この記事をご覧になっている方の中には、美術館や博物館などに行った際、古代中国の青銅器を目にしたことがある方も多いと思います。謎めいて神秘的なこれらの青銅器は、今から約三千年前、殷周時代に生み出され、国や時代を超えて多くの人を魅了してきました。
そんな魅力的な中国古代の青銅器ですが、一見、何に使っていたのか想像もつかず、文様なども奇想天外であるため、どうやって鑑賞すればいいか分からない、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、世界でも屈指の青銅器のコレクションを所持する泉屋博古館の学芸員、山本堯(やまもとたかし)さんに、青銅器とは何かというところからその奥深さまで、広く語っていただきました。
※美術品として特に評価が高いのは殷周時代の青銅器で、泉屋博古館には殷周青銅器のほか、後の時代の青銅器も所属されています。なお、この記事で「青銅器」という場合、殷周とその周辺の時代の青銅器を指します。
古代中国の青銅器とは? 高度な技術による鋳造作品で、祖先神をもてなすための祭祀用の器
――最初に、古代中国の青銅器の概要や特徴を教えていただけますか。
山本:まず青銅とは何か、というところからお話しますと、青銅は銅と錫(スズ)の合金で、錫が入ることで融解温度が低くなって扱いやすくなり、人類が最初に使った金属とされています。青銅器で特徴的なのは、お祭りのための器が多い点ですね。
――古代に青銅でつくられた道具は、世界各地で見られますが、他の地域などでは、武器や工具として使われることが多いように思います。お祭り用の器とは面白いですね。
山本:はい、青銅器は、溶かした金属を鋳型に流し込む技法、鋳造でつくるのですが、複雑な形の器に細かい文様を入れているので、非常に高度な技術が用いられていたことが分かります。
青銅器の多くは祖先神のお祭りのために使われたとされています。祖先神はもてなしに応じて幸いを授け、祀らないと災いをもたらすとされました。
こうした祭祀を重要視する思想は、古代中国の言葉で、「国の大事は祀と戎とに在り」、つまり国の大切なことは祭祀と軍事ですよ、という趣旨の記載からも伝わってきます。古代中国では祭祀と軍事を重視し、青銅で祭祀の器をつくっていたということですね。なお、この時代には青銅の武器もつくられています。
不思議な形の器は、何に使われていた? 食べ物やお酒や水を入れたり、楽器にもなっていた
――青銅器はいろいろな種類がありますね。分類などできるのでしょうか。
山本:種類としては、食べ物を入れる食器、お酒を入れる酒器、水を入れたり手を洗ったりする水器、音を出す楽器の4種に大別でき、それが細分化されて恐らく40種類以上にのぼります。
具体例を挙げますと、食べ物を入れていたものの中で、鼎(かなえ)は牛や豚、羊などの肉入りスープを入れていたとされる器で、内部に牛骨が残っている出土品もあります。簋(き)は穀物を盛るための器で、高坏(たかつき)のような形をした器の豆(とう)には、ビーフジャーキーやピクルスなどを盛っていました。
酒器で言いますと、爵(しゃく)はテレビドラマなどの登場人物がこれでお酒を飲んでいたりしますが、実際はお酒を温めるためのものです。卣(ゆう)は蓋つきの酒器、觚(こ)はどろっとしたお酒をスプーンのようなもので掬って飲むための器で、觚に入っていたお酒は、今でいうヨーグルトのような食べ方をしていたのでしょうね。
なお、当時の儀式用のお酒は、黒黍(くろきび)を醸造して鬱金草(うこんそう)の煮汁を混ぜたとされています。この鬱金草の香りを天に届け、祖先神を降臨させようとしたようです。
――形を見ても用途を思いつくのが難しいですね。当時の人は想像力豊かだったのだろうなと思います。分類も多いですね。
山本:器の用途や名前などは、文献に記載があって判別できるものもありますが、一番重要な手掛かりは、器に書かれた銘文ですね。銘文で「○○という器をつくった」といった文が書いてあることがあり、そこから名前が分かることがあります。
ただ、銘文などの手掛かりがなくて、本当に当時の人がその名前を使っていたのか、という疑問が残るものもありますね。例えば、蓋が怪獣の形をしている兕觥 (じこう)は、お酒を注ぐための器ですが、当時の人が「兕觥」と呼んでいたのかは分かりません。
表面の複雑な文様の見どころは? 饕餮や龍、鳳凰など、多彩なかたちを楽しむ
――青銅器で目に入るのは、表面の複雑な文様です。特に饕餮文(とうてつもん)は有名ですね。
山本:青銅器に一番使われているのは、獣の顔面が正面を向いている文様で、これを饕餮文と呼んでいます。
殷周より後の時代の文献には、饕餮は、「欲深い邪悪な獣」として登場します。また、中国の戦国時代末期の書籍である『呂氏春秋』に「周の鼎(かなえ)には饕餮をあらわす」という一節が出てきまして、それを読んだ宋の時代の学者が饕餮文と名付けた、という経緯があります。
ただ、当時の人が「饕餮」と呼んでいたかは分かりませんし、饕餮を邪悪な獣だとする伝承が記されたのも饕餮文がつくられた後の時代なので、伝承内の饕餮が、今饕餮と呼ばれているもののことを指しているのかも定かではありません。
今の研究者は、饕餮文は目立つところについているため、当時の人が重要視した文様であることは確かと考えており、最高神であるという説が有力視されています。最近では、饕餮文という名前が正確ではない、とする説もあり、「獣面文」と呼んでいる研究者もいらっしゃいます。
饕餮文は、器によって表情が異なっていて、笑っているように見えるものや、つぶらな瞳のもの、眠たそうに見えるものなど、いろいろ見てみると面白いですね。青銅器は鋳造の際に型を破壊するので、全く同じ文様の器はつくれません。従って全て異なる文様になるので、見比べると発見があると思います。
――饕餮文以外にも、いろいろな文様がありますね。
山本:この時代によくある文様としては、龍や鳳凰の原型などが挙げられます。どちらも現在とは意味がかなり異なっていて、龍は今では皇帝の象徴などとされていますが、青銅器では脇役として扱われていて、最高神である饕餮の使いのような役割として解釈されています。
鳳凰はメインとして登場することもあり、鶏冠があってなびく羽があるのは今と共通していますが、全体として今の姿とはだいぶ違いますね。鳳凰は、現代でも皇室や皇后の象徴とされたりしますが、殷周時代には生命力の象徴とみなされていた可能性があります。
中国古代の青銅器の鑑賞を楽しむには? 前知識がなくてもいいし、入り口はいろいろある
――中国古代の青銅器を鑑賞するにあたり、どうすれば楽しめるでしょうか?
山本:ミミズクの形をした『鴟鴞尊(しきょうそん)』や、人を丸のみにする形で抱きかかえている虎型の虎卣(こゆう)など、かわいいものや面白いものがあるので、前知識がなくても楽しんでいただけるでしょう。最近ですと、いろいろなアニメや小説などで饕餮が出てくることもあり、そうしたきっかけで見に来ていただければとも思います。
――泉屋博古館に青銅器コレクションは、第15代当主の 住友春翠(すみともしゅんすい)氏によって収集されたと伺いました。
山本:ええ、幼いころから中国文化に親しんでいた住友春翠は、煎茶に傾倒しており、煎茶会で使う床飾りのために青銅器を購入したのがコレクションのきっかけだったといいます。最初は小さい作品から入手し、その後、体系的に中国古代の青銅器を集めていくことになりました。
――床飾りのための購入から今のコレクションに結びついたとは、中国古代の青銅器への入り口は、いろいろな場所にあるんですね。
山本: 年明けには、六本木にある泉屋博古館東京で、青銅器の展示「泉屋博古館東京リニューアルオープン記念展Ⅳ 不変/普遍の造形 ―住友コレクション中国青銅器名品選―」を開催します。この時、根津美術館さん、松岡美術館さんと合わせると港区に中国古代の青銅器が集結するので、トークイベントなども開催する予定です。
中国古代の青銅器に興味を持っていただくきっかけは何でもいいですし、前知識も必要ありませんので、展覧会や関連イベントに、気軽に足を運んでいただけたら嬉しいですね。
展覧会詳細
展覧会名:「中国青銅器の時代」
場所:泉屋博古館(京都・鹿ヶ谷)(京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24)
会期:2022年11月3日(木・祝)~12月18日(日)
開館時間: 10:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(祝日の場合は翌平日)、展示替期間、年末年始、その他臨時に定める日
HP:https://sen-oku.or.jp/program/20220903_bronz/
展覧会名:「泉屋博古館東京リニューアルオープン記念展Ⅳ 不変/普遍の造形―住友コレクション中国青銅器名品選―」
場所:泉屋博古館東京(東京都港区六本木1丁目5番地1号)
会期:2023年1月14日(土)〜2月26日(日)
開館時間: 11:00~18:00 ※金曜日は19:00まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(祝日の場合は翌平日)
HP:https://sen-oku.or.jp/tokyo/
【取材協力】
泉屋博古館
公式HP:https://sen-oku.or.jp/
山本堯:
公益財団法人泉屋博古館学芸員。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学、博士(文学)。
専攻は中国考古学、先秦史、中国金工史。
担当した主な展覧会
『泉屋ビエンナーレ2021 Re-sonation ひびきあう聲』
『【開館60周年記念特別展】瑞獣伝来―空想動物でめぐる東アジア三千年の旅』
『【特別展】金文―中国古代の文字―』