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2022.01.14

美女が戦う『忠臣蔵』も!葛飾北斎が描く日本史はさすがのド迫力!

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『冨嶽三十六景』などの風景画で有名な葛飾北斎は、実は歴史を素材にした数々の場面をも絵にしていました。「古事記」や「日本書紀」に始まって同じ江戸時代の事件にいたるまでのさまざまな出来事を、北斎流の絵に仕立て上げていたのです。そうした作品をたくさん集めて展示している「北斎で日本史 ―あの人をどう描いたか―」展(すみだ北斎美術館)を訪れたつあおとまいこの二人は、ビビビと来た絵に目を留め、好き勝手なことを語り始めます。

北斎の目を通すと、歴史はどうなっちゃうの!?

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

武蔵vs小次郎のぎりぎりのせめぎ合いを描く

つあお:今日はなんと、葛飾北斎先生が日本史を教えてくれるそうですよ。

まいこ:わー、楽しみ!

つあお:そこでいきなり出てくるのが、巌流島の決闘です! たわくし(=「私」を意味するつあお語)は宮本武蔵の大ファンなので、佐々木小次郎とのあの有名な決闘を北斎先生がちゃんと絵に描いていることに感銘いたしました。

葛飾北斎『絵本和漢誉』より「宮本武蔵 佐々木巌流」嘉永3年(1850年) 半紙本 すみだ北斎美術館蔵 展示風景 (通期展示)

巌流島=宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地として有名な巌流島は関門海峡に浮かぶ周囲約1.6kmの小さな島(出典=しものせき 楽しい旅のコンシェルジュ

まいこ:へぇ。つあおさんは宮本武蔵のファンだったんですか?

つあお:そうなんです。吉川英治の『宮本武蔵』は文庫本全8巻をむさぼるように読んだし、その小説を原作にした井上雄彦の漫画『バガボンド』もNHK大河ドラマ『武蔵』も全部鑑賞しました!

北斎がこの絵を描いたときから、だいたい240年前くらいの出来事です!

まいこ:そ、それはすごい! 宮本武蔵のどのようなところに惹かれるんですか?

つあお:そうですね。まずはやはり、絶対負けないことでしょうかね。

まいこ:それはかっこいい! 私もそーゆーヒーロー好きです。半沢直樹とか(ちょっと違うか。汗)

つあお:それがね、巌流島で決闘するときは、島に渡るために船をこいだ櫂(かい)を武器にしちゃったらしいんですよ。

まいこ:詳しいですね! 宮本武蔵といえば二刀流。そのうちの一刀は、この決闘では櫂だったということですか?

つあお:そのようです。この絵では、武蔵が右手に持った木刀で小次郎の顔面を叩いている。櫂を削って木刀にしたと言われているから、これがきっとその木刀ですね。北斎先生、ちゃんと描いているなぁ。

まいこ:それで木刀になっていたのですね! 謎が解けました!

つあお:たわくしが宮本武蔵が好きな理由は、もう一つあります。絵を描く達人だったことです。

まいこ:絵ーっ(笑)!

つあお:たわくしは武蔵が描いた絵にすごく惚れていて、『枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず)』(重要文化財、和泉市久保惣記念美術館蔵)という作品の実物が東京の美術館で展示されて初めて見たときには、前にたたずんで涙しましたよ!

まいこ:伝説の剣豪が描いた絵の現物が残っているってすごい!

つあお:そうなんですよ。そんなふうに芸術と武術を愛する人間にたわくしもなりたいなと思って、ラクガキと太極拳をやっているんです。

まいこ:宮本武蔵とは別世界っぽいですけど、それはそれで楽しそう(笑)!

つあお:ははは。それはもう楽しいですよ! それでね、芸術も武術も、体や道具の究極の使い方を追究する点では一致している。だから武蔵は、剣の使い方においても筆の使い方においても達人だった! ってのがたわくしの考えるところなんです。

まいこ:深いですね!

つあお:この絵には、そんな達人だった武蔵と好敵手だった小次郎のぎりぎりのせめぎ合いが描かれているような気がするんです。

まいこ:確かに、かなり独創的な感じですね。歴女とは言えないレベルの私でも、この二人の決闘はあまりにも有名なのでイメージはしていたのですけど、こーゆー場面だとは思っていませんでした。

つあお:そこはやっぱり北斎の面白さですかね。変な姿勢が大好きだから。

まいこ:本当に! それこそ、ちょっと前に浮世離れマスターズのトークで話した日本独特の「反り」がめちゃめちゃ入ってますね!

つあお:小次郎の「反り」なんて、まさに芸術的ですよ!

まいこ:ぎゃーという声が聞こえてきそう!

つあお:この場面はまさに小次郎がやられた瞬間の場面ですしね。

まいこ:私は武蔵が刀で一発で斬って勝ったのかと思ってたんですけど、最初は木刀の一撃が当たって勝負ありって感じだったんでしょうか?

つあお:一撃だったかどうかは不明ですが、木刀でも叩かれると痛いですもんね。武蔵ほどの剣豪が使えば立派な武器になるでしょう。小次郎の左手にもやられた感が出てる!

まいこ:大きな紅葉のように手を開いているのが劇的です!

つあお:この構図はちょっとエキセントリックに見えるけど、実は本当に戦ってる一瞬をばっちりとらえた名場面なのかもしれませんよ。二人の剣豪は、相手の攻撃をぎりぎりの姿勢で交わしながら自分の攻撃を繰り出している。

まいこ:なるほど! 静止画面としてみるととても不自然なんですけど、動画の一瞬を止めた決定的瞬間と考えると合点がいきます。手に汗握るシーンですね!

つあお:もう大迫力!

まいこ:それを活写した北斎の動体視力と想像力が天才的!

馬の描き方がうまい!

つあお:こういう戦いの場面は、ひょっとすると北斎は大好きだったのかも。あの有名な上杉謙信と武田信玄が戦った川中島の戦いも大迫力で描かれてますよ!

川中島=長野市街地の南方約5キロメートルの地点で、千曲川(ちくまがわ)と犀川(さいがわ)の両河川に挟まれた一帯の地域。この一部に旧川中島町があった。現在は長野市川中島町。戦国時代甲斐(かい)の武田信玄(たけだしんげん)と、越後(えちご)の長尾景虎(ながおかげとら)(後の上杉謙信(うえすぎけんしん))が戦った「川中島の戦い」の古戦場として名高い。(引用元=「日本大百科全書(ニッポニカ)」)

葛飾北斎『画本武蔵鐙』(下)より「上杉輝虎入道兼信 武田晴信入道信玄」 天保7年(1836年) 半紙本 すみだ北斎美術館蔵 展示風景 (通期展示)

まいこ:こちらは上杉謙信が馬に乗って上から切りかかっているので、より一層躍動感を感じます!

つあお:もうほんと大迫力!

まいこ:馬のくねり方も尋常じゃないですね。

つあお:この馬はかなりご主人様の思うことをよくわかってるような気がします。

まいこ:どこからそれがわかるのですか?

つあお:これ多分上杉謙信が武田信玄の脇に来て、馬がくるっと方向転換をして武田信玄のほうに向き直ったんだと思うんですよね。それがすごく馬の姿勢によく表れています。

まいこ:確かに! 馬の眼光が鋭くて武田信玄をじっとにらんでいます

つあお:こんな絵を見た江戸時代の人々はすごく興奮したんじゃないかな。

まいこ:テレビとかがないことを考えると、人々はこうした絵で十分盛り上がれたのですね。

つあお:そうそう。だから江戸時代の人々って、きっとみんな想像力がすごく豊かだったんだろうとも思うんですよ。

まいこ:中でも突出して想像力が豊かな北斎みたいな人がいると、きっと大人気だったのだろうなあ。

つあお:そういえば、たわくしの小学校で運動会で「川中島」っていう競技がありましてね。上杉軍と武田軍に分かれて戦った騎馬戦のことをそう呼んでたんですよ。

まいこ:なんかすごい! 運動会まで歴史になっている。

つあお:はちまきを取るルールの最近の騎馬戦とは違って、当時はほんとに相手方を地面に倒したりしてたんですよ。今じゃ危ないからやらせることはないと思いますけど。

まいこ:ワイルド〜!

つあお:北斎の絵を見て当時のことが目に浮かんで来ました。

まいこ:北斎とつあおが語る日本史ですね!

北斎はやはり怪物好きだった

葛飾北斎『絵本和漢誉』より「新田左中源将の義貞 竜神に祈て稲村が崎を干潟となす」 嘉永3年(1850年)半紙本 すみだ北斎美術館蔵 展示風景 (パネル展示)

つあお:もう一つ武将もので面白い絵を見つけました。新田義貞が海辺にたたずんでいる絵です。

まいこ:何だか、新田義貞と向き合った大きな波の中にも人がいますね!

つあお:そうなんです。海の波を怪物にするのは、北斎の得意技なんです。

新田義貞の祈りのわけは?こちらを読んだらわかるかも。

まいこ:以前つあおさんが、北斎の『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』の絵のトークでも指摘なさっていましたね。

つあお:北斎は怪物が好きだから、海の波が怪物に見えて仕方ないんだと思いますよ。

まいこ:それで何かと理由を見つけては、波と怪物を同化させているのでしょうか?

つあお:きっとそうです。それを見て私たちも思いっきり楽しんじゃってるわけです。今ほどは科学が発達していない江戸時代には、お化けを信じる人はきっと今より多かったでしょうから、リアリティーも現代人よりも強く感じていたかも!

まいこ:わーお!

美人が戦う『忠臣蔵』

葛飾北斎『忠臣蔵討入』 天明年間(1781〜89年) 大判三枚続 すみだ北斎美術館蔵 展示風景 (前期展示)

つあお:そして、北斎はあの『忠臣蔵』も絵にしちゃってる!

まいこ:あの国民的エンタメを! さすが北斎。ツボを押さえてますね!

つあお:まさに赤穂浪士四十七士の討ち入りの場面を描いているわけですが、すごく面白いなぁと思うのは、美人が何人も登場しているところです。

葛飾北斎『忠臣蔵討入』 部分
いわゆる浮世絵の「美人」が武器を持って戦っている。

まいこ:確かによく見ると、周囲の乱闘騒ぎをものともせずにすっとたたずんでいる美人さんたちがちらほら。

つあお:武器を持ってるから、多分戦おうとしてるんだろうけど、何かこう平然としてるところが浮世絵っぽくて、ちょっとシュールでいい感じ。

まいこ:シュールでクールですね。ふんどし姿で屋根から落ちそうになっている男性もいると言うのに(笑)。

つあお:浮世絵の美人はやっぱりそうでなくっちゃ。

まいこ:北斎は美人と、戦う男性たちのコントラストの面白さを表現したのかな?

つあお:武者絵は浮世絵に結構ありますけど、こんなにウィットに富んだ『忠臣蔵』はなかなかないんじゃないかな。

まいこ:そうですね。殺伐とした中にも、どこかしら余裕の空気。

つあお:まぁ、敵役の吉良上野介は画面の左下の方でしっかり捕まっちゃってるみたいだから、「一件落着」な感じなんですかね。

葛飾北斎『忠臣蔵討入』 部分
画面左下では、吉良上野介が赤穂浪士たちに捕まっている。

まいこ:ちゃんとオチはしっかり描いているのですね。そうそう、北斎のひいおじいさんが『忠臣蔵』の中で戦ったと言う説もあるそうですね。

【注】1893年に刊行された飯島虚心著『葛飾北斎伝』や同年刊行の雑誌「少年雅賞」に掲載された太華山人著 『葛飾北斎伝』に、北斎の母は、赤穂浪士の討ち入りの際の防戦で倒れた吉良上野介の家臣、小林平八郎の孫だったという内容の記述がある。

つあお:ひょお! ということは、かなり北斎にとって身近なネタだったわけだ。これは一生懸命描く気にもなるわけですね。

まいこ:何しろご先祖様が登場する歴史的ドラマなわけですから!

つあお:北斎の先祖がホントに吉良上野介の家臣だったら、すごいなあ!

まいこセレクト

葛飾北斎『三国伝来記』より 享和(1801〜04年)〜文化(1804〜18)初年頃 小本折帖  すみだ北斎美術館蔵 展示風景 (前期展示)

豆本のように小さいのですが、色がくっきりしてメリハリがあって、小粒でもピリリと辛かった作品。その上で、これが日本に仏教が伝来した歴史的瞬間だと知って大興奮。あの聖徳太子が活躍した古墳・飛鳥時代の重大イベントを、江戸時代の北斎はミニ画面にギュギュっと凝縮したのですね。しかも、 ここで一番大事な主役である「本尊の仏像」がちらりとも見えないところが粋。普通に考えると絵の中の人たちが囲んでいる鳳輦(ほうれん)という神輿(みこし)の中にあるようですが、実は全然違うものが入ってて、次の場面では全員がずっこけてたり! などなど、いろいろ想像できちゃって楽しい。ちなみに、本尊の仏像の次に重要な登場人物である欽明(きんめい)天皇も、御簾の向こうにおわしますのでお顔が見えません。鑑賞する人の想像力と合体することで完結するよう仕込まれた巧妙な作品!

つあおセレクト

葛飾北斎『富嶽百景』三編より「来朝の不二」 すみだ北斎美術館蔵 展示風景 (通期展示)

江戸時代の朝鮮と日本の友好の証しである朝鮮通信使が描かれています。まさに歴史を絵にした一枚と言えましょうか。服装がまず朝鮮を物語っているわけですが、たわくし的には楽器が描かれているところがとても興味深いです。ラッパのような楽器を吹きながら進んでいるのでしょうか。あるいは、富士山のふもとで朝鮮の音楽が鳴り響いていたのかもしれません。聴いてみたいなあ。

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『ヴァイオリン武士小次郎を描く武蔵』

二筆流の画家、みにゃもと武蔵はヴァイオリン武士小次郎を描くことで掛け軸の中に封じ込め、世紀の決闘において勝利を得たのです。ヴァイオリンが何となく武士っぽく描けてよかったです。

展覧会基本情報

展覧会名:北斎で日本史 ―あの人をどう描いたか―​​
会場名:すみだ北斎美術館
会期:2021年12月21日〜 2022年2月27日
前期:12月21日~1月23日
後期:1月25日~2月27日
公式ウェブサイト:https://hokusai-museum.jp/hokusaidenihonshi/

参考文献等

太華山人著 『葛飾北斎伝』(高橋省三編「少年雅賞​​」収録、国立国会図書館デジタルコレクション
飯島虚心(半十郎)著『葛飾北斎伝』(国立国会図書館デジタルコレクション

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

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平成元年生まれ。コピーライターとして10年勤めるも、ひょんなことからイスラエル在住に。好物の茗荷と長ネギが食べられずに悶絶する日々を送っています。好きなものは妖怪と盆踊りと飲酒。