女優のマリリン・モンローになったり、画家のゴッホになったり。現代美術家の森村泰昌さんはさまざまな有名人に「変身」して、30年超の間に幾多のセルフポートレート作品を発表してきました。
アーティゾン美術館(東京・京橋)の『M式「海の幸」ー森村泰昌 ワタシガタリの神話』展で森村さんが挑んだのは、明治時代の画壇で強い印象を残した洋画家、青木繁(1882〜1911年)の名作『海の幸』でした。そして、浜辺を歩く裸の漁師たちの姿をよく見ると、全部森村さんではないですか! つあおとまいこの二人の目は、自ずと釘付けに…。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。まずは、「自画像」の観察から。
変装写真に笑う
つあお:青木繁の自画像って、大迫力ですね。
まいこ:2枚ありますけど、両方とも青木さんが描いたのかしら?
つあお:確かに違うヴァージョンで描いた感じだなぁ。
まいこ:手前のは色が薄くて年季が入った感じが出てますね!
つあお:を、ちゃんとわかってるじゃないですか。それが青木が描いたほうの自画像です。奥にあるのは、森村泰昌さんの作品です。
まいこ:そうか! どちらもオレンジ色の電飾が周りに走ってるような感じが斬新です!
つあお:自画像の背景がこんな感じなのって、ホント、どんな心境で描いたんでしょうね?
まいこ:しかも輪郭もバチバチって感じですし、そもそも青木さんのほうは自画像なのに顔が背景に溶け込んでいてよく見えないかも!
つあお:青木の亡霊が森村さんの絵で本物となって現れてきた! みたいな感じだなぁ。
まいこ:森村さんのほうを見て「あー、青木さんってこういう顔だったんだ」ってわかる。
つあお:ひょっとしたら、青木は自画像に強い主張を表そうとして、逆に架空の世界の中に自分を描き込んだような感じになっちゃったのかもしれませんね。
まいこ:そうかも! 彼は若くして亡くなってるから、結局この自画像よりあまり年を取らずに人生を終えていますよね。
つあお:それでね、青木のこの絵は油彩なんだけど、森村さんの作品は実は写真なんですよね。
まいこ:それが驚きです! こう並べられると余計に油彩にしか見えない!
つあお:油彩画のような状況を再現する森村さんのこの作り込みには、本当にすごい迫力を感じてしまいます。
まいこ:本当! でも、こちらの、森村さんが青木さんに変装して写真を撮ってるほうも面白いと思いますよ!
つあお:この変装写真、ちょっと笑っちゃいました。
まいこ:どこがツボだったんですか?
つあお:なんか典型的な明治の人って感じなところかな。
まいこ:令和の人なのにってこと?!
つあお:やっぱりここまで明治の人になりきれる森村さんてすごいなぁと思うんですよ。
まいこ:身も心も青木さんになりきるんでしょうか?
つあお:そこなんですけどね、実は森村さんは100パーセントは青木の心にはなりきらないっておっしゃってました!
まいこ:それはちょっと意外! 数パーセントは誰なんでしょう?
つあお:そこにはやはり森村さんご自身がいるのでしょうけど、その二重人格性が、見ているたわくし(=「私」を意味するつあお語)たちを惑わせてくれるのがむしろ心地よいなぁと思います。
まいこ:なるほど〜! 隣に青木さん本人の当時の写真がありますが、ぱっと見本当によく似ている!
つあお:似てる!
まいこ:青木さんの写真だけが展示されていたとしたら、「あー、明治っぽい人ね」と一瞬で通り過ぎちゃう感じなんですけど、森村さんが変装してくれたおかげで青木さんの像がくっきりと刻まれました。
つあお:森村さんの魔術だ!
顔が全員森村さん!
つあお:さて、この展覧会の中心の作品『海の幸』ですぞ。結構濃ゆいですよね!
まいこ:あは、顔が全員森村さん!
つあお:ハハハ、ばれたか。これは森村さんが青木繁の『海の幸』をテーマにして制作した作品です。
まいこ:これってヌードですよね ?
つあお:そうです。ヌードは美しい。人間の自然の姿ですから。
まいこ:青木繁の『海の幸』は何度も見たことがあるはずですが、あまりこの人たちが「ヌード」で魚を担いでるとか思わなかったんです。だけど、森村さんヴァージョンを見て、改めてそういう特徴があることに注意が向きました。
つあお:いいところに気づきましたね。森村さんがおっしゃってたんですけど、青木が生きていた当時千葉の海岸では本当にこうした光景が見られたのだそうです。だから青木はすごく自然な光景としてこの絵を描いたのだと思われます。
まいこ:展覧会の最後の部屋で見られる森村さんの映像作品の中で、森村さん扮する青木さんは、「フリチン」と表現してましたね!
つあお:やっぱりそれが人間の本来の姿なんですよ。
まいこ:ほー!
つあお:でも人類史を考えてみたら、人間は真っ裸の生活から服を着るようになって、だんだん生活様式が変容していく。きっとこの人たちも、そのうち服を着るんじゃないかな。
まいこ:確かに! 森村さんのほかの作品に登場する人々は服を着てますね。
つあお:はい。この1枚以外ではみんな着てます。次の絵からは、明治時代から昭和を経て現代にいたる日本の様子が表されている。
まいこ:本当だ! この円形の部屋、見回しただけで200年タイムトリップできる!
つあお:太平洋戦争とか大阪万博とかいろんな様子を表していて、一つ一つじっくり眺めてしまいました。
まいこ:じっくり見ちゃいますよね。特に昭和世代の私は、昭和の出来事を森村さんの大画面で追体験する感じです。
つあお:そして、登場人物が全部森村さんていうところが、やっぱりすごい。全10点で85人登場するらしいのですが、すべての人物は森村さんが扮しているのだそうです。しかも、コロナ禍の下での制作だったので、一人で作業を行ったのだとか。
まいこ:表情一つ一つの作りこみやポーズなどを見ると、一人でアトリエにこもって仕上げたとは驚きです。
つあお:やはりコロナ禍はアーティストにも大変な状況をもたらしたのですね。でも森村さんは、実はもともと集団行動が得意ではなかったそうなんです。だから、ある意味よかったのかもしれません。
まいこ:では、苦ではなかったのですかね! そしてこんな大作の数々を生んだなんて、コロナ禍にはクリエイターを刺激する一面もあったのだなとつくづく思います。
つあお:たった一人でこの10枚の連作を作ったというのは、ものすごいことだと思います。
まいこ:しかもそれぞれに対応するジオラマまで作ってますよ!
つあお:サメが手前に飛び出ているやつなんか、さすが森村さんだなぁと思います。
まいこ:すごく印象的でしたね。あの有名な『海の幸』で描かれている釣果はサメだぞー!みたいな。
つあお:あのジオラマを見るまで、担いでいるのがサメだというところに全然意識がいってなかったんですよ。あの漁村の人々はみんなサメを食べていたんでしょうね。
まいこ:私が想像するには、かまぼこにしたんじゃないのかな~?
つあお:そうかぁ。やっぱり自然の光景だったんだ。でも、こうやって比べて見ると、森村さんと青木のそれぞれの面白さが浮き立ってきて面白いなぁ。森村さんの連作の最後のほうに、マスクをした人々が立っている絵がありますね。 かなり意外感があるように感じました。
まいこ:一気に現実から離れて、未来感覚な一枚ですね。
つあお:この「未来」はなかなか怖いなぁ。特に左側で海から上がってきているように見える2人は、ガスマスクみたいなのをしている!
まいこ:今ぞっとしました。右側の2人はマスクしている私たちの現在の姿ですよね。
つあお:ということは、左側の2人は…
まいこ:ゾゾゾー。
まいこセレクト
今回の展示では、森村さんが作品を完成させるまでに試し撮りしたたくさんの写真資料を拝見しました。さまざまなポーズや表情を黙々と一人でキメて撮影している森村さんを想像すると、本当にストイックだな~と感動します。もちろん、楽しくて時間が経つのも忘れてのめり込んでいる時もあるのでしょうが!
それにしても、女性のコスチュームはどれも超スタイルよくないと着られないものばかり! ミニスカートの足もキレイだな~と、いつの間にかあやしい目線になっていた自分がコワい(笑)。
つあおセレクト
『セーラー服と機関銃』、コギャルのガングロ、メイドカフェ…。1990年代から2000年代辺りにタイムトリップさせてくれる一枚。たわくしも昭和な人間だからか、奇しくも「まいこセレクト」とダブる内容に! しかし、ひょっとすると、こうした危うさを秘めた空気の残り香は、今の時代でもまだかぐことができるのではないかという思いを抱いてしまいます。さて、この後、日本はどこに行くのでしょうか。
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
海の幸とは、Gyoemonにとっては「海にいると幸せ」という意味なのです。
展覧会基本情報
展覧会名:ジャム・セッション 石橋財団コレクション×森村泰昌 M式「海の幸」ー森村泰昌 ワタシガタリの神話
会場:アーティゾン美術館(東京・京橋)
会期:2021年10月2日〜2022年1月10日
公式ウェブサイト:https://www.artizon.museum/exhibition/detail/64