神奈川県・箱根にある岡田美術館では、2021年10月2日(土)から2022年2月27日(日)まで『The SAMURAI -サムライと美の世界-』を開催中です。源頼朝をはじめとする源氏のヒーロー、凄惨でいてどこか優美さも感じさせる屏風絵など、武士はどのように描かれてきたのかを中心に、酒井抱一など武家階級の絵師の作品も展示し、様々な角度から日本美術の中の武士を辿る展覧会です。今回の展覧会の企画を担当した小林優子主任学芸員がダントツでおすすめという作品『平家物語図屏風』の魅力をたっぷり伺いました(聞き手は和樂web編集長 セバスチャン高木)。
小林主任学芸員プロフィール
岡田美術館主任学芸員。東北大学文学部史学科(東洋日本美術史専攻)卒業、学習院大学人文科学研究科博士前期課程修了、静嘉堂文庫美術館学芸員を経て現職に至る。専攻は日本近世絵画史。担当した主な展覧会図録に『日本の文人画Ⅰ・Ⅱ』『明清書画清賞』『筆墨の美 水墨画』(以上、静嘉堂文庫美術館)、『琳派の精華』『若冲と蕪村』『田中一村の絵画』(以上、岡田美術館)。
展覧会自体も見どころ満載! 小林主任学芸員にセバスチャン高木がインタビューした音声はこちら
他とはひと味もふた味も違う! 『平家物語図屏風』
セバスチャン高木(以下高木):今回の展覧会で小林さんが1点だけ選ぶとしたらどの作品ですか。
小林主任学芸員(以下小林):ダントツで『平家物語図屏風』です。
高木:ダントツ! タイトルからすると『平家物語』を描いた屏風だと思いますが、どのような作品ですか。
小林:名前だけだとわかりにくいのですが、そもそも『平家物語』は12巻からなっていて、各巻十数の話が詰まっています。
高木:結構長いですね。
小林:はい。『平家物語図屏風』は各巻から1シーンを描いたものです。
高木:12巻それぞれ10数の話がある中で、各1巻1つの場面を選んで描かれた。こういった構成の屏風って、結構あるものなんですか?
小林:いえ、珍しいものです。『平家物語図屏風』というと、源義経の鵯越(ひよどりごえ)など、通常ある特定の場面が描かれています。今回岡田美術館で展示している『平家物語図屏風』は、他ではなかなか登場しないシーンも描かれています。
似たような画風を見つけたら通報!?描いたのは謎の絵師
高木:この作品は絵の構成が変わっています。
小林:そうなんです! 六曲一双になっていて、右隻では『平家物語』の1〜6巻、左隻では7〜12巻が描かれています。そして向かって右上から上下2段にわかれています。
高木:空間は繋がっているので不思議です。
小林:金色の雲と建物の壁、山などを使って、変化させながらうまく繋げています。
高木:すごい構造です。しかも違う場面なのに右から2番目のパネルとその隣にも平清盛(以下、清盛)が同じ空間にいるように描かれています。
小林:そうなんです。ここは金雲で囲まれた”清盛ワールド”です。
高木:この屏風は右から左へ時間の流れも表現されていて、絵巻物の伝統を引っ張っているようです。通常だと屏風ってひとつのシーンが描かれることが多いのに、この『平家物語図屏風』は時間の流れまで表現されている。
小林:それはとても重要な指摘です。これを描いた絵師は不明なのですが、今、日本美術史研究の中で”HOT”な人物です。最新号の美術雑誌の論文ではこの絵師の特集がされていて『酒伝童子絵巻』など、絵巻が得意なようです。
高木:すごい技法ですもんね。
小林:はい、絵巻の技法を酷使しているんです。
高木:構造が3重になっていて、空間は3つの場面があって、時間は右から左へ流れていて、それを金雲で綺麗に分割しています。あまり見たことがないです。
小林:12の話をうまく構成することにどれだけ頭を使ったのか想像するとすごいです。
高木:これだけの絵を描けるのに作者がわかっていないのですね。
小林:人物の顔など他にあまり見たことがない画風なので、皆さまにもぜひご覧いただいて、頭に入れていただき、どこかで似たような画風を見かけたら……。
通報してください!!
高木:通報(笑)!
悲哀さの中の淡いラブ・ロマンス
高木:『平家物語図屏風』に描かれた場面の中で小林さんのおすすめはありますか。
小林:イチオシは千手の前です。
高木:平重衡(以下、重衡)と千手の前のラブ・ロマンスですか。
小林:淡い、ラブ・ロマンスです。作品には合戦など豪華なシーンもたくさんあるのですが、最も静けさに満ちて悲哀に満ちてラブ・ロマンスもある場面です。
高木:淡いラブ・ロマンス。重衡は南都の焼き討ちで奈良を燃やした張本人です。
小林:そうです。一ノ谷の戦いで生け捕りにされて鎌倉の源頼朝の元に送られ、「なんであんなひどいことをしたんだ。清盛の命令か、お前の意思か」と尋問されます。それに対し、重衡は南都の僧兵を討とうとしている中でたまたま起こったことだったと言うんです。
高木:誤解だと。
小林:はい。尋問の後、重衡は都の貴公子なので、源頼朝は自分の部下に命じてねぎらいの場を設けます。そこで千手の前という女房も遣わされ、琴をひいたり朗詠したりしている場面が『平家物語図屏風』に描かれています。最初は重衡も打ち解けませんでした。我が身はまもなく奈良に送られて殺されてしまう。処刑は目の前ですし、”何をいまさら”という気持ちもあったと思います。
そこへ千手の前が大変思いやりのある歌を朗詠するなどしていった中で心を許して自らも琵琶をとって唱和すると。
高木:そこまでで切ない。
小林:そうなんです。元々優しい女性だったようなのですが、なかなか打ち解けず自分の定めをわかっている人に対して精一杯の心づくしをしたら心を開いて、共に風雅な時間を過ごすことができたという話です。そして、この話には後日談があります。
大変風雅な貴公子である重衡に千手の前は恋心を抱いてしまって、その後奈良に送られて処刑された話を聞くと、嘆いて出家して尼となり信濃の善光寺で重衡の菩提を弔って暮らし、若いうちに亡くなってしまいます。
まだよく知られていない名作には『源氏物語絵巻』とのつながりも
高木:このシーンを描くのにふさわしい絵師ですね。画中画や重衡の後ろにある屏風の描き込みなどディテールがすごいです。
小林:細部のすばらしさはひとつの特徴です。
高木:この時代以前の特徴である屋根を描かない手法もきちんと踏襲されています。『源氏物語絵巻』を観ているような気がしました。
小林:また大事なことを! 研究が進んでいるんですが、この絵師に繋がりのある集団が『源氏物語絵巻』をつくっているんです。
高木:やっぱり! 彷彿とさせます。あと雲のバランスもいいです。
小林:金箔を細かくした雲もあって強弱の変化があります。
高木:色も綺麗です。
小林:はい、色も綺麗で、手を抜いたところがなくて、隅々まで精彩がある作品です。
木曽義仲が3シーンも描かれている
高木:他にも特徴的なのが、12のシーンしか描かれていない中で木曽義仲が3回も出てきているところです。我々長野県出身としては誇らしいことです。僕は木曽出身なので、木曽義仲にはめちゃめちゃ思い入れがあって。でも悪く描かれることも多い人物なので、意外です。
小林:そうですね。あっという間に登場して、あっという間に消えていきますし、都での横暴な振る舞いや、笑い者にされるようなところも多い人物ですが、『平家物語図屏風』では、挙兵して間もない時・活躍した倶利伽羅峠・最期と3つの場面に描かれています。
彼は屏風の中央の方に描かれていますが、理由は謎です。木曽義仲を顕彰する意図もあったかもしれません。
全体を眺めていただくと、真ん中に富士山があり、それを囲うように木曽義仲、その周りに源頼政、最後の方に源義経がいて、頼朝が征夷大将軍を任じられるというのは下段だけにあります。武家政権の始まりは源氏全体の功績であるということ、中でも木曽義仲がかなり働きが大きかったということも読めてくると思います。
高木:謎が多くて読み解きに溢れています。
小林:作品に関する研究もされていて、『平家物語』だけでなく、謡曲、幸若舞や『源平盛衰記』など色んな要素が入っています。
高木:知性の塊みたいな人が描いていると。
小林:企画者がすごいです。
高木:ものすごいプロデューサーがいてつくり上げられた大作ですね。映画のような。
小林:まさに映画のようで、プロローグは清盛の栄華、平重盛が清盛を諌める場面があり、安徳天皇が誕生したかと思うと、合戦になるという。
高木:現代の我々のように映画のようなエンターテインメントがない時代にこの作品ってどんな存在だったのでしょうか。
小林:版本や絵もあったとは思うのですが、今の私たちが大河ドラマや映画を見るような感覚だったのではないでしょうか。おそらく見る人たちは『平家物語』の内容を知っていて楽しんでいたのだと思います。
高木:あ〜、ここ選ぶんだ! みたいなこともありそうですね。
小林:おそらく『平家物語』には書かれていないシーンも描かなければならなかったと思います。例えば、最初の平家の栄華の部分では向かって右の方で食事の用意をしている場面が描かれているのですが、ここは『平家物語』には書かれていないんですよね。
高木:書かれていないところもディテールまで描かれているんですね。本当に面白い。もう一度じっくり鑑賞します。
展覧会情報
展覧会名:The SAMURAI -サムライと美の世界-
会期:2021年10月2日(土)~2022年2月27日(日)
住所:神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷493-1
開館時間:午前9時〜午後5時(入館は4時30分まで)
休館日:12月31日、1月1日、展示替期間
入館料:一般・大学生 2,800円 小中高生 1,800円
岡田美術館公式HP
岡田美術館をもっと楽しむ!
岡田美術館には鑑賞者が楽しめる工夫がこらされています。他にはなかなかない展示室や立地を生かした楽しみ方まで、セバスチャン高木が広報の近森さんにお話を伺いました。