これが林真理子さん自薦の、林版『平家物語』5大名場面だ!
一、建礼門院徳子が見る 海中の美しき幻影
安徳天皇を抱いて二位尼時子が入水すると、建礼門院徳子も壇ノ浦の海に身を投じる、本書第四章に登場する場面。下へ下へと沈んでいく海の中で、徳子は彗星を見る。思い返される夫の高倉天皇や父・清盛たちとの日々……。
「子供のころに観たNHKの大河ドラマ『源義経』での建礼門院の入水のシーンが衝撃的で、いつかそれを描いてみたいとずっと思っていました。琴の音とともに十二単を着た女性たちが金魚のようにゆらゆらと沈んでいくのです。私の子供のころの思い出と、竜宮城を見るような徳子の幻影が重なっています」
二、敦盛の最期と、戦い前夜の悲しき笛の音
平家の公達、平敦盛は一ノ谷の戦いで、源氏の武士・熊谷直実に討ち取られる。直実は自分の息子と同じほどの年齢の敦盛の死を悼み、出家して菩提を弔うと誓い、敦盛の父、経盛に手紙を出すシーンは第三章にて。
「敦盛は、能と歌舞伎でも名作の演目となりました。美少年の敦盛は死ぬ前夜まで笛を吹いていて、そのことを知った源義経や源氏の武将たちも涙を流します。敦盛の最期を記した直実から父・経盛への手紙は哀切極まりないもので、このエピソードは史実ではないと思うけれど、考えた人は本当にすごいと感動します」
三、悲しくも美しすぎる。小宰相身投げの情景
第七章では、平通盛の妻・小宰相が、愛する夫が討ち死にしたことを知り、海に身を投げる有名な場面が描かれる。夜明け前、千鳥の鳴き声や船を漕ぐ音が聞こえる情景描写がこの上なく美しいシーン。
「この時代は、親の言うとおりに政略結婚をするのかと思っていたけれど、恋愛結婚も多くて、通盛と小宰相のように愛情深く生きた夫婦もいたんですよね。ただただ夫が恋しくて、子供を妊(みごも)っているにもかかわらず、夫の元に行きたいと思う。悲しい悲しい物語です」
四、嵯峨野─小督が奏でる琴の音と中秋の名月
高倉天皇は、宮廷一の美女で琴の名手であった小督を寵愛するが、清盛の怒りを買い、小督は行方をくらます。嘆き悲しむ高倉帝は美しい月の夜、臣下の仲国に小督を探すように頼む。第一章後半に登場する林さんの才筆冴えわたる場面。
「月が帝と小督を結びつける素晴しいシーンです。身を隠そうと思っていたのに、つい月の美しさに琴を弾き、姿を現してしまう小督。この美しい月は満月か否かと担当編集者と議論しましたが、私は中秋の満月と思って書いています」
五、大原御幸─後白河法皇と建礼門院の邂逅に新解釈
晩年の建礼門院と過ごした阿波内侍が物語を締めくくる最終章。後白河法皇と建礼門院との再会も林さんの手にかかると実に美しく、いきいきと映画のような描写に。
「古典の『平家物語』のその先を描いたところが何よりのポイントです。古典では大原御幸で締めくくられる物語ですが、その先を阿波内侍という、ともすると脇役のような女性に託して描きました」。そして、大原の里をあとにする後白河法皇。その場面は、夢か幻かのような印象的なフィナーレに!
林真理子版『平家物語』大好評発売中!
『和樂』誌上での2年間の連載を経て、ついに林真理子さんの新刊小説『平家物語』が単行本として発売されました。古典文学の『平家物語』を知るうえで欠かすことのできない名場面を網羅しながら、主要な登場人物を章立てにした構成。章ごとの読み切りになっているため、一日一章ずつ読み進めることも、気になる章から読みはじめることもできます。林文学ならではの登場人物たちの細やかな心情表現と情景描写の美しさ、流麗な文章のリズムに、きっと新たな『平家物語』の扉が開きます!
※本記事は『和樂』2024年2,3月号を再構成したものです