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2022.11.01

小学館と東京藝大が「包括連携協定」締結

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アートと教育で「共生社会」の実現を

株式会社小学館と国立大学法人東京藝術大学は10月19日、「アートと教育の力によって共生社会の実現を目指す」ことを目的として「包括連携協定」を締結しました。

これは、「アートと教育の力によって共生社会の実現を目指す」ことを目的に、小学館が持つ教育・美術出版の各事業、さらにはメタバースをはじめとするDX事業と、東京藝術大学が持つアートリソースやコンテンツを融合し、より強固なパートナーシップを結ぶことを目的とするもの。東京藝大の赤レンガ1号館で行われた締結式には、相賀信宏・小学館代表取締役社長と日比野克彦・東京藝大学長が出席。協定書にそれぞれ署名しました。

(写真:永田忠彦)

小学館と藝大は、2018年に「藝大アートプラザ」に関わる共同事業契約を締結。同施設の運営や教職員、学生、卒業生が創作した作品等の展示販売、商材の共同開発等に取り組んできました。今回の包括連携協定は、藝大アートプラザの協同運営だけではなく、藝大が現在取り組む「『共生社会』をつくるアートコミュニケーション共創拠点」開発研究をより強力に推進していくためのもの。協定の内容として「文化芸術によるイノベーションの創出や地方創生」「文化芸術の教育研究」「共生社会をつくるアートコミュニケーション」など5項目を掲げています。

今後は、子どもから高齢者までを対象としたアート教育事業や「S-PACE」(小学館メタバース)におけるアートと教育の共同開発事業、「S-PACE」における藝大アート作品の展示販売、藝大の教育研究リソースを活用した出版事業、藝大アートプラザによる学生の活動のサポートといった面で連携を深めていく予定です。

締結式に引き続いて、相賀社長と日比野学長の会談の場が設けられ、今後のビジョンなどについて互いに意見を交わしました。会談の中で、相賀社長は今回の協定について、「社会におけるアートの位置づけまで含めて総合的に考えていきましょうということで締結に至った。藝大アートプラザを入り口として、今後さまざまなかたちで展開させていきたい」と話しました。また、日比野学長は「藝大が目指す、アートによる共生社会の実現に向けて、さらには豊かな国づくりに貢献していくという点で、小学館が持つさまざまな知見やノウハウを生かしていきたい」とコメントしました(以下、会談要旨に詳細)。

(写真:永田忠彦)

相賀社長・日比野学長会談(要旨)

「社会におけるアートの位置づけを共に考える」

——包括連携協定を締結した目的は。

日比野 すでに小学館とは「藝大アートプラザ」という施設を共同で運営してきました。東京藝術大学として、これから研究や教育はもとより、社会との連携を深めていこうとしている中で、小学館の目指す世界観と我々藝大の目指す世界観には共通したところがあると考え、今後さらに具体的な活動を進めていければと思い、包括的な協定を締結しようということになりました。
 在学生だけでなく、全国にいる藝大の卒業生、アーティストたちを支援するという点でも、彼らの活躍の場を各地域の中で創出したり、そこから各地でアートプロジェクトを根付かせたりしていければと考えてきました。しかしそれらは藝大のマンパワーだけではとても実現できません。社会の中にアートをしっかりと組み込んでいく、そのことによって「共生社会」を実現していく、豊かな国づくりに貢献していくことを目指すうえで、小学館が持つさまざまな知見やノウハウを共有させていただきたいと考えています。

相賀 東京藝大とは「藝大アートプラザ」に関わる共同事業を契機として、昨年には小学館の創立100周年記念ロゴを藝大の学生に公募して実際に作成を依頼するというプロジェクトでも連携させて頂きました。こちらのロゴに関しては非常に好評を博しており、あらためて藝大の若手作家のポテンシャルを感じています。
 アートはノンバーバル(非言語的)であり、日本だけでなく世界で通用しうるものでもあります。上野という都会の中心で多くのアーティストやクリエイターを輩出している東京藝大は非常にクリエイティブな教育機関であり、一方で私たち出版社はクリエイターやアーティストのエージェントとしての役割も担っています。
 そうした点で、今後さらに連携を深めていくことで、さまざまなアーティストやクリエイターたちと共に歩みながら、彼らの作品を世界に広げていけるのではないかと考えています。社会におけるアートの位置づけまで含めて一緒に考えていきましょう、ということで今回の締結の運びとなったことは、私どもとしても非常にありがたく、そして楽しみに感じてもいます。

(写真:永田忠彦)

アートが実現する共生社会とは

——社会の中でアートは今後どのように位置づけられていくと思われますか。

相賀 ネット書店などの出現によって人々は本を手にするのに必ずしも書店に立ち寄る必要がなくなりました。しかし出版社にとって書店はこれからも非常に重要な存在です。私たちは常日頃から「いかにして書店の存在をより身近に感じてもらえるか」ということを考え、さまざまな施策を実施してきました。それと同様に、アートも「美術館に行く」とか「コンサートホールに行く」といった特別な行事としてではなくて、人々がもっと普段の生活の中で自然に感じられることが大切だと思っています。
 アートが社会にとって重要である理由の一つは、「アートは自由である」ことだと思います。人と同じでなくてもいい、むしろそれがアートだという、ある意味で「心の逃げ道」でもあります。自分の好きなように生きていいということが、多くの人の可能性を広げていくのではないか。そんなアートが街のいたるところで感じられる、アートと社会が共にあるという世界を目指すこと、そしてそれを我々がサポートすることは、社会にとっても非常に有益なことではないかと考えています。

日比野 相賀社長がおっしゃるように、アートの特性の一つは、同じリンゴを描いたとしてもそれぞれ違っていいということ。科学であれば、一人が正解であとは間違いということが起こり得ます。けれどもアートはある意味全員正解です。ですからアートを社会の中に位置づけるということは、誰一人として取り残さない、誰もが排除されない、あなたと私とは違うけれどもあなたのことを認める、という社会を作ることでもあると思うのです。
 アーティストと一緒に絵を描くワークショップやものづくりなど、もちろん絵画に限らずさまざまなプロジェクトや行事を仕掛けていくことで、街の人たちがアーティストと出会う場が増えていけば、多様性のある共生社会の実現に近づくのではないかと思っています。

(写真:永田忠彦)

——包括連携協定の目的として「アートと教育の力によって共生社会の実現を目指す」ことを掲げています。今後どのように進めていく予定でしょうか。

相賀 一例ですが、音楽や絵画を通して子どもたちがアートと触れ合える機会を提供していければと考えています。たとえば音楽家を目指す藝大生の練習の様子を子どもたちに見学してもらうというようなことも、学生の側からすれば何気ない様子ですが、子どもたちにとっては価値あることだったりするのではないかと思います。このような視点は教育出版活動を通じて常に子どもたちの声に接してきたからこそのアイディアだと考えます。
 一方で若手アーティストたちを支えていけるようなビジネスの構築も必要だと思います。藝大を外から眺められる小学館だからこそ、これまでにない新しいアートの届け方や伝え方を提案したり一緒に考えていけるのではないかと思いますし、もちろんアートの視点から我々自身のビジネスを見直すチャンスでもあると考えています。

日比野  子どもたちへの教育という点で言えば、義務教育におけるアート教育のあり方も変えていきたいと思っています。人間の感性の基礎ができていく重要な過程において、先程のような考え方を波及させていける活動を、特に漫画やゲームといった分野で強い発信力を持つ小学館と一緒に進めていければと思ってます。

超高齢化社会に対してアートができること

——一方で、高齢化社会に対する取り組みとしても、藝大は2030年に到来する超高齢化社会を念頭に、アートによって「社会課題の解決」を目指すという挑戦を進めています。

日比野 美術館に通ったり何か文化的な行事に参加したりすることで、認知症の進行が抑制されたり、症状が緩和したりするということはすでに医学的に実証されていますし、今後ますます研究が進んでいくでしょう。
 また、介護などの場面でも、先述のように心の部分で文化がケアできることは決して少なくありません。お腹が痛くなったらお医者さんで薬を処方してもらうように、気持ちが不安定なときには文化と接する処方をくだすという「文化的処方箋」のためのシステムを構築する。そのために「文化リンクワーカー」のような人材を育成していくということも、超高齢化社会に対してアートの文脈だからこそできることの一つです。
 体の健康だけなく、心の豊かさや心理的な健康という部分では、特に文化が関与できる余地はまだまだ大きくあります。定量化することが難しい分野ではありますが、数値化する努力もして、予算的にも具体的に考えていけるようなエビデンスをしっかり研究しつつ、取り組みを進めていくことが、我々藝大にこれから求められていくことです。

(写真:永田忠彦)

相賀 社会の高齢化自体は止められない中で、たとえばオーディオブックなども含めてコンテンツの届け方を、よりアクセシブルなかたちで考えていく必要があると考えます。
 ただ、コンテンツの楽しみ方や届け方が自分たちのエゴになってしまっては意味がないですし、今は一方があるべきかたちや姿を押し付ける時代ではなくなりました。さまざまな楽しみ方があっていいという時代の中にあって、アーティストやクリエイターとの交流の仕方もどんどん変わっていくと思います。そのとき、先ほど申し上げたアートのノンバーバル(非言語的)な性質、国境を超えて理解し合えるという要素は、出版活動においても多様な可能性を感じさせることだと感じます。
 私自身は、「高齢化」という問題だけを考えていても解決策を見出すことは難しいのではないかと感じています。やはり若い人たちが、新しいアイディアや技術を創出していくことで、高齢化という社会課題の解決策も見出していけるのではないか。それには少子化ということも考えなければならないですし、いずれにせよ問題を一面的に捉えるのではなくて、すべてが関連しているという前提に立って考えていく必要があるのではないか。そのように思います。

(写真:永田忠彦)

日比野 私は感動というものは「ギャップ」から生まれると思っています。皆が同じ考え方でフラットな状態では、何も生まれない。高齢者か若者かというだけではなく、認知症の方でも、元気な人でも、高校生でも、LGBTQの当事者でも、日本人でも、海外の人でも、いろいろな考え方があって「そんなふうに考えるんだ」というところに驚きがあるし、その考え方のギャップからアートの感動って生まれるものだと思うんです。
 そんなふうにして、さまざまな背景を持つ人たちを一つに集めたとき、彼らの間のファシリテーター役になれるのがアートであり、アーティストなのかもしれない。アートはそのような言語を超えたワークショップのファシリテーターであり、コミュニケーターでもあるはずです。

相賀 それはきっと編集者の役割にも通じる部分がありますね。編集者はプロデューサー的な存在でもあって、我々がやっている仕事は、作家の才能をどうプロデュースしていくかということでもあります。アーティストやクリエーターのアイディアに対して、「それおもしろいね」と認めるところから始まり、実現するために必要な要望を聞きながら、必要な人や場所とつなげていく。一緒におもしろがりながらプロデュースしていく中で、一つの大きな世界観を世の中に示していくということは、私たちが得意としていることでもあるんじゃないか。むしろ出版社の可能性というのは、そこにあるのではないかと思います。

「すべての入り口」になる藝大アートプラザ

——最後に、すでに連携を深めてきた「藝大アートプラザ」の今後について、将来的なビジョンなどがあればお聞かせください。

日比野 藝大アートプラザには非常に大きな可能性を感じています。もともとは藝大の若手アーティストの支援という点で小学館の力を借りてスタートしたわけですが、あの場所は一般の人たちが唯一入れる藝大の空間でもあるわけです。今、僕たちは「美術」というと美術館の中にあるものというイメージが先行しがちですが、江戸の文化が町人や民衆たちの中から広がったように、「民」の力ももっと注ぎ込んで、アートを民主化するというか、そうした大きな動きの拠点にしていければと考えています。

相賀 藝大アートプラザは、この包括連携協定を結ぶに至った大きな入口です。それと同時に、上野という場所を訪れる人たちにとっての東京藝大への入口でもあるわけです。ここで藝大生の作品のファンになる人もいるでしょうし、それまで興味のなかった人がアートにふれてみるきっかけとなり得る、そういう意味ではまさに「アートへの入口」でもあるはずです。
 これから藝大と小学館のいろいろな展開がなされていく中で、藝大アートプラザがそれらの「壮大な実験場」であり、地域の人々との最初の接点になってくれればと思います。

(写真:永田忠彦)