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Culture
2020.11.29

日本の祭りの転換点は「見物人」の発生だった。コロナ禍での祭りを考える

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今年は全国で開催中止の動きが広がった祭り。普段であれば浴衣を着て、盆踊りに参加したり、花火を見たり、屋台を回って美味しいものを食べたりするはずだったのに、という寂しい思いをした方も多いだろう。

日本民俗学の父とも言われる柳田國男は『日本の祭り』(初版発行・1942年)という著書の中で、以下のようなことを述べている。

日本の祭りの最も重要な変わり目は、見物人の発生だったのではないか。

現代の私たちにとって、祭りは見て楽しむものという意識が広がっている。盆踊りに参加したいけど恥ずかしいという方も多いだろうし、打ち上げ花火は当然眺めて見るものだ。なぜ、見物人の発生が日本の祭りにとって重要な転換点だったのだろうか。

日本の祭りの特徴

平成26年度に文化庁が作成した『宗教関連統計に関する資料集』によれば、日本全国の神社の数は約8万社。祭りは少なくともその倍以上の数があると考えられている。五穀豊穣、商売繁盛など目的は様々。神輿を担いで街中を練り歩き大勢の人で賑わうような祭りもあれば、広く公開しないで厳かに各種奉納を行う大嘗祭のような祭りもある。昔は自然に対する感謝や畏怖の想いを込めて祭りを行うことが多かったが、近年はその意識が薄れ、地域の交流などに生かそうという動きも広がっている。

かつては神霊との距離が近かった日本の祭り

日本の祭りはかつて、小さな社で祖先から伝来した感覚を元に、小規模で広く公開しない形で行われてきた。「マツル」という言葉は「マツロウ」と同義で、「御側にいる」という意味であった。つまり、遠くから敬意を表するというよりは、様子を伺い、仰せごとがあれば全て承り、奉仕するという感覚に近かったのである。

柳田國男は『日本の祭り』の中で「神様を祭場にお迎えする手続き」に言及している。甲州(今の山梨県)の御嶽という場所で行われる夏の祭礼では、生きた人間に神霊を乗り移らせて馬に乗せ、祭場に進む様子が見られる。しかし、熊野の新宮では、いつの間にか馬の上に人形を乗せるようになり、そこに取り付けられた植物に神霊を乗り移らせているとのこと。これは、人間と神霊との距離が変化しつつあることを物語っているのかもしれない。

中世から都市化が進み、見せる祭りが増加

豊国・広重 「両こく大花火」 1864年 平のや 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

人間が信仰から少しずつ離れ、祭りに信仰と関係のない見物人が現れるに至ったのは、中世以降の都市化の動きと重なる。日本の平地では稲作を行い、農民は水の恵みを感じる暮らしを営んできた。しかし、都市化の波によって自ら田畑に関わらない人が増え、水害を経験することはあるけれど、水の恵みに感謝することは少なくなったと考えられる。

一方で、交通や交易が活発になり、その経済的な流れの中で「美しく見せる祭り」が生まれた。飾り神輿や花火はこの時期に登場したものだ。飾り神輿は神様を分霊するために作られたもので、神社の形を模している。また、花火は鎮魂のために作られたもので、日本の花火に関する最初の記録は中世以降のこと。いずれも、華やかさを競い各地で発展していった。

祭りを広く公開するようになった伊豆七島の例

祭りの見物人の発生という意味で注目したいのは、伊豆七島の忌の日(キノヒ)と呼ばれる祭り。この祭りは赤い帆を掛けた神の船が海を渡ってくるというもので、それを見たものは死ぬと伝えられていた。しかし、柳田國男が生きた時代には、既にその神幸の途上を公開していたという。神の御出入りの部分のみ、一定の条件を満たす奉仕者以外に公開しないという風に考え方が変わりつつあったのだ。見物人の発生という意味で、これは究極的な例だろう。

秘められた祭りに見物人が発生している例として、東京都府中市で5月に開催されるくらやみ祭りもある。暗闇で行われ神聖な御霊を公開しない行事ではあるが、祭りの発祥の頃と比べると大勢の観客で賑わっている。また、夜通しで行われる祭りの日程を、昼間を含めた2日間へと分けて広く見物客が訪れるようになった例は多数存在する。中世以降に昼間の行列に注目が集まった祭りといえば、京都で7月に開催され飾り神輿を最初期に導入したと言われる祇園祭、京都で5月に開催される賀茂祭、岐阜で4月と10月に開催される高山祭などがある。

見物人がいる祭りのこれから

柳田國男が『日本の祭り』の初版を発行してからもう80年が経とうとしている。当時に比べれば、見物人の発生と祈りの感覚の薄れがさらに進行しているだろう。コロナ禍でも全国的に実施した所が多い花火大会は「見物人のいる祭り」の典型である。また、2020年5月にブルーインパルスが東京上空を通過し、医療従事者に敬意と感謝を現したのも記憶に新しい。人が集うことが難しいコロナ禍において、現場との距離感を保ち、見る・眺めるという行為が広がりつつある。また、距離や空間を飛び越えたオンラインの形で人と人・人とモノとの関係を模索しなければならない時期でもある。

このような状況下にあって、都市部の祭りを考える上で大事なことはある2つの矛盾を双方から考えることだろう。つまり、時代性も見据えながら祭りを美しく素晴らしいものとして知ってもらう一方で、祖先から伝来した感覚を変えることなく主体的に繋ぐということである。祭りの存続に欠かせない経済的なことを考え、担い手の募集も行いながら、暮らしに根付いた祭りとして大事な部分を残していくのだ。人がなかなか集まれない中で、このような難しい課題に直面している現在。日本の祭りの最も重要な転換点である「見物人の発生」に目を向けることは、とても意義深いことである。これによって、現代の祭りからは読み取りづらい自然に感謝し祈りを捧げるという祭りの本質にも立ち返ることもできる。

参考文献
柳田國男 『日本の祭り』 角川ソフィア文庫 2013年

書いた人

千葉県在住。国内外問わず旅に出て、その土地の伝統文化にまつわる記事などを書いている。得意分野は「獅子舞」と「古民家」。獅子舞の鼻を撮影しまくって記事を書いたり、写真集を作ったりしている。古民家鑑定士の資格を取得し全国の古民家を100軒取材、論文を書いた経験がある。長距離徒歩を好み、エネルギーを注入するために1食3合の玄米を食べていた事もあった。

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