今回も面白い季語を探っていきます。これから挙げる季語は実は動物を指しています。
さてなんでしょう。
嫁が君(新年)
歳時記の部立は春夏秋冬の他に新年があります。頁数は少ないですが、お正月に関する独特の季語が収録されています。
「嫁が君」は正月三が日限定の季語です。嫁が君といっても、貴方の横でニコニコしている女性のことではありません。実は……ネズミのことなんです。三が日の間「ネズミ」という言葉を忌んで「嫁が君」といいます。ネズミは夜目がきくことから、ヨメ→嫁となりました。ヨメの立場からすると、柳眉を逆立てたい気持ちもありますが、お正月のことですからここは余裕を見せて笑っておきましょうか。
大梁にのぞきて飛騨の嫁が君 橋本榮治
尾の長きことが器量の嫁が君 鷹羽狩行
笹子鳴く、笹鳴き(冬)
冬の鶯(うぐいす)の鳴き声に着目した季語です。山から下りてきた鶯が藪や茂みでチャッチャッと鳴く声をさします。藪鶯、冬鶯というと姿のほうに重点があります。やがて春になると「ホーホケキョ」の鳴き声を聞かせてくれるようになります。
名詞で使うときは「笹鳴き」、動詞で使うときは「笹子鳴く」になります。
笹子鳴く左千夫の墓は不折の書 安井やすお
しんがりに居て笹鳴をききもらす 道川虹洋
落し文(夏)
オトシブミ科の甲虫です。栗や楢の葉を噛み切りくるくると丸め、中に卵を産み付けます。丸められた葉は落し文の揺りかごと呼ばれ、外敵から身を守る住まいとなり、幼虫の食ベものとなるのです。昔、恋しい相手の通る道に巻紙のラブレターを落としておいて思いを伝えたことになぞらえた名称です。私の俳句仲間は道に落ちている落とし文を見つけ、大声で皆を呼び集めたのち、おもむろに落し文の開陳に及びました。何重にも巻かれた葉の中に小さな芋虫が身をすくませておりました。
落し文は虫の名称そのまま季語です(なんのひねりもなくてすみません)。栗や楢の木に出会ったら探してみてください。
拾はるるつもりなかりし落し文 後藤比奈夫
落し文いづれさみしき文ならむ 上田五千石
道教へ(夏)
斑猫(はんみょう)の異称です。斑猫はハンミョウ科の小さな甲虫で、人が近づくと先へ先へと進んでいき、その様子がいかにも人に道を教えているようです。
草の戸を立ち出づるより道をしへ 高野素十
道をしへ細かに飛びて祖母の里 岡本眸
素十の句、「草の戸」は草ぶきの庵の戸、転じて粗末なわびしい住まいのこと。文字だけみると、家を出たらそこには道をしへがいたという意味の句ですが、「草の戸」から「奥の細道」の旅立にある「草の戸も住み替る代ぞ雛の家」がすぐに思い出されます。道をしへは俳諧の先達である芭蕉のことでしょう。
▼「奥の細道」に関する記事はこちら
松尾芭蕉の俳諧紀行文「おくのほそ道」が3分でしみじみわかる簡単解説
拝み太郎、祈り虫、いぼむしり(秋)
カマキリの異称です。カマキリは独特な容姿から異称もたくさんあります。前肢(斧)を揃えている様子が何かを拝んでいるように見えることから拝み太郎、祈り虫と言われます。いぼむしりは斧でいぼをむしってくれるという見立てでしょうか。ちなみに、「おほぢがふぐり・おおじがふぐり」というのは、カマキリの卵塊の異称です。おほぢは漢字では祖父、意味は祖父もしくはご老人のこと。ふぐりは言わずもがな。採ってきて置いておくと、春先にうじゃうじゃ子カマキリが湧いてきて大変なことになります(経験済み)。
いぼむしり夜毎にふえる星の数 飯田龍太
穴惑・あなまどい(秋)
秋の蛇のことです。蛇は春の彼岸のころ冬眠からさめて姿をあらわし(蛇穴を出づ・春)、秋の彼岸のころに冬眠に入る(蛇穴に入る・秋)そうですが、その時期になっても地上で見かける蛇のことを穴惑と呼んでいます。なるべく早く穴を見つけてもらいたいものですね。なるべく居心地のよい穴を見つけて、ゆっくりしていてほしいと思います。
穴惑とて近寄れぬ威ありけり 稲畑汀子
舗装路の冷たさにゐて穴まどひ 能村研三
鬼の子、鬼の捨て子(秋)
蓑虫のことです。清少納言『枕草子』の第四十三段に由来しています。
▼『枕草子』に登場する切ない蓑虫の話はこちら
ミノムシ、ミミズ、カメ、タニシ、鳴くのはどれ?涙なしには読めない「鳴く理由」とは
この哀しい話は清少納言の想像力が生んだものなのでしょうか? それともどこかに伝承があって清少納言が書き留めたのでしょうか?
鬼の子やうしろの正面私かも 鳥羽夕摩
鬼の子に吹きつさらしの宵の来る 荒井一代
季語の現場に立つと季語をとりまく空気も感じられ、先人の句をあらためて思い出しますし、自分なりの把握もできます。俳句では句材を求めて外を歩くことを吟行といいます。来年はたくさん吟行に出かけたいと思っています。
参考文献
カラー図説 日本大歳時記 春・夏・秋・冬・新年 講談社
基本季語500選 山本健吉著 講談社学術文庫
十七季 第二版 三省堂