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2021.08.10

彼はスナフキン?名も知らぬフランス人ヒッチハイカーとの出会い〜北海道自転車キャンプの旅〜

この記事を書いた人

もしも、かの「ムーミン」の重要登場人物、スナフキンが、この世に実在するとしたら、どんな人物だろうか?想像してみると、結構楽しい。
しかし、僕は出会ってしまったのだ。
あれは、もしかしてスナフキン氏ではなかったか?

僕のソロキャン物語 VOL.5「旅で出会ったスナフキン氏」

2004年、8月の事だった。
僕はいつものように、北海道へ自転車でキャンプしながらの一人旅。
この年は、函館に上陸し、主に道南の海岸沿いを北上していた。


この日、8月5日は、どんよりとした曇り空で、僕は松前の折戸浜キャンプ場から、断崖絶壁の上り気味のアップダウンを越え、江差に到着した。

「かもめ島」にキャンプ場がある。
この日はここにキャンプする予定であった。
しかし、現地の様子を見ると、キャンプ場は石の階段を上らねばならず、それも随分長い距離であった。
自分のキャンピング装備では、キャンプ場に到着するまでが大変で、荷物の搬入だけで何度かの往復になる事は確実であった。
断崖のアップダウンを走ってきたばかりで、疲れていたためゲンナリした。
地図を再度確認すると、約15キロほど先の厚沢部(あっさぶ)に、快適そうなキャンプ場がある。
まだ少し時間があるので、そちらに行く事にした。
「やれやれ」と重い腰を上げ、再び走り始めた。

黒いハットの男

少し走ると、すぐに江差の道の駅が現れた。
道の駅のすぐ手前に、雑草の生い茂る空き地が見える。
よく見ると、その空き地にポツンと一人用のソロテントが張ってあるではないか、

「そうか、ここにもテントが張れるな」

厚沢部までは、あと少しだが、道の駅の脇ならば食料や水の調達に困る事はない。
トイレもあるので快適だ。
自転車を止め、あたりを見回した。
テントの近くに、何やら雑草の茂みでゴソゴソ動いている人影が見えた。
テントの主だろうか?
遠目で見ていると、黒っぽいツバ広帽子に黒っぽいTシャツを着ていた。
その人物は、しばらく茂みでゴソゴソしていたが、自分を遠目から発見したらしく、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
男性のようだった。

ツバ広帽子は旅人のトレードマーク

余談だが、ここで自分のトレードマークにもなっているツバ広帽子のハットについて記しておく。

僕は20年ほど前から、ツバ広のハットを自転車旅で使用するようになった。
普通、自転車旅には風の抵抗を避けるため、帽子でもキャップを選択するのが通常だろう。
ロードレーサーやスピード目的の自転車ならば、それは理に適っている。

しかし、ツーリングやキャンピングなど、スピードが目的ではない場合、風の抵抗より、むしろ雨の日などの傘の役割や、西日に対する日よけの方が重要だと気付いたからだった。
特に、土砂降りにやられた時など、ツバが広いと傘の役割を果たし視界を遮られずに済むので、とても具合が良かった。この快適さは経験者でないとわからないかもしれない。

加えて、キャンピング自転車の場合、ツバ広帽を被っている時に自分の姿を遠目で見た時、全体のバランスがとても良いのにも気が付いた。つまり機能的で、なおかつ見栄えも良くなる。

これに気付いて以来、自転車生活者である自分は、普段でもツバ広帽子を愛用するようになった。
普段は少しツバが狭いもの、旅の時は少しツバが広いもの、というのが理想的なのだ。
素材は春がキャンバスで、秋冬はフィルソンのオイルドが多いが、近年、夏はPENDLETONの涼し気なものも愛用している。キャンバスだと雨にやられた時、防水でもないし乾きづらいが、自分はそれほど気にはならないので、たまに防水スプレーをかける程度で、そのまま使用している。

この時、スナフキンや木枯らし紋次郎が、なぜ巨大な傘のような帽子を被っているか?理解できたのである。
彼らにとっては、手が自由になる傘でもあったのだ。

実際に長旅に出ると、その重要さがリアルにわかるようになった。

つまり、ツバ広帽子はリアルな旅人のトレードマークなのである。

四つ葉のクローバー

黒いハットの男は、こちらに近づいてくる。
僕は「やあ」という感じで軽く手をふった。

何も聞かなくても「旅人」と言うのは遠目でもわかる。

本格的な「旅人」というのは、見た瞬間にわかるものだ。
なぜだかわからないが、わかるものはわかるのである。

まだ若そうな外人だった。
僕はニコニコしながら、いつも旅人と出会うのと同じように挨拶した。
彼はいきなり右手を僕に差し出すと

「ソコデ、今見ツケタ、君二アゲル」

と言うと、葉っぱを僕の手に乗せた。

「?」

よく見ると、四つ葉のクローバーだった

「!!!!」

ええええ??まさか、そんな事があるのか?と思った。
チープなドラマじゃあるまいし。
ビックリして、すぐには言葉が出なかったが、あわてて気持ちを落ち着かせお礼を言った。

カタコトの英語と日本語で話したところ、彼はフランス人で、6年前に母国フランスを飛び出して、ヒッチハイクや徒歩で、世界各国を旅しているのだと言う。

「フランスキライ、ニッポンスキデスネ」
と、しきりに語る。
自分はと言えば
「ニッポンキライ、フランススキデスネ」(行った事ないくせに)と一生懸命伝えて、お互いにゲラゲラ笑った。

彼のハットはツバの短い、黒っぽい革製だった。
カナダの友人にもらったという、グリズリー(熊)の爪や歯の首飾りをしている。
お守りのようだった。
僕はというと、エゾシカのツノの首飾り。
ハットと言い、自分と同族なんだなーと思った。

ここにテントを張っているが、次に乗せてくれる車を探しているのだと言う。
お金が無いので、お金のかかるキャンプ場には行けないそうだ。
次にいつここを出発できるかわからない、と、笑っている。

僕の自転車を見て
「ストロング、ストロング」と、しきりに感心している。

ほんの10分ほどだっただろうか?
僕はいただいた四つ葉のクローバーを大切に手帳に挟むと、彼と握手をして、ここにテントを張らずに、そそくさと厚沢部に向け、出発してしまったのだ。

ロウソクの灯りに照らされて

ここにテントを張るはずだったのに、そうはしなかった。

今、思い返してみても不思議だ。
なぜ、逃げるように出発してしまったのだろう?
しかも、通常なら必ず撮るはずの写真も撮影していない。
名前も連絡先も、もちろん知らない。

彼からもらった四つ葉のクローバーと、その日に書いた日記の記録だけが残されている。

その夜、厚沢部のキャンプ場に張ったテントの中で、ロウソクの火に照らされながら、四つ葉のクローバーを丁寧にセロテープで日記帳に貼った。

今頃、彼はどうしているだろう?
今日も、あそこでテント泊なのだろうか?
やはり、あそこに僕もテントを張った方がよかっただろうか?
ふっと頭をよぎるが、もう遅い。

後にも先にも、いきなり初めて会った男に、四つ葉のクローバーを差し出す男なんて、今後、もう出会う事はないだろう。

彼はスナフキンではなかったか?

いまだに謎のままだ。

でも、たぶん、
これでいいのだ。

僕のソロキャン物語

書いた人

映画監督  1964年生 16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。『ゲバルト人魚』でヤングマガジンちばてつや賞佳作に入選。18歳より映画作家に転身、1985年PFFにて『狂った触角』を皮切りに3年連続入選。90年からAV監督としても活動。『水戸拷悶』など抜けないAV代表選手。2000年からは自転車旅作家としても活動。主な劇場公開映画は『監督失格』『青春100キロ』など。最新作は8㎜無声映画『銀河自転車の夜2019最終章』(2020)Twitterはこちら