Craft
2019.08.15

その不便さが、愛しい。〈林工芸の道行灯〉

この記事を書いた人

「夏は夜」

さる高名な歌人は、そう書き残した。おこがましいようだが、僕もそう思う。

夜釣りに蛍狩り、縁日。そして花火大会……。

そう。夏は夜なのだ。

近頃は、この季節を十全に楽しむために色々なものを買い求めている。団扇や風鈴、蚊遣に酒器と、ある程度は揃えたが、まだ足りないものがある。手持ちの提灯だ。ひとつあればなにかと便利だし、風雅な趣を楽しむこともできる。

しかり、方々を尋ね回ったものの、これといったものが見つからない。はてさてと困り果てていたとき、今回紹介する作品に巡り会ったのである。

林工芸のものづくり

こちらは、岐阜県美濃に拠点を構える〈林工芸〉が手掛けた〈まる〉という名前の道行灯だ。その名のとおり、丸みを帯びたフォルムが特徴的な作品となっている。

林工芸のものづくりは、和紙を手漉きで製造するところからはじまる。また、木型や灯具などの部品類も自社工場で生産しており、溶接や塗装も自らの手で行っている。もちろん、検品や梱包、発送も自社職員が担っている。

それを知ったとき、僕は強い感銘を受けた。昨今、ここまで気持ちを込めてものづくりを行うメーカーは、とんと少なくなってしまったからだ。作品に関わる人々のほとばしるような情熱を感じずにはいられない。

職人が丹念に作り上げた和紙を、別の職人が手作業で貼り合わせている。また、金属製の持ち手や木製のベース部なども主に手作業で製作。効率化が進んだ現代日本において、こういう真摯なものづくりを行うメーカーは極めて稀である。

点滅器にはどこか懐かしいトグルスイッチを採用。良い意味でギャップがあり、作品に洒脱な遊び心をもたらしている。

……どこまでも広がりそうな話だが、いったん小さく折り畳ませていただく。とにかく、このシンプルな道行灯が、〈心づくしの一品〉であることがお分かりいただけたと思う。人によって感じ方は異なるだろうが、僕は、こういうものづくりが好きだ。

〈まる〉は3つのパーツに分かれており、使用しないときは小さく折り畳むことができる。シンプルな構造なので、慣れれば10秒程度で組み立て可能だ。

読書や夜歩きの相棒に

部屋の大きさにもよるが、活字が読める程度の明るさとなっている。赤ちゃんのおしめを替えたり、ミルクを与えたりする際にも重宝しそうだ。

〈まる〉の光源はLEDで、それ単体では味気ないものだが、和紙を通過することで物柔らかい光に変わる。明るさもちょうどよく、他の照明よりもずっと寛げるから、もっぱら読書灯として活用している。また、就寝前にゆっくりと日本酒などを嗜むときにも重宝している。

最近は雨続きで機会がなかったが、ようやく梅雨が明けたから、色々な場所に相棒として連れて行こうと考えているところだ。

人が不便を愛する限り

和の空間だけではなく、洋の空間にもよく合う。これもまた、新しい民藝の形といえるだろう。

誤解を恐れずに言うと、〈まる〉は不便な照明だ。水や湿気に弱く、調光もできない。バッグに入れて持ち運びたいときは、いちいち分解して紙箱に収納しなければならない。しかし、それでも、手を伸ばしたくなるような魅力がある。かねがね、人間とは不思議な生き物だと思っている。便利さを追い求める一方で、ときには不便さを愛することもある。

時代は変わっていくが、そういう気持ちが残っている限り、こういう作品は残り続けるのではないかと僕は考えている(あるいは、そういう心緒を〈風流〉と呼ぶのかもしれない)。先のことは分からないが、結論を出すのに急ぐ必要はない。あと半世紀ほどかけて、じっくりその答え合わせをしていきたいと思う。

林工芸 店舗情報

本社・諏訪工場
住所:〒501-2577 岐阜県岐阜市太郎丸598-2
Webサイト:https://www.fores.co.jp/company.php