7月29日(土)−8月26日(土)、小山登美夫ギャラリー六本木でも上田義彦展「いつでも夢を・永遠要憧憬」が同時開催。両展覧会は、1990年から2011年まで上田さんが撮影を担当したサントリーウーロン茶の広告写真の作品シリーズを中心に紹介するもので、345作品を収録した豪華な写真集『いつでも夢を』(赤々舎)も発売されます。
和樂web独自となる上田義彦さんへのスペシャルインタビューをお届けいたします。
“謎めいた国” 中国での撮影
――サントリーウーロン茶の広告は上田さんの代表作として知られています。1990年から2011年のほぼ20年間、日本と中国、ふたつの国の移り変わりも感じられたのではないでしょうか。
最初に中国を訪れたのは、サントリーウーロン茶の仕事が始まる少し前、1985年ごろです。まだ中国は謎めいた国で、初めて降り立った北京の街には、商業的な看板はまったくなく、目につくのは、白い文字でスローガンが書かれた赤い横断幕。冬は街がぼんやりと霞んでいて、今から思えばスモッグだったのかもしれませんが、新鮮な光景でした。
全日空が中国航路を就航した1987年には、「ANA’s CHINA 映画より、面白い国。」というコピーの広告写真の撮影のために北京に行きました。サントリーウーロン茶の広告の仕事がはじまったのは天安門事件の翌年の1990年からです。年に2回撮影があり、その前にモデルの人探し、撮影場所を探すロケハンで、年間6回は中国に行くことになりました。
最初の撮影は上海。京劇の学校の男の子とバレエ学校の女の子がモデルで、寄宿舎に入って懸命に生きている彼らのピュアさを表現したいと思いました。当時、日本はバブル経済の真っ只中で物が溢れていましたが、中国は余計なものが全くなく、清廉とつつましやかに人々が暮らしているように見えました。その雰囲気を伝えたいと思いながら、毎回、撮り続けていたように感じます。
上海では「和平飯店PEACE HOTEL」が定宿で、そこから撮影スタッフのみんなと一緒にロケバスで4〜5時間かけて地方を回って撮影場所を探しにいくのです。宿に戻る帰路、キラキラと輝く上海の夜景を見ながら、「これはもうすぐ追い抜かれちゃうね」とバスの中でみんなと話をしたのを覚えています。
――当時、広告の写真やコマーシャルで流れていた映像を見て、なんてピュアな佇まいの人たちなのだろうと思った人も多いはずです。
本番の撮影の前の人探しとロケ地探しには、毎回時間をかけていました。人は、バレエ学校の生徒さんたちにお願いすることがほとんどで、ハルピン、北京、上海の3つの学校を北から順番に回って練習風景を見せてもらって探していました。学年が低いクラスから大きなクラスまで、何かヒントがないかと見逃さないようにじっと眺めて、気になる子がいたら、先生にお願いして廊下に出てきてもらって少し話をして。資料も何もないところから選んでいく地道な作業でした。
場所は、コーディネーターさんにも相談しながら絞り込んでいくのですが、現地に飛んで、そこから場所を決めるために、ほぼ一日中歩くのです。広告制作会社サン・アドのアートディレクターの葛西薫さん、コピーライターの安藤隆さん、演出の前田良輔さん、制作スタッフの人、現地の人、7〜8人でロケバスに乗って、よさそうな場所があれば降りて歩いて、「もう少し歩くと何かあるかも」と言いながらさらに奥に歩いていって。情緒や気配がありそうな場所を探して、何日もかけて歩きました。
始まったばかりの頃は、僕もまだ20代でした。よく覚えていないのですが、最初のほうは、僕はみんなと一緒に夕食を食べなかったらしいです。お酒を飲む場に同席するのはやめておこう、自分はひよっ子だから業界のおじさんたちに丸め込められてはいけない…と意外に固い決心でいたのかもしれません(笑)。
今回の個展で安藤さんが「もいちど夢であいましょう」とコピーをつけてくれましたけれど、今となっては、本当にあった仕事なのだろうか、夢みたいな仕事だったと思います。みんなが純粋な気持ちで広告をつくっていた、本当に楽しい仕事でした。移動の時間も食事の時間も、ずっと楽しくてうれしかったですね。
写真が、その人、日常の風景と重なっていく
――上田さんは、森や川など自然の風景、ポートレイト、建築など幅広い作品を撮られていますが、広告というメディアの撮影とご自身の作品の撮影ではちがうことも多いのではないでしょうか?
僕は20代でこの世界に入ったときから「広告も作品も一緒だ」と言い続けてきました。そうした発言が生意気と言われたこともあります。仕事と自分の作品を分けることをしなかったので、「こうしたほうがいいと思う」「僕はこう思う」と言うので、喧嘩のようになったこともあります。「決まったことだから変えられない」というのではなく、話し合いをすることで「だったら、こうしてみようか」と、状況が変化していくことを躊躇しない人たちと一緒に仕事を続けてこられたのが幸せだったのだと思います。
――デジタルカメラが一般化した今、8×10(エイトバイテン)のフィルムの大型カメラのシャッターを切る瞬間の尊さも感じます。上田さんはなかなかシャッターを切らない写真家だともいわれていたようです。
そんなことはないと思いますけれどね。被写体を眺めていると、自分の体の中から「わっ」と湧き上がる瞬間があります。大きく動いたからとかじゃなく、ほんのわずかに目の表情が変化したとか、微妙な違いなのですけれど、そういう姿や光景になった瞬間にシャッターを押しているんです。見つめ続けていると、ふと、全体の調和がとれた瞬間が訪れて、その変化に驚いてシャッターを押している。形だけ見ていても気づかないこと、気配とか、光とか、ちょっと風が吹いたことで人の表情が変わることとか、そういうものを撮りたいと思いますね。
――写真に写っているのは被写体となる人や物や風景でありながらも、撮影者の心象が写っている感覚もあります。
教えている多摩美術大学の学生たちには、「写真は鏡」だと言っています。実はあなたが写っているんだよ、と。あなたが感じたこと、考えたこと、迷ったこと、全てが写真には写っている。その人が写し出されています。
――今回の個展や写真集には、広告で使われた写真そのものではなく、上田さんご自身が選んだ写真や、撮影時の旅の途中で撮影されたスナップ写真が並んでいるのが印象的です。
今回、サントリーウーロン茶のポスターや新聞広告に使われた写真の中で、いわゆる広告の作法が全面に出ていたりすると感じるものは外していたりしますので、全てを展示しているわけではありません。自分にとってウーロン茶の仕事とはなんだったのだろう、という解釈をしながら、あの日々をぼんやりと思い出していくうちに、ああ、あのシーンもあった、これもあったと記憶の断片をピックアップしていった作業でした。
あらためて見直してみると、この仕事をしていたころは、ちょうど自分の子供たちが生まれて育っていく時期と重なって、撮影していた中国の子供たちと自分の子供たちの姿がほぼほぼシンクロしていたのも懐かしいです。たとえば幼稚園の参観日みたいな感じの光景など、自分の日常の風景とも重なっています。
展覧会情報
上田義彦 写真展 「いつでも夢を」
Dream Always
Yoshihiko Ueda
Santory oolong-tea photo exhibition
■2023年7月26日(水)− 8月13日(日)
■12:00−19:00(最終日11:00−17:00) 定休日:月曜
■入場料:500円(高校生以下無料)
■会場:代官山ヒルサイドテラス・ヒルサイドフォーラム、gallery ON THE HILL
〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町18-8 ヒルサイドテラスF棟 1F
www.galleryonthehill.com
上田義彦展「いつでも夢を・永遠要憧憬」
■2023年7月29日(土)−8月26日(土)
■11:00-19:00 休廊日:日・月曜、祝日 夏季休廊日:8月15日(月)−19日(土)
■会場: 小山登美夫ギャラリー六本木
〒106-0032 東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F | 03-6434-7225
tomiokoyamagallery.com/
<Special 1>
上田義彦 写真展 「いつでも夢を」を記念したトークイベントが開催!
サントリーウーロン茶の広告を上田さんと共に手掛けた、コピーライターの安藤隆さんとアートディレクターの葛⻄薫さんが集い、貴重な制作秘話が公開されます。
■日時:2023年8月4日(金) 19:00 〜 20:00(18:30開場)
■場所:代官山ヒルサイドテラス・ヒルサイドフォーラム
〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町18-8 ヒルサイドテラスF棟 1F
■料金:1,500円 (展示入場料込み)
■定員80名
※7月11日(火)12:00より、 gallery ON THE HILL ウェブサイトから 予約受付開始
www.galleryonthehill.com
<Special 2>
上田義彦写真集『いつでも夢を』 2023年8月4日発売!
サントリーウーロン茶の広告写真と撮影で訪れた桂林、瀋陽、上海、大連など中国各地の光景など345点を収録。
発行:赤々舎 B5判 584ページ
www.akaaka.com
アイキャッチ画像:1995年 福建省 ©Yoshihiko Ueda
文:高橋亜弥子