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2019.09.26

微生物が呼んでいる! 47都道府県の発酵文化を旅した小倉ヒラクさんが語る日本の発酵食

この記事を書いた人

微生物の世界に魅了された“発酵デザイナー”、小倉ヒラクさん。2018年から19年にかけて47都道府県を旅し、日本の超ローカルな発酵文化を発掘。キュレーターを務めた発酵食の企画展は大盛況となり、著作も増刷を重ねています。「微生物の視点」で文化を見つめる小倉さんに、日本の食や、現在の発酵ブームについて語っていただきました。

発酵デザイナー・小倉ヒラクさんはこんな人

小倉ヒラクさんは、「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことに取り組む“発酵デザイナー”。日本全国の醸造家や研究者、クリエイターたちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開しています。

発酵デザイナー・小倉ヒラクさん

小倉さんは大学で文化人類学を専攻。学生時代は世界各地を旅して過ごし、フランスで絵画の修業もしました。在学中からデザインやイラストの仕事をして、卒業後は企業のインハウスデザイナーとなります。

大きな転機が訪れたのは、デザイナーとして独り立ちした直後のこと。
元同僚の実家である老舗の味噌蔵から仕事の依頼を受け、小倉さんは蔵を見学することにしました。冷んやりした蔵に入りしばらくたたずんでいると、「ヒラク君…聞こえてますか」と、どこからか小倉さんを呼ぶ声が。

「キミの力で僕たちのことを、人間界に伝えてほしいんだけど…」

木桶の中で静かに暮らす微生物たちが、小倉さんに語りかけたのです。

微生物に強い興味を持ちはじめた小倉さんは再び大学の門を叩いて醸造学を学びました。人間の言葉や理(ことわり)が通じない微生物の世界。小倉さんはもともと専攻していた文化人類学のフィールドワークの手法で発酵文化に向き合いました。様々な土地を巡ってそこに根付いた発酵文化に触れ、それをアーカイブしていきます。

「Fermentation Tourism Nippon」展のすご過ぎる反響

東京・渋谷ヒカリエのd47 MUSEUMで2019年4月~7月まで開催された「Fermentation Tourism Nippon~発酵から再発見する日本の旅~」展(通称・発酵ツーリズム展)は、そんな小倉さんの活動がギュッと凝縮されたような企画展でした。

渋谷ヒカリエで開催された「Fermentation Tourism Nippon~発酵から再発見する日本の旅~」展(発酵ツーリズム展)
写真/白方はるか

孤独で過酷な47都道府県発酵の旅

キュレーターを務めた小倉さんは、企画展の準備のため2018年の夏の終わりから2019年初春にかけて47都道府県をひとりで旅し、その土地に古くからある発酵食の製造現場を訪ねました。この旅を振り返っていただくと、

 んー……、つらかったー(泣)

企画展では都道府県ごとに1つの発酵食品を選んで展示・紹介しました。八丁味噌、しば漬け、柿の葉ずしなど、馴染みのある発酵食もセレクトされていますが、中には地元の人ですら知らないような超絶にローカルなものも含まれています。その食品の情報を入手するのも一苦労。製造所が過酷なロケーションにあるケースもあり、現場にたどりつくのも、そこから帰還するのも大変でした。

企画展は前代未聞の来場者数を記録、旅の記録は1冊の本に

発酵ツーリズム展は想定を超える反響があり、途中で会期を延長することになりました。広告は一切打たなかったにもかかわらず、来場者数は約5万人。テレビなどメディアの取材・掲載数は350超。ミュージアムショップの売上げは、「食」にまつわる企画としては、これまでの企画展に比べて前代未聞の数字となりました。

2019年8月、「湘南 蔦屋書店」で開催された、新刊『日本発酵紀行』のトークイベント

この企画展の公式書籍『日本発酵紀行』(小倉ヒラク著 D&DEPARTMENT PROJECT刊)は、小倉さんが日本各地の山・海・島・街を巡って発酵食が生まれる現場を取材した、8か月間の旅の記録。多種多様な日本の発酵食とそれらが生まれた背景をディープに探り、その土地の味覚や暮らしの記憶を詳細に記述しています。
『日本発酵紀行』は2019年8月現在で3刷目を数え、発行部数は1万部を超えました。メジャー各紙がこぞって書評を掲載。海外から翻訳出版のオファーもあり、フランス語版のリリースが既に決定しています。

『日本発酵紀行』小倉ヒラク著 D&DEPARTMENT PROJECT刊

微生物目線で見た日本の発酵食の特徴ってなんでしょう? 発酵が注目されて盛り上がっている理由は? 小倉さんに聞いてみました。

「微生物の視点」で見る日本の発酵文化

発酵文化は世界中にあふれています。その中で、小倉さんが向き合う日本の発酵食の特徴はどんなところにあるんでしょうか。

 味噌にしても酒にしても、その原型は中国からもたらされたんです。でも、大陸と日本では生息する菌が違います。日本には固有の菌がいるんです。

食材をおいしくしてくれる働きを持つ麹菌は大陸にも日本にもありますが、その種類が違います。
大陸の麹菌は比較的繁殖力が強く、風味としては「酸み、苦み」が特徴。
一方、日本の麹菌(二ホンコウジカビ)はとてもデリケートで、ほかの雑菌の混入を許しやすく、安定して発酵・保存するためには過ごしやすい環境を整えてあげる必要があります。味わいの特徴は「甘み」で、これも大陸とは違う要素です。
生息する微生物の特性や風土の違いから、日本では「麹室(こうじむろ)」を開発して、温度と湿度に細心の注意を払って麹菌を大事に育てたり、甘さを活かしたレシピを工夫したりして独自の発酵文化が生まれ、多様な発展をとげました。

日本の発酵文化を支える米麹

 中国の人たちは、苦みやエグみを許容しているんです。日本人はエグみを嫌って、甘さを好む。中国に棲む菌は苦みやエグみを生み出し、日本の菌は甘さを生み出す。味の好みと菌の特性が符合しているんです。どちらが先にあったのか、それはわかりません。でも、固有に棲みついている微生物の特徴が、その土地の食文化や味覚に影響を与えていると僕は考えますね。

発酵ブーム、それでも無風なものたち

固有の微生物に寄り添って発展した日本の発酵文化。小倉さんは発酵デザイナーとして10年ほど活動していて、発酵への注目度はさらに高まってきていると言います。塩麹、納豆など、限定したブームはありましたが、今は発酵が全般的に流行っている状況。そのトレンドは世界にも波及しています。なぜこんなに注目されているんでしょうか。

発酵という概念自体が流行っていますね。若い世代が発信している日本の発酵文化について、ヒップなイメージができ上がりつつある。日本の古い伝統に根差したクラフトの文化が、一周回ってヒップになっている現象がありますが、それが発酵にも適用されているんだと思います。それは自然現象ではなくて、醸造家も含め、僕らの世代が情報発信してきた10年があって、その努力が実ってのことだと思うんです。

「湘南 蔦屋書店」のトークイベントには、香川県から来場した発酵ラバーもいた!

そんなブームのなかでも、小倉さんはいたって冷静です。

 でも……僕はブームでもブームじゃなくてもどっちでもいいんです。今必要なのは、追い風が吹いているものにもっと追い風を吹かせることじゃなくて。このブームの中でも全く風の吹かない、無風な、または向かい風を受けているものもあるわけです。僕自身がやるべきことは、誰も知らないようなものを丁寧にアーカイブしていくこと。そこに新しい意味や価値を生み出して、現代性を与え、リデザインしていくこと。パッケージデザインとかそういうことだけではなく、文脈を作っていく。それはかなり時間のかかることだと思います。



小倉さんは今後どんな活動をしていくんでしょうか。この先のビジョンをうかがいました。え、そんな素敵なことを予定してるの!……

そして、発酵の旅は続く

展覧会終了後、小倉さんは売れ続けている書籍の全国キャンペーンをこなしながら次の企画に着手しはじめました。

「Fermentation Tourism Nippon」展、実店舗オープン

「Fermentation Tourism Nippon」展の実店舗が、東京・下北沢にオープンすることになりました。時期は2020年春をめどにしており、ローカル発酵食品の展示や物販、飲食スペースなどを設置したお店になるそう。新たな拠点ができることで、小倉さんの情報発信にますます注目が集まりそうです。

発酵西遊記という妄想

そして、小倉さんの旅は続きます。
「疲れたから……もうどこにも行きたくないー」と言いながらも、今頭にあるのは「西遊記」の再現。米を使った種麹(蘖〈げつ、よねのもやし〉)や、調理や食品の保存に革新をもたらした須恵器(すえき)のルーツを探るため、中国の西安あたりから西へ向かい、ミャンマーやバングラデシュを通過して、インドのコルカタを目指すプラン。日本の発酵文化はどこからきたのかをめぐる旅です。

『発酵文化人類学』(小倉ヒラク著 木楽舎刊)も発売中。

 日本人には独特の感性があって創造性にあふれていると思いがちですが、文化は外から入ってきているんです。どういうものがどういうルートで、どういう人たちによってもたらされ、どう変形されていったのか、それを知りたいんです。

「ごど」ってなんですか? 青森発のハードコア発酵食

最後に、小倉さんが推している発酵食品を教えてくれました。

 今、「ごど」が流行ってきてて。たぶんこれは、発酵クラスタが狂喜乱舞するやつです。

「ごど」は青森県の十和田で地元の女性が細々と手作りしている発酵食品。納豆と麹を乳酸発酵させたもので、ねばねばで、旨みがあり、甘みと酸みもあります。

 ハードコアな発酵ラバーは、絶対作りたくなる!

小倉さんの公式ページではこの「ごど」のレシピを公開中。
今後、「ごど」ワークショップも開催するかもしれないとのことなので、ぜひチェックしてください。

「ごど」を作るほどハードコアではないという方、まずは基本の塩麹を作ってみましょう。小倉ヒラクさんの塩麹ワークショップをまとめた記事はこちらです。

小倉さんがキュレーションを担当した「Fermentation Tourism Nippon」展のレポート記事はこちらです。

小倉ヒラクさん公式ページはこちら

書いた人

寺社巡り、歳時記、やきものなど、さまざまな日本文化にまつわるウィークリーブックの編集担当を経て、料理専門誌編集部へ。たんぱく質不足。炭水化物過多。お腹はゆるゆるでいいが背中はバキバキでありたいので、背筋を中心に日々トレーニングしたりしなかったり。