これ、見てください!
C(シアン=青)、M=(マゼンタ=赤紫)、Y(イエロー=黄)、K(ブラック=黒)の4色だけで表現しているんです。
わたしはライターとして活動するほか、書籍や雑誌の企画・編集を手がけて、日常的にさまざまな印刷物を見ていますが、この印刷はとびきりすごい。特に髪の繊細な筆致や着物の柄の艶やかさ、それから、鬼の図上部(写真下)の金色のキラキラ! ちなみに、この金色も金色インクではなく、C・M・Y・Kの4色だけで表現されています。浮世絵原画の金箔を見事に再現していて、驚いてしまいます。
こちらは、小学館ウイークリーブック『週刊 ニッポンの浮世絵100』の色チェック用の校正用紙。『週刊 ニッポンの浮世絵100』は、誰もが一度は聞いたことのある名作浮世絵から隠れた傑作まで、そして、知られざる浮世絵師のエピソードなどを紹介する全30巻の分冊百科です。執筆に参加し、半年ぐらい忙しくしていましたが、最終30号の制作が終わろうとしています。
額装すれば飾れそうな美しい色校正紙
『週刊 ニッポンの浮世絵100』は、文化事業局の編集部が手がけていて、「印刷はいつも京都にあるニッシャという会社にお願いしている」と教えてくれました。浮世絵の本はわかりやすい解説文はもちろんのこと、浮世絵の図版(挿図)を美しく印刷し、鑑賞に堪える芸術性があることも重要です。
NISSHA(ニッシャ)について調べると、創業は1929年と古く、京都の本社には「ニッシャ印刷歴史館」という施設まで併設していることが判明。さすが、京の老舗……現地に出向き、印刷現場を見たいところですがコロナ禍のため断念。現在、NISSHAグループで印刷関連の事業を手がける日本写真印刷コミュニケーションズ株式会社(以下、日本写真印刷コミュニケーションズ)の東京営業所をたずねました。
印刷設計ってどんな仕事!?
日本写真印刷コミュニケーションズの東京営業所は、大崎駅前にあります。
応接室には、大型の美術書や写真集がズラリ。「文字メインの活版印刷が全盛の時代から、カラー印刷への技術的なチャレンジをはじめました」と、東京営業所長の海津裕一さん。B2サイズの写真集『東大寺』、A3サイズの浮世絵画集『広重 江戸風景版画大聚成』や『限定版 新撰 葛飾北斎 永寿堂版「冨嶽三十六景」』などの大型本もこちらで印刷を担当したそうです。
1995年からは、貴重資料などの文化財をデジタルアーカイブ化する技術開発を推進。文化財にダメージを与えないよう超短時間で撮影し、正確な複製データに仕上げられるようになったそうです。技術はデジタル撮影装置のおかげですが、支えるのは人の力です。
『週刊 ニッポンの浮世絵100』の最終ページ(奥付)には、編集者やデザイナーなどに並び、「印刷設計」という珍しい職種が記されています。印刷設計者は、印刷業界では「プリンティングディレクター」とも呼ばれる技術職です。
そう、プリンティングディレクターの渡辺穣さんという方が、印刷美の鍵を握っているのです! 令和の世にあっても職人芸の世界。日本写真印刷コミュニケーションズのプリンティングディレクターは、日常的に浮世絵や名画などの現物を見て、目を養っているそうです。
能力の高い人は、たとえば、わたしたちには同じに見える壁の白や紙の白、(白い本棚などがあったとしてその)白などの微細な差を正確に認知できるようです。その感覚より、名画や版画を写真や映像のように記憶し、印刷時は記憶をもとに高精度で再現するというからすごい。単独で聞いた音を正しく認知する「絶対音感」の持ち主、味覚や嗅覚に優れたウイスキーのブレンダーなどに近いのかもしれません。
「技術職で就職すると、まず印刷用の版を作る製版の現場に入りますが、『ああ、色を見る力があるな』と才能を示す者が出てきます。一般の人には同じに見える白でも、違いをハッキリと認識できるような感覚の持ち主がごくまれにいて、訓練を経てプリンティングディレクターになります」。
こうしたデリケートな色管理のため、本番前の試し刷りとして何度か色校正が行われます。
色校正の用紙には、編集者やデザイナーなどのスタッフが、それぞれに修正指示を書き入れます。とはいえ、実際に印刷データを加工するのは現場のオペレーターなので、オペレーターに伝わる言葉に“翻訳”するのもプリンティングディレクターの仕事です。
「浮世絵版画は複製芸術なので、同じ絵柄でも彫師や摺師が違えば、色合いが変わってきます。さまざまなバージョンの作品がある中で、どのバージョンを目標とするかなどは、編集長や編集者次第です」。
これについて編集部に聞くと、「浮世絵版画の場合、単に色合いだけではなく、作品が摺られている和紙の風合いも重要なポイントになってきます。時を経た和紙の風合いの再現に関して、日本写真印刷コミュニケーションズのプリンティングディレクターの技術は秀逸で、いつも驚かされます」と編集主幹の髙橋建さんが話してくれました。
パブリックドメイン作品で浮世絵印刷遊び
和樂webでは、パブリックドメインの浮世絵を探し、オンラインで収集・展示する「だれでもミュージアム」を推奨しています。パブリックドメインとは、作品制作者がもつ著作権から自由になり、誰でも作品を利用できる状態になったこと。著作権で保護される期間は、作品の改変・複製などにあたり許可を得る必要がありますが、パブリックドメイン作品は、許可なしに利用することができます(※例外あり)。
以下は海外サイトで、英語表記ですが、収蔵数が多く見ごたえあり。ダウンロードし、家庭やコンビニのプリンターで印刷して楽しむこともできます。(※Public Domainと記載があることをご確認の上、ご使用ください)
日本のサイトでは、国立国会図書館デジタルコレクションが有名です。著作権保護期間を満了した資料の画像について、申請なしに複製などしてネット上で公開できるデジタルアーカイブが増えています。
インターネット公開(保護期間満了)となった作品は、「印刷する」ボタンだけで印刷完了。もちろん簡易的なものですが、浮世絵版画があなたのものになります。
国立国会図書館デジタルコレクションのサイトは気が利いていて、印刷ボタンと並んで「画質調整ダイアログ」ボタンもあり、明度・コントラスト・ガンマ補正ができます。簡単に説明すると、明度は明るさの度合い、コントラストは明るい部分と暗い部分の差、ガンマ補正は作業環境の見え方のクセの補正となります。やや難しい概念なので、使いながら慣れていくのがいいかもしれません。
ちなみに、前述のプリンティングディレクター・渡辺氏が、凄腕で色を補正すると以下のようになります。さすがです!
補正の結果、人物の背後は真っ白ではなく、淡い青色がぼかし入れられていることがわかるようなことも。そんな小さな発見も嬉しいのです。楽しみ方は、あなた次第。
■取材協力=日本写真印刷コミュニケーションズ株式会社 https://www.nissha-comms.co.jp/