最近、何気なくtwitterを見たら、トピックスに有名タレントの訃報を伝えるニュースがあってびっくり、ということがあります。
「最新ニュースの情報源って、SNSが発達する以前は何だったんだろう? テレビ、ラジオ? 新聞? その前は……?」と遡っていったところ、江戸時代には「瓦版(かわらばん)」というメディアがありました。瓦版とは、地震・火事から仇討(あだうち)・心中事件といったワイドショー的なネタを記事にして街頭で売り歩いた印刷物のこと。これとは別に、「死絵(しにえ)」と呼ばれる訃報を伝える錦絵もあったとか。
そこで、この記事では「死絵」を取り上げ、どのようなものだったのかを紹介します。
そもそも、「死絵」とは?
「死絵」とは、歌舞伎役者など、人気のある人が亡くなった時に訃報と追善を兼ねて作られた錦絵のこと。江戸中期から明治後期にかけて出版されました。
その特徴は、役者の似顔絵に亡くなった年月日や戒名、埋葬された寺院、辞世や追善の歌句などが添えられ、死や仏事をイメージするものが描き加えられていること。
画像の死絵には、右側に水浅葱(みずあさぎ)の裃(かみしも)姿で数珠を持った八代目團十郎を描き、左側に梅屋鶴寿(うめのやかくじゅ)をはじめとする狂歌師が寄せた歌を書き込んでいます。
一番古い死絵は、安永6(1777)年に亡くなった二代目市川八百蔵のものとされており、幕末の文化・文政年間(1804~1830年)から明治時代にかけて、さかんに出版されるようになりました。
死絵に描かれているもの
現在、人気俳優が亡くなった際は、生前に活躍していた時の名場面の写真が使われることが多いようです。
一方、死絵の場合は、死後の姿であることがわかるように、歌舞伎役者が死装束を身につけていたり、三途の川の河原や蓮華、極楽の建物など、死をイメージさせるものが描き込まれたりしています。そして、命日と戒名、埋葬された寺院や辞世や追悼の句などを添えることで、死絵であることを明確にしています。
死絵は、贔屓の人々に歌舞伎役者の死を伝達する目的として急いで発行されたため、中には、戒名や寺院、さらには命日までが間違っているものもありました。つまり、死絵としての体裁を整えるために、適当に戒名などをつけていたのです!
浅葱色の着物姿を描く場合
死絵の典型は、亡くなった歌舞伎役者が「水裃」と呼ばれる浅葱色の裃を着た姿で描かれたもの。初期の死絵には白裃も見られますが、次第に水裃が多くなっていき、着物や帯などにも浅葱色が使われるようになります。当時、白裃、水裃は切腹の死装束として用いられたほか、喪服でもあったのです。
死絵では、歌舞伎役者が出家姿で描かれることもありました。特に女形は、裃姿ではなく浅葱色の着物に黒い袈裟を掛けた姿で描かれている場合が多いようです。出家姿は歌舞伎の演目、例えば「熊谷陣屋(くまがいじんや)」の出家の場面などに見立てて描かれているのだとか。歌舞伎ファンであれば、死絵を見て、「あの役者の当り役だったな……」などと思い出すのかもしれません。
その他、着物の模様に「南無阿弥陀仏」と文字が散らしてある死絵もあります。
死をイメージさせる小物を描く場合
浅葱色の着物姿という死装束に、香炉、辞世の短冊、経巻、経机などの仏事に関する様々な小物を登場させることで、死をイメージさせる死絵もあります。
死絵に多く描かれている植物と言えば、樒(しきみ)と蓮華。樒は白い花を咲かせる常緑樹で、葉の開き方が蓮の花にも似ていることから「香花(こうばな)」「花の木」とも呼ばれ、仏前に備えられたり、葬儀には竹筒に挿して用いられたりします。
画像の死絵では、極楽の仏たちが旅合羽の八代目團十郎の手をとって、金色の蓮台に上がるようにすすめています。仏たちの顔をよく見ると、どことなく先に亡くなった歌舞伎役者の顔に似ているような……?
死をイメージさせるテーマで描く場合
ほかには、死をイメージさせるテーマで描いた死絵もあります。
歌舞伎役者の死絵によく登場するのが、釈迦が亡くなった時の様子を描いた「涅槃図(ねはんず)」をテーマとしたもの。「涅槃図」では、釈迦が亡くなったことを悲しみ嘆く弟子たちや動物たちが描かれていますが、それをふまえて、歌舞伎役者の死絵では、嘆き悲しむファンの人々だけではなく、時には猫などの動物が描かれているのです!
こうした死絵があることからも、当時の人びとにとって、「涅槃図」がなじみのある絵画であったことがわかるのではないでしょうか?
すでに先に亡くなった歌舞伎役者達が出迎えに来た様子や、地獄や極楽、三途の川などの道標や三途の川の河原の様子が描き込むことで、「死出の門出」をテーマにしているものもあります。
八代目市川團十郎の「死絵」
多くの死絵が刊行された歌舞伎役者と言えば、八代目市川團十郎です。
江戸の花形役者であった八代目團十郎は、嘉永7(1854)年8月6日、大坂・中の芝居初日の朝、島之内の旅宿・植木屋久兵衛方で自殺。まだ、32歳の若さでした。
人気絶頂の八代目團十郎が自殺したという衝撃的な事件は世間を驚かせ、特に江戸では、200~300種もの追善の死絵が刊行されたと言われています。
死絵がベストセラー!?
江戸時代後期の狂言作者・三升屋二三治(みますやにそうじ)による『芝居秘傳集』や、喜田川守貞(きたがわ もりさだ)による風俗誌的な随筆『守貞漫稿(もりさだまんこう)』にも、八代目團十郎の自殺と死絵の刊行について記されています。
四十七 八代目自殺
嘉永七寅年八月六日、大阪表にて八代目三升自殺す。委しき譚は述べがたけれども、元祖才牛も変死し、今、八代にして此の災あり。如何なる因縁にや。
此のとき江戸中大評判にて、何處へ行きても此の話計り也氏が、果して町々の錦繪店、三升の死繪のみにて他の畫なし。古今稀なる人気と驚きたり。出典:三升屋二三治『芝居秘傳集』(『舞曲扇林・戯財録』(岩波文庫)収録 守随憲治校訂 岩波書店 1990年3月)
右八代目團十郎大坂に往き自害す。父の妾於為と云者の所為による也。贔屓多き若者故、死後迄も肖像画三四十品絵店に売る。古来役者の死畫は二三種に限れり。八代目のみ如此也。
出典:喜田川季荘『類聚近世風俗志:原名守貞漫稿 下』 国学院大学出版部 1908年
「町の錦絵店には、八代目團十郎の死絵だけで、他の錦絵がなかった」「通常、役者の死絵は2、3種類だが、八代目團十郎の死絵は30~40点も店で売っている」と、江戸の人々の驚きが並大抵のものではなかったことが伺えます。
悲しむ女性ファンを描いた死絵
画像は八代目團十郎の死絵ですが、赤鬼が水裃の八代目團十郎を連れていこうとするところを、ファンの女性たちが押しとどめようとする場面を描いています。描かれている女性は、御殿女中、美しい花魁、町娘、老婆など様々。その女性の中に、犬と猫、三途川で亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼・奪衣婆(だつえば)や幽霊までも入っているのがわかりますか?
掛軸には、すっきりした目鼻立ちの八代目團十郎の肖像が描かれています。浅葱色の衣に袈裟を重ねた姿は死装束で、掛軸の表装も蓮の花模様で仏を象徴するもの。
その掛軸にすがり、涙を流して嘆き悲しむたくさんの女性たち。美しい花魁から町娘、大店の女将さん、お母さんに抱かれた赤ちゃん、白猫まで! 八代目團十郎が幅広い女性たちに人気の役者だったことがわかります。
役目を終えた「死絵」
江戸時代のアイドルでもあった歌舞伎役者の訃報を伝える役目を持っていた死絵は、明治時代になって写真が普及していくにつれてその形態も変わっていき、次第に出版されなくなっていきます。また、写真の登場で、死絵もブロマイド的な要素を取り入れ始め、より写実的なものとなっていきました。
「死絵」は歌舞伎役者などの訃報と追善を兼ねて作られた錦絵ですが、昭和10(1935)年2月1日に亡くなった初代中村鴈治郎(なかむら がんじろう)のものが最後です。「死絵」をよく見ていくと、江戸時代の宗教観や死生観などを知ることができ、ユニークな資料であることがわかります。
歌舞伎座「想い出の歌舞伎俳優」コーナーは要チェック!
令和2(2020)年11月12日、歌舞伎俳優・四代目坂田藤十郎さんが亡くなりました。訃報を伝える新聞記事やネットニュースでは、藤十郎さんの当り役だった『曾根崎心中(そねざきしんじゅう)』の天満屋お初の舞台姿を使っていたものが多かったように思います。
ところで、歌舞伎座の3階西側通路の壁に、「想い出の歌舞伎俳優」という往年の歴代歌舞伎俳優の肖像写真コ-ナーがあるのをご存知でしょうか? 肖像写真は、明治時代以降に活躍した歌舞伎役者で、すべて亡くなった方々。十八代目中村勘三郎さん、十代目坂東三津五郎さん、十二代目市川團十郎さんなど、「もっと舞台が観たかったな……」という方の写真もあります。
歌舞伎役者の素顔の写真を見ながら、「おじいさんに、そっくり!」「えっ、この人、すごいイケメン……」などとつぶやいている方がいたり、楽しみ方は自由です。先代の歌舞伎座の時よりも写真がひとまわり小さくなってしまいましたが、歌舞伎座に行った際は、ぜひ3階の「想い出の歌舞伎俳優」コーナーもチェックしてみてはいかがでしょうか?
主な参考文献
- 『新版 歌舞伎事典』 平凡社 「死絵」「市川団十郎」の項目
- 『死絵』(国立歴史民俗博物館資料図録 7) 人間文化研究機構国立歴史民俗博物館 2010年2月
- 山田慎也「描かれた死後の姿 <死絵>(連載:歴史の証人-写真による収蔵品紹介-)」 歴博 151号 2008年11月
- 林美一「死絵考 その上 死絵の発生期とその展開」 浮世絵芸術 45号 1975年8月
- 林美一「死絵考 その下 八代目市川団十郎切腹事件」 浮世絵芸術 46号 1975年11月
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