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2020.12.18

「とんかつ」が語る。おいしく食べる作法と100年以上愛される理由【妄想インタビュー】

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2代目店主が肉と会話しながらとんかつを揚げている。

肉を入れるなり、わーっと泡が立って油がピチピチと賑やかな音を立てると思いきや、そのとんかつは琥珀色の油の中でシューッと静かな音を立てながら、じっくりと火を通されている。そうか、本当においしいとんかつは揚げ音がしないんだ――。

おまちどおさまの声とともに、美しいきつね色のとんかつが登場。丁寧に切り揃えられたみずみずしいキャベツが添えられ、おいしいオーラ全開だ。香りに食欲が刺激され、期待は高まる。

塩か、レモンか、そのままか……。どうせなら最高においしく食べたいっ! ということで、こっそり「とんかつ」に聞いてみることにした。

とんかつの正統は「ロースかつ」だった!

ーーとんかつさん、肉汁でツヤツヤの断面見るだけでテンション上がるんですけど、おいしくいただくための“お作法”って、ありますか?

とんかつ:あ~、じゃあ、まずは何もつけずに食べてみてください。最初からソースで溺れさせるお客様が時々みえますが、私は「豚肉をおいしく食べる料理」。まずはソースなしでお肉そのものを味わっていただけると嬉しいです。

ーーなるほど。ヒレやロースだけでなく、リブロースとかランプといった部位もメニューにあるんですね。

とんかつ:ここの店主はこだわりが強くて、なにしろ豚一頭買いしてますから。あっ、でも、私の原型は「肩ロースを焼き揚げたコートレット」だと言われていますんで、「ロースかつ」をぜひ試していただきたいなぁ……。赤身と脂身がほどよく混ざり、口の中で溶け合うところがロースの醍醐味ですよ。

ーーしまった! ヒレかつを注文してしまいました……。次回は絶対ロースかつに。ところで、原型がコートレットだとは知りませんでした。
 
とんかつ:コートレットは仔牛肉の肩ロースを薄切りにして粉をつけ、少量の油で焼き揚げたヨーロッパの料理です。それがなまって「カツレツ」となり、仔牛肉ではなく豚肉を使ったから「ポークカツレツ」、ポークが豚だから「豚カツレツ」、そして「とんかつ」になったと考えられています。

ちなみに、カツレツの考案者は1895(明治28)年に銀座で開業した煉瓦亭の主人、木田元次郎さん。日本人の口に合うカツレツにするまでには随分苦心されたようですが、てんぷらからヒントを得てたっぷりの油で揚げる方法に変え、今では当たり前の付け合わせである刻みキャベツを添えて提供したそうです。

ーーへぇ~、じゃあ「とんかつ」という名前になったのはいつなんですか?

とんかつ:まだよくわかっていないようですね。『舶来事物起源辞典』によれば、1929(昭和4)年に宮内省大膳部にいた島田新二郎さんが上野御徒町のぽんち軒のコックとなり、ポークカツを作ったときにその名前に悩んだ挙句、ひらがなで「とんかつ」としたとされていますが、今のところ諸説あるようです。

豚肉がおいしくなったのはイベリコ豚のおかげ

ーー考えてみれば、とんかつさんてシンプルな料理ですよね。

とんかつ:まぁ、豚肉に衣をつけて揚げるだけの料理ですから。でも、だからこそ「揚げる技術」がいるんです。例えばロースって、赤身と脂身両方ある部位でしょ、だからヒレと違って揚げるのが難しいんですよ。質が違うものに衣をつけて、ちょうどいい火の通り具合に仕上げなきゃいけない。ほら、今も店主が肉と何か話してるでしょ。

ーー確かに。途中で切って揚げ具合を確認するわけにはいかないし……。

とんかつ:だからこそロースはお店の個性が出るんです。食べ比べると違いがよくわかると思いますよ。でもここだけの話、そのロースがお客様に敬遠された時期がありまして。

ーーといいますと?

とんかつ:昭和50年代に豚の飼料が合成飼料に変わると脂身に雑味が混ざるようになりましてね。脂身本来の旨味が薄れ、お客様がロースを敬遠されるようになったんです。困った店主たちはヒレを仕入れ、品書きに加えるようになったとか……。

ところが、平成に入るとイベリコ豚ブームもあって養豚業者がおいしい豚肉に力を入れ始めたんです。上質な豚肉が出回るようになると、私をおいしくしようと研究してくださる職人さんが増えて、今も毎日、最高のとんかつを作ってやる! って切磋琢磨されていますよ。

あの人が愛した味を今でも楽しめる

とんかつ:私が生まれて100年以上経ちますが、基本レシピって100年前も今もほぼ変わらないんです。

ーーということは、昔の著名人が食べたメニューを今でも食べられるってこと?

とんかつ:そうです! 例えば、池波正太郎さんは銀座の煉瓦亭さんがお気に入り。『池波正太郎の銀座日記』には「ポーク・カツレツに御飯。私には何といっても、この店のカツレツが、いちばんうまい」と書いていらっしゃいます。

白洲正子さんは御徒町のぽん多本家さんを愛され、いつも決まってタンシチューときすフライ、そしてカツレツを召し上がっていたそうです。おいしい料理とお酒をふるまうのが何よりも好きだった黒澤明監督は成城にあるとんかつ椿さんが行きつけで、家族やスタッフとよく立ち寄っていたとか。

ーーとんかつさん、愛されてる。時を超えて同じものを食べる体験ができるって、なんか素敵!

日本を代表する大衆料理になったとんかつ

冷めないうちに召し上がってくださいね、の声にハッとする。おいしそうなとんかつを目の前につい意識が飛んでいたようだ。

隣のテーブルでは「子どものころってご馳走だったよね」とか「学生時代、自分のお小遣いで食べられる一番贅沢なメニューだったなぁ」なぁんて言いながら、おいしそうにほおばっている。とんかつはそれぞれにとって、食べるたびに色んな思い出がよみがえる特別な料理みたいだ。

ある調査によれば、半数の人が月1回以上とんかつを食べており、その理由も「ガッツリ食べたいから」「元気を出したいから」「ちょっと贅沢したいから」「栄養をつけたいから」とさまざま。

ちなみに、パートナーがしているとガッカリな食べ方5大NGは「衣をはがす」「やたらとうんちくを語る」「自分のこだわりを押し付けてくる」「揚げ方などに文句を言う」「ソースを大量にかけてベトベトにして食べる」だという。

100年前と基本レシピがほぼ変わらず、それだけで専門店が成り立つ料理は珍しい。この先も劇的に進化することはないかもしれないが、間違いなく日本が誇るべき料理であり続けるだろう。では、いただきます。

書いた人

医療分野を中心に活動。日本酒が好き。取材終わりは必ず美味しいものを食べて帰ると心に決めている。文句なく美味しいものに出合うと「もうこれで死んでもいい!」と発語し、周囲を呆れさせる。工芸であれ、絵画であれ「超絶なもの」に心惹かれる。お気に入りは安藤緑山と吉村芳生。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。

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