昔話って、おもしろい。
日本には30万もの昔話があると聞いたことがあるけれど、わたしが日本の古い物語に惹かれてやまない理由のひとつが動物たちの活躍にある。人間を騙し、いたずらし、恩を返し、ときに動物たちは人間と恋仲にさえなってみせる。
これが西欧の昔話となると、すこし様子が変わってくる。誰もが一度は耳にしたことのある『赤ずきん』のオオカミですら、お婆さんの真似(人間のモノマネ)をしたにすぎない。日本の場合、助けた鶴が美女の姿で訪ねてきたり(『鶴の恩返し』)、お婆さんに化けてお爺さんを騙したり(『かちかち山』)する。そのうえ西欧では、動物が何者かに化ける民話は日本ほど多くないのである。
それにしたって、動物たちはどうして人間の姿を借りるのだろう。なぜ正体を見破られる危険をおかしてまで人に会いに来るのだろう。そのままの姿では物言えぬ動物たちの秘めたる想いを探るため、今回は伝説・伝承を中心に日本の動物譚を集めてみた。
まるで浦島太郎? 助けたヘビに連れられて
平安時代末期に成立したとされる説話集『今昔物語集』には、とびきりの美女に変身したヘビの物語が記されている。鶴でも亀でもなく、ヘビである。
『浦島太郎』を髣髴とさせるヘビの恩返し譚は、寺へお詣りにいく途中だった京の侍が男に捕まったヘビを助けてやったことからはじまる。
ヘビを逃がした後、侍のまえに絶世の美女が現れる。この美女こそ、かつて侍が助けたヘビだった。美女は助けてくれたお礼にと侍を父母の家に招待する。侍は池のほとりで美女に教えられたとおり眼を閉じた。次に目を開いたとき、壮大な宮殿があった。侍の助けたヘビは竜王の娘だったのだ。たっぷりとおもてなしを受けた後、侍は必要なものは何でも出てくるという黄金の餅をもらいうけて帰路についたという。
狐と人の種を超えた家族愛
〈女化狐〉
農業に励むかたわら、むしろを編んで生活する忠五郎という男がいた。むしろが良く売れた日、忠五郎は寝伏している白狐に弓を向ける猟師に会った。空咳をして狐の命を救った忠五郎だったが、自分のほうは懐の金をすべて巻き上げられてしまう。
その晩、忠五郎は奥州から鎌倉へ向かう二人連れを家に泊めた。旅費を無くして悲嘆にくれる女に同情した忠五郎は、しばらく女を家に置いてやることにした。女は美しく、働き者で、やがて二人は結婚することになった。一女二男の子も授かった。幸福の絶頂にあった二人に、別れは突然訪れる。
ある秋の日の午後。
女は末の子に乳を与えながらまどろんでいた。そこへ帰ってきたもう一人の我が子が母を見て泣きだした。本当の姿を見られたからにはこの家にいられない。女こそ、忠五郎に助けられた狐だったのだ。女は悲しみを引きずりながら家族のもとを去っていった。
〈信太の葛の葉〉
摂津の国の豪族・安倍保名が信太明神へ参詣したときのことである。郎党に追われて逃げていた狐が保名のもとへ飛びこんだ。狐を逃がした保名だったが、自らは縛り上げられてしまう。しかし和尚が現れて諭したおかげで一件落着。保名は無事に逃れることができた。じつはこの和尚、先ほど逃がした狐が化けていたのだが、保名は気付いていない。
保名は寺を去り、谷へ降りて水を飲んでいた。すると美しい娘が近づいてきて自分の家で休むようにと誘った。娘の好意に甘えて一晩が二晩になり、十日たち、ついに二人は結婚する。男の子も生まれた。しかし女は狐の姿で寝入っているところを見られてしまう。その日から女の姿は見えなくなった。この女もまた、保名が助けた狐であった。
ところで、真偽のほどは定かではないけれど、この女の狐と保名とのあいだに産まれたのが後の陰陽師、安倍晴明とのうわさもある。
あなたに会いたくて。人との交わりを願う動物たち
狐が美女に化けたり、和尚に化けたり。友情や夫婦の契りを結ぶために危険を冒して訪ねてきた動物の姿に、わたしたちは心うたれる。なにより不思議なのは、〈女化狐〉や〈信太の葛の葉〉における狐たちの立ち振る舞いだ。
狐たちが子どもと夫に向ける愛情はまるで人間のそれと変わらない。我が子に乳を与える様子なんて、まるで人間の母親のようである。だからだろうか。動物の身でありながら人間と恋におち、子どもにも恵まれた一匹の狐が、些細な、しかし守らなくてはならない秘密を見破られたために全ての幸せを置いて家を去るさまはあまりにも悲しい。
それでも彼女たちは危険を犯して人に会いに来る。感謝の気持ちや愛を伝えるため、人の世と結ばれたいと願って、人の姿を借りて現れるのだ。
猫も鳥も貝も人間に化けられる?
動物が人間に変身するという昔話は日本に数多い。
物語のなかでは猫も猿も猪もコウノトリも蜘蛛も蛙も貝ですら、人間に化けてみせる。動物が人間と恋をするなんて序の口で、爬虫類も魚類も昆虫も人と結ばれる。そのなかでもとくに目立つのが、狐が人間の姿を借りて現れるパターンだ。
日本における狐の人への変身説話は中国の狐妖異譚の影響を受けていると考えて良さそうだ。それでは狐と人間との異類婚姻譚が日本で流布しはじめたのはいつ頃だろうかと調べてみると、平安時代初期に書かれた最古の説話集『日本霊異記』にその手がかりを見つけることができる。どうやら日本の地方では、9世紀の初めころには狐を神(あるいはその手先として)とする信仰があったらしい。これが日本に古くから存在していた狐女房譚と合わさって、今の形になったと想像できる。
ちなみに日本の昔話には、人間が動物に化けるという逆の形をとる話も多い。次に紹介する『牛尾の払子』もその一つ。
体は動物、心は人間。牛になった修行僧 〈牛尾の払子〉
越前にある慈眼寺から修行のために金竜寺へやってきた智雲という名の小僧がいた。智雲は朝から晩まで働き、学問にも熱心に打ちこみ、それはもう真面目な性格の持ち主だった。しかし和尚にはひとつ気がかりな点があった。智雲が食事を終えると必ず自室に引きこもってしまうことだ。
和尚は理由を聞いてみようと智雲の自室へ行き、そっと部屋を覗いた。すると、そこにいたのは牛となった智雲だった。衣の裾から長々と尻尾をだして、ぐっすりと眠りこけている。どうやら智雲は生きながら畜生道へ入ってしまったらしい。
恥ずかしい姿を目撃されてしまった。智雲は生きる力を失い、近くの沼へ飛び込もうと駆けだした。和尚はどうにか追いつくと、死なせまいと牛の尻尾を力の限りに引っ張った。ところが尻尾はぷつんと切れて、牛はそのまま水底へ。和尚の手には切れた尻尾だけが残された。智雲を哀れんだ和尚は残った尻尾で払子(僧が煩悩を払うために用いる仏具)を作ったという。
日本人の動物観
『牛尾の払子』は、牛になってしまった不幸な僧の物語である。牛の細い尻尾をむんずと必死に掴む和尚と糸が切れたようにぷつりと尻尾が切れてしまう場面はユーモアに満ちていて、智雲の不幸に同情しつつも、くすりと笑える。
ところでこの不幸な僧は本物の牛になってしまったのだろうか。つまり、牛の姿であるときは草を食べ、「モー」っと大きく鳴いたりするのだろうか。それとも姿形は牛でも本質的(精神的)には、人間のままなのだろうか。もしそうなら気の毒なこと極まりない。そもそも、どうして牛に化けることができたのか気になる。人が動物に変身した物語は牛のほかにも、馬や鳥や虫など多種多様だ。本来ならば動物が人に変身するなんて起こり得ないし、少なくともわたしは聞いたことがないが、こうした動物譚は日本人の動物観を知る手掛かりになるように思う。
この世に生きるもの全ては、六道と呼ばれる6つの世界を何度も行き来する(六道輪廻)。その世界の一つ「畜生界」は動物や鳥、昆虫の住まう世界だ。
それでいて昔話の世界に生きる動物たちは、いつも人間と対等にわたりあう。言葉巧みに人に話しかけ、人を凌ぐ容貌を持ち、交渉すらしてみせる。おそらく日本人にとって動物は、古くから身近で親しみやすい存在だったのではないだろうか。その関係性は上下関係を飛び越えてしまうほどで、彼らが潜在的には人間なのだと考えていたのではなかったか。
人から動物への変身説話は、古代日本の神話や仏教説話の伝統を受け継いでいることも述べておきたい。なのでこうした動物譚と仏法とのつながりもまた無視することはできないだろう。
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狐の後日談
動物に対する考えかたは歴史の産物だ。動物譚は、日本人の動物観がどのように形づくられてきたかを教えてくれる。動物が人間に化ける昔話が多いのは、動物を擬人化しやすい日本人の習性の産物だろう。
日本の動物譚では、馬や牛といった家畜として人の生活に役立ってきた動物だけではなくて、蛙や貝など人の暮らしに貢献しない生き物も多く登場していて興味深い。人間も動物もまるで川岸をまたぐように、人間から動物へ、動物から人間へと気軽にお互いの存在を行き来してしまう。
ところで『女化狐』の物語には続きがある。
狐の足跡を追いかけた忠五郎と子どもたちは、森のなかの穴に隠れている狐を見つける。「出てきて!」と呼びかける家族に狐は「あなたたちの守り神になる」と告げ、走り去ったという。その後、忠五郎の子どもたちは皆それぞれ出世したと伝わる。母親狐が陰からそっと見守っていたのかもしれない。家族を想う気持ちは動物も人間も変わらないということだろう。やがて狐の隠れた森は「女化ヶ原(茨城県)」と呼ばれるようになった。そう、実在するのだ。
昔話って、つくづくおもしろい。