らし50代、未経験で農場をはじめる

目の前には八ヶ岳から槍ヶ岳までぐるりと雄大な山並みが広がり、悠々と流れる千曲川の川霧が立ち上ってくる丘陵地で「うちだ農場」を営む、農場主の内田明夫さん・みち子さん夫妻。1町3反(約3900坪)ある農場は、無農薬・無化学肥料で米や野菜を栽培しています。もっちりした“うちだ米”や味の濃い“うちだ野菜”をはじめ、糀いらずという在来種の大豆を醸した米味噌やトマトソースなど工夫を凝らした加工品などを手掛けています。収穫や完成の案内を待ちわびるファンは年々増加中。ときどきお手伝いと称して都会の息抜きに、うちだ農場を訪れている私も内田さんの米味噌の大ファン。今年の年頭には大人買い(といっても大した量ではないけれど)をして、仕上がる次の晩秋まで切らさないようにしています。

農場主の内田明夫さん・みち子さん夫妻。「ふたりで写真なんて撮らないからね」と言いながらも、なんともいい笑顔。

おいしい米や野菜を手掛ける内田さんは、50代で農場をはじめるまでは農業とはまったく無縁の生活を過ごしてきました。生まれも育ちも東京という都会っ子、大学卒業後には家業のカーディーラー業を手伝うことに。経営者の父のもとで常に業界トップクラスの売り上げを叩きだす猛烈な仕事人として働き、その後に麻布十番でギャラリーをはじめます。「いつも売り上げや数字を考えて休みなく働きつづけているうちに、随分とストレスがたまってしまって。充電期間を過ごしているときに、知人に強くすすめられて店をはじめることに」。

うちだ農場の看板。古代中国の殷・周時代の文字であり、おもに青銅器に鋳込まれていた金文をモチーフにデザインしている。

評価外のなかにも価値あるものは存在する

1990年、40代で麻布十番にギャラリー「うちだ」をオープン。「当時の麻布十番は地下鉄の駅もなくてね。地名は知っているけど、どうやって行くのかわからないってひとが多かった。そんな場所で何かをするのもおもしろいかなと」。ギャラリーにしたのは、長年の親しい友人である陶芸作家・植松永次さんの作品を世の中に広めたいと思ったから。「20代のはじめに彼に陶芸を教えてもらっていました。それからの深く長いつき合いです」。当初は、植松さんや現代作家が中心だったものの、次第に古陶などに惹かれていきます。ときどき骨董店を訪ねるぐらいで、骨董や業界の知識もなかったと言います。「だからよかったのかもしれません。正統派の骨董ではなく、そこから外れたなかに魅力的で価値を認めたいものがあることがわかった。新しい感性を湛えている古陶に衝撃を受けることも多くて。それらを集めるうちにいつのまにか骨董店のようになってきました」。

麻布十番にギャラリー「うちだ」を開いたころのふたり。数々のメディアにとりあげられ、店は雑誌の表紙を飾ったことも。

植松永次氏が手掛けた球体オブジェ。「すべての存在は永遠ではない、自らの作品もいつかは滅びるということを意識しているように見える」と内田さん。植松作品が湛える“滅びの美”とともに、自然人として自然界やその現象の本質を土で表現し続ける作家の姿勢に強く惹きつけられるそう。最近は海外のギャラリーからも引き合いが多いとか。

“土の匂いがする、よけいな装飾がない、そして強く心を揺さぶられる”、そんな内田さんの審美眼にかなった、紀元前の祭器と現代作家の器が同居するギャラリーは、いつのまにか骨董通や道具好きだけでなく、雑誌編集者やスタイリストなど新しいもの好きが訪れる話題の店になっていきます。店の運営はうまくいっていたけれど、いつごろからか都会の暮らしに息苦しさを感じるようになってきたそう。「店に土間があったんです。でも下はコンクリートだから何を植えてもすぐに枯れる。生命の循環が断ち切られていること、そんな不自然さが気になるようになってきて……」。

もとの土を残した土間のある長野の家。いつのまにか綿毛が根を下ろしてタンポポが咲いていた。「水もあげてないのに、12年間ずっと生きている。タンポポは根が下に伸びていくから深いところで水を吸っている。すごいことでしょう!」

力が湧くことを生き方の軸とする

そんなある日、八ヶ岳中央農業実践大学校が主催する農業研修の募集記事を目にします。「あ、これだ!」と、直感して参加、ちょうど50歳を迎えるころでした。10代から60代までの老若男女が集まっての農業研修。寮に泊まり込んで田畑で農作業をする2週間は、内田さんにとって心から楽しいと思えた時間でした。「家庭菜園の経験すらないし、今までとは180度違う世界でした。朝から土に触れて、緑のなかで働くことはすごく楽しかった」。みち子さんは、萎れた顔で出掛けたのに帰ってきたときは元気の塊だったことに驚いたそうです。

トマトソースにつかうイタリアントマト。トマトの苗の横には必ずバジルを植える。「トマトにつく虫がバジルを嫌うから」。うちだ農場のトマト畑は、トマトとバジルのいい香りが漂う。

土に触れてエネルギーに満ちた日々を過ごしたことで、これからは“農”を軸に据えることを心に決めます。「目指したのは農業じゃない。業ではなく農という生き方です」。都会と田舎の2拠点での生活を考えたものの、どっちつかずになると農一本にしぼることに。3年の準備期間に渋っていたみち子さんをあの手この手で説き伏せて、長野県の東御市に農場付きの土地を探して移住。1年ほど有機農家へ研修に出向き、56歳のときに「うちだ農場」をはじめます。

着物をあつかう仕事をはじめていたために、最初は農場計画に驚いて反対も。「でも明夫さんはもちろん、友人たちが代わる代わる訪れて説得するのよ。『苗植えるのはふたりじゃないとできない』って(笑)」と、みち子さん。おひとりでどうぞと思っていたけれど、最終的にはふたりで元気で過ごせるのもあと10年ぐらいかなと納得した。ギャラリー時代からはじめたアンティーク着物イベント「十六夜キモノ展」は、長野にきても継続中。

命の糧に効率や生産性を求めない

当初から決めていたのは、農薬や化学肥料は使わないということ。ちなみに日本の有機農家は1万2千戸であり、全農家数(253万戸)のわずか0.5%です(*平成22年データ)。なぜこんなに有機農家は少ないのか。その理由の大半が、労力の多さや収穫の不安定さです。内田さん自身、「まず草取りや虫退治をしてからじゃないと本来の作業ができない。時間も労力もかかるうえに収穫量もなかなか安定しなくて」と、日々地道な作業に追われています。
*参照:有機農業をめぐる我が国の現状について/農林水産省

八ヶ岳から槍ヶ岳までぐるり雄大な山並みが広がる。カエルや虫たちが集う生命の歓びに溢れた田畑。

それでも無農薬・無化学肥料で栽培を続ける理由は、「命の糧となる米や野菜は、効率や生産性で考えるものではないでしょう。まずは体にいいもの、食べるひとの滋養になるものをつくりたい。もうひとつはカッコつけているみたいだけど、これ以上は地球を汚したくない」と、照れ臭そうに話してくれました。石油由来の合成界面活性剤入り洗剤や石鹸は使わず、生ゴミを家庭菜園の堆肥に、できる限りプラスチックフリーを実践していく。“農”という生き方は、内田家の暮らしのすみずみにいきわたっています。

うちだ農場の米や野菜でつくられた加工品。調味料もオーガニックにこだわっている。イタリアントマトに玉ねぎ、にんにく、昔ながらの製法で絞った長崎産椿油をつかったトマトソース、ほどよい甘さの人参ジャム、しゃきしゃき身厚な切り干し大根。売り切れで写真にはないけれど、私の推しはとろりと甘い米味噌や米ぬかとオーガニックパーム油でつくった米ぬか石鹸。

食糧自給率の高い国は暮らしに“農”がある

うちだ農場は、WWOOF(有機農家とお手伝いするひとをつなぐ仕組み)にホストとして登録しています。世界各国から農業体験希望者を受け入れて11年。手を負傷し作業がままならずはじめたものの、ウーファー(WWOOFで訪れるひと)は新たな風を吹き込んでくれる欠かせない存在に。「働き手としてではなく人間同士としていろんな話をしたいから、その期間(大体1週間程度)はひとりかひと組だけを受け入れます。効率を考えて多くの人を受け入れるより、しっかりコミュニケーションをとりたい。政治から環境問題まで、さまざまな各国事情を教えてもらっています」。

日本全国をまわる海外ウーファーに逞しさを感じるそう。「今年はコロナで軒並みキャンセルになってしまったけどね」と内田さん。

食糧自給率が100%(カロリーベース*)を超えるフランスでは有機農業への関心がとても高いこと。200年ほど前からクラインガルテンという農地の賃借制度があるドイツ。平均100坪ほどの農地が格安で借りられるとあって、都会の集合住宅で暮らすひとの多くは制度を活用して家庭菜園を楽しんでいること。ロシアでは都市生活者の多くがダーチャという別荘を田舎にもっていて作物をつくっていたからソ連崩壊時にも食糧難に陥らなかったこと。「自給率の高い国は暮らしのなかに自然に農があるし、そんな志向のひとが多いですね」。
*参照:農林水産省ウエブサイト

最初からウーファーの受け入れには抵抗はなかったと言うみち子さん。「海外から訪ねてくるひとのほうが緊張しているでしょう。農作業はもちろんだけど、料理や片付けもサッと手伝ってくれる」。料理上手なみち子さんに料理を教えて欲しいというウーファーも多いとか。

日本の食料自給率の低さを意識してできることから

内田さんは、そんな暮らしや考え方が日本でも増えて欲しいと考えています。「日本の食料自給率(カロリーベース)は37%(平成30年*)。輸入がストップしたらたちまち困ってしまう。1970年代、アメリカのヒッピーに大きな影響を与えた自然農法の提唱者・福岡正信さんは『一反(300坪)あれば家族が1年間食べていける』と言っています。食が賄えることは暮らしの安心にもつながることだから」。
*参照:食料自給率・食料自給力指標について/農林水産省

畑で収穫した野菜を乾燥させて保存。よりおいしい野菜づくりを目指して日々研究中。

いきなり一反は現実的ではないけれども「マンション暮らしのひとはベランダ菜園から。都会だからできないのではなくできることからはじめればいい」と説きます。最近では日本人のウーファーが訪れることが増えてきました。体験後には「貸し農園を見に行った」などの、うれしい報告がくることも。消費するだけの暮らしを、不自然だと感じるひとが少しずつ増えてきたのかもしれません。

玄関には農場で採れた梅や木苺、薬草などでつくった保存食が並ぶ。

世界が身近な農場で未来への種を撒く

都会の暮らしが懐かしくなりませんか?と尋ねると、「それはまったくないよ」と即答。そして江戸の俳人・松尾芭蕉『奥の細道』の冒頭をひきながら「 “旅人を迎える船頭や馬子は、同じ場所にいながら旅をしているのと同じこと”。長野にいても、いろんな国から訪れるひとが各国の情報を伝えてくれることで、都会にいるよりも世界が身近になった」。最近では必要なものの多くがネットで手に入るようになりました。都会だから田舎だからとか、そういう感覚が薄れてきているそう。

何年もかけて土壌を改良してきた。「家畜糞堆肥を試したこともあるけれど、自然に近いかたちで土壌をつくりたいから緑肥や植物性の堆肥を使っています」

「うちだ農場をはじめて今年で15年目。カーディーラー業も15年、ギャラリーも15年と、15年ごとに転機が訪れるから来年は何しているかわからない」と冗談っぽく笑い、来年のために畑の土壌づくりをはじめる内田さん。6月の水田にはみずすましや羽化したばかりの蜻蛉がいて、緑が濃くなった畑には青蛙や蝶、てんとう虫が寄ってくる。コロナ禍でもなにひとつ変わらない農場で、未来にむけて種を撒く夫妻の姿がありました。

田んぼで羽化したアキアカネ(赤とんぼ)を教えてくれる内田さん。「アキアカネは田んぼで羽化して山に戻り、真っ赤になって稲刈りのころに帰ってくる。田んぼがないとダメなんだ」。

大人になると仕事や日々の暮らしのなかで、折り合いをつけることが何かと上手になってきます。年齢や経験、いまの環境にとらわれすぎて自分の意志を塗り替えてしまうことは多いかもしれません。蛇足になりますが、読んでいただいているアナタへと書いた、うちだ農場からの「いくつでもやりたいことをはじめられる」「評価されないものにも価値がある」「力の湧くことを生きる軸に」「効率や生産性ではかれないもの」「自分の居る場所を中心とする」などのメッセージは、書き手の私自身が求めていた言葉でもあります。コロナ禍において何かと閉塞感のある世の中、思いもよらない出来事に不安になり些細なことで心がざわつくけれど、私が少しラクになったこれらのメッセージが誰かの心にも響くことを願っております。

撮影/梅沢香織

うちだ農場
うちだ農場がつくっている、おいしい加工品などの情報も。今年生産分でつくるトマトソースは8月末ごろ、米味噌は11月末ごろに発売する予定。
https://uchidafarm.com/

十六夜キモノ展
骨董ギャラリー「うちだ」時代から、内田みち子さんが手掛けてきたアンティーク着物や帯などの展示会やイベント「十六夜キモノ展」(イザヨイキモノテン)。お値打ちなものから逸品まで、長年着物に関わってきたみち子さんのセレクトには年代問わずファン多し。
https://www.instagram.com/izayoikimonoten/?hl=ja

WWOOF JAPAN
https://www.wwoofjapan.com/

書いた人

和樂江戸部部長(部員数ゼロ?)。江戸な老舗と道具で現代とつなぐ「江戸な日用品」(平凡社)を出版したことがきっかけとなり、老舗や職人、東京の手仕事や道具や菓子などを追求中。相撲、寄席、和菓子、酒場がご贔屓。茶道初心者。著書の台湾版が出たため台湾に留学をしたものの、中国語で江戸愛を語るにはまだ遠い。