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2021.02.28

50年ぶりに大復活した「令和新版画」を徹底取材!バンド活動のような版画作りの現場とは!?

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浮世絵の制作技術を引き継ぎ、大正~昭和初期の香りを今に伝える木版画の一分野として、ここ最近人気なのが「新版画」というジャンル。1960年代後半以降、作り手が消滅してからは、美術史の中でもあまり注目されることのない分野となっていました。

しかし、それから約50年が経過。その古き良き日本人の心の風景を映し出したノスタルジックな木版画が、にわかにアートファンの心を捕らえるようになってきているのです。

そんな中、この新版画を鑑賞するだけでなく、実際にを作り手として復興しよう、と志した人たちがいました。

それが、今回ご紹介する版元「都鳥」を経営する柏木隆志さんと、人気漫画家・イラストレーターのつちもちしんじさんです。お二人は、一旦途切れてしまった「新版画」の歴史を復活させるべく『令和新版画』と名付けたプロジェクトを立ち上げ、活動を開始。

以降、自らのブログや各種メディアで思いを発信しながら、制作した木版画作品を展覧会やSNSでも積極的にアピールしてきました。

左から、太田記念美術館・主席学芸員の日野原健司さん、版元「都鳥」代表の柏木隆志さん、漫画イラストレーターのつちもちしんじさん

この令和新版画については、現在国内外の関係者やアートファンからも強い関心を持たれており、太田記念美術館の主席学芸員である日野原健司さんもその一人。その活動を、大正・昭和の新版画を研究する立場から詳しく聞いてみたいということで、取材に参加していただくことになりました。

本稿は2本立ての後編にあたります。前半では、まず柏木さん、つちもちさん、そして日野原さんのご三方に新版画の魅力についてじっくりとインタビュー。それぞれ立場の違うプロの眼から見た、新版画の面白さを掘り下げました。

▼前半の記事はこちら!
ブレイク前夜の「新版画」を見逃すな!浮世絵との違いや鑑賞ポイントを徹底インタビュー

さて、それではここから「令和新版画プロジェクト」とはどういう取り組みなのか、一体どんな作品を作っているのか、日野原学芸員も交えて彼らの活動をインタビュー形式でじっくりとお伺いしていきます!

すっごくワクワクするプロジェクト! 楽しみ!

令和新版画プロジェクトとは?

2020年8月5日~10日にかけて、令和新版画を披露した展覧会のポスター。多くの浮世絵ファン、木版画ファンに注目されました。

-まず最初に、令和新版画プロジェクトをスタートしたきっかけを教えていただけますか。

版元「都鳥」柏木隆志さん(以下「柏木」と表記):令和新版画は、僕が最初に始めました。もともと、僕は多摩美術大学で版画科に入っていて、銅版画を中心とする創作版画をやっていたんです。美大生時代、椹木野衣さんの「日本・現代・美術」という本を読んで衝撃を受けたことが大きな転機になりました。

-本には、どんな内容が書かれていたのですか?!

柏木:戦後日本というのは歴史を欠いた「悪い場所」であり、日本の現代美術は反復される「閉ざされた円環」にあるということが書かれています。

-閉ざされた「円環」というと…?!

柏木:つまり、戦後に日本はそれまで継続した歴史を断ってしまって、非歴史的な場所になってしまった今の日本では、現代美術の本質的な成立が可能なのだろうかと……といった内容を説明しているのですね。現在、美術大学では版画といえば、作家が原画も彫りも摺りも全部自分でやる「創作版画」が主流になっていますが、果たして古くからの歴史を持つ日本の「版画」がそれだけで良いのかと。

-明治時代末期に、木版画のジャンルは「創作版画」と「新版画」に分かれたのでしたよね。

柏木:そうなんです。浮世絵を見ると非常に繊細な線が表現されていますが、創作版画では彫り・摺り共に技術が断絶しているからできないのですね。「自画自刻自摺」という高邁な精神がある一方で、緻密な表現は失われているんです。

太田記念美術館主席学芸員・日野原健司さん(以下「日野原」と表記):大正時代に創作版画が流行った理由としては、芸術家が全部その作業を一人で賄うことによって、緻密さや巧みさよりも、画家の精神がいかに作品に反映されているかということが重要視されていました。その教えは、現代まで美術学校の中でそのまま受け継がれいて、アーティストの制作の意図や考えをどのようにアート作品に反映させていくかということが大切だとされていますね。

柏木:それこそが、自分の中ではもやもやしていた点でした。椹木さんの「悪い場所」「閉ざされた円環」という批評を踏まえると、すでに歴史の世界的な認識を持っている日本の木版画、浮世絵と新版画を、浮世絵発祥の聖地・東京で復興させることが、日本美術を戦前から現代までつなげることができる数少ないポイントの一つになるのではないだろうか、ということで、令和新版画をやろうと決意しましたね。

-では、実際に令和新版画をスタートさせたのはいつ頃からなのですか?

柏木:2018年頃からスタートさせました。本当は、10年くらい前から始めたかったのですが、かなり資金が必要なことと、一気に事業を回していかないとすぐに潰れてしまう懸念があったので、2020年の東京オリンピックを目指してやっていこう、という目標を立てましたね。

漫画家/イラストレーター・つちもちしんじさん(以下「つちもち」と表記):令和新版画を作る前に、柏木さんが仏像ペーパークラフトというものを作っていたんです。Amazonや東急ハンズでよく売っているような自分で組み立てるタイプのペーパークラフトで、昔の仏像を3Dでリアルに再現させるシリーズを製作したんですね。そういう美術と技術を組み合わせて、何か新しいものを作ったりと、わりとエンジニア肌なのが「令和新版画」プロジェクトの特徴かもしれません(笑)。

「令和新版画」の前に柏木さんが手掛けた仏像ペーパークラフト 引用:https://twitter.com/miyakodori2019/status/1315065588461395968/photo/2

-なぜ、最初に木版画とは全く違うものを作ってみたのですか?

柏木:たとえば、美大を卒業してアーティストになるキャリアを見てみると、画廊や美術館で個展やグループ展を開催して…といったコースしかありませんよね。でも、そうではないルートで、自分で作品発表をしてみたいという思いがずっとありました。それで、一般的な流通に乗せて作品を発表するというのがどういうものなのか、試しにやってみたんです。

-ところで、ネーミングとしては、「令和浮世絵」ではなくて、「令和新版画」ですよね。「新版画」の名前にこだわった理由を教えていただけますか?

柏木:美術史の書籍などでは、浮世絵は明治末期~大正くらいの時期に、印刷技術の普及によってその役目を終えたとよく書かれていますよね。それで、浮世絵は、その時点で終わってしまったものだと自分では受け止めているんです。でも当時、浮世絵の復興を目指して、渡邊版画店などが新しく「新版画」を始めた。美術史では、そこで大抵記述が終わっているんですが、僕は、まだ「新版画」が役目を終えていないのではないかと思っています。一旦衰退してはしまったけれど、その続きをしたいなということで、「令和新版画」という名前にして活動をはじめました。浮世絵の復興という意味では、元々の新版画と志を同じくしているものの、かなり時期を空けてしまったため、「令和」がキリよくスタートしたことにちなんで、「令和新版画」としました。

令和の始まりとともにスタートしたのですね!

最初の絵師・つちもちしんじさんとの出会いとは?

つちもち:僕も同じなんです。大衆芸術としての浮世絵が好きだったので、一旦社会人になってから多摩美術大学の夜間コースで日本画を勉強しました。浮世絵って、庶民文化で、狩野派などの御用絵師が描くアカデミックな絵とは違って、庶民のための大衆芸術なんですよね。みんなが楽しめるエンタテイメントとして時代に花を咲かせつつ、後世の人たちからも優れた美術として評価してもらえているという点が、すごく共感できるんです。

-それで、絵師さんの候補を探す中で、柏木さんの方からつちもちさんに声をかけられたのですね?

柏木:そうですね。何人かに声をかけた作家さんのうち、一番最初に令和新版画としての作品が完成したのが、つちもちさんでした。

つちもちしんじ「下町百景」シリーズ 引用:https://twitter.com/wabisabipop/status/1222481817938194433/

エビフライが空を飛んでいたりして、面白い!

つちもち:もともと、僕は「下町百景」というシリーズをデジタルでずっと描いていたため、わりと木版画制作を始められるベースができていたのも大きいですね。歌川広重が好きで、浮世絵的なものを意識してずっと絵を描いていたので、これを「アート」にできるということになって、線がつながりましたね、

柏木:実は、他の絵師さんに比べると、つちもちさんにお声がけしたのが一番遅かったのですが、データ形式が今の木版画のデジタルな作り方と親和性があったので、すぐに制作に入ることができました。

日野原:最初、つちもちさんをSNSで見つけられたときの第一印象はどうでしたか?これは、令和新版画になるなと思われたポイントはどのあたりにあったのですか?

柏木:ひと目見て、凄くいいなと思いましたね。やっぱり江戸時代の浮世絵の伝統を引き継いで令和新版画を立ち上げる時、たとえば日本橋など、定番の画題やモチーフがあるじゃないですか。それを描ける作家さんとして、彼がうってつけだなと思いましたね。

つちもち:僕もこれはありがたかったですね。これまで、デジタルで描いた原画を、デジタルでプリントして展示することに加えて、さらに違う方法がないか考えていました。でも、今回で木版画というアウトプットを見つけたことで、飾る価値や実物を見てもらえる価値が生まれたので、作品制作のゴールが見つかったと思っています。

記念すべき第1作目は銀座の和光!100年前から変わらない東京の顔にこめた意味とは

東京夜景シリーズより「銀座の雨」

-それでは、早速「令和新版画プロジェクト」の第1作目をみてみましょう!第1作目の舞台は銀座4丁目交差点の銀座・和光のある風景ですね?!

柏木:いくつか候補がありましたが、和光って時間を司る特別な場所だ、というつちもちさんの意見が決め手になりました。東京の顔であり、100年前から変わらずに時計台が時を刻んできた場所を描くことで、一度止まった「新版画」を令和の時代に再始動するんだ、という意味をこめて制作に臨みましたね。

-これは、土屋光逸の代表作「雨の銀座」のオマージュでもありますよね?!

画像1土屋光逸「銀座の雨」引用:都鳥note「雨の銀座/東京夜景」

つちもち:そうですね。土屋光逸の「銀座の雨」のタイトルをひっくり返して「雨の銀座」と名付けました。第2作目も含めて、「昭和」をテーマとした作品が描きたかったんです。昔から東京にある象徴的な場所を選ぼうと思って、みんなで相談しました。後々、新版画コレクターとして有名な土井利一さんの制作した図録の表と裏に、それぞれ日本橋と銀座・和光の作品が掲載されていたので、ピッタリだったのか
なと思ってます。

-でも、版画制作では面白いアプローチがたくさん入っていますよね。

つちもち:そうですね。僕の好きな広重的な「雨」を入れたり、写真に出てくるような「ゴースト」っぽい効果を入れたり、車が水たまりをはね飛ばしながら走り込んでくるスプラッシュ的な表現も盛り込みました。

東京夜景シリーズより「銀座の雨」(部分拡大)

-つちもちさんの作品に頻繁に登場する、かわいいキャラクターも、ショーウィンドウの中にいますよね?!

つちもち:新版画ってわりと美しさを徹底していると思うんですけど、僕は広重のどこか見てクスッとできるようなマンガ的な要素が好きで、どこかでユーモアの効いた小ネタを必ず入れるというのが僕のスタイルなんです。

-つちもちさんの作品のトレードマークになっていますよね。

つちもち:そうですね。そういう感じではありますね。

-また、本作では「偏光顔料」という木版画では聞き慣れない新しい顔料を使っているそうですね?

柏木:もともとは車のボディーの塗装などに使われていたもので、光の角度によって色の見え方が玉虫の羽根のように変わるようになっています。専門店などで、わりと簡単に手に入るんですよ。

-えっ?!車両塗装に使う工業系顔料を使っているんですね!凄い。

日野原:あまり今までは木版画で使われているケースはなかったですよね?

柏木:美術界で使われている事例は、ほとんど見たことがないですね。恐らく、手に取って至近距離で眺めた時に気づく程度で、額装して少し離れたところから見るとほとんどわからなくなってしまうので、あまり使われなかったのかもしれないですね。ですが、江戸時代の浮世絵などでも、時代の最先端の絵の具をみな貪欲に取り入れていますからね。

-なるほど、手にとった時のちょっとしたサプライズを演出しようとする職人の心意気が、令和新版画にも受け継がれているということですよね!

日野原:そうですね。偏光顔料の輝きというのも、SNS越しではなくて実物と対面した時に初めて「あっ」とわかるものですからね。やっぱり絵の具や摺りなどの工夫は大事ですよね。

すごい! 実物を見てみたい!!

2作目は日本橋…あれっ、高速道路がない?!

-こちらが「東京夜景」第2弾となる「夕暮れの日本橋」ですね。

つちもち:運悪くコロナで世の中が一番パニックになっていた時期だったから、何かSNSも冷え切っていて、さーっとすぎていっちゃったので、その後2020年8月に展覧会でしっかりお披露目できたのは凄く良かったと思っています。

-あれっ……この絵、本来架かっているはずの、首都高の高架がありませんね?!

つちもち:そうなんです。知り合いの首都高速道路公団の方が展示を見に来てくれて「なんでないの?」と言われました(笑)。悪意はないんです。昔、昭和初期にノエル・ヌエットや川瀬巴水、笠松紫浪などが高速道路のない状況で日本橋を描いていて。「ここに高速道路がなかったとしたら、今はどう見えるんだろう?」という純粋な興味から、今回は取り外してみたんです。

-川瀬巴水は、ほぼ同じ構図で朝の情景を描いていますね。

つちもち:そうですね。画題が全部かぶってしまわないように、逆に夕暮れのシーンでいいんじゃないかなと。あとは、第1弾「銀座の夜」が動きのある絵だったので、今回はゆったりと見える静かな情景がいいかなと。新版画って、ドラマチックな展開よりも、どちらかというとゆったりした気持ちになる作品が多いですよね。だから、今回はより新版画的な、静かな作品になっていると思います。

-本作でも、猫がちょこんと欄干にたたずんでいる以外、人の往来も敢えて描いていないのですね。

つちもち:そうですね。高速がないというイメージの絵なので、いつもと違うという非現実感を出したかったんです。

日野原:第1作目とは、色のテイストも違いますよね。明暗がはっきりしていますし、全体的にパステル調でまとまっていますね。これは、どういう狙いがあったのですか?

柏木:僕とつちもちさんは、年齢も同じで、生まれてからバブル崩壊後の暗い日本の姿を見続けてきたので、夜明けを待つような気持ちで、夜に潜んでいる美しいものを版画にしたいなと思い、こうした色使いにしました。

-日野原さんはこの「東京夜景」シリーズの2作品に関して、なにかご感想はありますか?

日野原:私も色々浮世絵関係の記事などの情報を集めていく中で、版元さんや摺師さんと協力して、一つの新しい版画を作り出していくという令和新版画の活動が以前から気になっていました。だから、実際に出来上がった実物を展覧会で拝見した時に、モニター上で見ていた時よりも、格段に「もの」として存在感が生まれていたのが印象的でしたね。

-具体的にはどのあたりに感銘を受けられたのですか?

日野原:「雨」の表現での線の感じが広重に似ていたり、ボカシのテクニックであったり、細かい色合いなどですよね。夜の銀座の街の光の色をどう出すのか?というところは、すごく難しいと思うんです。そこを、深い藍色と黄色を効果的に使って夜の明るい繁華街の空気感を表現されているのは見事だと思います。単純な「黒」ではなく、濃い藍色と明るい黄色を対比させる色使いは、まさに江戸時代の浮世絵にも通じるような色の鮮やかさだと感じます。

江戸時代を感じつつ、現代的でもある。不思議な感覚。

PCで原画を描き、レーザーカッターで彫る最新型の木版画制作の現場とは?!

-ところで、令和新版画の作品は、どこで制作されているのですか?

柏木:一応事務所的な作業場はあるんですけど、絵師、摺師それぞれが自分で各自場所を確保してやっています。

-昔は全員同じ場所でやっていたのですか?

日野原:そうとも限らないですけどね。工房を設けて、そこに職人さんが通って一つの場所で作るというケースもありますが、必要な板や道具を自宅に運んで、家で作業をするということもありました。

-つちもちさんが原画を描かれるのは、主にパソコン上なのですよね?

つちもち:そうですね。線だけはペンで描きます。それをスキャニングして、そこからデジタルで色を塗っていきます。ただ、やっぱり色あわせというか、色の試し摺りを見せてもらう作業は大変ですね。工房内で隣同士にいて、摺り上がった瞬間から「どう?」と聞くことができれば、もっとパパッと仕上がるのだろうなというのは感じますね。遠隔での連携だと、摺師の方が「これでいいのだろうか?」と不安を抱えたままキワキワまで試し摺りを大量に作ってそこから確認作業に入るので、手戻りが余計に発生したりなど、効率が落ちることはありますね。

-デジタルで描いた原画と、昔ながらのアナログなバレンで摺った木版画では、イメージがずれることもあったりするのですか?

つちもち:あります。たとえば、「東京夜景」シリーズの第2弾「夕暮れの日本橋」では、最初デジタルで描いた原画はかなり紫が強かったんです。「うーん、これがゴールでいいのかな」と悩みましたが、でも製版段階で調整しようということになり、濃淡が薄い中でどこまで原画を再現できるかやってみましょうということになったんですよね。そこで「坂本繁二郎のような、淡いパステル調をイメージしてできませんか?」と摺師の人に頼むから、混乱させてしまって。そこで苦しい思いをさせてしまったという経緯はありましたね。もちろん、結果的にできたものは凄く納得がいっていますが…。

日野原:やっぱり摺師の方も色々大変なところがあったと思うんですけど、摺師の方は、どの段階で絵全体の制作に関わっている感じなのですか。原画ができあがって、色とかの方向性が決めた後にこれで摺ってという感じなのか、それとももうちょっと前の段階から、このへんで摺れるかどうか確認しながら色味を決めていたのか。

柏木:前回は、一応デジタルの色絵の完成時点までは、僕(版元)とつちもちさんで話し合って決めました。その後に摺師さんにバトンがわたって、それで摺ってもらうと、デジタル原画と同じ色にならないので、そこで「板割り」という段階が現れるんですよね。。デジタルだったら、RGBの微調整だけで作れるじゃないですか。ですが、木版画の場合は、何層も重ね摺りして微妙な色のニュアンスを出していくので、その段階で、摺師さんと僕とつちもちさんで話し合いながら、最終的な画作りをするという段階に至ります。

-ところで、彫る作業は柏木さんが担当されているのですよね。手彫りではなく、レーザーカッターを駆使して機械で彫っていくのですね?!

柏木:仕上げ段階では流石に手彫りですが、今まで職人さんが彫っていたような細い線や難しいラインの彫りは、今は全部レーザーでできるんですよ。

-凄い、そんな技術があるんですね。

柏木:だけど、街のハンコ屋さんが30分でよく作ってくれる印鑑なども同じような技術で作っていますので、それを木版画制作へと応用したかたちですね。

インタビューを受けているのが柏木さん。この動画の11分30秒~から、レーザーカッターが版木を彫っていく驚きのシーンが収録されています。

日野原:柏木さんは、木版画の彫りについてご自身で勉強や修行などをされたのですか?

柏木:多摩美術大学では、1年次に一応全ての版種を体験するので。その時に少しやったくらいでした。令和新版画をスタートさせてからは、創作版画と伝統版画の両方に精通した、木版文化を研究されている大ベテランの作家兼職人さんから教えて頂きながら学んでいます。

-ところで、つちもちさんも、柏木さんも、普段は別のお仕事と並行して令和新版画プロジェクトに臨まれているのですよね。

つちもち:そうです。僕は普段は、制作系の会社に勤めています。

柏木:僕も版画専業ではなくて、デザイナーとしての他の仕事と並行してやっていますね。やっぱりまだ令和新版画だけでは、収入の柱にならないところがありますから。

日野原:版画がたくさん売れて、注文が山のように…ということでもなければ、専業でやることはなかなか難しいでしょうね。

-まるでバンドと同じなのですね。そこも。今は仕事とかけもちしていても、夢は大きく、売れたら海外もいくぜ、みたいな?!

日野原:美大を卒業しても、芸術活動一本で食べていける方は全体で言えば一握りですからね。

つちもち:ぜひ、海外にも進出したいです(笑)。

色んな面で、本当にバンド活動みたいなんだ!

実験的な作品群「Ukiyo-Labo」シリーズも制作開始!

つちもちしんじ「東京下町百景」を墨摺絵にした実験的作品。彫り・摺りを柏木さんが担当しています。

-ところで、「東京夜景」シリーズ以外にも、新たに別のシリーズを立ち上げられたのですね。

つちもち:これは、令和新版画のラインナップの中でも「Ukiyo-Labo」という墨摺絵のシリーズです。これまで5作品リリースしました。最初に紹介した「東京夜景」シリーズは、初めて買う人には少し高いと感じられるかもしれないので、もう少し CD1 枚分くらいの価格で販売出来るものはないか?と考えて作りました。

柏木:名前の通り、「Ukiyo-Labo」というこのシリーズではもっと実験をメインとしているんですね。あるいは、創作版画界ともう少し接点を持つような作品を作りたいという思いもありますね。創作版画の作家さんでも摺りの練習になるような難易度で、価格的にももっと皆に気軽に手にとってもらえるような作品作りを目指しています。

-こちらは、つちもちさんが令和新版画を手掛ける以前に作られていた「東京下町百景」の延長線上で作られたようなイメージでしょうか?

つちもち:そうですね。今までInstagramやTwitterなどで無料でアップしていた「東京下町百景」から、より本格的なアート寄りに見えなくもない「東京夜景」シリーズへと発展したことで、これまで僕の作品を見てくれていた人が違和感を感じてしまうかもしれない、と思って、もう一度「東京下町百景」シリーズっぽい作品を作ってみました。

-しかし、こちらの作品は「黒」が非常に鮮やかですね。

柏木:そうなんです。これも、実験的な顔料を使っていて、なんと光の吸収率が99.6%と抜群に暗い「黒」が表現できるんです。

-凄い!

左側が、従来使用していた顔料の普通の黒。右側が新顔料「黒色無双」の黒。黒の鮮やかさ、深さが一目瞭然です。

柏木:墨と比べると、段違いに黒いのでわかりやすいです。

黒にも色んな黒があるんだ。知らなかった!

つちもち:あともう1作品制作したのが、こちらです。

Ukiyo-Labo「新宿グロウ」

つちもち:アンディ・ウォーホルとかリキテンスタインが作ったような、シルクスクリーン風をやってみようという試みです。こっちは、夜になると光る「蓄光顔料」を使って摺ったバージョンも今後作りたいです。

暗闇の中で光を放つ蓄光顔料。今後は、こうした顔料も作品に取り入れていきたいと考えているそうです。浮世絵の既成概念を変えてくれるような作品が生まれそう。楽しみですよね!

-真っ暗闇の中で楽しむ令和新版画!面白そうです!

つちもち:だから、新版画を受け継ぐために作った「東京夜景シリーズ」をA面とすれば、「Ukiyo-Labo」ではもう少し自由で実験的な作風を試すB面的な作品群といえるかもしれないですね。

令和新版画の今後の課題や目標とは?

―ちなみにここまで「東京夜景」シリーズはここまで2作品発表されましたが、第3弾も待ち遠しいですね?!

柏木:まだ、絵は描いていないのですが、2021年の夏までには新作を作りたいなという話はしているんです。

-少し間が空くのですね。

つちもち:そろそろ美人画を見たいという思いもありまして。風景画だけでなく、美人画や花鳥画、妖怪画といったジャンルも発表することで、バラエティに富んだ作品群を用意してお披露目することで、「令和新版画」の可能性を示したいんですよね。

日野原:大正新版画の場合も、川瀬巴水の風景画以外にも、役者絵や美人画など色んなジャンルで花開いたというのがありますから、仰るとおりつちもちさんお一人だけじゃなくて、複数の絵師の方が、グループとして展開していくということもプロジェクトを成功させるためのカギになりそうですよね。

ただいま、鋭意製作中の「花鳥画」と「美人画」。それぞれ、別の絵師さんが原画を手掛け、令和らしい現代性を持った面白い作品になりそう。特別に原画を見せていただいたのですが、こちらはまだ公開不可とのこと。完成が楽しみですね!

柏木:そうですね。また、予算的な制約もあります。メインの購買層だった訪日客がコロナ禍で止まってしまっているので、次の作品を作るための資金的な余裕がなかなか取れないんです。それもあって、少しスローペースになってしまっているのが現状ですね。

日野原:そこの難しさはありますよね。商品として販売する以上、制作予算の問題はどうしてもつきまといますから。

-「令和新版画」にふさわしい絵師さんを探すのも結構大変ですよね?

つちもち:SNSでフォロワーがいっぱいいる絵師に頼めばいいかというと、そうでもないという。

柏木:商売的にはそっちにやっちゃえば楽なんですけどね(笑)。

-絵師さんは募集されているんですか。

柏木:募集は特にしていなくて、基本的に自分達で探した人に、自分から声がけをするというのが今のパターンですね。

日野原:単に絵が上手ければよいというわけではなくて、版画にしたときに、つちもちさんのように木版画と馴染んで、版画としての魅力が出てくるような良い絵を描ける絵師さんを見つけ出さなければいけないということですよね。

-そうすると、制作サイドよりも、買ってくれるお客さんをどう探していくか?というのが活動を盛り上げるためのポイントになりそうですね?!

日野原:そうでしょうね。ただ、一般の人々の間で木版画をコレクションする感覚がちょっと薄れているというのが一番問題ですよね。立場上、あまり私が言えることではないですが、浮世絵ファンの方は美術館にはそれなりに足を運んでくださるようになってきていると思います。ですが、浮世絵は美術館で観るものみたいな意識がちょっと強くなりすぎてしまって、自分でコレクションして、たとえば自宅に飾って楽しむ、という感覚が薄れていると思うんですよね。

―アートファンの方は、はがきを熱心に集めて、ちょっとした額に飾って楽しむ方は多いですよね。

日野原:そうですね、ただ一方で、1万円、2万円以上出して、作品を買う……となったとき、やっぱりはじめてだとかなり抵抗があるのかもしれません。私も、はじめて浮世絵を買った時は、正直なところ1万円、2万円でも凄く高いなと感じられましたし。もっとも、最近は10万円程度なら全然安いなって思えたり(笑)。買い始めると、少しずつ価値観が変わってくるんですよね。

つちもち:僕は、木版画のコレクションはビックリマンチョコのシールに近いイメージがあります。世代的には僕は永谷園のお茶漬け海苔の付録でついてきた浮世絵シリーズのカードを集めていましたから、こういった感覚の延長線上で、たとえば大学生など若い人でも買える価格帯の作品をシリーズ化して、敢えて摺り切りにして限定数制作にする、とか。少量ずつたくさん作って、あとは歴史上で掘り出してくださいね、いうやり方もあるんじゃないかな、という話もしていました。

日野原:一度買い始めると集めたくなる感じはわかります(笑)。買い慣れて、ビックリマンチョコのシールを集めるような感じで気軽に買う人が増えてくると、面白いと思うんですよね。そうすると、彫師さんや摺師さんの仕事にもつながりますし。結局、作品が売れる、ということが、木版画の技術を後世に伝えるために非常に大事になってくるんですよね。

-お金が回ることが大事であると、そういうことですね?

日野原:助成金を受けて技術を保護するやり方などもありますが、それでは本質的には長続きしませんから。ちゃんと仕事があって、生活ができて、商売として成り立つ基盤があってこそ、はじめて技術って受け継がれるものだと思うので、それが上手く回転するような状況になると浮世絵の世界にとってもいいなと常々思うんですけどね。

-バンド専業になるような感じで!

つちもち:今、この時代に生きたんだ、という証を「令和新版画」に残していきたいんです。バンドで例えると、ちゃんと歌がその時代に生きた人々に届いたのだな、という記録ですね。歴史を残したい……というと厚かましいですけど、すぐに美術館の蔵に入って終わりましたというのではなくて、いろんな人に楽しんでもらいながら、一定の評価が受けられたらという着地を目指しています。

でも、それは僕一人の力ではできないので、これから色々な絵師さんを見つけて一緒にやっていけたらな、と思います。今、浮世絵が好きで、木版画制作をやってみたいという絵師さんは結構いると思うんです。明治時代なら、たとえば水野年方の画塾に通えばOKですが、今はそういうルートがそもそもないんですよね。だから、これからやってみたい人に向けて、何かできるとすごく夢があるなと思いますけどね。

日野原:ライブハウスがあって、盛り上がるということですよね。バンド的にいえば。単にCDが売れるということじゃなくて(笑)。ちゃんとライブハウスで多くの人が集まって、生の音を聞きたいという。

柏木:俺がライブに立ち会ったんだ、みたいな(笑)。

日野原:いわゆる江戸時代や明治前半の浮世絵の描き方自体は、今ではもう完全に失われてしまっていて、なかなか江戸・明治の浮世絵風のテイストを戻そうと思っても難しいとは思うんですね。でも、時代が変わっても、今だからできる何か新しい表現の可能性っていうのはあると思うんですよね。かといって、誰でもできるかっていうとやっぱりそうでもない。大正時代に、渡邊庄三郎が川瀬巴水と出会ったゆように、令和新版画プロジェクトでも、色々な化学反応によって新しい絵が生まれると凄いんだろうなって思いますね。

令和新版画プロジェクトには、たくさんの夢がつまっている!!

浮世絵の歴史をつなぐ「令和新版画」の今後に期待!

約3時間30分に及ぶロングインタビューの中で強く感じたのは、柏木さんとつちもちさんの、江戸時代以来、大衆文化として親しまれてきた浮世絵や新版画を、もう一度自分たちの手で復興するんだ、という熱い志でした。

伝統を受け継ぐところはしっかり守りつつも、レーザーカッターで彫ったり工業用顔料を試したりと、現代の旺盛な実験精神で「新しいものを作るんだ」という意気込みも面白いですよね。

現在、彼らの作品は柏木さん、つちもちさん両名のTwitter、Instagram等で、スマホ等で気軽に楽しむことができます。まずは今回で初めて「令和新版画」のことを知った人には、ぜひ彼らのSNSを覗いてみて下さい。

そして、その一方で、是非機会があれば、今後開催される展覧会で「実物」と対面されることを強くおすすめしたいです。つちもちさんも「SNSでみてもらうのは僕の絵の内容で、現場でみてもらうのは摺師の技なんです」と仰っていましたが、彼らのナマの木版画には、驚くほど繊細かつ大胆な仕掛けがいっぱい詰まっています。

僕も、令和新版画で手掛ける花鳥画や美人画、そしてつちもちさんの「東京夜景」シリーズ第3弾を直接見られるのを楽しみにしています!

参考情報:太田記念美術館「笠松紫浪展」

今回、記事内でもご登場頂いた日野原学芸員が企画・監修をした画期的な新版画展「没後30年記念 笠松紫浪展」が3月28日まで開催中。最後の新版画家と呼ばれ、昭和30年代まで風景画を中心とした新版画を作り続けた笠松紫浪の作品約130点を堪能できるまたとない機会。本展に約80点を提供した版元・芸艸堂に笠松紫浪について取材したレポートとあわせて、ぜひ楽しんでみて下さい。

展覧会名:「没後30年記念 笠松紫浪-最後の新版画」
会期:2021年2月2日(火)~3月28日(日)
休館日:月曜日、2月26日~3月1日まで(展示替えのため)
会場:太田記念美術館(〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-10-10)
公式HP:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

参考情報:「令和新版画プロジェクト」

令和新版画の作品販売Webサイト
https://miyakodori.booth.pm/
「都鳥」Twitter
https://twitter.com/miyakodori2019
「都鳥」Note
https://note.com/miyakodori

つちもちしんじさん公式HP
https://linktr.ee/shinji_tsuchimochi
つちもちしんじさん公式Instagram
https://www.instagram.com/shinji_tsuchimochi/
つちもちしんじさんTwitter
https://twitter.com/wabisabipop
つちもちしんじさんNote
https://note.com/wabisabipop2

書いた人

サラリーマン生活に疲れ、40歳で突如会社を退職。日々の始末書提出で鍛えた長文作成能力を活かし、ブログ一本で生活をしてみようと思い立って3年。主夫業をこなす傍ら、美術館・博物館の面白さにハマり、子供と共に全国の展覧会に出没しては10000字オーバーの長文まとめ記事を嬉々として書き散らしている。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。