まずは、想像してみる。
「徳川家康」という名の日本酒の味を。
260年近く続く江戸時代の幕開けも、全ては、この男がいたからだ。
関ヶ原の戦いに勝ち、幕府の礎を築いた「徳川家康」という男が。令和5(2023)年のNHK大河ドラマの主人公に決定、加えて、それが通算3度目となるのも、自然と納得してしまうほどの存在感。
じつは、そんな大それた「徳川家康」の名を持つお酒があるという。
それも、醸造の地は、愛知県岡崎市。徳川家康生誕の地である。縁もゆかりも大アリの馴染み深い場所で造られた酒とくれば。そんなの、絶対ウマいに決まってる。まずいワケがない。
一体、どんな味なのだろう。
あれやこれやと考えつつ、目を閉じる。
そこには、並々と「徳川家康」がつがれたおちょこが。いわゆる「エアーおちょこ」である。
すぐには口をつけない。
少し焦らしながら。そこは、あえて、想像だけするのである。
「味」よりも、先に香りが来るのだろうか。ふわっと、いや、鼻の奥までぶわっとか。初めて口に含んだときのファーストインプレッションはどうだろう。わりと、アルコール強めで、ガツンとくる系か。それとも、ひょっとすると途中で味が変わったりして。予想外に、2層、3層と味わいが広がるかもしれない。そして、ホントの最後。飲み干したときの後味。口の中で、一体、どのように余韻を残すのか。
妄想は遥か彼方へ。さあ、と思い立ったところで。ふと、我に返る。
いや、待てよ。
そういえば、酒蔵のある岡崎市は、同じ愛知県内のはず。なんといっても、こちらは移住したばかりの身。なんなら、醸造の現場をこの目で見ることだって。いやいや、現地で「徳川家康」を買い付けることだって。
そして、より一層深く味わうことだって、できちゃうのだ。
ということで、いつもながら慌ただしく現場へ向かうことに。
目指すは、日本酒「徳川家康」の醸造元。
愛知県岡崎市にある「丸石醸造株式会社」である。
果たして、創業1690年の歴史ある酒蔵で、一体どんな話が出てくるのやら。
そして、実際の「徳川家康」のお味はいかに?
早速、ご紹介していこう。
大事な米麹を長く持たせる秘策⁈
酒蔵に一歩入ったときから感じる独特の匂い。
もう、既に「酒」一色。
頭で理解するのとは次元が違う。五感の全てが、ここが酒蔵なんだと、訴えている。
「今年が創業331年。空襲でほぼほぼ焼けちゃって、もともとは日本酒の他にも、焼酎やワイン、醤油や味噌などを造っていたんですけど。わずかに焼け残ったところで、日本酒だけを造り始めたのが戦後からです」
こう話すのは、丸石醸造株式会社の代表取締役、深田英揮(ふかだひでき)氏。本日の酒蔵案内をして頂くのだが。恥ずかしながら酒造りの工程すら分からない。まずは、基本的な流れから教えを乞うことに。
酒造りの原料は、「米」と「水」。
極めてシンプルである。この大前提から、酒造りに必要となる「米麹(こめこうじ)」や「酒母(しゅぼ)」を造っていく。
「まずは、お米を蒸します。蒸すのは1時間くらい。108度の強い蒸気で、外側は硬く内側は柔らかい蒸し上がりを目指します。米を蒸すとアツアツになる。温度を下げて仕込みたい場合は、熱を下げないといけない。そこで使うのが、放冷機。使用用途によっては放冷機を使わず、空気中にさらして時間をかけて下げるんですけどね」
こうして蒸しあげられた米の一部を使って、酒の原点ともいえる「米麹」が造られる。
「『種麹(たねこうじ)』を蒸したお米に振りかけて、2日間かけて米麹を造ります。その間、熱気あふれる35度の室の中で、理想の麹米になるよう品温をコントロールします」
早速、実物を見せて頂いた。
「コレ、出来上がった『米麹』。米麹を乾燥させるために機械を使ってるんですよ。湿っているのを、カリカリにしてる。ちょうど、これは明日の仕込みに使うものです」
それにしても、半端ないほどのカリカリ具合。これが「米麹」なのか。ちなみに、深田氏曰く、米麹をカリカリにする酒蔵は少ないという。そもそも、米麹に「カリカリ」「しっとり」など、変化を持たせること自体、知らなかったのだが。
「杜氏がいうには、(米麹を)カリカリにすると、余分な栄養分がないんで、後半まで力を蓄えておけるとか。あくまでうちの蔵の事ですべての蔵ではないんですけど、乾燥した米麹を使うと長期間低温で発酵ができ、良質な甘みと雑味の少ないお酒ができるんです」
つまり、カリカリの米麹の方が、長生きしてくれるというのである。
「麹が仕事してくれる状況を保つのに、水分を飛ばす方法が、結果的にうちの酒造りには合っていた。大体、『家康』だと30~35日くらい生きてますね」
泡がぷくぷく…ホントに生きてる
次に案内されたのは、頑丈な扉で阻まれた部屋。
なんでも「酒母」を造る部屋なのだとか。
「もろみの元となる『酒母』を造る部屋です。仕込の前提の段階で優良な酵母をたくさん培養する工程です。米麹が出来上がったら、米麹と水、蒸したお米、そして酵母と乳酸を合わせて酒母を造る。大方2週間くらいかかりますね」
実際の中の様子はというと。
「これは、仕込んだばっかりの酒母。まだ若い。『暖気(だき)』が入っているので」
「暖気(だき)」とは、銀色の水筒のような物体のこと。この中にお湯や氷水を入れて、温度調節をするのだとか。
「このタンクは毛布を巻いてないんで、冷たい氷水を入れてますね。下にあんかを入れたり、毛布で巻いて温めたりする場合も。部屋の温度を一定にして、中で色々工夫して温度調整しているんです」
布団でくるまれた光景は、とても不思議なモノ。温度を上げるも下げるも、その都度、手間がかかる。その手間を惜しまず、大事に造られていることを知った。
「温度を上げるのか、下げるのかは、大体の日数と状ぼう(見た目)で決まっている。経験と化学ですね。部屋の温度が一定なので、気候にも左右されない。微生物の世界です」
とにかく、仕込は「酒母」がないと始まらない。
酒母ができれば、大きいタンクに移し替える。ここから、ようやく「三段仕込」が始まる。酒母に、水、米麹、そして蒸したお米を入れる作業。それが3回続く。最初が「初添(はつぞえ)」2回目が「仲添(なかぞえ)」そして3回目の最後が「留添(とめぞえ)」と呼ばれている。
せっかくなので、仕込み中の様子を見せてもらった。
「昨日、仕込んだばっかりのもろみなんで、見てもらうと、米が浮いていますね。まだ米が溶けてない。ここから徐々に徐々にお米が溶けていく。麹菌の酵素の力でお米のデンプンをブドウ糖に変え、そして酵母がブドウ糖を食べてアルコールと炭酸ガスを生み出す。これがもろみの醗酵です。この段階は、まだアルコールもほとんどないし、ただただ甘いだけで美味しくないですよ」
確かに、米ばかり。
これが、あの透明な日本酒になるだなんて。現時点では想像もつかない。
さらに仕込が進んだタンクの中はというと。
「膜が張っていて。さっきのタンクとは違う感じ。上が膜なんですよ。米じゃない。混ぜると、ほら、膜の下は液体になっていて。来週、搾る予定」
「ほら。ぷくぷくって、分かります?」
「ぷくぷく?」
目を凝らしてじっと見る。何の変化もない。なんだか、間違い探しの絵を見ている錯覚に陥る。一体、先と何が違うのか。米が溶けているだけでは…
「あっ。見えた!」
多分、私は短気なのだ。焦らずに少し待つと、中から小さな気泡が出てきたのが分かった。それも何ヵ所も。
「これ、炭酸ガスなんです。ブドウ糖を食べて、炭酸ガスを出すんです。(酒蔵では)よく昔、タンクの中に顔を入れちゃって、一酸化炭素中毒で落ちて…みたいなニュースがあったんですけどね」
米が溶けて。炭酸ガスが出て。アルコールが出来て。
そういう意味では、タンクの中は1つの小宇宙だ。
時間と共に、次第に中の様子が変化していく様が面白い。そんな変化を見逃さず、毎日チェックするのも、酒造り職人の仕事。
「うちは土日休みだけれども、必ず1人は来て分析してますね。それはお正月も同じ、絶対に誰かがチェックする。櫂(かい)をいれて、ガスを抜いて、温度管理して、分析しての繰り返し」
それにしても、意外だったのが徹底された温度管理だ。
先ほど見せてもらったタンクはサーマルタンク。なんと、温度設定ができるのだとか。
「季節関係なくずっと造れる。昔はジャケットを巻いたタンクでしたけど、今はサーマルタンクを使う。表示が『6.5』なら、この中が6.5度ということ。いわば、冷蔵庫の中で作っているような感じです」
ジャケットを巻いたタンクは、現在では「三河武士(みかわぶし)」を造る際に使用しているという。
これだけ見れば、非常にオートマティックな酒造りと思われそうだが。
「もっと、すごいところもありますよ。うち、中途半端なんですよね。最新のもあれば、古いのもあって。基本的には手作業なんですけど、温度のところだけはお金をかけてやっているという感じ。ある程度、最初から最後まで5~10度くらいでいけるよねという環境にしています。フレッシュでジューシーなお酒を造りたくて、温度管理に関しては率先して機械を入れてます」
温度管理だけは機械の力を借りて、それ以外は『手』作業。
さらに、加えるとすれば、職人の経験に頼っているというコトだろうか。
「毎日、甘さや酸度、アルコール度数とかを分析して、それらを総合的に見ながら(温度を)下げてみようかと、調整する。温度の上げ下げは、職人さんの感覚です」
例えば、時間をかけて溶かしたい、ちょっと米麹の活動を弱めたいなどの場合は、温度を下げて調整する。結果的に、徹底した温度管理の実現で、季節も関係なく酒造りができるというワケだ。
「こうして、三段仕込で作ったのが『もろみ』。そこから『家康』なら、30日から35日くらい醗酵させてお酒ができる。純米酒は1~2週間早くできるけど、吟醸系はもう少しかかる。低い温度で時間をかけて発酵させ、お米をゆっくり溶かし雑味を抑えて、キレイなお酒にするんです」
最終の仕上げは…寝かせるコト?
いよいよ、酒蔵の案内も終盤へ。
「お酒を搾る部屋です。機械で搾る。もろみが通って、機械の中でお酒と酒かすに分ける。お酒自体は、2、3日経ったあとで、瓶詰めをする。搾る部屋は365日24時間、3~5度の温度管理をしている。お酒自体に負担があまりかからず、フレッシュな感じにできますよ」
つまり、先ほどのタンクで醸造された酒は、この機械を通過して商品の「日本酒」となるワケだ。ただ、これで作業は終わりではない。
「『パストライザー』という火入れ装置を使います。生のお酒をそのまま飲むのもいいんですけど、酵母と酵素が生きてるから味が変わっていくんで。火入れをして時間をおくことで安定した味になっていく」
コチラの機械は、瓶詰された酒を1時間くらいで急温急冷してくれるという優れモノ。63度まで一気に上げて、お酒の中の酵母を死滅させる。その後、水のシャワーで冷やして温度を下げるのだとか。ちなみに「搾りたて生酒」などの場合は、この作業をせずにすぐ出荷する。
丸石醸造では、火入れしたお酒は、巨大な冷蔵庫で保管される。
「うちは4ヵ月くらい寝かして。まだ硬いんで。味が開くのに3~4ヵ月かかる。赤ワインのように熟成させて味が落ち着き甘みが広がったみたいな感じになる。うちは、3、4ヵ月したら味が上がっていく。そうしたら出荷しようかなと。このあたりは蔵によって全然違いますね」
ここで、素人的な疑問が。
寝かせる期間が長ければ長いほど、味わいは良くなるのだろうか。
「熟成酒もおいしいけれども、全員が全員、『熟成酒』が好きというワケではない。そういう意味では、早く出す蔵もあれば、長く待って出す蔵もあるし。うちは『生』しか出さないという蔵もある」
そして、深田氏は、こう言い添えた。
「日本酒は『米』と『水』なんですよ」
確かに、そうだ。身も蓋もない言い方だが、言いたいことは分かる。それが実感できるのが「純米酒」。瓶の裏側のラベルを見ると、原料はホントに「米」と「米麹」のみ。だからこそ、限られた原料に凝ってみたり、製法を変えてみたりと、酒蔵では日夜、様々な研究がなされているのだろう。
「日本酒は米と水。だからこそ、お米や酵母の選択、『生酛(きもと、江戸時代に完成した伝統的な酒母の製法)』や『速醸』『生酒』や『火入れのお酒』、熟成するしないなど、1000を超える酒蔵さんが試行錯誤して『うちはこうしたい』と、一生懸命考え探し求めている。愛知でも40くらいの蔵があって。美味しいお酒をどうやって造るか、違いをどう出すかと、頭を悩ましている。うちは、『生酒』も『火入れ』も両方あるし、火入れに関しては、3、4ヵ月低温で寝かして出すのが一番いいと判断してる」
限られた原料だからこそ、ほんの少しの違いが味に出る。
実際に、丸石醸造が代々使っている「水」にも、こだわりが。
水は、矢作川(やはぎがわ)の伏流水。井戸から汲まれた水なのだとか。
「昔、(リングの)貞子が出てきそうな井戸があったんですよ。それがね、3年前くらいの夏に水が出なくなっちゃって。井戸職人に潜ってもらったら、崩れてるって。それで、新しく30mくらい掘ってもらって、今の井戸になりました」
そもそも岡崎という場所は、地盤が「御影石(みかげいし)」なのだと、深田氏が説明してくれた。有数の御影石の産地ということもあり、日本全国から石職人が修業に来るほど。
酒蔵の場所も、3m掘れば御影石の岩盤が出てくるのだとか。
7m掘れば、川に当たる。水は豊富で、地盤は固い。だから水がしっかりと濾過される。
「20m掘れば、もういい水が出る。そういう場所。水は『軟水』です。そのまま飲んでもいいですけど。沸かしてコーヒーにしたりとか、お米を炊くとか、何かしらを引き立てる水ですね」
「徳川家康」は大阪で嫌われる⁈
酒造りの工程を見終わったところで。
ここからは、「徳川家康」や丸石醸造が展開する商品、また酒造りに対する思いも併せて、深田氏に話をうかがった。
まず、「徳川家康」の名前の由来がとっても気になるのだが。
「もともと『三河武士』は、江戸時代から使っている名前なんで。そこから派生で、大吟醸を造ったときに『徳川家康』という名前になった。やっぱり、岡崎といったら『徳川家康』なんで」
思いの外、名前の由来はあっさりしたもの。
ただ、考えて見れば、さすがに、当時の江戸時代で将軍様のお名前そのものを使うだなんて、ムリな話なのかも。そういう意味では、部下の名前である「三河武士」くらいがちょうどなのかもしれない。
「『三河武士』は、明治41(1908)年に商標を取って。うちでは、一番古いお酒ですね」
「『二兎(にと)』は、『二兎追う者しか二兎を得ず』が由来。味と香り、甘さと辛さ、重さと軽さなど二律背反するモノや、味や香りを形づくる様々なモノを、欲張りに追っちゃってますよというコンセプトで造ってる感じですね」
「二兎を造るときは、甘口でいこうか、辛口でいこうかと話して。この辺りが甘い文化だということと、お米を食べたときに、だいたい、甘みがあって美味しいというねって。だから『甘』でいこうと。その甘さにしっかりとした酸味を表現して、味のバランスを取っていこうと」
そんな「二兎」を含めて、丸石醸造の酒は、全て辛口ではない。辛口度合いを数字で表すならば、一般的に「超辛口」と呼ばれているものは、「+11」や「+15」。なかには「+20」という超辛口なお酒もある。
「辛口って、辛み成分を入れるとかではなくて、甘さを少なくして飲みやすくさせてると僕は思ってて。うちで一番数字の高いのが『+4』の『大吟醸徳川家康』。『純米大吟醸徳川家康』は『+-0』。『三河武士』は『+2、3』『二兎』は『-2~+2』の間くらい」
二兎に関していえば、甘くして後味をとりあえず綺麗にしたという。加えて、飲み方にも工夫が。なんと、二兎専用のグラスもあるのだとか。
「『二兎』は、ワイングラスみたいに回して空気に触れ合わせると、香りが上がったり、味が開いたりするんで。見た感じ、オシャレだし。いかに、若い子に飲んでもらおうかと考えました」
名前から、味から、飲み方まで。様々な試行錯誤の跡がみえる。
それにしても、と深田氏。
お酒の銘柄は覚えにくいと、ひとり呟いた。
「お酒も皆が皆マニアではないので。ビール飲んで、ワイン飲んで、お酒もたまに飲みますよって。昨日のお酒、おいしかったってなったときに、名前なんだっけ?ってなるんですよ」
そういう意味では、さすがに、「徳川家康」という名は忘れそうにないとは思うのだが。かなりのメリットだ。しかし、一方で、「家康」という名ゆえのデメリットもあるのだとか。
「多分、『家康』とかの名前は、県外では難しいかなと。実際厳しかった。『三河武士』も『みかわたけし』って呼ばれたり。『家康』に関しては、滅びの美学がある日本では織田信長や坂本龍馬みたいに、100人が100人好きだよと、圧倒的に人気のある人物ではないんで」
なんでも、大阪に行くと「ああ、家康はいいわ」と言われることもあるのだとか。
「家康はズル賢いから嫌いだという人も。あと女性が手に取りにくい名前ですよね。『家康』とか『三河武士』というと」
まさか、ホントに「徳川家康」のイメージで好き嫌いが分かれるとは思いもしなかった。これは、予想外。それほど、名前が影響するのだろう。
「お酒を売りに初めて中国に行ったとき、中国って山岡荘八さんの『徳川家康』の小説が有名だからいけるよって、皆言うんですけど。全然いけなかった。展示会のときは、日本酒の『徳川家康』と中国語訳の『徳川家康』の小説を並べて置いてたけど、みんな、小説の方を買おうとするんでね」
この「徳川家康」に関しては、なかなか苦労話が絶えない。
そんな「家康」の特徴はというと。
やはり、高級感。
「『家康』はホントに香りのお酒ですね。うちの蔵の子は、香りをなくしたいっていうんですけど。やっぱり香りがあった方が、華やかさがあるのと、高級な感じがする。開けたときに、『あっ、お酒の香りが』って。吟醸香が上がってくるあの感じ」
ちなみに、「三河武士」も香りはあるそうだが、「家康」ほどではないのだとか。
「『家康』は名前が偉そうなので。香りも味も偉そうにして。格式高く。値段も偉そうですし。全部偉そうにして。この辺りが、将軍と部下の違いかな」
結局、蓋を開ければ。
「徳川家康」「三河武士」「二兎」の3ブランドが、適材適所で売れているという。
「『徳川家康』は贈答品として地元の人が贈ったり。岡崎に来たら、愛知県っぽい名前のお酒を買おうかなとか。お土産や贈り物などで年末が一番出るんで。箱を使う市場に『家康』を当ててる感じですね。『三河武士』は地元の人が飲む感じ。飲食店だったり、自分で飲んだりとか。『二兎』は特約店流通で全国展開しているお酒です
さて、取材は終盤へ。場所を店内へと移す。
酒蔵直営の売店に足を踏み入れると、まず、様々な商品があることに驚いた。なかでも、目についたのがスイーツ。
「お酒はニッチな商品なんで。観光バスが来た時に、みんなお酒が好きというワケではない。そうすると、女性の方とか、お酒を飲めない人が、ケーキや饅頭とかを買っていける」と話す深田氏。
そういえば、先ほどすれ違ったお客さんは、酒饅頭を3パックほど買い占めていた。訊けば、わざわざ土曜日を狙って買いに来たという。ホントに美味しいのよと勧められたが、あいにく、そのお客さんが買った酒饅頭で売り切れとなった。
もちろん、スイーツだけではない。
店内にズラッと並んだ各種リキュール。なんと、こちらのリキュールは、全て日本酒がベース。特に、おススメはイチゴのリキュール。イチゴを手で潰して造っていることもあって、非常に珍しいのだとか。
「リキュールも、そこまでアルコール度数は高くなく、飲んでみたら飲みやすく、よく見ると日本酒で造ってるんだと。そしたら、日本酒を飲んでみようかなとなったりするかも。日本酒に触れあうきっかけとして、リキュールや饅頭、ケーキやアイスを売っている。だから、儲けるというよりは、日本酒に触れ合う機会として、日本酒を飲む1つのきっかけ作り」
こちらのアイスは、あの「徳川家康」が使われている贅沢な一品。
「豊橋市の就労継続支援B型施設の方が造っているアイス。いいなと思って、お願いしました。結構、お酒の香りが実際するアイス。だけどアルコールは0.1%以下なのでお子さんでも食べれますよ」
多種多様な商品展開で、日本酒への門戸を開く努力も怠らない。
そんな深田氏の目標はというと。
「目標というか、ちょうど令和5(2023)年って、うちの創業333年に当たる年。それに、その年って卯年なんですよね。うちには『二兎』のブランドもある。卯年で、『家康』が主役の大河が始まって、創業333年で、『家康』でって。何をやろうかと今から考えてます」
こうして、2時間にわたる取材を終えた。
それでは、お待たせしました。
冒頭で「エアーおちょこ」と称して、妄想していたあのお酒。
半年以上かけて造る、丸石醸造イチ押しの「純米大吟醸徳川家康」の味をご紹介しよう。
開けたときから匂い立つ。深田氏が「偉そうにして」と笑っていたその気持ちが、痛いほどよく分かる。確かに、香りだけで「高級だな、こりゃヤバイぞ」と、高まる期待感が半端ない。これが醸造香なのか。香りで酔いそうな勢いだ。
意を決して、一口だけ。
そうっと口に含ませる。
なんだかこう書くと、お酒が強い人のように思われそうだが。晩酌など縁遠いもので、弱いせいもあって。なかなか、うまく嗜むことができない。だから、ホントに申し訳ないのだが。先に、玄人的な感想はお伝えできないことを断っておこう。
ただ、単純に。
お酒って、こんなに美味しいモノなのかあと、唸ってしまった。
これまでの日本酒のイメージは、アルコール度数が高く、すぐに酔ってしまうというモノ。これが、早々に覆る。まずもって驚いたのが、そのフルーティーさ。なぜこんなにもフルーティーなのかは分からないが。果実酒を超える芳醇な甘さと爽やかさが口にふわと広がる。それも上品なのだ。これは、私だけの感想ではない。
じつは、お酒に疎い私たちだけではという不安から。「徳川家康」を持って、両親の元を訪ねたのだ。
彼らも一口飲んで。
最初の感想は「うわっ、フルーティー」。おっと、その前に「エエ香り」という言葉もあったっけ。
ただ、フルーティーでほのかに甘いにもかかわらず。全く余韻はくどくない。スッといつの間にか消えているのだ。2段階で変化する味わい。「上品な酔い」に圧倒される。
酒蔵の見学の途中で、「雑味」「綺麗な味」「味が開く」などの言葉が出てきたが、飲んで初めてようやくその感覚を理解した。
最後に。
深田氏の言葉を思い出す。
「日本酒はなくても困らない嗜好品。実際うちの母はお酒を一切飲まないし、お酒がなくても幸せに生きれる。そんななかで、お金を使って飲んでくれる人がいる。楽しく飲んで欲しいし、うちらも楽しんで造る。ワイワイ言いながら造って、ワイワイ言いながら飲んでもらいたい」
じつに、彼の言葉には、「自分だけ」という奢りが一切ない。
経営者たる者、やはり、自社の製品を売りたいという欲が何かしら現れるのがフツーだろう。もちろん、深田氏も心の奥底で秘めているのかもしれないが。
彼の言葉の端々に見え隠れするのは、「自分も含めて全体が」という発想。そして、感謝の心。
「蔵で売店を開けるということは、酒屋さんのお客さんを奪うことになっちゃうんで。だから、特約店さんにお願いしてる『二兎』は置いてない。失礼になるんで」
「大河ドラマの波及効果でね。うちのお酒だけじゃなくて、岡崎全体のモノに注目が集まればと思いますね」
「お酒もちゃんと見合った対価で売れるようにしたい。手間暇かけて造ったお酒を、この値段で売るのかと考えると、少し忍びない。うちらの努力が足りないなと」
「あの子(二兎)を造って、6年目なんですけど。信頼できる酒屋さんがいて、二兎を可愛がってくれる人達がいるお陰で、コロナ禍でも減らさずにお酒を造っていけるんで」
なるほど。
飲んでみて、素人でも初めてわかるような気がした。
造ったお酒を「あの子」と呼ぶ。
そんな酒への愛情が、「味わい」に変わるということを。
写真撮影:大村健太
基本情報
名称:丸石醸造株式会社
住所:愛知県岡崎市中町6-2-5
公式webサイト:http://www.014.co.jp/?pid=98287182