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2021.05.23

北斎は、私たちは「絵」で世界を変えられるのか?映画『HOKUSAI』監督インタビュー

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いよいよ公開が目前に迫った、映画『HOKUSAI』。90年の生涯を終える直前まで絵を描き続け、モネやゴッホ、ドビュッシーなど、あらゆるジャンルの芸術家に影響を与えた天才絵師・葛飾北斎(かつしかほくさい)の生き様を描いた作品です。

謎の多い北斎の人生を徹底的に調べ上げ、事実を繋げて生まれたオリジナルストーリーを彩るのは、圧巻の演技で魅せる豪華キャストや、息を飲むような美術、江戸を舞台にした作品ながら新しさを感じる撮影。映画『HOKUSAI』に投影した北斎像や、江戸時代末期の世界観に関して、橋本一監督にお話を伺いました。

インタビュアー:和樂web編集長 セバスチャン・高木

映画『HOKUSAI』公式サイトはこちら
葛飾北斎の情報を集めたポータルサイト「HOKUSAI PORTAL」はこちら

映画『HOKUSAI』監督 橋本一氏プロフィール

撮影:永田忠彦

橋本 一(はしもと はじめ)
主な監督作に『茶々 天涯の貴妃』(07)、『探偵はBARにいる』シリーズ(11・13)、『臨場』(12)、『相棒シリーズXDAY』(13)、『ズタボロ』(15)、『相棒 劇場版Ⅳ』(17)ほか。『劇場版 シグナル 長期未解決事件捜査班』が公開中。

「魅力的な絵を描く人が魅力的じゃないはずがない」 映画の北斎像が生まれるまで

――映画に対する監督のコメントの中で、北斎の作品を「見て観て診て魅て」と、「みる」を4回重ねていましたけれども、どのような意図があったのでしょう?

橋本一監督(以下略):現場では、ともかく「北斎の絵から発想しようよ」と話していました。江戸時代の絵の話など歴史なことよりも、北斎が実際にどうやって浮世絵を制作したのか、なぜ描いたのかを、みんなで語りあってつくりたいね、と。

――浮世絵など、北斎の作品自体もご覧になったのでしょうか?

そうですね。この絵が何年に成立した、とかいうことよりも「北斎はなぜこの絵を描いたのだろう」という視点で見ていきました。

――ということは、北斎の作品のビジュアルから、北斎像を掘り下げていった?

まさにそうです。掘り下げていったのは「彼が心から描きたかったのは何だったのか」ということ。これは本人に聞かない限り答えがないですよね。なので、もしかしたら単純に売れると思って描いていたかもしれないし、富士山が好きという理由だけで描いていたのかもしれない。富士山の近くに住んでいる方々が「朝起きて富士山見るのって、本当に気持ち良いよ」と話していたので、本当にそうかもね(笑)。そういったことを、とにかく絵を見て探っていきました。

富士山を望む北斎 (C)2020 HOKUSAI MOVIE

――文献や資料をあたる、というよりも?

北斎に関して、文献や資料は全然残っていないんですよ。唯一の伝記とされる『葛飾北斎伝』も、お弟子さんたちから聞いた、いわゆる“聞き書き”で、あまりあてにならない。しかも弟子たちの発言は幕府の監視下にあったので、幕府にとって不利になるようなことは一切書かれていません。それなので、資料を読んでも一面的な見方にしかならないだろう、と。実際には、北斎が幕府に対してどんな気持ちを抱いていたかはわかりません。北斎が生涯に93回引っ越しをした理由として、幕府に追われていたから、という説もありますが、あながち間違いじゃないかもしれない。もちろん他にも色々な説がありますが、資料が残っていないということは、逆に色々な見方をしないといけない。資料として残っていないものにこそ真実があるんじゃないか……とひねくれた考えも出てきましたね。

――今回柳楽優弥さんが演じられていた35歳〜50歳の時期は、何の資料もありません。ではそのシーンは柳楽さんとお話しして詰めていった?

そうですね。何も残っていないということは、逆に何をやってもOKってことだよね、と。たとえ残っていたとしても、映画では北斎という人物そのものを考古学的に描くのではなく「北斎の心を撮りたい」と考えていました。北斎の人物像を徹底的に調べ出したら、もしかしたらすごくつまらない人かもしれないし、嫌な面ばかりの人かもしれない。でも、それはそれ。僕らはいかに北斎を魅力的に描くかにこだわりました。なぜなら「こんな魅力的な絵を描く人が魅力的じゃないはずがない」と思っていたので。

柳楽さん演じる北斎が、不安定な時代にわが子を授かったことに葛藤するシーンも 
(C)2020 HOKUSAI MOVIE

世界を見据えたプロデューサー・蔦屋重三郎と、映画作りの接点

――柳楽さん演じる北斎も魅力的ですが、僕は同じ出版人として阿部寛さん演じる蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)の、鬼気迫る演技に胸を打たれました。蔦屋の描き方でこだわった点は?

蔦屋は文献も結構残っていたので色々類推しましたが、最終的には「現代のエンターテインメントのプロデューサー」のような描き方をしようというところに落ち着きました。
そしてもうひとつ。これはオリジナルに近い要素なんですけれども「世界を見据えた人」という面を描きました。なぜ北斎の絵が世界で絶賛されているのか。それは、絵はビジュアルで伝えることができる、つまり「言葉がなくても伝えられる」ということを、蔦屋を通して描きたかったんです。

写楽や歌麿、北斎など、名だたる絵師をプロデュースした蔦屋重三郎
(C)2020 HOKUSAI MOVIE

――「言葉がなくても伝わる映画にしたい」と、以前監督もおっしゃっていましたが、これは蔦屋と共鳴していますね。

そうですね。「言葉がなくても伝えられる」という信念を描く僕たちが、映画づくりで言葉に頼っちゃいけないと思います。それなので、映画ではなるべくセリフを削ぎ落としたかったし、説明も最小限にして、画面を見ればわかるようにしました。これは、映画づくりに関わる人みんなが心がけなければならないことだと思います。

――蔦屋のセリフで「絵で世界を変える」とありました。第三章でも北斎が同じようなセリフを口にしていましたが。

同じセリフを言っているけれど、蔦屋と違い北斎は「絵で世界を変える」ということを妄信していない。そこは蔦屋と北斎で立ち位置を変えたかった点です。誰もがそうだと思うのですが、若い頃は「いつかハリウッドにいくんだ」みたいな大きな夢を描くけど、もうこの歳になってくると、あくまで夢は夢でしかないよねとなってくるわけで。北斎にもそういう思いがあるけれど、かといって諦めちゃいない。その思いは、田中泯さん演じる北斎に言わせたかった。

不屈の革命家? 監督から見た北斎像

――そうすると、監督にとって北斎ってこうだったんだ、みたいなものってありますか?

どうなんでしょうね。結局僕らは、とにかく絵を描くことを追求していった男の話を、断片的に描くことしかできなかったような気がするんです。ただその中で、何者にも屈せず、倒れても必ず立ち上がる男として北斎を描きたかった。そういう男であったということだけは、明確に掴めた気がするし、それをテーマとしていた気がします。だから今の時代にしても、いつまでも倒れてばかりいちゃだめだろう、と。自分のやりたいことを、何歳になっても必ずややり遂げる。そういう姿を描きたいなと思いました。

北斎は「絵で世界を変える」ということを妄信していない、と言ったのですが、彼は妄信していなかったからこそ、最後まで諦めずに絵に向かっていくことができた。たとえ目標に届かなかったとしても、精一杯がんばったということが、自分の子どもや弟子など、見てくれていた人が後世に継いでくれるだろうとなるかなと。そういう不屈の人間像、人間とはそういうものだろう、という思いを北斎に込めました。

――北斎の場合、弟子に伝わるだけだったはずのものが、最終的には世界に伝播していきます。

北斎は、色々なことの元祖なんですよね。実は『北斎漫画』って、今でいう漫画講座とか通信教育の走りのようなもの。そういったものを広めることで、もっと絵を勉強したい、上手くなりたい、という人たちを育てていました。北斎は「俺が描いたものだけが絵なんだ」「俺だけが絵師なんだ」という考えではないんですよね。「この面白いことを、もっともっとみんなにやってもらおう」という気持ちが確実にある。自分が描きためたものを世に出したいという欲求もあったと思うけれど、根底には「こんな面白いことがあるからみんなでやろうぜ」というのがあったはず。革命家のような面も感じますね。

吉原の美術 テーマは「エロ」

――先ほど「言葉がなくても映像で伝える」とおっしゃっていましたが、美術に関してもかなりこだわっていたのでは。特に吉原のあたりはすごいなと。

吉原の美術は、自由に遊んでくれと伝えました。ただひとつだけ言ったのは、テーマは「エロ」だと。それに基づいていれば、何やってもらってもいいと思っていたので、相当遊んでもらいました。

――ピンクの背景に白い若冲のようなクジャクが描かれていて、本当に吉原ってこんな感じだったのかな? なんて想像を掻き立てられました。

あの壁は日本の壁じゃないんですよ。美術の相馬直樹さんが、ヨーロッパ旅行で見た壁にインスパイアされたそうです。相馬さん、あの壁一回壊していて(笑)。完成してから「こうじゃない」って。間に合うのかなと心配にはなりました(笑)。

吉原の美術セット 
(C)2020 HOKUSAI MOVIE

――エロを感じさせる空間に、玉木宏さん演じる喜多川歌麿の色気が加わって、さらに妖艶な雰囲気でした。また、花魁と枕を交わすシーンで歌麿が簪(かんざし)を外すところなど、演技も細かなところがすごくリアルでしたね。

あれはね、玉木さんが急にやり出したんですよ。ばっさばっさと! すごく良かったですね。

――資料で花魁は必ず簪を外すものだと読んだので、ものすごくリアルだなあと思って見ていたのですが、玉木さんのアドリブだったのですね。

歌麿が花魁に触れるシーン。「エロ」をテーマにした歌麿の居室も見どころ
(C)2020 HOKUSAI MOVIE

時代劇に縛られない“年をとっていく”映画

――映画『HOKUSAI』は江戸時代が舞台ですが、私には江戸の話には見えなくて。ストーリーが、群像劇のようにはじまったように感じました。

そこは撮影のニホンマツさんがとてもこだわっていました。「時代劇に縛られず、色々なことを試してみてもいいですか?」と聞かれて、こちらは願ったり叶ったりでしたね。みんなカツラを被っていて、セットも時代劇の中、かなり自由に遊んでもいいんじゃないかと。

私は、映画が年をとっていくようにしたかったんです。柳楽さんが演じていた時代から田中さんの演じる時代にかけて、どんどんどんどん映画が年をとっていくみたいにしたら面白いんじゃないかと。躍動感あふれる群像劇を描いた若い時代から、徐々に枯れていく。だからセットの装飾物も、年代を経るにつれて少しずつ減らしていきました。一番若い頃は、めちゃめちゃに物が溢れていて、壁も隙間がないようにする。ともかく人と物で埋め尽くす。それが年をとるにつれて、人も物も少なくなって、最後には何もない空間で絵を描くようにしたいなと考えていました。

晩年にかけて、北斎の着物もシンプルな藍染へと変化していく
(C)2020 HOKUSAI MOVIE

――ということは、なんとなくそこに北斎のイメージが投影されている?

北斎自身も、年を経るごとにだんだんスリム化されていったんじゃないかと考えています。引っ越しを繰り返すごとに物は減っていくだろうし、描いている絵もどんどん削ぎ落とされた表現になっている。そのあたりを表現したかったので、カット数も若い頃はとにかく多く、後半の時代はできるだけ減らしていきました。だから前半の撮影はしんどかった。最初は「これじゃ撮影が間に合わないかもしれない」とみんな言っていたのですが、後半はカット数が少なくてスムーズになりました(笑)。

波と北斎

――最後に北斎がたどり着いた波は、長野県小布施町で描いた『怒涛図』の『男浪』『女浪』だと思うのですが、最初の波と最後の波は、監督の目にどのように映りましたか?

初期の頃は、北斎が波に飲まれているイメージでした。波を描くのではなく、波を描かせていただいている。つまり、波というものを、自分の表現の手段として借りているということ。最終的には、波を北斎自身が創り出すというイメージにしていけたらと考えていました。

インタビューを終えて

さまざまな逸話は残っているものの、その人生は謎に包まれている天才絵師・葛飾北斎。人物像に関してほとんど資料が残っていないのに対し、北斎が生涯に手掛けた絵は約3万点にのぼります。それなので、北斎の生き様を描いた映画『HOKUSAI』は、ひたすら作品に向き合うことで生まれました。それはまるで、北斎が90歳で生涯を閉じる直前まで、ひたすら絵を描き続けたかのように。

現代は、わからないことは何でもすぐに、パソコンやスマートフォンで調べられる時代です。けれど「わからない」ということは、悪いことでしょうか。残された作品と向き合い、対話し、想像を膨らませて一人の男の人生を描く。余白があるからこそ、江戸時代と令和という、およそ250年もの時を超えて共感できる映画になったのではないでしょうか。

今、新型コロナウイルスの影響で、私たちは出口の見えないトンネルの中を彷徨っています。北斎の生きた江戸時代も、常に疫病や災害の恐怖が隣にありました。さらに絵師や版元は、幕府から厳しい弾圧を受けていたのです。そんな状況下で「絵で世界を変える」と言い放つ蔦屋や北斎は、馬鹿げていると思うでしょうか。絵は、私たちの生活になくてもいいものかもしれません。それでも江戸の庶民たちは作品を求め続け、絵師も屈することはありませんでした。

そんな厳しい規制が敷かれる中で生まれた、北斎の代表作『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)』は、国境や時代だけでなく、芸術のジャンルまでもを超え、世界中に絶大な影響を与えました。まさに「絵で世界を変えた」のです。

『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』メトロポリタン美術館蔵

「初期は、北斎が波に飲まれている。最終的には、波を北斎自身が創り出す」。監督のこの言葉には、難しい時代を生きる私たちへ「ただ飲まれているわけにはいかない」そんな強いメッセージが込められているように感じます。

アイキャッチ画像撮影:永田忠彦

5月28日(金)劇場公開! 映画『HOKUSAI』

『HOKUSAI』5月28日(金)全国ロードショー(C)2020 HOKUSAI MOVIE

工芸、彫刻、音楽、建築、ファッション、デザインなどあらゆるジャンルで世界に影響を与え続ける葛飾北斎。しかし、若き日の北斎に関する資料はほとんど残されておらず、その人生は謎が多くあります。

映画『HOKUSAI』は、歴史的資料を徹底的に調べ、残された事実を繋ぎ合わせて生まれたオリジナル・ストーリー。北斎の若き日を柳楽優弥、老年期を田中泯がダブル主演で体現、超豪華キャストが集結しました。今までほとんど語られる事のなかった青年時代を含む、北斎の怒涛の人生を描き切ります。

画狂人生の挫折と栄光。幼き日から90歳で命燃え尽きるまで、絵を描き続けた彼を突き動かしていたものとは? 信念を貫き通したある絵師の人生が、170年の時を経て、いま初めて描かれます。

公開日: 2021年5月28日(金)
出 演: 柳楽優弥 田中泯 玉木宏 瀧本美織 津田寛治 青木崇高 辻本祐樹 浦上晟周 芋生悠 河原れん 城桧吏 永山瑛太 / 阿部寛
監 督 :橋本一 企画・脚本 : 河原れん
配 給 :S・D・P ©2020 HOKUSAI MOVIE

公式サイト: https://www.hokusai2020.com

書いた人

大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。